【4】まちかど 1.迂回
舞台は現代に戻ります。
「ノブちゃん何時に来るの?」
「十一時だからそろそろじゃない?」
話しているうちに車が来た。
「おばさん、ちょっとお借りします」
今日は、本人曰く〝先日の借りの一食〟を返してくれるのだと言う。家で一緒に食事はするが、連れて行ってもらうのは初めて。「仕事は?」と聞くと「二時まではオフ」と返って来た。「食べたいものは?」と聞かれたが、特に思い当たらない。「任せる」と言うと、繁華街に入り駅近の市営に停めた。
「ステーキ丼て食べたことある?」
「ううん」
「じゃ、それにしよう」
連れて行ってくれたのは、アイスクリームショップ二階のこじんまりした洋食屋だった。ドアが開いて、床の橙色と街路樹の深緑が一瞬目の奥を刺した。が、すぐ戻った。まだ二組しかおらず奥の窓際に。人によるだろうが私は奥が好き。メニューを見ることもなくノブ兄は頼み、あまり待たずに甘い匂いのする器が。
初めて食べるステーキ丼は一口で忘れられない味になった。
二時までには間があるので、久しぶりに街ブラ。たまに母とデパートへは来るが、ここまで来たのは学生の時以来。裏道が広がり住宅だった場所があちこちパーキングに。お店もほどんど入れ替わり飲食系が増えていた。
「ねえ、よくこっちに来る?この辺のお店入ったことある?」
「いいや。サブと会うのはサテンだし。さっきの店も最初に連れて来てくれたのはサブ」
ノブ兄は、自販機を見つけコインをガチャ。二本買って横の木陰に。
「おばさんに、たい焼きでも買って帰ろうか?」
「ううん、いい。きっと並んでるだろうし。それにあのお菓子もまだあるし」
「まだあるの?」
「うん。気に入ったみたいで、大事に食べてる」
「へーえ。あそこ、行ったらいいのにな」
「あそこ?」
「そう。だけどちょっと遠いか」
「そうだね。二人で行くなら二、三時間で行け――」
「八重垣先輩!」
女性の声。
「何してるんですか。こんなところで」
ウェーブヘアをナチュラルに束ねた美女だった。
「浅依こそ、何してんの?」
「私は来月載せる飲食店の取材です」
「俺今オフなの。シフト表見てない?」
美女をスルーしボトルを捨てた。
ノブ兄はスタスタと先へ。でも、帰路は逆方向だ。戻るならその信号を……と、いきなり振り向いた。
「あの子、入ったばかりの新人。何かとつっかかって来んのっ。誰にでもそうだけど、特に俺に酷いかな。最近は殊にひとのスケジュールチェックしてて。こういう仕事はアバウトなトコもあるからさ、全て自分流儀には行かないって、そろそろ気づいてほしいところっ」
「あー、きっちりさんなんだ」
「まあそう。それで他人のことまで気になる。君には関係ないでしょって言ってやりたいけど、言えば角が立つしなぁ」
「それってそういうことなんじゃない」が喉まできたが、照れ隠しということもあるのでストップ。合いの手が入らないのが気になったのか私の顔をチラリ。と、またすぐ「戻るか」と変わった信号をスタスタ。
駐車場に着くと、さっきはなかった標識と迂回路板が。ノブ兄は「あれま」と漏らした。
車は橋の方へ戻らずガード下をくぐった。
「遠回りはいいんだけどさ」
言いながらハンドルを左へ――平らな道、広い歩道、両側には……。
「悪いな。すぐ抜ける」
車は加速。あの辺りをノンストップで抜け左折の信号で初めて止まった。ひたすら正面を見つめていたが首が自然に左へ。ライトグレーの広がりと向き合った。質感から大谷石かと思ったがよく見ると凸凹はレリーフで、大きな菱形の中に沢山の小さな菱形。しかも、目を凝らすとどこもかしこも。車が動き出すと、胃がグっと押し上げられた。
少しすると、生唾が……。視点もウヨウヨ。気づいたノブ兄が脇道に入り急いで窓を下げた。
「やっぱり、こっち通ったのマズかったなっ」
「ううん、そうじゃない」
私は目を覆った。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「さっき、信号の所で壁を見てたら……」
見えた通りを口に。
「主の好みなんだろうが、迷惑だなそれっ。菱形……菱形ねぇ……ん! もしかすると『ヒシタケ』か?」
「ヒシタケ?」
「ああ、この地方の建設業界のボスさ」
話しているうち気分は直り、一時過ぎには寺へ。出て来た母に「おばさん、明日の晩また来ます」と言って戻って行った。
ここまでお読みただきありがとうございました! 今回の現代編はあと四話続きます。