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JKと異世界勇者の邂逅

作者: chelsea

挿絵(By みてみん)

 私、三澤瀬利香は高校に入学してから‥‥って言うより、中学生‥‥より前、小学生から、ずっと一人だったと思う。

 学校だと時間があって天気が良かったら大抵、屋上にいる。お昼なんかはそこでお弁当、はむはむと食べてるけど、春とか秋とかは、そこで風にあたってるのが幸せって感じ。

 だから一人でいるのが嫌だとかは全然思ってなかったし、それが普通の事だと思ってた。

 でも、最近になってファンタジー小説とか読み始めて、そこで出てくる、仲間とか、いいなーって思い始めてきたんだ。

 他の人は最初、どうやって友達とか、作ってるの?

 私もね、中学、高校の節目あたりでとりあえず、トライはしてみるのよ。なけなしの勇気を出して。

『あ、あの‥‥私‥‥せりかといいます。よろしく‥‥お願い‥‥します』

 隣の席の男子にとりあえず声をかけてみたけど、

『え?‥‥あ、ああ‥‥その‥‥よ‥‥よろしく‥‥』

 私もしどろもどろだったけど、その人も挙動不審になって目があっちこっちに泳いでいた。それで、走ってどっか行ってしまうし‥‥私、何か変な事言ったかなって、その度に

 思い返してみるんだけど、さっぱり分からない。それは女の子に話しかけても大体同じだった。仕入れた情報によると(スマホ検索ね)幼馴染は学生の早い時期じゃないとダメっぽい。高校生だと、無理なんだろうか。

 物語を読んでみると、結構、皆、あっさりと友達を作ってる。‥‥そもそも最初からその描写がないじゃない。こいつは友達の~だ‥‥みたいな。幼馴染だと、さも当然のように最初から隣にいる。酷いときは家が隣とか。私はそういう人がいないから、いいな、いいな‥‥って思ってる。

 更に、彼氏なんてもっての他でいない。

 今まで十七年生きて、異性の友達っていたかなって記憶を辿っていくと、確か幼稚園ぐらいの時に、男の子と喋ってたような気がする。するだけ? でも髪とか引っ張られて泣いたりもしてたそうなんで(お母さん曰く)、物語にあるような良いものではなかったんだろうね。

 そういう経緯で、現実に絶望した私は、最近はますます色んな本を読みまくってる次第です!

 クラスの他の人が、一緒に遊びに行ってる話をしてるのに、私はずっと下向いてるから(本読んでるから)、ますます一人ぼっちになっていく。でもファンタジー小説を読んでるのが一番楽しいから私はこれでいいんだ‥‥って思う事にしてる。

 “せりかー、お風呂入ってしまいなさいよー”

「もうちょっと!」

 お母さんがそんな事を下の台所から言ってくるけど、私は自分の部屋の机の前に座って、また読んでる。

 最近のお気に入りは、聖女と呼ばれる女性が、酷い目にあっても、そこから立ち上がって、理解のある優しい男性と結ばれるっていう話。最近は似たような物語がたくさんあるけど、それがちょっとづつ設定が違ってたり、逆境の乗り越え方が違ってたりして、どれだけ読んでも読み足りない。

「‥‥む‥‥」

 と言っても、勉強も少しはしないと、後で大変な事になる。一学期の中間試験‥‥一応、一番は取れた。でも生来の怠け癖からか、ちょっとでも怠けると、ダメな方に行ってしまう。そうなったらお父さん、怒るだろうなー。

 お父さん曰く、我が家は名家で、代々優秀な家計で、将来は経済界を率いるか、政治家として‥‥云々。

 うーん‥‥全く、興味がない。って、言うか、そういう人達って、人脈とかたくさんないと駄目だと思うし、多分、私じゃ無理でしょう。

「‥‥ふう」

 仕方ないので、お風呂に入ってから、勉強しますか。

 その後で、ちょっとだけ続きを読もう。

 その楽しみの為なら、苦手な数学の一つや二つ‥‥うーん。

 教科書を開いて十分ぐらい‥‥もっとやったかな‥‥それぐらいしてから、ベッドにダイブして続きを読み始める。

 主人公の勇者は、月の光が最も輝く時に、最も強い力を使える。普段は普通なんだけど、その時の描写がかっこよくて! 真剣な挿絵の彼の表情を見てるだけで‥‥明日もまた学校に行ける。

 小説の表紙でお姫様抱っこされてるヒロインのコ‥‥羨ましすぎる!

「‥‥‥‥‥‥」

 とっても月が見たい気分になったので、私は窓を開けて夜空を見上げたの。

 今日あたりリアルでも満月だったような、明日だったような、昨日だったような‥‥気がしたから。

 雲は空気を読んだのか、薄っすらとしかない。だから月だけじゃなくて星もくっきりと見える。

 クリア過ぎて、今の私は遠い星の表面まで見えそうな‥‥そんな気までしてくるけど‥‥それは言い過ぎだね。

 所で肝心のお月さま‥‥あれは完全な円‥‥なのかな?

 私は部屋の明かりを消した。

 その青白い光が部屋の中に燦燦と降り注いでくる。部屋の白い壁は同じ色に輝いてる。

 なるほど、月の光に満たされてるこの状態なら、魔法の一つも使えそう。

 だから私は小説を真似て、両手を上にあげて声をあげたの。

「異なる場所、異なる時間、我が意志は全てを駆ける!」

 ‥‥などと言ってみる。

 うん、月灯りでそんな事を言ってみると、最高に気持ち良い!

 誰かに見られて変な人と思われる前に窓を閉めようか。

 窓の取手に手を触れたその時、月の近くを流れ星が!

 私は焦ったのよ。だって別に何の準備もしてなかったから。流れ星対策してる人何ている?

 せめてさっきの台詞を三回‥‥は無理!

「異世界! 異世界! 異世界!」

 流れ星が消えるまで、三回は言えたけど‥‥何のこっちゃ分からない言葉を繰り返しただけ。

 これだと異世界転生でもしてしまうのかと思いきや‥‥やっぱり何も起こらない。

 ええ、分かってたわよ。現実はどこまでも現実。

「‥‥ふう」

 窓を閉めて暗い部屋でため息。

 こうしてずっと何もない日常を過ごしていくのかと考えてたんだけど、

 =誰か聞こえますか?=

「?」

 頭の中に怪電波が聞こえてきた。

「‥‥‥‥?」

 テレビもラジオも付けてないし、もちろん、部屋には誰もいない。

 =‥‥‥‥失敗かな?=

 =え? 何が?=

 また聞こえてきたので、咄嗟に返事をしてしまった。

 =‥‥まさか‥‥本当に‥‥声が聞こえた?=

 =うん、聞こえてる=

 まずい。このままでは本当に変な人になってしまう。

 科学的に考えよう。つまりこれはアレだ。

 イマジナリーフレンドとかいう、頭の中にも一人の人格がいて話しかけてくる現状。それは脳のバグだと、研究結果は出てる。もしかしたら、それなのか?

 =これがスキルの力なのか‥‥=

「?」

 バグの人(男性の声なので男性?)は構わず喋っている。

 =すみません‥‥あなたは‥‥誰ですか?=

 そんなの、こっちが聞きたいわよ!

 =えっと‥‥三澤瀬利香といいます=

 馬鹿正直に答える。

 =ミサワセリカ‥‥声からすると、あなたは女性ですね=

 一応そのはず。私の頭が、あなたは本当に女性ですか?と聞いてきたら、えらいこっちゃ。

 =そうです。あなたは‥‥男の方ですね=

 =はい、私はナッシュビル、リーゼンダルクといいます。王都で冒険者をしています=

「は?」

 聞きなれた言葉が幾つか‥‥王都‥‥冒険者‥‥今まで、試験前の英単語以上に読み返した言葉じゃないですか!

 =えっと‥‥なっしゅ‥‥ウニュニュ‥‥さんですね=

 駄目だ、全くカタカナは頭に入ってこない。

 =はい‥‥呼びにくいようでしたら、ナッシュと呼んでください=

 ここは変換‥‥梨酒さん‥‥という事で。

 =セリカさんは、何処にいるんですか?=

「‥‥えっと‥‥」

 何処と言われても、自宅の自分の部屋なのだが。この場合、住所を言えばいいのだろうか? いや‥‥王都とか冒険者の人にそれは違うでしょ。

 つまりここは‥‥ロールプレイング‥‥なりきって言うのがいいかと。

 =私は‥‥日本という国の、十七歳の学生です=

 =ニホン?‥‥僕は聞いた事がないな。そのニホンは、このエールロイツ王国から遠いの?=

 梨酒さんは、また絶対に覚えられない国の名前を言ってきた。

 =すみません、その国‥‥分かりません=

 =‥‥そうか‥‥=

 もうその国の名前を思い出せない。

 =セリカさん=

 =えっと‥‥セリカでいいです=

 自分の脳に、さん付けで言われるのもおかしいと思わない?

 =そうですか‥‥では、僕の事もナッシュと呼んでください=

 =はい‥‥ナッシュ=

 うわあ‥‥超、恥ずかしい! 例え、脳内とは言え、男性に呼び捨てにされるなんて、お父さん、お母さんか、先生ぐらいしかいないぞ。同級生はミサワさん‥‥と、恐る恐る話しかけてくる‥‥やっぱり避けられてるんだろうか。

 =本当に、異世界の人と話が出来るなって=

 梨酒さん‥‥じゃなくて、梨酒の声が興奮してるのが分かる。‥‥って、異世界⁈

 =僕のスキルは‥‥異世界通信‥‥でした=

 それからいろいろと説明し始める。

 つまり、梨酒さんはこことは違う世界の人で、その世界の人は、一定の年齢になるとスキルを一つ得るそうな。それが大層な魔法だったり、いまいち使い方の分からないものだったり、人それぞれで、戦闘系?‥‥に役立つスキルを持つ人は冒険者になるんだって。こっちの世界‥‥現実だと、そんなものは何もなくて、皆、何となーく、進む道とか決めて、何となーく、こうなんじゃないかなーって、生きていくんだけどね。

 そんなスキルみたいなものがあるなんて羨ましいってしか思わないんだけど。

 =でも、生涯にたった一つの僕のスキルは異世界通信で、しかも、一定周期にしか使えないという制限までついていました=

「‥‥‥‥」

 それなのに、梨酒さんは冒険者の道を選んだと。他の人は、ファイヤーとかヒールとかいわゆる、冒険に役立つ系のスキルばかりなのに。

 彼が職業を決定したのはつい先日の事。

 =‥‥どうして、そんなに冒険者に?=

 =それが僕の小さい頃からの夢だったから、いつか勇者になれるものだと信じて疑わなかった=

 梨酒はそう言って笑ったけど、多分、苦笑いの部類。

 異世界通信‥‥何のスキルもない私からしてみれば、異世界の人とお話が出来るなんて、素晴らしいスキルだと思うけど、彼が何度か試してみて、やっと通じたのは私だった。

 何だか責任を感じてしまう。

 やっぱり‥‥彼は本当に存在してるんだよ。私の頭がこんな設定でバグってるわけがない。

 =でも‥‥ナシサケ‥‥じゃなくて、ナッシュ‥‥そのスキルが神様から授かったものだとしたら、私と話す事にも何か意味があるから、そうしたんじゃないかって思います=

 =そうだね‥‥実は明日から冒険者パーティーと一緒にダンジョンに潜るんです=

 =ダンジョン!=

 羨ましい! そこで勇者は聖剣を手に、無双して魔物をバッタバッタとなぎ倒していく。いいなあ、私も行ってみたい。

 =ダンジョンと言っても、それほど深いわけでもなくて、そこまで危険ではないんだけど、実の所、緊張していたよ。それでも君と話をしてると不思議に気分が安らぐ=

「!」

 ふごっ!‥‥なとと、一瞬、変な声が出そうになったの。なになに? 私と話して安らいだ? それって聖女の癒し‥‥みたいな? 声しか分からないけど、こんな心揺さぶる台詞を言うなんて、ナッシュは絶対にイケメンに違いない!

 声の主は超絶イケメン美青年‥‥私がそう決めたの、文句ないでしょ?

 でも低難易度ダンジョンかあ‥‥ゴブリンとかが弱い魔物の定番だけど、小説だと、浅い階層でありえない強い魔物が出て、それを主人公が倒す‥‥というのがお決まりになってる。

 =ナッシュ、気を付けてください。きっと、もの凄い魔物が出てきます=

 =まさか=

 =気を付けて‥‥も、どうしようもないので、出来るなら、一瞬で出口に戻れるアイテムとかあれば持っていってください=

 =転移アイテムですか‥‥=

 ナッシュは少し考えてるようだった。

 =分かった。他でもない、あなたが言うのならそうするよ=

 =ふごっ!‥‥い、いえ、何でもないです‥‥=

 しまった。本当に声に出してしまった。

 あなたが言うなら、そうするぅ?‥‥いやもう、参ったなー。これはもう殺すぞ!‥‥と同じぐらいの殺し文句。

 =今度はセリカの話を聞かせてほしい。話せる範囲で構わないので=

「‥‥‥うーん‥」

 私の話って言っても、そんな心躍るような冒険なんてしてないし、むしろ同級生の人とも疎遠で、避けられてるぐらいだから、何を話したものか‥‥。

 でも、とりあえずは一通り言ってみた。

 地球という星と日本という国。幼稚園から大学までの教育制度と、私の通ってる高校とクラスの事。私の両親の事‥‥あと、何があるかな。

 =セリカは同じ身分の生徒に避けられているのですか?=

 =そんな感じです。でも気にはしてませんので=

 =僕は思うんだけど、セリカは‥‥避けられてると思い込んでいる、だけなのではないですか?=

 =でも、話しかけても、顔を逸らされるし、近づくと逃げていくし=

 =君ほど魅力的な人を避ける理由はないと思います=

 =!=

 うぐ‥‥‥また何て事を‥‥アタシはこれで今日は二回殺されたよ。

 =何かの誤解だと思うので、勇気を持って話しかけてください=

 =‥‥はい=

 不思議とナッシュに言われると、大丈夫な気がしてくる。やっぱりこれも魔法なのかもしれない=

 =‥‥そろそろ通信可能な時間が終わります。セリカ‥‥頑張って=

 =ナッシュも‥‥気を付けて‥‥=

 =ありが‥‥=

 言葉は途中で切れちゃった。

「‥‥‥‥」

 その後の私の余韻が凄い。頭がぼーっとしてる‥‥いつもだけど。

 今のは本当にあった事?‥‥それとも私の脳内で作った幻聴?

「‥‥‥‥」

 私は月を見上げたの。いつの間にか雲が出てきてて碧い光を隠してた。

 もしかしたら、周期的に繋がるというのは満月と関係があるのかもしれない。

 次の満月になったらまた彼の声が聞けるかもしれないな。

「ふふ‥‥」

 窓枠に肘をついて一人で悦に浸ってたの。そしたら風が吹いて、くしゅん‥‥いけない。風邪を引く前に窓を閉めて、それから机に向かったけど‥‥。

 さっきの彼の言葉がリフレイン。

 そんなわけでまたベッドにジャーンプ! 

 枕を抱えてゴロゴロとのたうち回る。

 耳が幸せとはこの事か‥‥。

 彼に勇気の言葉をもらったので、なんとなく明日からは色々とうまくやれそうな気がする。

 急いては事を仕損じる。明日できる事は今日するな‥‥って諺があったような‥‥だから今日はもう寝よう。おやすみなさい‥‥。

 そうしていつもの朝。

 可愛い鶏の形した目覚まし買ったんだけど、音も可愛くてコケコケコケ♪‥‥と、しか鳴らないので、何回か寝過ごしそうになってる。

 今日は大丈夫。まだ余裕がある。

 鏡に向かって座って、髪をとかすけど、やっぱり長すぎるんで、テレビから出てくるホラー映画の女幽霊と思われてるのかもしれない。ずっと伸ばしてるけど、今度思い切って美容室の人に聞いてみようかな。

 制服を着て胸元のリボンを結んで‥‥完璧!‥‥鼻からフン!‥‥って、息まいてる。

 今日のアタシは神がかってる。

 何しろ、ナッシュの魔法がかけられてるんだから。

「行ってきます!」

 そして何だか言葉のキレも良い。

 そんな私をお父さんとお母さんは顔を見合わせてる。

 本当はパンでもくわえたまま走れば、それっぽくはなるんだろうけど、さすがに人前でそんな事は出来ないなー。

 これ以上、変なふうに思われたくはないからね。

 実は我が家から学校までは近い。

 学校から少し離れた所で、私はカバンを両手に持ち直して、ゆっくりと歩く。それから背筋は伸ばして前を向いて堂々と歩く。表情はキリッと!

 何でこんな事をするのかって?

 やっぱり避けられてるんで、軽快にタッタッタ‥‥て、走ってたら、私を目にした他の人がビックリしてしまうから、分かりやすいように目立つようにはしてた。ん? もしかして、もっとコソコソしてた方が良かったのかな? 誰かに聞くわけにもいかないし。

 いや! 今日の私は一味違う。普通に声をかけてみようじゃないか。

 そんなわけで学校について二階の教室の前まで来た。スライド式のドアを開けて私が中に入った時の反応は今でも予想がつく。

「よし‥‥‥‥」

 そしてドアを開いて中に入る。ザワついていた教室内が、私が中に入ると途端に静かになった。

「‥‥‥‥」

 私は黙って自分の席まで歩いていく。机の脇で友達とお喋りをしてた女子とか、進行上で邪魔になるであろう生徒はササッと左右に移動していく。これはあれだ‥‥モーゼが海を割ったみたいだ。そんな力が自分にあったとは‥‥プークスクス‥‥と、心の中でそんな事を考えつつも、私の表情筋は一切の仕事をしていない。ただ無言で席につくと、真っ直ぐに前を向いた。

 普段だったらこのまま放課後まで無言で終わるんだけど、今日は思い切って話しかけようと心に決めている。

 だってナッシュと約束したからねー。約束は守らないと。

「‥‥ごきげんよう」

 隣を向いて男子生徒に低いトーンで声をかける。名前は‥‥忘れた。

「ひっ!」

 ビックリした彼は椅子から落ちそうになってる。そんなに驚かなくてもいいじゃない。傷つくなあ。

「‥‥あ、あの‥‥」

「‥‥‥‥?」

 私は首を傾げると、肩に乗っていた髪がパサっと落ちた。彼はそのちょっとした動きだけで、またビクっとする。

「せ‥‥セリカ様‥‥」

「?」

 は?‥‥セリカ様‥‥様って?

「わ‥‥私、何か粗相を?」

「‥‥‥‥」

 は? この人は何を言ってるの?

「いえ、ちょっと聞きたい事があったので」

 ここで表情をどうするべきか?

 1,このまま無表情

 2,ニコっと微笑む。

 3,粗相を怒って、怒り顔になる。

 だから、粗相なんて知らないっての!‥‥なので2を選択。

「ちょっとお聞きしたい事があって‥‥」

 ここで2を実行! 途端に彼の顔が緊張でもしてるのか赤くなってくる!

「ハ、ハイ! 何でしょうか! 俺‥‥自分に答えられる事でしたら、何なりと!」

「‥‥‥‥」

 えっと‥‥何だか頭が痛くなってきた。一体、何なの?

「私‥‥どうして皆さんに避けられてるのでしょうか?」

「え?‥‥そ‥‥そんな事は‥‥」

 彼の目がゲームコントローラーの十字キーの様に上下左右に動いている。うーん、挙動不審、オブ、キング。

「では‥‥どうしてなのでしょう?」

 私はちょっとだけ近づいた。そうしたらね。

「うわ!」

 後ろにのけ反った彼は今度は本当に椅子から落ちたのよ。どすんって。痛そう‥‥。

「あの‥‥」

 とりあえず私は転んだ彼に腕を伸ばして手を掴んだんだけど。

「す、すみません! じ、自分ごときがセリカ様の御身腕を!」

「‥‥‥‥」

 手を振り払って、なりふり構わず教室の外へと走っていく。

「こ‥‥この手は一生、洗いません!」

 ‥‥などと意味不明な言葉を叫びながら、出ていった。

「‥‥‥‥」

 周りの生徒達は黙って見ていた。私が顔を向けると皆が、サッと顔を反らす始末。

 う‥‥まさかここまで嫌われてるとは思わなかった。

 授業が始まる前に彼は戻ってきたけど、彼の腕には包帯がグルグル巻きにされていた。そこはまごう事なき、私が掴んだ手。

「‥‥‥‥」

 ほんとはガッカリな顔をしたいんだけど、変な人に思われたくないんで、一番の無表情を選択。

 とりあえず、今日は失敗。

 私が思っていたより、私へのヘイトはかなり大きい様だ。

 ナッシュ‥‥トライ初日でもう挫けそうです。

 なーんて、こんな事では負けないんだから。

 次の満月まではあと一か月ぐらい。それぐらい期間があれば何とかなるでしょ。

 そんな甘い事を考えていた時期が自分にもありました。

 光陰矢の如し‥‥何て諺があるけど、日々が過ぎる速度は、矢どころか鉄砲の弾より速かった。

 あ!‥‥‥‥と、言う間に満月。

 クラスでの私の嫌われっぷりは闇が深すぎて、ちょっとやそっとではどうにもならないレベル。

 ううん、今はそれより、またナッシュと話が出来るかどうかの方が大事。その後の事は後の事。その時の自分が全力で考えればいいのだ。

 =‥‥セリカ‥‥=

「!」

 月光が室内に満たされた深夜近く、ナッシュの声がまた頭の中に響いてきた。

 私はもう嬉しくて驚いたわよ。

 どれだけ嬉しかったか例えるのは難しいけど、そう‥‥部屋の中で一人で盆踊りしてもいいかなって感じ。

 わっしょい、わっしょい!

 =お久しぶりです、ナッシュ。ご無事でなによりです=

 つまり無事にダンジョンから帰ってきたみたい。

 =セリカの言う通り、低難易度ダンジョンにはいるはずのないモンスターが現れました=

 =え?=

 =あなたの脱出アイテムの提案がなければ、今頃、パーティー全員が命を落としていたと思う。感謝してもしきれない=

 =いえ、私は何も=

 驚いた。本当にファンタイジー小説の定番イベントが発生したんだ。

 と、言う事はナッシュは主人公か、そのメンバーとい事になるよね。そうでなかったら、そんなイベントなんてなくて、普通に小銭稼いで終わったはずだし。

 =僕は‥‥最初にこのスキルを得た時、ハズレを引いたと思いました。僕と一緒にスキル受諾の儀式を受けた友人達は、皆、魔物を倒せるようなスキルばかりだったので。ですが、今はその考えは間違っていたと思ってる。‥‥セリカ‥‥あなたの様な素晴らしい人と会話を出来る事がどれほど凄い事で、幸運な事か‥‥神に感謝しているんだ=

 =それは大袈裟ですよ=

 いやー、マジですか? そこまで感謝されると照れるなー。もっと言って。

 =怪我とか大丈夫でしたか?=

 =僕はかすり傷でしたが、他のメンバーの怪我が酷くて、しばらくは冒険には出れないと思う=

 =そうですか。では、しばらくは悠々自適ですね=

 =ゆうゆうじてき?=

 =え? はい、忙しい生活から離れて、まったりと暮らすって意味です=

 =‥‥そうですね=

 ナッシュの声が少し寂し気だ。しまったな。他のメンバーが療養中なのに遊んで過ごせるはずがないじゃない。駟不及舌‥‥しもしたにおよばず‥‥一度口にした言葉は取返しがつかないとはこの事か。

 =セリカの方はどうですか?=

 =‥‥えーっと‥‥=

 とりあえず無事って言うか‥‥何も変わらないって言うか‥‥。

 クラスメイトとお話をしようか作戦は完全に失敗したー‥‥って、言いづらい。

 =話しかけてはみたのですが、やはり避けられてしまってうまく、会話は出来ませんでした=

 =セリカは、仲良くしたいと思ってる?=

 =もちろん=

 でも、正直に言ってみる。なーんでだろうね。ナッシュには何でも話せる。他の人ともそうなれたらいいのに、嫌われてる理由が分からない。

 =では、差し出がましい様だけど、僕の意見‥‥と言うか、アドバイスをさせてほしい。パーティーを救ってくれた事の恩を返したいんだけど、僕にはこれ以外には思いつかない。‥‥もちろん、セリカが良かったらだけど=

 =もちろん大歓迎です=

 =そうか‥‥では改めてセリカの話をまとめてみたけど‥‥僕にはセリカが嫌われてるようには思えないんだ=

 =私が顔を向けるだけで、顔を背けてくるんですよ? 絶対に嫌がってます=

 =別に悪口を言われたり、乱暴な事をしてくるとかはないんだから、お互いのすれ違いの可能性があると思うよ=

 =でも、会話が続かなくて‥‥=

 途中で逃げていくのではどうしようもない。

 =もしかして、いつも一人で行動してない?=

「‥‥‥‥」

 ナッシュには見えてないけど、反射で頷く。

 登校中、休み時間、お昼、下校‥‥一人。部活も入ってないので、会話の中に入るのが難しいというのもある。

 =強引に輪に入るというのは難しいね。僕も最初に冒険者の仲間を作るのは時間がかかったから=

 =ナッシュはどうやって仲間を作ったの?=

 =僕は、ひたすら自分の力を上げようと努力したんだ。戦力として認められれば、絆が生まれ、仲間が出来ると信じていたから=

 =‥‥戦力になる‥‥か‥‥=

 この現代日本ではそんな戦はないのだけど、一体、どうしたら認めてもらえるのか。

 =とにかく時間がかかるものだよ。諦めないで=

 =分かりました。ありがとうございます=

 ナッシュからの返事はない。おかしいなと思って夜空を見上げると、月が雲に隠れていた。少しでも円が崩れると交信が出来なくなるみたいなので、時間的にいっても、そろそろ終了の頃合いか。ちぇっ‥‥もう少し話したかったな。

 七転八起‥‥今週は駄目だったけど、こんな事でつまずいてはいられない。

 またナッシュからアドバイスももらった事だし、有効に活用しないとね。

 その為にはどうするべきか‥‥。

「‥‥‥‥むう‥‥」

 私は明日の時間割を睨みながら、計画を立てたの。

 そうしてまた次の日がやってくる‥‥当然なんだけど。

 席について朝のホームルームの時間、私はひたすら一限目の英語の時間を一日千秋の思いで待ち続ける。

 つまりクラスメイトに認めてもらう事が、友達をつくる事なんだ。

 簡単な事じゃないか!

 そして待ちに待った一限目開始。

 先生は長い日本語の長文を黒板に書いてる。

「ではこの文を英訳してください‥‥」

 一、二、三秒‥‥よし、誰も手を上げないな。

 今だ!

「ハイ!」

 そう、このタイミングで前に出る。いつもなら、目立つの嫌なんで、そんな事はしないのだが。

「で‥‥では‥‥三澤さん‥‥」

「‥‥‥‥」

 私は背筋を伸ばして黒板に向かう。教室中は静まり返ってる。黒板までの短い距離‥‥私の革靴のコツコツという音だけが響いてる。

「‥‥‥‥」

 到達後、チョークを持って、カツカツ‥‥と、英文を書いていく。

 決して表情を変えてはいけない。今こそ、クラスメイトに認められる絶好の機会なのだ。余裕を見せないとね。え? 別にこんなの何て事ありませんよ‥‥みたいな。

「‥‥出来ました」

 肩の髪を片手で撫でる。

「あ、ああ‥‥正解だ」

 先生はそれしか言わなかった。

 良かったー! 真面目に焦ったー。間違ってたら、それこそ笑い者で、信頼を勝ち取る処じゃなくなるってもので。

 で、私はまた背筋を伸ばして歩いて席に戻る。

 名前も憶えていないクラスメイドがボソボソと何かを話してる。

 多分、これで少しは認められたと思う。

 次の時間の数学も、その次の現国も、私は積極的に前に出る。

 完璧‥‥と、思いながら席に戻る時、

 “氷の姫はどうしたんだ?”

 なんて声が耳に入ったけど、それって私の事なの? 

 氷って、冷たい、硬い‥‥かき氷を食べると頭が痛い‥‥と、あまり良いイメージが無い。姫というのは、その長という事になるよね。だとしたら、そんなマイナスイメージがまだ払拭されていないという事なんだね。

 やっぱ、ダメなのかな。

 ごめん、ナッシュ。やっぱ無理だあ。

 次は体育。今月はテニスの授業。

 学校のジャージに着替えて校庭脇のテニスコートに移動。歩きながら、後ろに髪を縛る。

 整列する時、他の女子達と並ぶと、私は頭半分くらい高い。もしかして、それも良くない原因?

 女の子としては、やっぱり小さい方が可愛いと思う。服とか色々選べるし。私はヘタすると、並の男子生徒と同じぐらいの身長だったりする。そこにプラスして、長い髪というのはウザいかもしれない。でもね、小学生の時、一回だけ短くしたら、何かヤだった。何て言うか、うなじ部分の装甲がないみたいで落ち着かない。今は束で結んでるんだけど、隙間から首の後ろが見える‥‥嫌だなあ。

 テニスの授業と言っても、実際はテニス部員の打ち合いを見学するだけで、何をするわけでもない。だから他の女子達は友達と喋りまくってる。私はぼっちで一人だから黙ってるだけだけど。

(‥‥‥‥諦めないでください)

「‥‥‥‥」

 そうだよねー。分かってるよナッシュ。こんな事ぐらいで諦めない。

 百折不撓‥‥ひゃくせつふとう、百回折れても挫けたりはしないのだ。

「‥‥‥‥」

 私は黙って立ち上がった。

 雑談してた女子の声がピタっと止まった。少し離れた所にいる男子生徒もこっっちを見てる。

「‥‥‥‥」

 私は審判席の高い椅子に座っている先生に歩いていった。

「先生」

「どうした?」

「私にも少しプレイさせてもらえますか?」

「え?‥‥ああ、いいけど‥‥」

 ラケットを貸してもらって、コートに立った。

 相手はテニス部の女子で、もちろん、ネット越しに顔は見えるけど名前は覚えがない。

 サービスは向こうから。私は足を少し開き、姿勢を低くする。

 彼女は地面でボールを何回かバウンドさせてから手に持ち、それから力一杯に打ってきた。

「!」

 アウトラインギリギリだったけど、私はそこまで移動して打ち返す。

 返したボールは彼女の側のコートに落ちて、反対側に跳ね返って外に出た。

 “おー!”

 なぜか男子生徒達が一斉に声を上げた。

 こう見えても運動は得意。

 お父さんがよく家に呼ぶ、外国人の一家の人が私にテニスを教えてくれてた。もちろん、遊び半分でやってたけど、五歳ぐらいからやってるから、キャリアが違うのだよ!

「!」

「‥‥く」

「‥‥」

「はっ!」

 う‥‥やられた。

 予想していたより、きつい。もっと簡単だろうと考えてたけど、相手もなかなか、ボールを落としてくれない。

 コートの中で、打ち合う音と私と彼女の声だけが響いてる。

 そういうわけでもう汗だく。

 で、かなり長い時間プレイした後‥‥。

 ポイント先取に成功して勝利!

「‥‥‥ふう‥」

 何とか勝てたけど、かなり精いっぱい。これで良かったのか分かんない。

 で、笛が鳴った途端に皆の拍手。

 “すげー テニス部の相沢を翻弄してたよ”

 “氷の姫があんなに動いてるの初めて見た”

 “それに見たか? 姫ってやっぱり大きいんだな。あの躍動感と揺れ‥‥たまんねえ”

 “俺‥‥テストが終わったら、姫に話しかけてみるんだ”

 “いや、お前、それフラグだから”

 “あのタオルもらえないかな”

「‥‥‥‥」

 私はもう、耳を某世界的アニメの耳の大きな像みたいにして、周囲の話を聞いている。

 大きい‥‥やっぱり背が高いのは目立ってしまうようだけど、思ってたよりマイナスイメージではないようだ。良かった良かった。

 それよりも、誰かが私と話をしようと試みるらしい。これは物事的には小さな事だけど、私にとっては偉大な一歩だ。

 計画は順調に進行している。次の満月の日が楽しみで、このまま駆け出して、ヤッホー!って叫びたいぐらい。でも周りにはまだ人がいて、視線が集中している。顔が赤いのは運動した後な事と、目立つのが嫌いなのに、衆人環視の只中にいる事が原因。

 ここは冷静さが必要。私はニコと微笑みながら、失礼‥‥って感じで一人で校舎の中に入った。

「むふふふ」

 誰もいない事を確認すると、自然に顔が夏場のチョコレートみたいになる。

 楽しみだ。ああ楽しみだ。

 ナッシュは喜んでくれる。その顔は見れないけどね。

 待ってる間の一か月は長いの何のって‥‥。え? こんなに長かったっけ? 知らない間に憲法改正して、一か月をこれから二か月にしましょうみたいな事になってない?

 そうして満を持して迎えた満月‥‥いや、別に満の字をかけたわけじゃないのよ。

 やっとスタート!

 =こんにちはセリカ=

 久しぶりに聞いたナッシュの声は何処までも優し気で、やっぱりイケメン声。

 いつもはナッシュが先に話し始めるけど、私は破竹の勢いで(関係ないけど、私はずっと家畜の勢いだと勘違いしてた。それだとノロノロと遅いじゃん)

 =それで、テストが終わったら、ちゃんと話す人が出来そうです。これもナッシュのおかげです=

 =いえ=

 =?=

 今日のナッシュは歯切れが悪いって言うより、元気がない気がする。それは多分、気のせいじゃなくて、本当に何か落ち込んでる。

 =‥‥あの‥‥何かあったんですか?=

 ストレートに聞いてみた。こういう時はちゃんと聞かないと分からない。

 =え?‥‥それは‥‥=

 ちょっとだけ間があった後、

 =やはりセリカは凄いな。僕の心を読んでるようだ=

 =それは‥‥=

 ここは何か気の利いたジョークで場を和ませたいものだ。

 =何でも分かりますよ。私はナッシュの力で呼ばれた聖女なんですから=

 =‥‥そうでした=

 ずこ‥‥と、倒れそう。そこはもう、何言ってるんですか? ペシ!って肘で突っこむ所じゃないか。

 =確かにそうだ。忘れてたよ=

「はは‥‥」

 もう乾いた笑いしか出てこない。

 =実は‥‥僕は今までいたパーティーから追放されてしまったんだ=

「え⁈」

 追放系? そっちのなの?

 =前回の傷も癒えたので、パーティーで再びダンジョンに潜ったんだけど=

 =え、もう?=

 =そこを踏破すると望む強力なスキルが手に入るらしいという噂があって、パーティーメンバーが乗り気になってしまって。前回の失敗を繰り返したくはないという思いが強かったんだと思う=

 =なるほど=

 =そこで僕達はトラップに引っかかってしまったんだ。二階層から一気に最下層へと転送されてしまって=

「‥‥‥‥」

 あー、よくある話だ。それでもって、追放を決めた人や、パーティーの仲間とかも大体想像がつく。多分、あんな輩。

 =そこで牛の頭と蝙蝠の翼を持つ悪魔のような魔物に襲われて‥‥僕達は戦ったけど、とても歯が立たなくて‥そこで突然、追放と言われたんだ。リーダーは勇者のスキルを持つ人で、冒険初心者の僕は今まで随分と世話になったんだけど‥‥彼に突然斬られて‥‥動けなくなった僕を置いて‥‥皆は逃げていったんだ=

 =それで‥‥今は大丈夫なの?=

 =今は‥‥静かです。パーティーが逃げる時に魔法を撃って、その影響でダンジョンの天井が崩れて‥‥僕はその下です=

 =え⁉=

 いや、それなら猶更、私と何で話してる場合じゃないってば!

 って、言うか、知らなかったとは言え、私は学校の話なんて嬉しそうにキャッキャと話してたとは‥‥馬鹿じゃないの、私!

 =そこから出られそう?=

 =びくともしない。何度も試したんだけど無理そうだ。僕は強力な魔法も怪力も使えないし、転送アイテムも持っていかれてしまったので=

 =‥‥‥‥=

 こんな時、何て言えばいいんだろうか。

 言葉が見つからないよ。

 =セリカ‥‥本当は話さないで終わろうと思っていたんだけど、最後にあなたに謝りたかからスキルを使ったんだ。今日がその使える日だという事は神に感謝しなければならないな=

 =謝りたい?=

 =ええ‥‥僕は‥‥あなたに‥‥仲間をつくる事の素晴らしさを言ったけど。こうして‥‥裏切られる事もある。僕も初めての経験だけど=

 =そんな事はありません!‥‥今回はたまたまそういう人と当たっただけで、全員がそんな人ではないです!=

 =‥‥そう‥‥そうかもね=

 そう言ってナッシュは笑った。

 =また、あなたに救われたよ。このままだと、僕は彼らを恨んだままで終わる所だった=

 =‥‥‥‥=

 終わる?‥‥いや、まだ終わらない、だって、小説はここから始まるんだから。

 この後で主人公の取る行動は何? どうやって窮地を脱出した?

 ナッシュのスキルは異世界通信‥‥つまり私と話す事だけ。だから私が力にならないでどうするの!

 最初は現状確認。

 =手が動かせる?持ちものは?=

 =回復薬などはない。あとはナイフが一本と、途中で倒した魔物の体の一部が少し‥‥ぐらいです=

 =魔物の体の一部?=

 =ああ、それはギルドに魔物を倒した証として持っていくものです=

 =‥‥魔物の体の一部‥‥=

 確か‥‥それを使って逆転した物語があったような‥‥。

 =ナッシュ‥‥その魔物の肉‥‥たべられますか?=

 =とんでもない! これは毒だよ。時々面白半分に食べる人がいたりするけど、その人達は皆、苦しんで死んでしまった=

 =ちょっと待ってて=

「‥‥えっと‥‥」

 本棚から何冊かの小説を出して広げる。最初のページだけでいい。時間がない。交信時間が過ぎたらほんとに終わってしまう!

 ハリーハリーハリー!

「これだ!」

 ここで無駄な記憶力の良さが役だった。

 =ナッシュ、聞こえますか?=

 =はい=

 =やっぱり、その肉を‥‥食べてください=

 =‥‥‥‥=

 =食べて‥‥苦しいかもしれませんが、あなたは死にません。あなたは、生きて、あなたを裏切った人に思い知らせなければならないからです。強い生への執着があれば‥‥生きてその魔物の力を手に入れる事ができます=

 =‥‥生への執着‥‥=

 =だってナッシュは‥‥冒険者になって‥‥勇者になりたいわけでしょ? だったら、あなたそんな目に会わせた偽勇者をとっちめなければならないわけで、つまり、何が言いたいかと言うと、そんな所で終わる人ではないって事です。だから大丈夫です=

 =‥‥それは‥‥=

 迷ってる。ああは言ったものの、私だっていきなり死ぬかもしれないものを口に出来るかとは思えない。

 =分かった。どうせこのままこうしていても死ぬだけだし。それならセリカの言う通り、その可能性に賭けた方がいい=

 =‥‥ナッシュ=

 参考にした小説のページを捲る。

 =その得た力でそこから出たら、すぐに魔物が襲ってくると思います。どんな力か分かりませんが、それを使って倒してください。倒したら‥‥=

 =その魔物の肉も食べるんですね=

 =はい=

 そうしてどんどん力をつけていけば、ダンジョンを自力で脱出できるはず。この本の主人公はそうした。

 =‥‥では、やってみる。交信は終わり=

 =頑張ってください=

 本当に私は気の利いた事が言えない。そういう所だぞ。

 =セリカも頑張ってください=

 =‥‥それではまた次の‥‥=

 私の最後の言葉は多分、ナッシュには届いていない。

 次の満月に‥‥と言いたかった。

 自分がそんな状況なのに、私の事まで気遣ってくれるなんて、イケメンを通り越してもう聖人の領域。

「‥‥ナッシュ‥‥無事でいて」

 私は両手を組んでただ祈り続ける。こんなに真剣に誰かの事を思うなんて、今まで無かったと思う。

 次の満月に、声が聞こえなかったら彼はもういないって事になるけど‥‥そんな事は考えたくはない。

 いやいや、絶対大丈夫だよ。

 私は私に出来る事をやろう。

 ナッシュと次にお話した時にちょっと自慢が出来るぐらいに。

 だから明日からの私は全力! 

 追放系の主人公に比べれば、私の学園物なんて、イージーモード過ぎるってものよ。

「行ってまいります! お父さま! お母さま!」

「‥‥い‥‥いってらっしゃい」

「あ、ああ‥‥」

「それでわっ!」

 翌日になって、ふんす!‥‥と、鼻息荒く登校する。

 すっかり忘れてたけど、今日は期末テストの日だった。

 でも当日に慌てる事はしないのだ。

 英数国理社‥‥慌ただしく一日で全教科が終わる。もちろん、卒なくこなした。

「‥‥ふう」

 疲れたけど、ここで両手を広げての伸びをするのはやめとこう。

 今日は少し遠回りして、隣町の本屋まで行く用事があるのだ。

 そこで待ちに待ってた小説の新作を買う。目撃者があってはならないんだけどね。

 “お、おい‥‥早く行けって‥‥”

 “ま、待てって‥‥まだ心の準備が‥‥”

「?」

 筆記用具をカバンにしまってた時、まだ残っていた三人の男子生徒が、一人の背中を押している。

 押されてたその人は、ゴホンと咳払いしてから私の方にゆっくりと歩いてくる。右手と右足が同じタイミングで揺れてる。ロボット? こんな人、ほんとにいるんだ。

 って、私の前でピタ‥‥と止まる。

「こ‥‥こんにちは‥‥み‥‥三澤さん」

「?‥‥こんにちは?」

 もう下校するというのに、彼は何を言い出すんだ? 朝から教室にいるじゃん。

「今日は‥‥その‥‥お日柄も良く‥‥」

「‥‥雨が降ってきたみたいだけど」

 私が手を窓に向けると、それが合図だったかのように、黒雲があっと言う間に空を埋め尽くして、すぐにザザー‥‥と、大雨警報並みの雨が降ってきた。

「え?‥‥ああ、そうですね‥‥あはは」

「‥‥‥‥」

 お前は何を言ってるんだ? いつもの私なら、ごきげんようって、先に行っちゃうんだけど、今の私はそんな事はしない。

「あの‥‥何か?」

「あ‥‥実は‥‥その‥‥」

 彼はチラっと後ろを振り返った。後ろの人達は手を振って答えてる。一体何?

「今日はテスト終わりで疲れたし‥‥皆で、どこかに行きませんか?」

「え?」

 私はね、それはそれは驚いたわよ。

 放課後、一緒に下校‥‥男子生徒達と一緒‥‥これはもう、絵に描いたような青春ラブソディ。で、でも、急にハードル上げて大丈夫かな? 何か粗相でもしたら、途端に化けの皮が剥がれて、また前の避けられる学園生活に逆戻り‥‥は、嫌だよ。

 小説新作は‥‥まあ、明日でもいいか。

「じゃあ、私達も一緒していいかな?」

 そこで女子の一団が合流してきた。

 これはもう完全にぼっちから脱却出来たのでは?

 そうしてその日はカラオケという、ぼっちでは決して入ってはいけない神聖な場所へと到達する事も出来た。

 男子達は、何やらいろんな歌を歌ってるけど、それがうまいのか下手なのか分からない。愛とか好きとか‥‥歌詞にはそんなのがたくさん出てくる。つまりはラブソングって奴?私は実の所、最近の歌は知らないのだ。辛うじてアニソンは知ってるけど‥‥それを歌って良いものか‥‥。

「あの‥‥姫さまは何を歌うの?」

 小柄な女子生徒が聞いてきた。いい加減名前を覚えないと、次に会った時が怖い。

 ううん、そうじゃなくて、注目すべきは、姫さまってキーワード。

「どうして私の事を姫って呼ぶの?」

「何て言うか‥‥三澤さんは勉強も運動も出来て、背が高くて顔が小さくてモデルみたいだし、肌も綺麗だし、でもいつも一人でいて、あまり笑ったりしないから、皆で、氷の姫って言ってたの」

「そんな事は‥‥」

 うひょ! これはビックリ仰天! それは褒め過ぎってものよ! なんだー嫌われてたんじゃなかったのか。ナッシュ! あなたはやっぱり正しかった。

「クラスの中にも外にもファンクラブ的なのもあるの、彼らもそうなんだよ」

「‥‥‥‥」

 そう言えば、歌いながらチラチラと私の方を見てくるのが気にはなってた。

 氷の姫‥‥響きは悪くないけど、私はそんなんじゃない。

「三澤さんとお話し出来てよかった。ちょっと緊張してたんだよ」

 別の女子が私の後ろから腕を回してくる。

「テニス部のコと試合してた姿、かっこよかった。私もファンになっちゃった」

「私も!」

 彼女の体温が温かい‥‥こうして他人の体温を感じる日が来るなんて全く思いもよらなかった。

 もしナッシュと話す機会が無かったら、こういう日が来る事もなく、氷の姫と裏で呼ばれて高校生活はぼっちで終わってたはず。

 ナッシュ‥‥今、この瞬間の出来事をあなたに伝えたい。

 最初から始めて最後まで。

 もういい、くどいって言ったって、全部喋るからね。

 だから絶対に無事でいて。

 そして言わせてよ。こちらこそありがとう‥‥って。

 そうして運命の日。

「‥‥‥‥」

 その日の夜は快晴。

 少し寒いけど私は窓を全開にしてから正座して待機中。

 朝から何も手がつかない状態。学校にも行きたくはなかったけど、行かないわけにもいかず。お父さん達にわけを言う事ももちろんできないので、仕方なーく、登校はした。

 一学期の終業式‥‥何で一日ずれてくれないのよ! 昨日でいいじゃん。

 まあ、早く家に帰った所で、出来る事は何もないんだけどね。部屋の中でのたうち回ってるのは、それはそれで嫌すぎるから丁度良かったのか。

「‥‥‥‥」

 目を閉じてても月の光が当たっているのが分かる。今は雲が隠している。‥‥薄目を開けてみると正解。別に遊んでるわけじゃないんだからね。

「‥‥‥‥」

 おかしい。もう連絡があっても良い時間なのに、聞こえてくるのは自動車の音ぐらい。

 まさか‥‥まさかまさか‥‥。

「ナッシュ‥‥」

 ちょっとだけ諦めかけてたその時‥‥。

 =セリカ=

「!」

 今日は何度も驚かされたけど、今のは極めつけ。

 ナッシュの声が聞こえた時は、口から心臓ボヘエェ‥‥だったら、私が死んでるから、そうではないんだけど、とにかく驚いたの!

 =ナッシュ!=

 =僕は生きてる。生きてこうしてあなたと話をしている=

 =よ‥‥良かった‥‥=

 それ以上の言葉が出てこない。感極まると、話せなくなるっていうのは本当だったんだ。

 =魔物の肉は‥‥苦くて‥‥あまり思い出したくもない味だった。飲み込んだ瞬間、息が出来ないほどで、あれは我慢できるものでなかった。それから血を吐いて‥‥=

 =‥‥‥‥=

 それは‥‥私だったらやっぱり無理かも。生肉なんて、馬さしすら駄目だし。まして魔物の得体の知れない肉なんて。口の近くにすら持っていけない自信がある。

 =いつの間にか気を失ってた。その夢の中‥‥君はいつも僕を励ましてくれてた気がするんだ。僕に伝えたい事があるから、無事でいてと‥‥=

「‥‥‥‥」

 その言葉を聞いて、私は息を飲んで口を両手で押さえたの。

 以心伝心とはまさにこの事。

 =どれぐらい時間が経ったのか分からなかったけど、僕は目が覚めた。何とか体が動かせるようになった時、少し力を入れただけで、肘に当たっていた岩にヒビが入ったのが分かったんだ。僕は‥‥怪力という新たなスキルを手に入れていたんだ=

「‥‥‥‥」

 怪力‥‥多分、オークが持ってる能力だったと思う。言っておいて今さらだけど、ナッシュの世界はファンタジー世界なんだって実感する。

 =セリカの言う通り、瓦礫から抜け出た後、すぐ近くに魔物がいた。それは、パーティーを襲った牛頭の悪魔だった。アークデーモンは勇者のスキル持ちが数人がかりで戦う相手で、本来なら、僕がかなう相手ではなかった。戦ってる最中も、何度ももう駄目だと思う時もあった。そして僕はデーモンに噛みつき、肉を引き千切って飲み込みました。すぐに全身に激痛が走ったけど、僕はデーモンのスキルを得ていたんだ。その力を使って僕はデーモンを倒す事ができたんだ=

 =‥‥‥‥=

 =上の階層に戻る事はそれほど難しくはなかった。アークデーモンが最下層のダンジョンの主だったから、それを超える魔物はもういない。そうして僕は脱出する事が出来たんだ=

 =そっか‥‥=

 さらりと話してるけど、大変だったのは分かる。小説の中の主人公は、最初に魔物を口にした衝撃で全身から血を吹きだしてるし‥‥。でも、やがて勇者になる彼は、大好きな幼馴染の少女に告白する為に、決して諦めなかった。そうして村に戻った彼が最初にした事は、彼女を抱きしめる事だった。

 ん? これって今の話を私とナッシュに置き換えると、ナッシュが勇者で、私がナッシュの好きな幼馴染の少女って事になる。でも私は彼の幼馴染じゃないしなあ。そこは違うのか。

 =ダンジョンを踏破したので、選んだスキルを一つ入手する事が出来たんだ。そのスキルは‥‥=

「‥‥‥‥?」

 部屋の中に何か人影が浮かび上がってくる。背の高い‥‥男の人‥‥輪郭がはっきりしてくると、それは金髪の若い男性だった。

 ファンタジー世界の人がよく着てるような鎧を着てる。私はその人を見た事はない。

 でも、それは良く知ってる人。

 あんなにご飯が好きな私が、まるで何も食べれなくなる程に心配した人。

「‥‥ナッシュ‥‥」

「‥‥‥‥」

 ナッシュは笑った。想像してた通りの笑顔だった。

「セリカ‥‥だよね?」

「はい」

「‥‥‥‥想像してたより‥‥」

「どうだった?」

 そんな意地悪な質問をしてみる。

「綺麗だ‥‥長い黒髪は星空より、真っ白な肌は新雪の雪よりも‥‥」

「‥‥‥‥ぎ」

 ぎゃふん!‥‥と、心の中だけで叫ぶつもりが、ちょっとだけ口から洩れてしまった。

 何、その誉め言葉! 殺し文句だとしたら、もう二、三度死んでるわよ。よくそんな、聞いたら恥ずかしくて、穴を掘ってブラジルまで抜けそうな事を‥‥素敵すぎる!

 あ‥‥しまった。まさか、こんな事になるとは思ってなかったから、今着てるのは、昔、ネズミのテーマパークで買った、そのキャラクターがプリントしてある、膝まであるロングTシャツ‥‥まずいそ!

 私をそう言ってるナッシュの方は、人気絵師が腕によりをかけて描いたような、金髪美青年、もちろん、服装もファンタジー感バッチリ!

「‥‥え?じゃあ、せっかく、勇者のスキルを得る機会だったのに‥‥そんな‥‥」

 スキルの名前は知らないので、仮に、異世界通信改とでもしておこう。いや、通信というか、もうそんなレベルじゃない。異世界転送? え? 待って!‥‥もしかして触れる?

「僕にとっては勇者のスキルより、こうしてセリカと会える事は、ずっと価値のあるものなんだ」

「‥‥‥‥」

 ナッシュは私のすぐ前に立った。そうしてゆっくりと‥‥恐る恐るって感じで手を伸ばしてくる。私も手を出して彼の手に重ねた。

 温かい。この感じはつい最近、同じクラスの女子から感じたものと同じ。

「ありがとう。全部、セリカのおかげだ」

「え?」

 彼に引き寄せられて、私は彼の腕の中にいた。

 幼馴染じゃないけど、彼が好きな人ポジションではいるみたい。

 ううん、今はそんな事はどうでもいいの。

 この温もりをずっと感じていたいから、私は黙って目を瞑ってた。

「‥‥‥‥」

 月の光が欠けてきた頃、彼の姿は消えていた。

 こんな時、小説の中のヒロインはどんな行動をしてただろうか。

 窓際に肘をついて、神様、彼を助けていただき、ありがとうございます‥‥と、祈りをささげているような気がするけど、私はそんな事はしない!

「くうう!」

 と、意味不明な言葉を叫びながら、ベッドにジャンプ。マットレスのスプリングが効いて、体が何回も跳ね上がる。

 そうして抱き枕の、イルカのスイちゃんに顔を埋めながら、右に左にのたうちまわる。

「むふふふふ!」

 いかんいかん、ヨダレが‥‥。このシーンだけを抜き出すと、私は全くヒロインでも無ければ、聖女でもない。でもいいんだ。

 彼の好きな人の位置にいるのなら、何だっていい。

 来月の満月が楽しみすぎる。それまで何していようかと思ったけど、現実は現実で、いろいろあるもので、

 あれから一週間ぐらい経った頃かな。いつもの様に、彼の事を妄想しながら登校してた。

「お早う!」

「お早うございます」

 前と違って声をかけてくれる人も出来たし、休み時間に話をする人も出現していたりする。

 で、私はいつもの様に下足箱に履いてた革靴を入れようと、蓋をパカ‥‥と上に持ち上げた時ね。

「‥‥‥‥?」

 何か紙のような白いものがパラ‥‥と落ちた。

 拾いあげてみると、それは手紙。宛先として、三澤瀬利香様とあるけど、差出人は書いてない。

「!」

 ぐおっ!‥‥これはいわゆる、ラブレターというものでわ? 学園物でたまに見るけど、まさか本当に実在したとは。今までUMA‥‥ユーマという未確認動物の一種だと思ってた。いや、動物ではないから違うのか。

「あれ? 姫さま、どうしたのー?」

 最近ちょくちょく声をかけてくる女子が、ユーマを見て硬直してる私に近づいてきた。

 彼女の名前は‥‥えーっと‥‥あの忠犬ハチ公の銅像と関係してると覚えたような‥‥あ、思いだした!

「あ、上野さん、お早うございます」

「‥‥‥‥?」

 小柄な彼女は首を傾げた。小柄と言っても、普通の身長なんだけど。

「‥‥上野さんって?」

「‥‥あ」

 間違えた、上野は西郷さんだってば!‥‥銅像繋がりで、記憶が引っ張られたって事、誰でもあるでしょ?

「ううん、何でもないの、渋谷さん」

 私はニッコリと笑ってごまかす。

「ね、姫が持ってるのって、もしかして‥‥」

「‥‥‥‥」

 どう言って良いか分からず、私は彼女にそのまま渡したの。

「やっぱり!‥‥ねえ! これって!」

 大騒ぎして、丁度登校してきた同級生(多分)に走っていって見せてる。

 ちょ‥‥待てよ!

 すぐに、女子六人による黄色い声があたりに響く。何事かとまわりの人達が振り返ってるし。で、中を開けて回し読みしてるし‥‥。

 あの‥‥個人情報とか、プライベートとか‥‥ないんでしょうか?

「姫さま、これって!」

 その女子集団に囲まれる。広げられた手紙の文字が嫌でも目に入ってくる。

 何々‥‥。

「突然の事、申し訳ありません‥‥いつも、遠くからあなたを見ていました。それでも孤高の存在のあなたに、この気持ちを打ち明ける勇気がなく、ずっと心に秘めていました。ですが、最近になってあなあの目覚ましい活躍を見て、いても立ってもいられなくなり、このような文を書きました。今日の放課後‥‥屋上まで来ていただけないでしょうか?」

 中には差出人の名前が書いてあった。

「‥‥‥高中純也‥‥」

 誰だろう‥‥と、考えるまでもなく、

「三年の先輩‥‥生徒会長じゃん!」

 上‥‥渋谷さんが説明してくれた。

「そうなんだ」

「凄―い! あの会長から、こんな手紙をもらえるなんて!」

 あの会長‥‥知らない間にこの学校には複数の生徒会長が存在してたのか?

 それから延々とその人の事を説明してくる。学園ものの小説では、こうして説明の補足をしてくれるキャラが出てくるけど、渋谷さんは、まさしくそれだ。良し! 完全に渋谷さんは覚えたぞ。

 で、その生徒会長は三年生。二年の時にアメリカに留学してて英会話は凄いとか。成績はいつも学年一位で、スポーツも出来る。クールな雰囲気は、他校の女子にも人気がある‥‥なんて事を言ってきた。

 私は、ふーん‥‥って感じで聞いてたけど。

「でも姫さまとならお似合いよねー」

「そうそう、まさに、王子さまとお姫さまって感じ!」

 何か勝手に話が進んでるけど、私は、その人の事は初耳で、全く知らないんだけど。

「放課後が楽しみね」

「え?‥私、行くの?」

 私が?な顔をすると、女子集団が一斉に、えー!っという声を上げた。

「だって、会長からお誘いが来たのに!」

「行かないなんてありえない」

 ‥‥などと、言っており、私は心の中で、はあああ~と、大きなため息。

 こんな時は、一人の方が良かったと思う。

 面倒だなあ。

 ナッシュに相談したいけど、今日の放課後だと間に合わない。

 会って、何を言われるかは、多分、想像通りだろうね。

 好きです‥‥とか、言ってくるんだろうけど、そんな今、始めて名前を知った人には答えようがないじゃない。

 こういう事はもっと時間をかけて‥‥。

 でもそこで私は気が付いたの。

 ナッシュの事も知ってるようでよくは知らない。そもそも会話だって、月一の数分だけで、そんなに話してもいない。顔を見たのもこの前が初めて。

 それでも彼の事を考えるだけで、顔が赤くなる。多分、これが好きって事なんだ。

「やっぱり‥‥私は‥‥」

 周りからの視線が痛い。

 仕方がないので、会って断ろう。

 いつもの様に、授業は何なくこなしてすぐに放課後。

 小説とか読んで疑問だったんだけど、普通、屋上に出るドアって鍵がかかってるもんじゃないの?‥‥と、思ったら、今日だけ開けたそうな。

 生徒会からの申請によりって‥‥そういう事だったのか!

 屋上の出っ張った場所?から外に出ると、結構、風が強い。横風に煽られて髪とスカートが激しく靡いた。

「‥‥‥‥」

 ビュー‥‥っていう音しかしない中、ゆっくりと歩いていく。これはもう、果し合いのイメージだ。

 そして振り向けば、クラスのほとんど全員がその屋上の出っ張りの裏に隠れてる‥‥つもりのようだけど、そんな大人数で隠れられるわけがない。放課後なら、帰るなり、部活なりあるだろうに、皆さん、暇なの?

「‥‥‥‥」

 向こうに立っているのが、その生徒会長さん? 背中にもの凄い数の視線を感じながら私は近づいていったのよ。待たせたな武蔵!‥‥みたいな感じで。

「はじめまして、三年の高中純也といいます。来ていただいてありがとうございます」

 生徒会長さんは、爽やかな笑顔でそう言ってきた。

 うん、渋谷さんの言う通り、確かにイケメンだ。背も私より高い。

 イケメンなんだけど‥‥本物を知っているので、そこまででもない気がする。

「‥‥はじめまして」

 この言葉の後に何を言うべきなんだろうか。考えてる間もなく。

「用件は‥大体、察しがついているかもしれないけど、敢えて、言わせてほしい。セリカさん‥‥自分と付き合ってほしい」

「‥‥‥‥」

 後ろでキャーという声が上がってる。生徒会長にも聞こえてるはずだけど、彼は全く意に介していない。

 会長は手を伸ばしてきた。一瞬だけ、その姿がナッシュに重なったけど、会長はナッシュとは違う。

「ごめんなさい」

「え⁉」

 私が頭を下げると、会長は心底びっくりした顔になる。まさに、そんな馬鹿なあああ‥‥って台詞の吹きだしが、頭に突き刺さってる感じで。

「そんな‥‥俺の‥‥何処が‥‥」

「何処って‥‥別に何も‥‥」

 会長はナッシュじゃない。ただそれだけ。

 今度は、うおおおお‥‥って台詞が見える。ほんとに分かりやすい人だ。あと、後ろから、えーって声。そんな事、言われても。

「本当にごめんなさい」

 もう一回、頭を深く下げてから、私は小走りでその場から逃げたの。

 折角ぼっちから脱却出来たのに、会長を振った‥‥とか、変な噂が広まったら、やだな。

 ‥‥って、言うか、向こうから一方的に言ってきた事なんだけど、これって、私は、全く悪くないんじゃない?

「‥‥‥‥」

 まあいいか。

 ぼっちに逆戻りになったとしても、全く気にしない自分がいる。それはなぜかと言えば、私にはナッシュがいるからね。何があっても慰めてもらえるし、今度から頭も撫でてもらえる。新たな問題の解決方法も教えてくれるから、ぼっちの時期は一時の事よ。

 次の日になって、私の心配は取り越し苦労だった事を知る。

 あの生徒会長を袖にした氷の姫という事で、逆に株が上がってた。

 お昼休みは、渋谷さん達、女子の壁で囲まれて身動きが取れない。お弁当の時間、私はただ、うふふ‥‥と笑ってるだけ。一人ではむはむと食べてた頃が既に懐かしい。

「ねえ、姫さまは会長の何処がダメだったの?」

「うふふ」

「‥‥姫さまのお弁当って、姫さまが作ったの?」

「ふふ」

「そうかあ、やっぱり」

 何でそれで会話が通じるのか理解に苦しむけど、これがいわゆる、女子高生という生き物なのかもね。

 そうして光陰矢の如しが再びで、またナッシュが月の光で召喚された。

 今回はお出かけ用の服をばっちり着こんで、ちょっとだけお化粧もしてる。

 くたくたのロングTのみという失態を二度はしないのだ。

 碧い光に浮かび上がってくるナッシュは、常に勇者オーラがマックス。

 そうか、今、分かった。同じイケメンでも会長は、最初に主人公を追放する役な気がしたんだ。そうかそうか。

 で、私は屋上での告白事件を話したの。

「そうか、恐れていた事が起こった」

「え?」

「セリカが外の世界に興味を持つのは良い事だと思った。でも、そうなると他の男性は、あなたをほうってはおかないからね」

「‥‥そんな事」

 ファンタジー世界の勇者がそのまま本から飛び出してるような彼が、私の部屋にいるのは、何だか現実感がないし、小学生の時から使っている椅子に座っているのが、何より照れるんじゃー。

 折角だかお茶でも出したいけど、飲んだお茶も、彼と一緒に異世界に行くんだろうか。

 だめだ、考えると訳が分からなくなる。

「今日はセリカに相談があるんだ」

「え?‥‥何?」

 私に相談? 改まってそう言われると、ドキっとしてしまう。私なんかで答えられるものならいいけど。

「前に君が言ってたね‥‥僕を陥れ入れた者に復讐しなければならないと」

「‥‥‥‥」

 私は無言で頷く。

「僕が王都に戻ったら、元パーティーのメンバーが、謝ってきた。また一緒に冒険をしようとまで言ってきた。」

 そこでナッシュは私をじっと見た。

「セリカ‥‥君はどう思う?」

「迷う事は何もないと思う」

 棚からライトノベル小説を出して高速でめくる。確かこのあたりのページに同じような事が書いてあったと思う。

「やっぱり‥‥」

 別の本を引っ張り出す。作者が違っても、それもまた同じ結果。

 私の部屋には数多の冒険のバイフルがあるのだ。

 私はパン!‥‥と、本を閉じだ。

 どれも一度罠にかけた人が会心する事はない。

「ナッシュ‥‥あなたは人が良すぎです」

 そんな所が好きなんだけどね。

「その勇者の先輩は、あなたを騙して置いてけぼりにしたという事実が広まる事は、何としても阻止したいはずです。このまま一緒に冒険に行っても、亡き者にする機会を狙ってきます。それは必ずです」

「‥‥そう‥‥なのか‥‥」

「はい。なので今度誘われたら、一緒に行った先で、とっちめてください。今のナッシュなら偽者勇者を返り討ちにするぐらい、簡単でしょう?」

 魔物スキルを大量ゲットしてるので無双できる。

「そうか」

「思う存分やっちゃって」

 私は親指を立てて片目を瞑ると、ナッシュは小さく笑った。

 ん‥‥段々と素が出てくるようになってる。

 まずいかな。被ってた猫が行方不明。

「セリカは凄いな‥‥僕が延々と悩んでる事をいとも簡単に解決してしまう。あのまま誘いに乗っていたら、ギルドの目の届かないダンジョンの奥で、また罠にかけられていたと思う。セリカは否定してるけど、大袈裟でも何でもなくて君は聖女だ」

「‥‥それは‥‥」

 そこまで言われると、何も言い返せない。どう考えても私は普通の女子高生だ。人より変わった所と言えば、三度のごはんよりラノベが好きだったって事ぐらい。

 好きだった‥‥そう、それは既に過去のものになりつつあるのよ。今、好きなものはたった一つ。

 三度のごはんより、ラノベより‥‥あなたが好き。

 何でなんだろう。

 ただ違う世界の話を聞いて、私の話を聞いてもらってただけなのに。

 人を好きになる構造を例えるなら‥‥何だろう。

 冬に雪玉を転がすと、大きくなっていくみたいな‥‥あれ、違うかな。

 多分、理由とかなくて、どうしようもなく、そう思ってしまう事なんだろね。

「何か恩返しをしたいが、あげる事が出来ない。多分、この交信が終わった途端、その物も僕と同じ世界に戻されてしまうだろうから」

「‥‥そうですね」

 やっぱりお茶を出さなくてよかった。想像したくはないけど、交信終了したら、その辺がお茶で濡れてると思う。

 恩返し、恩返し‥‥せっかくそう言ってくれたんで、何か‥‥。

 色々と考えててね、ある事を思いついたのよ。

「!!」

 きゃああああ‥‥と、口にしなくて良かった。もう、想像しただけで顔が真っ赤っか。熱くなった顔から一センチの距離ではお湯が沸かせるだろう。

 キスという選択。

 キスと言っても、スズキ目、キス科の、良くテンプラで出てくるあの魚の事ではないし、好きかどうかと聞かれれば、まあ人並程度。

 キス‥‥接吻‥‥口づけ‥‥ベーゼ‥‥それは少女の憧れ。

 憧れるのをやめましょうなんて、昔、どこかの有名人が言ってた気がするけど、ここは憧れさせてもらう!

「そろそろ時間だ。また会う日まで壮健で‥‥」

「あ、待って!」

 声をかける暇もなく、ナッシュの姿が消えていく。

「あ‥‥‥‥」

 いい時に‥‥。

「‥‥‥‥もう」

 私の手を何もない宙を素通りした。

 間一髪‥‥っていう表現は変。とにかくあと一歩で届いたのに、その一歩が遠すぎる。

 でも、考えてみれば、届いたとして、全く何も説明してなかったのに、いきなり

 キスしてください!‥‥何て言えるわけないでしょ!

「ふう‥‥」

 これからどうしたものかは、明日考える事にしよう。

 今日のおかず‥‥。

 他の男性が私に告白してきた事を、ナッシュは恐れていた事が起こった!‥‥って言ってたのよ・恐れていた‥‥つまり、それは嫌だと!

「いやー‥‥参ったな‥‥」

 思いだすだけで顔がもう、雪崩状態。気を付けよう。

 ナッシュも私の事を少なからず好きなんじゃないかって事が分かったし、私も同じ‥‥つまりは両想いって事でOK?

 私が恐れてる事は、学校かもしれない。

「あれ、今日の姫さま、顔が赤いけど‥‥熱がある?」

 朝のホームルームの前。わざわざ渋谷さんと、あと数名のクラスメイトの女子(誰だったかな‥‥名前が出てこない)が聞いてきたの。

 私は、いつも表情筋が仕事しないんだけど、その顔の深層部では、血流がドクンドクンといつもの二割増しぐらいになってて、心臓は意志に関係なくビートを刻んでる。

 他の人から見たら、無表情で顔の赤い人って事になる。自分ではどうしようもないよ。顔色を青くなんて自在にはできないんだから。

 それからしばらくは何て事のない、ただの日常が流れていった。

 もう友達‥‥で、いいのかな? 学校では渋谷さんと、早藤さんと、深山さんと‥‥とにかく、たくさんの学校の友達とだいたい一緒にいる。

 休み時間といったら、どうでもいいような話がとっても楽しい。そして心の中で大笑いしてるこの時間がとてつもない幸せに感じる。

 こんなふうに学校生活を送るなんて、半年ぐらい前までは考えもつかなかった。

 ナッシュの方も順調に復讐?‥‥が、進んでるみたい。他の四人はうまい事言ってナッシュに近づいて不意討ちしようとしたみたいだけど、ばっちりと対策してるナッシュには、全く通じない。話だけ聞いてると、ほんとにラノベのシーンを読み聞かせてもらってるようで、耳が幸せ。

 前にご褒美キスをもらおうとしたけど、何となく出鼻をくじかれてからそれっきり。こっちの方は全く進展してないな。

 今は平凡なこのヤキモキした幸せな時間を楽しもうと思う。

 と、思ってたのに、

「そういうわけでクラスの出し物を決めたいと思います」

 クラスの学級委員の眼鏡男子が、ホームルームの時間にそんな事を言いだした。

 そう言えば学園祭なるものがあるという事を聞いた気もする。中学の時もあったらしいけど、準備の時も当日も何の関わりもなく過ぎ去ったので、私的には学園祭? 何それおいしいの? 状態だったわけよ。

 でも陽キャデビューした今年は、何か関わる事があるかもしれない。

 非日常感がちょっと楽しみ。

「和風喫茶がいいです!」

「それって女子目当てじゃない?」

「たこ焼き屋!」

「カレー屋!」

「お好み焼き!」

 聞いてると、クラスの出し物と言うよりは、自分の食べたいものになってるような。

「メイド喫茶!」

「却下!」

 だんだんカオスになってきた。

 でも飲食はいいかもね。皆でワイワイ(死語?)と作れるし、楽しそう。

 そんでもって、作ったものは食べ放題‥‥ってわけにはいかないか。カレーとかたこ焼きとか、しょっぱ系は、そんなに食べられないし。

「ライブ!」

 誰かがそんな事を言った。最初は、それいいじゃんみたいな空気になったけど、三年生が同じ出し物をするって事で、それはヤメになった。別にいいじゃんとか思うけど、それが例の生徒会長がボーカルで、別にやったとしても引き立て役にしかならないんだと。あと、変に会長より目立ってもいけない、などなど‥‥。壮大な忖度を見てしまった気分。

 じゃあ、どうするんだろ。何か無難なものでもあれば‥‥。書道部や美術部の展示とか、休憩所とか‥‥いや、それはクラスの人員はいらないだろ。

 特に代案があるわけではなかったので、黙ってたところ。

「舞台劇!」

 そんな声があったけど、それこそ準備とか練習とか大変なんじゃないかな。

 これも当然却下‥‥と、思ってたんだけど、

「いいじゃない!」

「賛成!」

 ‥‥などとイエスの方に傾いている。

 え? 何で?‥‥大変だよ?‥‥どうして?

 と、疑問は沸いてきたけど、とんとん拍子(とんとんって何?)に決定してしまった。

 あとはその細かい運営方法の話し合い。

 高校の学園祭でやる定番の劇と言えば大体決まってるけど、まさかそんなベタな事は‥‥。

「ロミオとジュリエットに決まりました」

 って、決まっちゃったよ。まじで?

 それはもう、大道具や小道具、セット、芝居の練習‥‥イバラの道をなぜ選ぶ?

「では、配役ですが‥‥」

「はい、ジュリエットは姫が適任だと思います!」

 え? 姫?‥‥まさか‥‥。いや、姫は名前じゃない。まだ希望が‥‥。

「いいね!」

「ぴったり!」

 そこに賛同の嵐。

「では、ジュリエットは三澤さんに決まりました」

 ちょ、待てよ‥‥と、口から出る所だった。

 そこに私の意志は?

「凄い、姫さま!」

 視線が集中してきて、とても断る状況じゃない。

 私はただ。

「難しそうですね。私なんかで良かったのでしょうか?」

 フフ‥‥笑うだけだった。

「姫なら大丈夫だよ!」

「私、お母さんが洋裁の先生やってるから、姫の衣装は任せておいて!」

「姫って色白でスタイルもいいし、美人だから、すっごい、似合いそう!」

 確かに、ぼっち脱却は願ってたけど、これはもう、それを突き抜けてスターになってるじゃん。さすがにそこまでは。

 クラスの喧騒の中心で嫌だを叫ぶとはならず、いろんな事が決まって、ようやく家に戻ってきた私は、制服を脱ぎ捨てて、いつものキャラプリントの長ロングTシャツになる。

「ああああ‥‥」

 ぼっちのマイナスが深かったからこそ、この急上昇は厳しい。

 登山だって上の薄い空気に慣れる為に、ゆっくり登って体を慣らしていくじゃん。

 これだと全力疾走で駆けあがってるような‥‥。

 これからしばらくは放課後が準備で忙しいので、ゆっくりとラノベを読んだりは出来ないかも。

「あーあ‥‥」

 この怒りと悲しみをどこに吐き出すべきか‥‥。

 それは決まってる。

「劇の主役か。それは凄い!」

「え?」

 まさかのナッシュは肯定派。きっと慰めてくれると思ってたのに。

「でも、急にそんな事になって‥‥」

「いやいや、君は自分では気づいていないだけで、人を惹きつける才能というか、魅力があるから。当然、主役になると思う。周りの生徒の言葉に僕も同意するよ。姫ならぴったりだ」

「‥‥‥‥」

 いつからだろうか。ナッシュまで姫と呼び始めたのは。

「見て見たいな。君のその姿」

「え? そうなの?」

 そこまで言われるとやぶさかではない。

 多分、動画とかに撮ってる人がいるだろうから、あとでそれをナッシュに見せよう。

 あ、もう私はやる気になってるし。

「所で、そろそろ魔王の本拠地まで近づいてるでしょ?」

「そうだね、魔族領の境界をかなり押し返してる」

「やっぱりナッシュが勇者と認められたらの反撃が凄いね」

「僕の力ではなく、仲間に助けられて、ここまできたので」

 ここまで謙虚だと嫌味のレベル。そういう所だぞ。

 ナッシュがどれだけ努力して頑張ってきたかは、私は知ってる。

 私の言う‥‥ラノベで調べた、無謀な選択肢の壁を全部乗り越えてきたんだから。

「じゃあ、平和な世界まであと一歩ですね」

「‥‥そうだね」

「?」

 何だか浮かない顔。魔物の脅威の無い世界が、あと一歩で実現するなら、もっと喜んでも良いと思うんだけど。

 私だったら、盆踊り(以下略)。

「‥‥ナッシュ‥‥何か私に隠してる?」

「え?」

「そういうの分かるんだから」

「‥‥そうか」

 ナッシュはため息混じりの笑みを浮かべた。

「僕のこの世界では、魔法がある。そのおかげで君とこうして会えているわけだけど。その魔法は魔王が魔素‥‥マナとして発してるものなんだ」

「え? じゃあ‥‥」

「そう。魔王を倒したらマナの源がなくなる。そうしたら君とも会えなくなってしまう」

「‥‥‥‥」

 そんな‥‥でも、その為にナッシュや、他の人達は頑張ってきたのに。

「マナが無くなれば、魔物も消える。君の言う通り、世界は平和の光で満ち溢れるだろう」

 ナッシュは私を見ていた視線を落とした。

「勇者として王から任命された時から、僕は、僕の全ては人々の為にあらねばならない‥‥それは分かっているのに。それでも、今はこの時間が‥‥永遠に続いて欲しいとも思っている」

「‥‥‥‥」

 ナッシュは悩んでる。もちろん、何処の異世界の馬の骨とも分からない私の事を、そこまで真剣に考えてくれるのは、凄く嬉しい。一人の乙女としては勇者の思い人になれた事は、もう‥‥嬉しくて(以下略)。

 でも‥‥私が今度は悩みの種なら、それを何とかしてあげたい。

 どうしたら?

 今、出来る一番の事って何だろう?

「‥‥でも、今すぐってわけでもないんでしょ?」

「そうだね。もう勝ったつもりではいたけど。ここで気を抜いて逆転されるという事もある。

「そうだね。油断大敵」

「ユダンタイテキ?」

「油断をするのが、一番の敵って事」

「覚えておくよ」

 相変わらず、素敵な笑顔。

「慎重に行くから時間がかかるのは仕方がない事だからね」

 彼の言う慎重にというのは、ゆっくりと攻略していくって意味で‥‥それは必要な事であって、この時間を長く伸ばせるって事でもある。

 それしかないか。

 じゃあ、私も!

「私も劇を頑張る。絶対成功させてみせる!」

「姫なら大丈夫」

 また時間が来た。それっきり言葉を交わさないで、私達は抱きあった。

 二人の目標は違うし、私のは個人的で、世界の平和とかと比べる事は出来ないけど。

 それでもやってやろうと思う。

 お互いに良い報告が出来るようにね。

 そんな決意を持って、また次の日から学校生活が始まる。

 普段の授業はそのままで、放課後とホームルームの時間で、学園祭の準備をするのはなかなかにハードスケジュールじゃない? 

「はい、これ、姫の台詞。マーカーでライン引いておいたから」

「ありがとう」

 渡された紙の小冊子には、舞台に出る全員の台詞と行動が大まかに書いてある。私のはピンク色のライン。これは意外に多い。ちゃんと覚えられるか心配。それ以前に大勢の人の前でこんな恥ずかしい台詞が言えるだろうか? いや、無理じゃね?

「姫のパート多いけど、大丈夫?」

「うん、これぐらいなら何とか」

「さっすが、姫!」

 メイド約の渋谷さんに背中をパシンと叩かれても、私はフフ‥‥と笑顔を崩さない。前は無表情で表情筋が動いてなかったけど、今は笑顔が顔に張り付いてるので、やっぱり動いてない。

 粗筋は‥‥つまりロミオの家とジュリエットの家が仲が悪くて、結局、離れ離れになった所を、ジュリエットが服毒自殺とみせかけて脱出。したのに、ロミオは本当に彼女が死んでしまったと思って本当に自殺。それを知ったジュリエットも本当に自殺‥‥これって救いがない話じゃん。ラノベの落ちだったら、もうちょっとイイ感じになったはずなのに。これはもうボツだ。

 こんな劇を高校でやっていいのかとも思うが、先生は名作という事でOKした。

 もう後がなくなってる。

 何日か経って、大袈裟な身振りで声を張り上げるのにも慣れてきた。それはいいとして、日常生活にもその影響があってね。夕べなんか、皆で夕食を取ってたとき、手元にお醤油がなくて、お父さんの近くにあったものだから、

「おお、お父さん!‥‥お醤油をとってはもらえませんかぁ!」

 などと変な言葉使いになって、聞いてたお父さんとお母さんは箸を持ったまま固まってしまった。

 などという事もありながらも、しばらくしてから衣装が出来たので、さっそく皆で袖を通してみたのよ。

 女子と男子‥‥女子だけ更衣室があるので、そこで着替えてみたけど‥‥こ、腰がきつい‥‥私ってそんなに太ってたっけ?

「姫さま、ちょっと我慢してね」

「え?」

 渋谷さんと、早藤さんが、私を押さえつけてる。

「せーの!」

「‥‥ぐふっ!」

 ちょ、待てよ(三回目)‥‥と、言えるはずもなく、お昼に食べたお弁当の卵焼きが口から脱走するぎりぎりの所で何とかしまる。確かに昔の貴婦人はギュウギュウのコルセットをしてたとかは聞いた事があるけど、劇の衣装でそれを再現する必要はなくない? 

 で、髪飾りと手袋、靴を履いて一式完成。

「うわー!‥‥皆、見て見て!」

「かわいい‥‥きれい!」

「シンデレラみたい!」

 その‥‥だったらシンデレラの話でも良かったのでは?

 そう言う皆も、道具係とか、照明係とか、そういう人を除いてそれぞれ衣装を着てる。渋谷さんも、ドアノブにつけるような淵にギザギザのあるような帽子を被って、もう完全にメイドさん‥‥いいなあ、私もそれが良かったなあ。

 そして男子勢とご対面。

「姫さま‥‥すごい‥‥」

 今回、ロミオ役に選ばれた‥‥えっと‥‥パンダが行きそうなとこみたいな名前‥‥。

 そう笹山君。

 彼もかなりかっこいい感じ(語彙力がなくて、うまく表現できない‥‥)。

 立派な中世の男として生きていけそう。腰に細い剣なんかぶらさげてるし。

 彼は顔を真っ赤にして私を見てる。その反対に私の顔は青い。なぜかと言うと、それはお腹周りが大変だから。

 せっかく履いた靴も、もの凄いボリュームのスカートで全く見えないので、これは動きやすいようにスニーカーでも良いのではと思う。

 台本を手にしたまま、一通りやってみたけど、やっぱりちゃんと衣装を着てるとちょっとだけ感動する。教室の中だけどね。

 当日は体育館にセットを作るとか。全員でベニヤ板を切ったり塗ったりしてる。私は台詞が多いのでそれからは除外されてるけど、どっちかと言えば私もそっちが良い!

 来週に文化祭を控えた満月の夜。

 窓開けてずっと待ってても、ナッシュは現れなかった。

「‥‥‥‥」

 月の光だけ‥‥だったらロマンチックなんだけど、そろそろ虫も気になり始める時期。

 仕方ないので窓を閉めたの。

 うん、魔王との対決の前に忙しいと思うし、仕方がない。

 実の所、私も疲れて、今日は普段着のまま。と、言っても、これでコンビニには行けるぐらいの服。

 次に会う時は劇がどうだったか感想が言える。

 その日まで頑張ろうか、私。

 何度も何度も練習して、頭がうにみたいになった頃にようやく文化祭当日。

 こうなったら早く終わってくれる事だけを願う。そうしたらもう台本、見なくて良いし。

 公演?‥‥は、午後からなので、それまでは校内を自由に散策。それも渋谷さん達三人と、私の四人で‥‥こういうのを青春って言うんだろうね。

 他のクラスが出してた、たこ焼きを買って、口に入れる。

「‥‥こんなものは‥‥」

 この粉っぽさが何とも言えない。笑ってたけどね。

「ねえ、君たち、この学校の生徒だよね」

 三人組の男性に声をかけられた。

「俺達さ、あんまり詳しくないんだ。案内してくれると助かるんだけど」

 笑い方がいかにもアレ。

 こんなラノベのテンプレみたいな人が本当にいる事が驚きだ。

「もし、時間があるならさ、抜け出して‥‥」

「それは校則違反だな!」

 また別の方向から男性の声。聞いた事があるぞ。

「な、何だよ」

「学際期間中とは言っても、勝手に校外に出る事は禁止されている」

 そう言って颯爽と現れたのは生徒会長さん。

「入校許可証を見せてもらえないかな?」

「‥‥‥‥く」

 三人組はあっさりと去っていった。まあ、テンプレ通りではある。

 渋谷さん達も、ほっとした顔でいる。

「ああいう輩がいるから気をつけた方がいい」

「はい♡♡」

 見える‥‥見えるぞ! 渋谷さん達の言葉の後ろにハートマークが見えるぞ。これは完全に生徒会長にメロメロ(死語?)だ。

「三澤さん」

「え? はい」

 急に真顔になって私の方に近づいてきた。周りからは、キャー‥‥という心の声が聞こえる。最近、能力者なの?

「先日は失礼しました。不躾にあんな事を言われたら、それは言われた方も困るというもの。そこまで考えがまわりませんでした」

「‥‥い、いえ」

「これからあなた主役の劇をするとか‥‥必ず見に行きます。出来れば‥‥その後でやる、俺のバンド演奏も見に来ていただければ幸いです」

「はい、見学にいきます」

 まあ、そこで行きません!っていう選択肢は出来ないなあ。

「そこで、自分の‥‥本当の俺を見てください。姫さま」

「!」

 生徒会長さんは屈んだかと思ったら、私の手をとって口をつけた。

 ぎゃあああ!‥‥と、叫びたかったけど‥‥。そこにいた何十人かの人の視線が私にきてたので、そんな事は出来ようはずもなし。ただニコっと笑って頭を下げた。

 学際巡りを早めに切り上げて、早速準備にとりかかる。既に体育館にはセットが出来ており、幕をあげればそれで完了。同じようにたこ焼きが口から出そうになりながらも、なんとかドレスを着た私は、舞台裏にスタンバイ。

「顔が青いけど緊張してるの?」

 そう聞かれたけど、緊張はそこまではしていない。顔色の理由は別にあるから。

「ううん、大丈夫」

「さすが! 頑張ってね!」

 またパシンと叩かれたけど‥‥背中が大きく開いてるんで、ダイレクトに平手が当たって、まあまあ痛かった。

 早速開始!

 今はモンタギュ家と、キャピレット家の二つの家の長がもめてるシーンのはず。

 舞台の袖で待ってるけど、意外に静かなのは、それほど見に来てくれた人がいないのだろうか。

「次、出番だよ」

「‥‥‥‥」

 自分の家のパーティーで、ロミオが忍び込んて、ここでジュリエットに一目ぼれ‥‥そんな事ってある?‥‥なんて事を考えながら、幕が下りてる間に、したぱたと準備。さすがに皆は手慣れたもので、あっと言う間に壇上は、パーティー会場の一室みたいになる。

 そうして幕があがる。

 “わー!”

 という声が怒涛の波の様。

「‥‥ぐ」

 体育館の中は、びっちりと生徒が座ってる。用意した椅子が足りずに、立ち見してる人がいる。後ろでオーラを放ってるのは生徒会長さん。それはさすがだとは思うけど、真っ直ぐな視線が痛い。

 ナレーション役の人が、経緯を説明する。私はテーブルの間を適当に歩いている。そうしてるうちに、

「すみません‥‥僕はロミオと言います。あなたの名前は?」

「‥‥私は、ジュリエットです」

 照明が落ちて、私と彼に丸いスポットライト。

 うわあ‥‥シナリオ通りだけど、何だかなあ。

 誰もやじを飛ばす事もなく、場面は次のシーン。

 ロミオと、何とかという人と相手の家の人との2対2の戦い。そんで、パコッ、パコッというふわっとした剣の打ち合いの後、その何とかというロミオの友人がいきなり倒れた。もう完全に大根。そして大袈裟に嘆くロミオは、相手の家の人を何となくさらっと剣で倒した。

 そんなこんなで(略)ロミオは国外追放処分。

「次、姫さまの出番」

 幕が下りて有名なあのシーンの再現。私は張りぼてのバルコニーの裏から三脚で上に上がる。表から見るとバルコニーに普通に立ってるようには見えるけど、実際は三脚の上にまたがって踏ん張ってる感じ。下で支えてはくれてるけど、ぐらぐらして怖いよ。

 幕があがる。上からは月の光の代わりの青いライトが当てられる。

 私は月に向かって顔をあげる。ライトが眩しいんじゃ。

 “ジュリエット! そこにいるのはジュリエットなのか?”

 忍んできてるのに、なぜか大声で叫ぶロミオ。

 はいはい、私がジュリエットですよ。

「おお、ロミオ、そこにいるのはロミオなのですね」

 有名な台詞。これだけは私も知ってた。

「おお、ジュリエット‥‥なぜあなたはジュリエットなんだ」

 そう言われても‥‥などと、心の中では全く違う事を考えてた。

 それで罰が当たったのか。

「!」

 地面が揺れ始める。

「わ‥‥」

 結構大きい。立っていられなくなって私は屈んで脚立の脚にしがみつく。舞台の上も会場の生徒達も大騒ぎ。

「姫さま、降りた方がいい!」

 脚を支えていた男子生徒に言われたけど‥‥こう揺れてると降りるのも至難の業。

 天井のライトもぐらぐらしてて、光があちこちに向かって当たってる。

「‥‥‥‥」

 電気が落ちたのか体育館の中は真っ暗になった。暗幕で窓は閉じられてはいたけど、こんな深夜みたいになるもの?

 何も見えない?‥‥聞こえない。誰もいない?

「‥‥‥‥」

 静かになったので、脚立から降りようと、足をかけていった。

「!」

 天井が‥‥何て言うか‥‥真っ黒だったものが、青く塗り変えられていったのよ。

 当然、光は戻ってきたからまわりの様子も見えてきた。そうしたら‥‥。

 皆、いた。全員。舞台にいたクラスの人も、観客で見てた体育館にいた人達も。

 でも‥‥場所がね、違った。

「ここ‥‥何処?」

 会場がざわつき始めてる。

 体育館の床だけがそのままで、天井も壁もない。青く見えたのは星空で地平線が何処までも見える。え、どういう事?

「‥‥‥‥え?」

 ほんの数メートル先ぐらいの距離、脚立のある壇上で、何か金属のぶつかるような硬い音が響いてきた。

「‥‥‥‥まさか」

 マントを付けた背の高い男性と誰かが戦っている。

 誰かって‥‥間違えようがない。

 ナッシュ!

 “シブトイナ!”

 男性‥‥(頭にあるのは角?)の攻撃がナッシュに迫ったけど、

「‥‥‥‥く」

 ナッシュは剣でそれを滑らすようにかわした。

 角の男性は今度は手を広げて火の弾を出した。ナッシュはそれをかわしたけど、その球はこっちの方に飛んできて‥‥。

「うわ!」

 脚立の脚に当たって、その脚の一部が吹き飛ばされる。当然、バランスが崩れて、ナッシュ達の方に倒れていく。

「‥‥‥‥ナッシュ!」

「姫!‥‥なんでここに!」

 落下する間一髪、私はナッシュに抱き抱えられた。まさかこんな形でお姫様だっこされるなんて‥‥。

「分からない!」

「あ、危ない!」

 角の男性が剣を突き立てて攻撃してきたけど、幕の後ろに隠れていたロミオが声を上げると、ナッシュは私を抱えたまま後ろへ飛び退いた。

「あれは‥‥もしかして‥‥」

「そうだ‥‥あれが魔王ガルダネス。ここまで追い詰めた」

 “‥‥シカシ‥‥ナンダ、アレハ?”

 魔王が体育館のパイプ椅子に座って唖然として固まってる生徒達を見て、首を傾げた。

 確かにそれは私も同意。

 壇上には私とナッシュと魔王と、あと幕裏にロミオがいて、セットのバルコニーの張りぼてもそのまま。まるで劇の続きでもしてるみたいだけど‥‥これはもう真剣マジだ。

「仲間の方は?」

「ここは魔王城の最上階‥‥のはずだ。下で魔物の群を食い止めていてくれてる」

 ナッシュも素早く視線をあちこちに走らせる。納得出来ていないのは皆、一緒みたい(魔王含めて)。

「危ないから下がってて!」

「はい」

 私は素直に舞台脇に見えない様に移動させていたテーブルの陰にまわる。

 また剣がぶつかる音が響いてきて、私は上の盤に手をかけて、そーっと、顔を出したの。

 二人はずっと剣を打ちあってる。その動きが美しいというか‥‥踊ってるみたいだけど、ちょっと間違えると大変な事になるんだよなあ。ぶつかった時に飛び散る紅い火花も、月と星の光だけの薄暗い中では、ほんの一瞬の間だけ世界を赤に染めていく。

 月?‥‥そうだお月様

 見上げれば満月。今日、私の世界でも満月で、終わったらナッシュに文化祭の事を報告しようと思ってたんだ。

 その二つの世界の月が重なって‥‥とんでもない事が起こったに違いない。多分だけどね。

 しかし、ナッシュも魔王も、壇上から出る事もなく戦ってる。

 見てると引き込まれていって、それは他の人もそうみたいで、誰も声をあげない。

 渋谷さんたちも、ロミオも、生徒会長さんも‥‥ただじっと見てる。

「く!」

 ナッシュの剣が弾かれて大きく後ろにのけ反ってしまった。そこに魔王の剣が上から‥‥間一髪避けた‥‥とはならなくて、ナッシュは肩を斬られてしまった。

「‥‥‥血が‥‥‥」

 そこで私と、多分、他の人もハっと現実に戻ったの。これは小説の中の物語じゃなくて、現実に起こってるリアルなんだって。

「く‥‥」

 肩を押さえて少し距離を取った。

「ナッシュ!」

「大丈夫だ」

 笑って剣を構えてるけど‥‥辛そう。

 “ソロソロ、オワリニ、シヨウ”

 魔王の持つ剣が黒の煙‥‥みたいなものに包まれたの。数多のラノベを読んできた私には見てるだけで分かる。

 あれはマズイ。怪我をしてるナッシュの剣では受けきれないって。

 どうしよう‥‥。と考える間もなく。

「頑張れ、勇者!」

「あと一歩!」

「そこで聖属性の必殺技だ!」

 体育館席から、応援の声が一斉に響いたの。

「皆、いくそ!」

 生徒会長が音頭を取った。

『 勇者! 勇者! 』

 生徒達のシュプレッヒコールが波の様に、何処か分からない荒野に響き渡った。

「‥‥ナッシュ‥‥剣が‥‥」

「‥‥これは‥‥」

 彼も持ってる普通の金属の剣が金色に光りだしたの。これはつまり聖属性って事で、魔王の弱点で攻撃できるって事?

 これは‥‥奇跡‥‥なの?

「うおおおお!」

 ナッシュは左手に剣を持ち換えて、再び魔王に向かっていった。

 “ナニ⁉”

 剣が重なったけど、まるで磁石の同じ極が当たったみたいに弾かれた。

「僕は‥‥負けない! 人々の為!‥‥平和の為‥‥そして‥‥」

 “‥‥ング” 

 大振りになった魔王がふらついた。

「セリカ姫の為に!」

 ナッシュは大きく横に振った。魔王は避けたけど、ダメージは結構、入ったみたい。

 いや、それはそれとして‥‥。

 観客全員が私を見てる。

 違うから。今はそれ所じゃないってのに。生徒会長さんなんて、口をすっごい開けてる。

 セリカ姫‥‥ほんとの姫じゃなくて、あだ名なんだけど、今の私はジュリエットの夜会ドレス姿なので、姫という呼称がぴったり。そして魔王と最後の戦いを繰り広げてる勇者が、私の名前を叫んでる。私の為にって‥‥。

 “ブラッドペイン!”

「?‥‥ぐああ!」

 魔王が何かの魔法を唱えると(多分、局所的な激痛を感じさせる魔法)、ナッシュは片膝をついて剣を落とした。

 “オワリダ! ユウシャヨ!”

「ナッシュ!」

 魔王が剣を振り上げるのと、私が走りだしたのは同時。

 私が出て行って何かできるとは思えなかったけど。

 それでもね。今、まさに斬られようとしてるナッシュを見てたら、もう、体が動き出してたの。

 ラノベの知識‥‥。

 そうだ、もしかしたら、私も魔法が使えるかもしれない。

 ここでは私は異世界人。異世界人は現地人を圧倒する力があるというのが定番。

 二人の間に飛び込んでいく途中、私は手を伸ばして魔法の言葉を叫んだの。

「時間よ‥‥止まれ!」

 我ながら、何てかっこ悪いんだろうと思う。もうちょっとかっこいい呪文もあったはずなに、咄嗟には出てこないものだね。

 そうして魔王の腕にしがみついて剣の行先を変えたんだけど。

「‥‥‥‥?」

 何だか胸のあたりに違和感が‥‥熱い?‥‥じゃなくて、痛い?‥‥からの苦しいに。

「あ‥‥」

 何で胸元から剣が生えてるんだろうって思ったけど、よくよく見れば魔王が、背中から私を剣で突き刺したみたい。

 痛いけど‥‥声が出ない‥‥。そうか‥‥口から血が出て邪魔してるんだ。

 体育館席から悲鳴があがった。

「セリカ!」

 ナッシュが叫んだけど、彼も魔法の影響で全身が激痛を感じてるはず。

 ここからどう逆転するのか‥‥もう絶対絶命‥‥。

 私から剣を引き抜いた魔王は、ナッシュの所にゆっくりと歩いていく。もう余裕で、勝てる気でいる。

 “ナニ!”

 突然、魔王の体に白い光が当たった。

「もっとだ! 発電機に繋いで全部の照明をあいつに当てろ!」

 生徒会長さんが、何か言ってる。

 会長の合図で、スポットライトが魔王に当たられると、魔王は眩しい白い輝きの中心になった。

 “グアアアア、ナ、ナゼ、ヒノヒカリガ!”

 魔王は苦しんでる。ナッシュにかけられてた魔法が解かれたみたい。

「うおおおお!」

 “アグアアア!”

 ナッシュが剣を振ると、金の輝きが魔王を包んだ。

 “バカナ‥‥コンナ‥‥コトガ‥‥”

「ユダンタイテキ‥‥だな」

 ナッシュがその台詞を言った頃、魔王の姿は完全に消え去っていった。

「セリカ! セリカ姫!」

「姫さま!」

「三澤さん!」

 ナッシュに抱き抱えられる私の姿を、その周りを劇の見物に来た生徒達が囲んで見てる。

 抱かれてるのに、凄い寒い。

「エクストラヒーリング」

 ナッシュが手を当てると、寒さが和らいできた。痛みがス‥‥と消えていく。

 回復魔法‥‥勇者は神官並の治癒魔法が使える‥‥というのはよくある話。

「大丈夫?」

 ナッシュは袖で私の口の血を拭った。

「‥‥汚れちゃうよ」

「大丈夫みたいだね」

 ナッシュがそう言うと、周りの皆から安堵の声が聞こえてきた。

「‥‥‥‥」

 私が体を起こすと、心配そうな顔に囲まれていた。

「治癒魔法はかけられても、無くなった血は戻らない。しばらくは安静にした方がいい」

「ナッシュもね」

 私の治療はしても、彼の自分の怪我は治していない。

「もう、魔法は使えない」

「‥‥‥‥」

「魔王が消えて、世界から魔物と魔法が消えたから‥‥」

「じゃあ‥‥」

「もうすぐ‥‥お別れだ」

「そんな‥‥」

 私は手を伸ばしてナッシュを抱きしめようとしたけど、体に力が入らない。でも、かわりに彼は力強く手を引いてくれた。

「出来る事なら、ずっとこうしていたい。だが‥‥」

「‥‥‥‥」

 泣きたいよ。でもこんな時‥‥ヒロインなら‥‥そうはしないと思う。

 最後まで私は、勇者の想い人でいたいから。

 頑張って‥‥私。

 ‥‥やっぱりだめだ‥‥。

「姫、泣かないで‥‥君はこれから素晴らしい道を進んでいくんだから」

「‥‥‥‥でも‥‥」

「例え、これから強敵が現れたとしても、姫は乗り越えていける。君は強い。それに、こんなに素晴らしい仲間がいるんだから」

「‥‥‥‥」

 見上げると月が陰ってきてる。もう時間がない。

 ならもう、アレしかないじゃない!

「最後に‥‥一つだけお願いがあるの」

「なに?」

「‥‥‥‥」

 私は目を閉じて顔を近づける。

 そしてナッシュと最初で最後のキスをした。大勢の人の前だけど、わりとどうでもいい。

「‥‥‥‥姫‥‥いつまでも、お元気で‥‥」

「あなたも‥‥」

 それが最後にかわした言葉。本当は言いたい事が、もっともっとたくさんあったのに、そんな猶予もなくて。

「‥‥‥‥」

 そしてまた体育館の中、無くなってた壁も天井も元通り。

 変わったものと言えば、驚いた顔の学生達と、ボロボロで穴の開いた私のドレス。

 出入り口には、同じ様に、口を開けた警察官が立ってて、外では赤いパトランプが光っていた。

 これからどう説明したものか。

 どう言っても信じてはくれなさそう。

「‥‥‥‥」

 満月の光が窓から差し込んできてる。劇が始まった時はまだ昼ぐらいだったのに、異世界だと時間の流れが違うのかな。

 何だか既に懐かしい。

「‥‥‥‥ふふ」

 泣くと思った? そう思うのは大きな間違い。

 これからね、ナッシュの話を題材に小説を書いてみようと思う。

 題材は恋愛ファンタジー小説。その中ではね。私がヒロインとして、勇者のナッシュと恋人って設定。

 そこは違うって突っ込みを入れたくなったら、ナッシュ‥‥また私の前に現れるしかないんだからね。

 だからまた会いに来て。

 私はいつまでも待ってるから。


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