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【古記 その三 慈養】[一 遺言]

ここから三話続けて過去編です。

〔喜致三歳〕



「親王様、喜致様が御袴着の儀、如何がいたしましょうや」

「そろそろよのう……。姫の結びは我が務めしが、此度は……。普関、そなた代わりをいたせ」

「有難き仰せなれど……童の扱い普関には」

「美致を抱きておろうが」

「なれど、はるか昔のことにて。慈懐では……」

「彼は無理じゃ。姫を思い出し泣く。何処ぞの童でも借りて習え」

「かしこまりましてござりまする」



一歳後(ひととせのち)


「慈懐、袴着より一歳。そろそろ筆持たせの頃にて、そなた喜致が元へ行け」

「御師匠様。御仰せなれど、其が儀なれば普関様が」

「そなたは後見。姫が書物を与える故、持ち行きて馴染みて参れ」

「かしこまりましてござりまする」



二歳後(ふたとせのち) 喜致六 慈養五十四 普関四十八 慈懐二十六〉


「承和。明日辺りには喜致が参ろう。そろそろ我も代替わりの時期じゃ。此に(したた)めたるは各各に宛てし遺言。我亡き後、時至れりと思はば与え、不要とあらば焼き捨てよ。……此が、護役が仕舞い事ぞ」

「喜致様……」



〈翌日〉


―――スススス スススス――

「親王様っ。只今っ。只今にっ」

「……」


「御師匠様。御連れいたしましてござりまする」

「御門跡様。喜致にござりまする。御仰せに従い、参りましてござりまする」

「……喜致殿。我が、只今本寺を預かる慈養じゃ。そなたが祖父君寛養殿は、先代の御門跡且つ我が学師でありた。寛養殿が御遺言にてそなたが母君の後見いたせしが、故ありて我が赤児のそなたを本寺(こち)へ受け、里にて養いた。本日よりは本寺がそなたが里。居るは皆身内。……お忘れなさるな」

「かしこまりましてござりまする」


「御門跡様。清月にござりまする」

「一別来よのう。慣れぬ土地にてよう護りてくれた。働き終生忘れぬ。此より喜致殿が身は本寺(こち)なれど、そなたは我が乳母中将が如くおれ」

「有難き仰せ。かしこまりましてござりまする。なれば。清月も喜致様に伴いて落髪いたしとうござりまする」

「有難きことじゃ。なれど、そなたにも不義理の者がおろう。六歳(むとせ)ぶりじゃ。戻りてゆるりと過越せ。落髪なれば此が後何時なりとできる」

「かしこまりましてござりまする」

「喜致殿。清月より聞き及びておろうが、此が慈懐は、そなたが後見。親代わりじゃ。此よりは、何事も慈懐に習われよ」

「かしこまりましてござりまする」

「慈懐。今宵より喜致殿と寝食を共にいたせ。いづれ何処ぞの童を護役に付けるなれど、そなたは終生大護役(おおもりやく)。末永う側に居れ」

「心得ましてござりまする」



二月後(ふたつきのち)


「慈懐、本日よりそなたが表を仕切れ。我と普関は喜致を仕込む。血筋と言うても皆より優れねば、そなたが内弟子とはできぬ」

「心得ましてござりまする」



三月後(みつきのち)


――スススス、スススス――

「親王様、貴宮(あてみや)様が奥の方(たま)(ひめ)様、俄かにお隠れとのことにござりまするっ」

「貴宮殿からか」

「御里にてお隠れ故、御養母(おはは)(ぎみ)(せい)(ひめ)様よりの御使者にござりまする」

「なれば」

「一切を御門跡様にと」

「承知いたしましたと伝えよ」

「かしこまりましてござりまする」



******


「喜致殿、此度は何事もつつがのう御取計いくだされ御礼申し上げまする」

御義姉(おあね)(ぎみ)様。常より実の姉君とも思えど、斯様な事しか御役に立てず、心苦しき次第にござりまする」

「産時の不幸故、貴宮始め皆が嘆きは深けれど、此も寿命と……」

「なれど瑞姫殿には、御若き様にて。……御心中、御察し申し上げまする」

「喜致殿。……そなたとて、深朝殿、美致殿と……」

「生き長らえ、(さかさ)を重ねて参りました」

「今でも御兄君がことを」

「我が命は、兄君が御授けになられしものにござりまする」

「喜致殿。お隠れになられし御歳を遥かに越えての御法要。更には今日までの御後見、日々心の内にてそなた様に合掌して参りました。皆様方が御存じなけれど、東宮様が御口癖は『弱き故、何の役にも立てぬが憂し』にござりました。其故、彼の日、喜致殿が御代わりとおなれなされ、東宮様は本望であられしと。……長年御伝えできずにおりし事を、只今ようやっと御伝えいたしまする」

「御義姉君様……。なれど、其故に御義姉君様は長らく御独りにて……」

「御病弱なる我が君なれば、妃として上がりし時より其は覚悟の上。わずかに見当が違いただけにござりまする。喜致殿。東宮様が御元に参れまする日が、近うなりておりまする。此が後は、何時喜致殿にお会いできますることやら。……厚かましきことなれど晴姫最期の頼み事、叶えて下さりませぬか」

「最期などと御心弱きことを。何なりと仰せ下さりませ。何事なりと成しまする」

「なれば、瑞姫が和子を本寺(こち)に御受け下さりませ」

「瑞姫殿の」

(しょうの)(きみ)と申し五歳となりまする」

「なれど、貴宮殿が和子なれば、現東宮が従兄君。東宮位の序列の君にござりましょう」

「御言葉なれど喜致殿、母瑞姫が臨終の願いにござりますれば」

「臨終の……」

「はい。『称君は本寺に』と」

「貴宮殿は如何に」

「『遺言には逆らえぬ』と」

「なれど、瑞姫殿は何故に」

「姪の瑞姫は、養女に迎える前より美致姫殿と面識有りて、十歳下なれば御姉君が如く慕いておりました。其故、『美致様に仇なしし内裏憂し』と。此が晴も、謹斉に止められ『勅背き』と公言出来ぬが、未だ口惜しゅうござりまする」

「義姉君……」

「喜致殿、どうか」


――ザー――

「義姉君、喜致と此方へ」

――ザザザザ、ズズズズ――

「彼方に、普関と童が見えましょうや」

「はい。……喜致殿、彼の和子は……。もしやそなたの」

「美致が和子にて、名は喜致にござりまする」

「真か。……真に。おお何とっ」

「亡くなりし二月(ふたつき)前に今生に。御義姉君、喜致が護役に称君を頂きとうござりまする」

「我が筋が……。御本血の御守護をっ。此が上の誉れがありましょうやっ。称君は言葉少なき和子なれど、短慮にはござりませぬ。御存分に御使い下されませ。()きものを御見せくだされた喜致殿っ、御心いついつまでも我は忘れぬっ。秘して東宮様が御元に参りまする」

「御義姉君、喜致も御義姉君の御心、忘れはいたしませぬっ」



〈称君来寺後〉


「普関。称君を何と見る」

「寡黙なれど聡く、豊かに育まれし故、御質妙なる和子様と」

「よう貴宮殿が放したものよ」

「全くに。瑞姫様と我が姪()()とは乳母同士が姉妹にて殊に親しき仲なれば、称君を一の姫、()(はな)姫が婿君にと弥重は望みおりしそうにござりまする。其故斯様な仕儀となり、嘆き文を普関に送りて参りました」

「其はまた、難儀な事でありたのう。なれど、何にも増して、奇しき定めよ」

「誠に」

「まるで、美致が呼びたようじゃ」

「普関にも、然様に思えまする」



三歳後(みとせのち) 喜致九 慈養五十七 普関五十一 慈懐二十九〕


「御門跡様」

「喜致殿。只今は半隠居の身故、慈養でよろしゅうござります」

「なれば、慈養様。喜致に御教えくださりませ」

「何事をにござりましょう」

「供養と申すは、如何なることにござりましょうか」

「我が一門にて供養とは『和気』にござりまする」

「『和気』とは」

「慶事にござりまする。婚儀、和子の誕生など、祝い事何も何も皆『和気』を生みまする」

「なれど、本寺にて成すは、法会、法要、葬儀にござりまする」

「如何にも。されど、其は皆『和気』の要にござりまする。法要にて故人が教えの有難きを偲ぶのでござりまする。法会にて(なごみ)を作り、(めあわ)せ輪を保つのでござりまする」

「争いは生じませぬのか」

「其が元の多くは欲にて。故に、法会にて欲解きを説くのでござりまする」

「其にて、人は治まりまするのか」

「人を治むるは(まつりごと)と言い、表処に集いし者が御役にござりまする。異なる思惑を聞きて理に合わせ、決め事の責を取るが、帝位に即きし者や補佐いたす大臣が務めにござりまする」

「なれば其方と此方とは交わらぬものにござりまするか」

「交わりは無きなれど、関わりはござりまする」

「関わりとは」

「内裏も一族にござりますれば。東宮に断事の責を説くは、我ら本寺の務めにござります。唯一度、一族でなき者が東宮となり絶時あれど、只今はまた繋がりておりまする。喜致殿。門跡は本寺の芯にて、我らは内弟子にも、東宮に説きし事よりも多くの事を説きまする。我も普関も寛養殿より教えを受け、我も慈懐に。只今本寺には、門跡を預かれる者が三人。そなたも直、四人目となりましょう」

「喜致に務まりましょうや」

「務まる質故選ばれし。後は務むるのみにござりまするよ。ところで喜致殿、御母君が御鈴はお持ちか」

「或る者に預けて参りました」

「ほう。して或る者とは」

村長(むらおさ)()()殿が御娘にてアヤネと申す山神が巫女にござりまする」

「御歳は」

「喜致より一つ下にござりまする」

「言い交わされしか」

「言い交わすとは」

「約のことにござりまする」

「いづれの日にか、再び会いたしと。御館が別故、内庭にて睦みておりましてござりまする。……後々、御務め果たし、慈養様が如くなれなば、今一度彼の館に戻りたしと」

「其故に母君が御鈴を」

「はい。繋がりし二鈴に(つなぎ)を」

「御娘は終生お里に」

「巫女故、奥館にて居るが務めと」

「会いに行かれよ、喜致殿」

「慈養様」

「我が歳までなどとは申さず。会うたとて、務めの障りにはなりますまい。喜致殿は大事の身故、御ひとり歩きは無理なれど、本寺が車にて三の寺まで行き、ヤタ等に御娘を迎えに行かせ、会われよ。本寺が者は皆、里在る者は二歳三歳と順巡りに、里に戻りて身内と会いまする。そなたが幼馴染の御娘に会いに行くも、同じにござりまする」

「なれば、落髪いたせし後、行かせてくださりませ」

「よろしゅうござりまする」

「……慈養様。今一つ」

「何にござりましょう」

「……御父君様にござりまするか」

「喜致殿……。似し理由(わけ)はござりまする。なれど此が先は、いづれ普関に御聞きなされ」

「心得ましてござりまする」



******


「喜致はのう、美致が鈴を里娘に預けたそうじゃ」

「其はまた。親王様、如何がなされまする」

「御師匠様。真なれば此が慈懐、里まで取りに行きまする」

「これこれ。彼は喜致がもの。誰に渡すとも良きことじゃ」

「なれど」

「何故に喜致様は」

「再会の縁結びを願いたのであろう」

「再会などと。何時にても会えましょうに」

「然様には思うておらぬ。里娘は山神が巫女。互いに務めを終えし後、里に戻りて会いたしと」

「もしや、アヤネにござりまするか」

「其よ。アヤネ。村長が娘子と」

「山神が巫女なるは、古き書物には山中の清流が化身と。其が真におろうとは」

「母は里者故、嫁ぎ先にて生まれし折、山ねずみが四夜、五夜目に白ねずみが参り、赤児が枕辺を巡りて去りたそうにござりまする」

「其が巫女が証かや」

「はい。なれど、先人おらねば習いもできず、只今は村長が奥館にて、静かに育ちておりまする」

「白ねずみ……。彼の夜、美致を置きし角に。のう、普関」

「はい。夜守を務め暁方何処ぞへ」

「然様なことが」

「喜致より聞きて我は和みた。(あたた)かきもの通いてこそ人なり。一木は慈懐も育みし恵里(めぐみざと)よ。会いに行けと言うたわ」

「なれど。なれど御師匠様。此方より里娘と御縁結びなさりては、後後難儀な事にはなりますまいか」

「ならぬであろう。山神が巫女なれば、身持ちは堅かろう。喜致も彼の質。まして娘子には乳母はおらぬ故、筋も分かれまい」

「……」

「慈懐。姫達は乳母が指南にて和子を上げるのじゃ」

「普関様。初耳にござりまする」

「一代の巫女なれば、誰からも指南はあるまい」

「確かに」

「何より、今生はままならぬ。美致も早うに……。なせるうちになすがよい」

「普関も同意いたしまする」

「慈懐は如何に」

「得心いたしましてござりまする」

「なれば、落髪の後行きたしと申す故、期を見て三の寺にて会わせよ。巫女が元へはヤタでも使いに」

「かしこまりましてござりまする」



******


「承和。喜致が我を『父君様か』と」

「して、親王様は何と」

「いづれ普関に聞けと」

「よろしいのでござりまするか」

「彼は他言せぬ質。其が折は慈懐も」

「なれば只今でも」

「只今では、我が去り難くなるだけじゃ」

「喜致様……」

「時は移りし。彼の鈴を然様に用いようとは。聞かば深朝も仰天じゃ」


ここまでお読みいただきありがとうございました! 次回に続きます。

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