【古記 その四 普関と慈懐】[二 縹(はなだ)のレンヤに]
「普関様。お久しゅうござりまする」
「親王様が御法要以来かのう。皆、変わりなきか」
「はい」
「そなたが参るからには。なれど、落髪にはまだ早かろう」
「其が意にござりまする」
「まだまだ身内はそなたが入るであろうに。何故じゃ」
「されば。喜致様はお変わりなくおられましょうや」
「何っ」
「美致姫様が、三度夢枕に立たれましてござりまする。普関様。喜致様は」
――ザザザザ、ガタン――
「喜致様――」
「イ……シィ……シズ……シズキ……清月ぃ」
――ダダ――
「喜致様っ」
「うう……あう……あう……うっ……うっ……」
「此は何事に? 何事にござりまするかっ。普関様っ、慈懐様っ」
「喜致様っ、御言葉がっ……」
「うっうっ……清月ぃ……清月ぃ……」
「お治りとなられしか……」
「あう……あう……うっうっ……あう……」
** ** **
「清月、喜致様は」
「お休みになられましてござりまする。……彼の様な喜致様は、初にござります。……何事が喜致様が御身に……。慈懐様。お話しくださりませ」
「……清月……。一木が殺られたのじゃ」
「今、何とっ」
「……皆亡き者とされ祭りの場に山積みに……。奥山が崩れ土石を被りし塚を、慈懐が短慮にて喜致様は御目の当たりに。何処ぞより、御形見の御鈴が……。御元に転がりて参りたそうじゃ。……其より御言葉を失せさせなされ……」
「……ぅっ……何故、何時も俄かに……。美致姫様が……折も……彼の様に……ぅぅっ……」
「なれど、そなたが参りてくれて御言葉が。礼を申すっ」
「……美致姫様が御導きに……ござりまするぅぅ。清月が夢枕に……三度も立たれ。一度で気づかぬ清月が……今となりては申し訳なく……」
「然様でありたか。姫様が……。有難きことじゃ……」
「今日よりは、清月は喜致様が御側を決して離れはいたしませぬっ。慈懐様、何卒本寺に居きて下さりませっ」
「其が美致姫様が御心なれば、よろしゅう頼むっ」
「有難き仰せ。かしこまりましてござりまする。されば、清月は御側に戻りまする」
** ** **
「兄弟子様方、お久しゅうござりまする。また此度は――」
「慈懐、よかったのう」
「肝を冷やしたであろうが、先ずは、ひと安心じゃ」
「法祥様、泉永様……」
――カタン――
「ヤタにござりまする」
「入れ」
――スス――
「揃うたなれば、法祥、そなたから」
「されば。一瀬川が下流の村の話にて。四歳余前に川魚浮きて人流れ来しと。故に川水使わずおりしが後枯れしと」
「人流れとは」
「色変わりの骸が幾つもと」
「色変わり。毒にござるか」
「魚浮きし故恐らく」
「泉永、そなたは」
「里に入る橋が二処も失せ、代わりて奥山側より入れるように。なれど、里との間に見慣れぬ川ありて、橋無き故里に至れずと」
「見慣れぬ川……」
「何事が起こりたのじゃ」
「ヤタ、そなたは」
「『一木』は只今は、『ヒトウセムラ』と申すそうにござりまする」
「ヒトウセとな」
「はい。人失で人失にござりまする。館らは皆彼のままなれど、別者が入りておりまする。頭の名はヒシミ。手下頭の三人の名はヤジ、トビ、ロク。元の業は旅芸人にござりまする」
「旅芸人とな」
「はい。高山、赤見山辺りの山より里に下り参る者らにござりまする」
「高山、赤見山。山賊じゃな」
「はい。シロヌシと申す者が配下にござりまする」
「シロヌシ……アオナミが子か」
「はい。其が元に、サワラベと申す者が都よりよう参りておりたそうにござりまする。サワラベは、ヤクマと申す者が手下にて。ヤクマは表は染師なれど、真は毒薬作りの長にござりまする」
「なれば、其が上におるは――」
「縹のレンヤにっ」
「隠居もいたさず未だに指図をとか」
「ジンヤ亡き後、跡目は空となりておりまする故。其どころか老いて益々に。先頃若娘に子を産ませしとの報入りておりまする」
「……」
「一木を襲いし理由は」
「わかりませぬ。ヒシミを締めまするかっ」
「此方は動きてはならぬっ。手の者に見張らせよっ」
「心得ましてござりまするっ」
――ツツツ、ツツツ――
「御門跡様。関弥にござりまする。只今、姉波君様よりの使いが此を」
「わかりた」
――ツツツ、ツツツ――
「此が時分に。何じゃ」
――カサカサ、ハラハラハラハラ――
「慈懐。何と」
「今し方、姉波君が元に致治姫と其が乳母と名乗る者が参りて、『美致姫様が和子』と申ししと」
「何」
「此にっ」
――カサカサ――
「真じゃ。物の化の仕業なりや」
「して、姉波君は何と」
「検追頭殿に引き渡せしと」
「なれば、直使いが来よう」
「なれど、今頃何故じゃ……」
「ヤタ、話の続きなれど、村に入りし者は、彼の折が様を何と」
「御門跡様。『水を逃れ助けを求めて参りしが、空なりた』と」
「空」
「はい。『暫く待ちても一人も戻らぬ故、里荒れてはと皆で入りし』と」
「ヤタ、水とは如何なることじゃ」
「普関様。彼の頃、大水がありたそうにござりまする」
「普関様。此が泉永も其が事は耳に。奥山崩れしは其が折かと」
「祭りの場は高台故、里人は、逃げし故に土に埋まりしとか」
「御門跡様。法祥様、泉永様方が彼の地を均せし様を眺め、然様な妖し事を吹く者も、人失にはおりまする」
「なれば、ヤタ。川流れの骸がことは」
「明恵、橋流れに加えて申しておろうよ」
「なんと腹悪しきっ」
「一木が、『我らが里』と知りての惨業なりやっ」
「木葉なれば知らぬやも」
「ヤタ。そなたの一党は皆一木者。加えて喜致様や此処に居る御門跡も一時は里人でありた。此度が事は心中察して余りある。一党の者皆『口惜し』の極みにおろう。なれど、亡き御先代、親王様が御心を、慮れと皆に申せっ。美致姫様が折、親王様は、尽くせぬ御思いを、忍びに忍ばれたのじゃ。勝手はならず。よいなっ」
「普関様……かしこまりましてござりまする」




