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令嬢と炎

 私、アネッタ・ミストラーゼは、炎が好きだ。

 家の廊下を照らす蝋燭の小さな火から、父が操る激しく燃え盛る炎の魔法に至るまで、そのすべてが私にとって魅力的だった。


 私の屋敷がある街、ルーンは芸術の街として知られており、父も領主としてふさわしくあろうと世界中から様々な芸術品を集めていた。街にも家にも魅力は尽きないが、私が最も惹かれたのはやはり炎だった。


 時には熱く、時には暖かく……そんな炎に夢中になった私を見て、父は十歳の誕生日に王都にある炎の神殿に連れて行ってくれた。

 神殿には私以外にも炎に魅了された人たちが大勢いて、ここにいる皆が私と同じように炎を讃えていることをとても嬉しく思ったのを覚えている。

 そして最奥の部屋には、轟々と燃える巨大で美しい炎と、それを抱くように作られた女神像があった。


 私はその部屋にいた大司祭様に炎の女神様の教えと、炎の聖女の話を聞いた。

 先代の聖女が亡くなってから十年ほど聖女は不在で、新しい候補を探しているが、未だに資格を満たす者が現れていないという。


 聖女になるには聖女にふさわしい容姿や性格、振る舞い、そして第六階級である召喚魔法の習得と、炎にも劣らない熱い心が必要という事だった。

 話を聞いた私はすぐに聖女を目指すことを決めた。


「お父様、私は炎の聖女を目指したいです!」


 そう言う私に、温厚だった父は強く反対した。

 私はこれも一つの試練だと思い、炎に対する熱い思いをぶつけて父を説得した。


 すると、父は「どうしてものならば、その覚悟、態度で示してみせよ」と告げた。


 なので私は父と砂浜で殴り合いをすることにした。

 自分の思いを炎の様に熱く示すにはやはり殴り合いが一番だと女神様の教えにあったからだ。


 なぜこうなったのかわからずにいた父は、初めこそ困惑していたが、私の拳がいくつか入り、ムキになり始めると、父は、自分の娘相手にも容赦のないパンチを繰り出してきた。そんな父に母はドン引きしていたが、私は父との殴り合いに不思議と心が高ぶっていた。


 そして最後にはお互いが、力尽き砂浜で仰向けになって倒れると、父は私が聖女を目指すことを許してくれた。

 それ以降、私と父との間には熱い友情の様なものが芽生えている。


 それから私は正式に炎の信徒になると、王都の屋敷から炎の神殿に通い、聖女になるための修行に励んだ。

 早朝の走り込みから始まり、神殿の周りを跳躍飛びで十周し、毎日魔力が尽きるまで炎の魔法の練習をした。


「どうしてそこで諦めるんだ!そこで!」

「もっと頑張ってみろよ、周りの人たちのことを思ってみろって!」


 侯爵令嬢としての生活から、慣れない炎の信徒としての暮らしへ移るのは初めこそ大変だったが、司祭たちの炎のように熱い激励と聖女への思いに支えられて修行に耐え抜き、私は無事、十二歳の頃には、聖女の筆頭候補になった。


 そしてその後も修行の毎日が続き、十三歳になった年、私はルーンの街で開かれる芸術展覧会に炎の聖女候補として炎に関するものの作品を出展することにした。


 私が作った物は炎の精霊、サラマンダーの木彫りの像だ。

 サラマンダーは一般の人には見えないが、火のある場所には常に存在しており、炎の信徒は女神の加護によりそれを見ることができた。

 本当は女神様の像を作りたかったけど、残念ながら私は女神様と出会ったことがない。

 絵や像としては残ってはいるが、やはり聖女を目指すものとして直接みて作りたいので、それは私が聖女になった後に作るつもりだ。


 寝る間も惜しんで三日三晩かけて作った像は、他の芸術家の作品にも決して劣らない力作となり、その自信どおり展覧会で注目を集めた。


「これがアネッタ様が作られた木彫り像か……」

「素晴らしい、なんて情熱的な像だ。」

「うむ、製作者の熱い思いが伝わってくるな。」


 来場者のあちこちから称賛の声が聞こえてくる、私が侯爵令嬢という事もあったとは思うが、それを除いても十分な評価を貰い、私自身自画自賛できるほどの出来栄えだと自負している。


 すると、芸術家達に紛れて来ていた、一般の親子連れが私の作った木彫り像に注目する。


「見て、お父さん、これすごく素敵だね。」

「ああ、これはアネッタ様の作ったサラマンダーの木彫り像だね。」

「サラマンダー?」

「ああ、サラマンダーは炎の精霊で火の所にいると言われて――」


 父親が、娘に解説すると彼女は目を輝かせて聞いている。

 もしかしたら彼女も将来炎の信者になるかもね。

 その後も称賛の声に私は上機嫌に耳を傾けていた。

 ……しかし、その声はたった一つの作品によってかき消される。


 それは展示場の奥の方にひっそりと飾られていた他国の令嬢、マリア・ランドルフが作ったとされる展示物で、置かれていたのは紛れもなく汚物だった。

 部屋の隅に目立たないように置かれていたにもかかわらず、光に照らされた汚物は神々しく輝き、汚物を神聖なものと錯覚させるほどで、気が付けば皆がその作品の周りに集まっていた。


 汚物の展示など、本来なら嘲笑の的となってもおかしくないはずなのに、世界各国から集まった芸術家達はその作品に言葉を失っていた。

 汚物などと蔑みたいが蔑めない、かと言って口に出して称賛できない。

 その結果が沈黙なら、これ以上ない評価と言えるだろう。


 そしてそんな中、子供は正直だった。


「みてみて、お父さんあれうんこだよね?」

「え⁉あ、うんそうだね。」

「すごく綺麗だね!」


 褒め言葉を口に出して称える娘にタジタジになりながら父親は返答していた。

 先ほどまで私の像に目を輝かせていた()が汚物に目の色を変えている、それが何よりも悔しかった。


「で、でも、さっきのアネッタ様のサラマンダーの像に比べたら――」

「ううん、サラマンダーよりもずっと――」


 ――やめて!それ以上は聞きたくない!


 私は思わず耳を塞いだ。


 私の作品がこの作品に劣っているのは認めても、炎が汚物に劣っているとだけは思われたくなかった。


 その出来事をきっかけに私はさらに炎の聖女を目指して精進した。そして二年後、入学した学園で“うんこの聖女”を名乗るマリアと出会った。

 それは私にとって最悪の出来事だった、何故ならマリアも私と同じく聖女候補としてあの作品を作ったというのなら、あの評価は聖女としてのもので、私は彼女に聖女として負けたということになる。


 ――悔しい、悔しい、悔しい! もう絶対に負けないんだから。


 私の胸の奥の炎が燃え上がると、私はマリア・ランドルフを……いえ、世界中の聖女の誰よりも優れた聖女になると決意した。


 ――

 そして、その機会はすぐに訪れ、私はマリアに決闘を申し込んだ……そして……


「私の負けよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 私は大声で敗北を宣言すると、闘技場のリングの外へと一目散に走って行った。

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