聖女たちと王子たち
炎の聖女、アネッタとの決闘が終わって一ヶ月。
あの戦いにより、学園でマリアは一目置かれる存在となった。
元々有名ではあったが、それはあくまで噂の美少女、王子達の元婚約者という立ち位置だった。
しかし今や、マリアは良くも悪くも「色々とヤバい美少女」として認識されていた。
魔法の実力が知られたマリアには、ここのところ休み時間や授業終わりに、他クラスや別学年の生徒、時には教師までもが押し寄せる始末である。
しかし、残念なことにうんこに興味を示す者は、ただの一人もいなかった。
――
放課後、すべての授業が終わったマリアは、空き教室を借りてうんこについての授業をしていた。
週に二回、参加者は、決闘で敗北したアネッタ、友人のレイン、そしてオルタナの三人である。
強制参加、友情参加、暇つぶしと、それぞれ理由は異なっていたが、マリアの授業が分かりやすいのか、三人とも案外真剣に話を聞いていた。
……ただし、今のところ信仰が深まった様子はない。
「――という事です。なにか質問などはございますか?」
ひと通り説明を終えたところで、マリアは三人に問いかけたが、特に誰も手を挙げる様子はない。
「では、今日はここまでですね。お疲れさまでした。」
それを確認したマリアが授業の終わりを告げると、黒板に書かれた無駄にリアルなうんこの絵を消し始める。
「ふーん、私たちの身体って、思った以上に奥が深いのね」
「そうですね。この世界に生きる生き物の身体は、創造主とも言われる命の女神によって作られたと伝えられています。そして、その命の女神に連なる眷属が、我らが水の女神様なのです」
「へー、そうなのね。」
水の聖女候補レインの説明に、オルタナは感心したように呟く。
だが、すぐさま炎の聖女候補アネッタが異を唱えた。
「待ちなさい! 命の女神様の第一の眷属は、炎の女神様だと言われているわ。つまり、命の女神様に連なるのは炎の女神様なのよ!」
「そうなのですか? ですが、文献によれば水の女神様の方が歴史的にも古く、第一の眷属は水の女神様だと――」
気づけばオルタナを置き去りにしたまま、対なる女神を信奉する二人の聖女候補が、熱のこもった議論を始めていた。
そんな様子を眺めながら、マリアはクスリと笑う。
「お二人とも、さすが聖女候補ですね。うんこの授業だけというのも不公平ですし、せっかくですから次からは水や炎の授業をお二人にしてもらいましょうか?」
マリアがそんな提案をすると、討論していた二人は意外にも顔を曇らせた。
「うーん……そうしたいのは山々なんだけど――」
「そもそも、私たちはマリア様と違って、まだ聖女候補ですから。女神様について語る資格は、まだないのです。」
レインの言葉に、アネッタも静かに頷く。
なるほど、なんだかんだ言って二人とも聖女候補だ。
女神への信仰心は、本物らしい。
聖女だった頃の私とは、ずいぶん違う。
「へぇ、さすが聖女たちだ、なかなか難しいを話をしているね。」
三人が話している最中、教室の扉の方から男の声が割って入ってくる。
その声の方向を振り向くと、そこにはアルフレッドやセシル、さらにはこの前見かけた帝国の皇子といった王族の面々が揃っていた。
「こんにちは、アルフレッド様、セシル様、それと――」
「帝国の第一皇子リーン殿下ですわ。」
マリアがいった後にオルタナが答えると、リーンは満足そうに頷く。
他三人が頭を下げる一方で、王族嫌いのレインは関わりたくないのか、軽く舌打ちまでしてそっぽを向く。
「いつからいらしたんですか?」
「ここに来たのは少し前だが、皆があまりに集中していたから少し待たせてもらっていた。」
セシルはそう言うと、先程授業で使っていた黒板へと目を向け、それから改めて四人に視線を移した。
目が合ったマリアがにこりと笑顔を向けると、セシルは少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
しかし次に目に入ったオルタナを見ると、今度はどこかバツの悪そうに顔を顰めた。
「ところで何か、御用でしょうか?」
「君に会いに来た、だけじゃダメかな?」
そう言って、アルフレッドは歯をきらりと光らせ、爽やかに笑った。
普通の女性なら黄色い悲鳴の一つも上がりそうな場面だが、
残念ながら、ここにいる女性たちは誰一人として関心を示さない。
「そうなのですか。では目的は達成されたようですし、お帰りになってはいかがですか?」
「いや、そういうわけにもいかない。」
そっぽを向いたまま告げたレインに、リーンが言葉を返す。
そして彼は、そのままマリアの方へと足を進めた。
「……なるほど、確かにこうして間近で見るとなかなか美しいな。どうだ? 帝国に来ないか?」
「おい、リーン――」
「フッ、冗談だ。それに言っただろ? 俺が興味があるのは、そっちだって……」
そう言うと、リーンはマリアの横をすり抜け、オルタナ、アネッタの存在など最初から眼中にないとでも言うように通り過ぎる。
そして、そっぽを向いたまま会話が終わるのを待っていたレインの前で足を止めた。
「お前が水の聖女だな?」
「ナニカ、ゴヨウデショウカ?」
レインは露骨な嫌悪の表情を一切隠そうともせず、わざとカタコトで問い返す。
すると何故か、リーンは嬉しそうに口元を歪めた。
「フッ、数十年ぶりに現れた水の聖女候補だと聞いていたが、次期皇帝である俺に対してその態度とは……容姿も水の聖女候補なだけあって申し分ない。気に入った。俺の嫁に来い。」
「お断りします。」
リーンの突然の求婚に、皆が一瞬驚いた。
だがそれよりも早く、レインは即座に拒絶の言葉を返していた。
「なぜだ?」
「私は平民、それも孤児です。不釣り合いだと思われます。」
「だが、次期聖女になるのだろ?」
「私はあくまで聖女候補です。今の私に皇族に嫁ぐ価値など、私にはありませんよ。」
「いや、お前はいずれ聖女になる。今日お前と出会って、俺は確信した。」
「ソレハアリガトウゴザイマス。ですが、そうなると余計に無理ですね。聖女は結婚できないのがしきたりです。歴代の聖女も、嫁ぐときは引退してからでしたから。」
「そんな、しきたりなど知らん。水の聖女をやりながら皇后をやればいい。その方が帝国と水の女神の信者との親交も深まるし、互いに利があるはずだ」
レインがどれだけ断っても、リーンは執拗に言い寄ってくる。
とはいえ、強引というほどでもなく、周囲も止めるべきかどうか、判断に迷っているようだった。
……なんだか、こういう光景を見ていると、生前のことを思い出すな。
聖女という肩書は男受けがいいのか、生前の私もよく言い寄られたものだ。
あの時は神聖女だったから、女神様が助けてくれたけど、レインは神聖女どころか、まだ聖女ですらない。
それに、この帝国の皇子は少し強引なところがある。
権力で押し切られたら、さすがに厄介かもしれない。
「そもそもそんなこと、女神様が許しませんよ。」
「フン、女神の意思など関係ない。なぜなら俺は、帝国の皇子だからな。」
「……はぁ?」
おっと、これはいけない……
女神を差し置いて皇子が上だと宣言するとか、信者にとっての最大のタブーを言っちゃたよ、この皇子。
ホントこういうところは、変わってないなあ……
内心怒り狂ってるレインは密かに魔法の準備をしている。権力に屈するような心配はなさそうだだけど、流石に皇子に攻撃したら国際問題になる。
……仕方ない、マリアの友人という事と、個人的にこの皇子がムカつくので助けてあげましょう。
私は徐々に距離を詰めるこの男に腹痛の神罰を下す。
「望みなら何でも叶えてやるぞ例えば水の神殿を――うっ!」
神罰が発動すると、リーンはすました顔から一変して青ざめた顔でお腹を抱えて膝を落とす。
「な、なんだ?……急にお腹が――」
「あ、それはきっと、うんこの女神様の神罰だと思います。先ほど女神を軽視する発言が、気に障ったみたいですね」
「し、神罰だと? ならば早く止めさせろ! 俺に何かあれば国際問題だぞ?」
「大丈夫です。うんこを漏らすだけで、体に害はないはずですから」
そうそう、うんこをすることは悪いことではないよ。まあ、時と場所と立場は選ばないといけないけど。
リーンの腹から、周囲にも聞こえるほどの音が鳴ると、彼は生まれたての小鹿のように足を震わせながら、出口へと向かい始めた。
「き、今日のところは引いてやる。だが俺は、諦めないからな!」
リーンは腹をさすりながら、そんな言葉を言い残して立ち去っていった。
残った王子たちも、この何とも言えない空気に耐えられなかったのか、次々とその場を後にする。
そして私は、すべてを出し切った後のような、妙にスッキリとした感覚を覚えていた。




