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聖女と決闘②

 

「うんこの女神様から授かった力をお披露目したいと思います。」


 そう宣言して、反撃に出る我が聖女マリアに、炎の聖女候補のアネッタも思わず身構える。


「落ち着きなさい、アネッタ。確かに彼女は恐ろしく強い。普通なら到底敵わないでしょう。でも、この戦いは女神の力を披露する場でもあるはず。使ってくる魔法も、汚物の女神の力に限定されるはずよ。きっと、付け入る隙はあるわ。」


 アネッタは自分に言い聞かせるように呟き、小さく息を吐いた。

 そしてさらに言葉を重ねる。


「大丈夫。汚物の女神の力なんて、せいぜいお腹を壊すとか、体臭が汚物みたいに臭くなるとか、その程度のものよ。きっと大したこと……大した……こと?」


 ……と、そこで彼女の言葉が止まる。


 ……暗黒魔法かな?

 そんな尊厳を破壊しにくる魔法、どう考えても大丈夫じゃない。

 アネッタもそう思ったのか、言い聞かせるように呟いていた言葉が止まると、彼女の顔から血の気が引いていく。


「では、ではこれよりうんこの力をお見せします。」

「ちょ、ちょっと待って――」


 マリアはアネッタが止めようと声を上げていることに気づかず、今日初めて詠唱を口にした。

 その言葉は古代言語による呪文、おそらく、十階級に相当する古代魔法だろう。

 聞き慣れぬ言葉と、それに呼応して集まり始めた膨大な魔力に、会場はざわつき始める。

 審判である教師のノワールも止めはしなかったが、いつでも動けるよう身構えていた。


 そしてマリアが魔法を放つと、アネッタの頭上に淡い光が集まり、それは流れるように頭から足元へと彼女を包み込んでいった。

 光を浴びたアネッタは思わず後退し、距離をとる。

 何が起こるのかと、身構えていたが、特に周囲も彼女自身にも変化は見られなかった。


 不発か?誰もがそう思った。

 だが次の瞬間、アネッタの頭上にふと視線を向けると、そこには淡く光る数字が浮かんでいた。

 そしてそれは、まるでカウントダウンのように、十から静かに減り始めた。


「な、何よこれ……この数字は、一体何……」

「はい、これはうんこの女神様の力と時限魔法を組み合わせた複合魔法です。」

「ふ、複合魔法?」

「はい。」


 アネッタがそんなふうに呟いたが、今の説明で注目するのはそこじゃない。


 時限魔法って何?


 確かに時を操る魔法みたいなものがあるとは聞いたことがあるけど、それは最早神話レベルの話で、まだまだ新米とはいえ、女神である私ですら見たこともないんだけど。

 十階級なんかでは、到底おさまらない魔法だ。


 しかもそれをうんこ(わたし)の力と合わせて何をするつもりなんだ。


「これって、カウントダウンよね?これがゼロになると、どうなるの?まさか、死ぬとか?」

「いえ、そんな物騒なものではございません、ただうんこが出ると言うだけです。」


 社会的死ぬじゃん、それ。


 マリアはケロッとした顔で言っているが、それを聞いたアネッタの顔はみるみる青ざめていく。

 当然だろう、このカウントがゼロになれば、この大勢の観衆の前で「うんこ」を漏らすことになる。

 それは、女性としても、貴族としても、そして聖女としても死を意味することになるだろう。


 そしてそれを回避するには、この場から逃げ出してトイレに行くしかない。

 別に難しい事ではないが、それは即ち、この戦いの敗北を意味していた。


「フ、フン、馬鹿ね。ならば十分までにあなたを倒せばいいのよ!」


 虚勢か、強がりか。アネッタは相当焦っているはずだが、それを一切見せず再び構える。

そして地面を蹴り、油断しているマリアへ一気に詰め寄ると、無詠唱で炎を拳に纏わせた。


「魔法で勝てないなら近接で戦うだけよ、私は炎の聖女、身体もしっかり鍛えているんだから!」


 炎を纏った拳を、アネッタはマリアに向かって勢いよく振り上げた。


「あ!でもそんなに激しく動いたら……」


 ――ぎゅるるるる


 マリアが何か言いかけると同時にアネッタのお腹から恐ろしい音が聞こえてくる。

 そしてアネッタも、唸り声をあげながら地面に膝をつくと、八あったカウントダウンは一気に六まで、下がった。


「お腹に刺激を与えると、うんこが出やすくなりますので、あまり動かないほうがいいかと。」

「な……それを早く……う、うおおおおおお!」


 アネッタは美少女が出しちゃいけないような声と表情を見せながら、必死でお腹を抑える。その間にも、カウントダウンは進んでいき、ついに残り五分を切る。


「く、クソ……」

「はい、うんこです。」


 アネッタの不意に漏らした言葉に、マリアは笑顔で答える。この状況でナチュラルに煽るとは。

 我が聖女は鬼かな?


「せ、先生……トイレ……」

「先生はトイレじゃありません、でもここを離れるならしっかり負けを認めたからだぞ。」


 アネッタは最後の望みとして審判であるノワールに試合の中断を申し出ようとしたが、ノワールはあくまで中立を貫き、それを認めなかった。

 カウントダウンはとうとう三を切った。


「……けよ。」

「はい?」

「私の負けよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 彼女は大声で敗北を宣言すると、鬼の形相を浮かべながら一目散にトイレへ駆け出した。


「では、アネッタ・フレイヤ・ミストラーゼが敗北を認めたため、この勝負はマリア・ランドルフの勝ちとする。」


 ノワールが冷静にそう告げると、周囲からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 

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