少女と王子②
「マ、マリア! ふざけないでくれ、俺は本気で君を――」
「もちろん私も本気です、セシル様。本気で“うんこの聖女”を目指したいのです」
そう言うと、俺が呆然とする中、マリアは俺と会っていなかった三ヶ月の間に起きた出来事を語り始める。
話によれば、彼女は近くの村を訪れた際、“女神”と呼ばれる存在に出会い、母親の病を救ってもらったらしい。
それをきっかけに、マリアはその女神を信仰するようになり、女神に仕える“聖女”を志したのだという。しかも、マリアが目指しているという“神聖女”と呼ばれる位階に就くと、結婚が禁じられるらしい。
「つまり、マリアはその……聖女になりたいと。」
「はい」
「そしてそれが理由で結婚しないと……。」
「はい!」
「……駄目だ。」
「はい?」
「そんなの絶対認められない!」
気づけば、机を叩いて立ち上がっていた。
だが、呆然と見つめるマリアの視線に我に返ると、慌てて腰を下ろす。
「あ、す、すまない。その、なんだ、マリアほど有能な女性が結婚しないなんて、それは国としても、いや、ランドルフ家としても大きな損失だろう?」
自分が結婚したいからという我儘な本音を誤魔化しながらも、どうにかマリアを説得しようとする。
彼女は聡明だ。ちゃんと伝えれば、きっと考え直してくれるはず。
「それにランドルフ家は古くから続く名門貴族だ。そんな家の女性が結婚せずに生きるなんて、きっとお前の父親も反対するはず――」
「お父様は、認めてくださいましたよ?」
「なに……?」
あの貴族の鑑のような男が?確かに彼女には弟がいるので跡継ぎに関しては問題はないが、貴族の女性が結婚しないとなれば世間体に関わるだろう。しかしロックはこの話を知った上で、すでに認めているという。その時、ふと先ほどのロックの言葉が脳裏をよぎった。
『本人に婚約の意思がないのであれば、この縁談はなかったことにするつもりです』
ロックは、すでにマリアの胸中を知っていた。つまり、初めからこの縁談をなかったことにするつもりだったという事か。
ならば、あの「自分の力で振り向かせろ」という言葉も、俺には“娘の心を射止められれば認めてやる”という激励に聞こえたが、今思えば、“娘にはその気はない。せいぜい勝手に頑張るがいい”という、あの人なりの挑発だったのかもしれない。
……なんだか氷の貴公子の親バカな一面を垣間見た気がする。
「だ、だとしてもだ、大体、あんな臭くて汚い汚物何かのどこがいいと――」
……はっ!
そこまで口にしたところで、俺は自分の失言に気づいた。
たとえ汚物であろうと、彼女にとっては“信仰の象徴”なのだ。
それを真っ向から否定するような発言など、言っていいはずがなかった。
「あ、その、すまない、マリア……俺は……」
「よくぞ聞いてくださいました!」
「え?」
そう言うなり、マリアはぱっと目を輝かせ、勢いよく俺の手を取った。
そして、互いの顔が触れそうなほど身を乗り出してくると、そのまま対面の席から俺の隣へとすべり込むように移動する。
マリアはどこからともなく取り出した分厚い資料を机に置き、そのページをめくりながら、
“汚物”について、まるで神秘を説くかのように意気揚々と語り始めた。
やがて、彼女の話は一時間を優に超えた。
だが、マリアの言葉は不思議と俺の頭には入ってこなかった。
なぜなら彼女が語るときに浮かべるその笑顔が、
俺と過ごしていたときのどんな笑顔よりも、眩しく輝いていたからだ。
俺はその笑顔に終始見惚れていた。
……その日の帰り道、俺は馬車の中でずっと呆けていた。
今日見せてくれた、あの“汚物”を語る時の笑顔が、頭から離れない。
あれこそ、きっと彼女の本当の笑顔だったんだ。
つまり、マリアは俺のことを何とも思っていなかった。
彼女にとって俺は婚約者でもなんでもない。
彼女の中での俺の価値は、うんこ以下ということだ。
「……よし」
俺は決意した。まだ諦めない。
彼女が正式に聖女となるまでに、あの笑顔を、俺だけに向けさせてみせる。
「うんこなんかに、負けてたまるかぁ!」
俺は馬車の中で一人叫んだ。
……後日、その件で父に呼び出されたのは、また別の話である。
――数日後
「お嬢様、王子がお見えです。」
「あら?つい先日来たばかりでは?」
「いえ、本日お越しになられたのは、第二王子セシル様ではなく――第一王子、アルフレッド様でございます。」




