聖女と苦情
「マリア・ランドルフ!私と勝負しなさい!」
学生が集う昼休みの食堂で、炎の聖女候補であるアネッタ・フレイヤ・ミストラーゼの宣戦布告の声が響き渡る。
一体何故こんな事になっているのか……それは少し時間を遡る。
――
入学式の翌日、今日から授業が始まったが、どの授業も今日は初回という事もあって内容の説明で終わり、特に何事もないまま午前を終える。
そして昼休みに入ると、マリアは昼食をとるためレインと二人で食堂へと向かった。
食堂は男女学年問わず共用の場なので、王子達が寄ってくるかと警戒したが、幸いこの場にはいないようだ。
二人は空いてる席に座り仲睦まじく今日の授業の話をしながら食事をする、ここまでは特に問題はなかった。
「では、食事も終えたところで、今後のうんこの布教活動方針について考えようと思います。」
マリアがこんなことを言い出すまでは。
「マリア様、布教活動とは具体的には何をなさるのでしょう?」
「そうですね、そもそもうんこの女神様は存在自体あまり知られていないと思うので、まずは存在を知ってもらうために皆様にうんこについて基礎知識を――。」
などと、マリアは食事の場でうんこうんこと連呼し始める。
周囲は騒がしく、決して大きな声で言っている訳でもないので聞こえにくくはあるものの、やはり中には耳に入ってくる者もいる。
「ちょっと、あなた。」
するとマリアの元に、後ろに女子二人を引き連れた女子生徒が眉間に皺を寄せ、腕を組みながらやって来る。
この国では珍しい赤毛の髪に少し吊り目の女子生徒で、確か同じクラスのミストラーゼとか言う少女だ。あまり人の顔を覚えるのが得意ではない私だが、この子の事はすぐに覚えられた。
何故なら彼女は自己紹介で炎の聖女候補と名乗ったからだ。
そして後ろの二人は見知らぬ顔だが、胸元につけられたリボンの色を見るにどうやら上の学年のようだ。
「あなた、同じクラスのマリア・ランドルフよね?」
「はい、あなたは炎の聖女候補のアネッタ・フレイヤ・ミストラーゼ様ですね。そして後ろの二人は同じくパズス王国から留学中の男爵家のエリー・レーヤ様と子爵家のメイファ・トークン様でしたか?」
「え?私達のことまで知ってるのですか?」
「身分も低いし国も学年違うのに……」
「はい、私、皆さんと少しでも交流できるように、この学園の関係者の顔と名前は覚えているんですよ。」
そう言ってマリアがニコリと微笑むと、二人はその笑顔に顔を赤くする。
マリアの笑顔は男女問わず魅了するようだ。
しかし、その魅力をうんこが相殺する。
「それよりランドルフ嬢。」
「あ、私の事はマリアでいいですよ。」
「そう、なら私もアネッタでいいわ。では改めてマリア、あなた昨日汚物の聖女を名乗っていたわね?」
「はい、うんこの聖女です。」
「どちらでもいいわ、しかし成程……そう言うことだったのね」
そう言うとアネッタは、ブツブツ言いながら一人で納得する、勝手に自己完結した彼女にマリアとレインは顔を見合わせる。
「えーと、どういう事ですか?」
「私の家が治める街がルーンと言ったらわかるかしら?」
「ルーンの街……あ、もしかして展覧会の事でしょうか?」
街の名前を聞いたマリアが思い出したように尋ねると、アネッタは小さく頷く。
そして、一人話のわからないレインだけが戸惑いを見せている。
「展覧会とは?」
「私の家、ミストラーゼ家が治めている街『ルーン』は王国で古くから芸術の街として知られているの。そしてこの街では年に一度、世界各国から名だたる芸術家たちが集い、自分達の自慢の作品を展示する大規模な展覧会が開かれるの。」
……まさか⁉
「彼女はあろうことか、この歴史ある展覧会に汚物の彫刻を展示してきたのよ。」
またやっちまったなぁ!この子は!
世界中から芸術家が集まる展覧会にうんこの彫刻?そりゃ、主催の街を治める家としては怒るのは当然かもしれない。
「まさか、その事でアネッタ様の家に苦情が?」
「いいえ、皆絶賛だったわ。」
絶賛したのぉ⁉︎うんこの彫刻で⁉︎
「芸術家には芸術家のプライドというものがあるの、どんな物でも素晴らしいものはしっかりと評価するわ。その汚物の彫刻はどう言う物であれ、素晴らしい出来栄えだった、その出来の良さから名だたる評論家たちからは『まるで臭いまで伝わってきそうだ』と評判だったわ」
なんて迷惑な出来栄えだ!
「それは凄いですね、流石マリア様です。」
「フフッありがとうございます。歴史ある展覧会という事で女神像とうんこで最後まで悩みましたが、うんこにしました。」
何故そこで女神がうんこに負けるんだ……
「何故あのような作品を作ったのかが気になっていたけど、あなたが汚物……いいえ、うんこの聖女という事なら納得だわ。」
アネッタから説明を受けると、二人も苦情ではなく称賛だったことに安堵を見せる。
「良かった、では話というのはその事ですか?」
「いいえ、それとこれとは別で、食事の場で汚物の話をするのは普通に迷惑だわ。貴方達は食べ終わったからいいかもしれないけど他の人はまだ食べてる途中なのよ。」
デスヨネー
やはり苦情だった。
「それは申し訳ございません。ご配慮がいきたりませんでした。」
「それにはっきりと言わせてもらうと、いくら聖女とはいえ学園で汚物の布教活動など正直やめてほしいわ。ただ私も聖女候補の端くれ、頭ごなしに聖女であるあなたの信仰活動を否定するつもりわないの、だから、決闘よマリア・ランドルフ!私と勝負しなさい!私が勝ったら、今後学園内では一切汚物の話はしないこと!いいわね?」
ミストラーゼが宣戦布告の言葉と共にマリアに向けてビシッと指を指す。
すると今の話を聞いていた外野も騒ぎ始める。
「まさか、この状況で断りなどしないわよね?」
「……わかりました、お受けします。では、私が勝ったら一緒にうんこの布教活動をお願いしますね」
「……え?」
「え?」
確かに、今の条件ならマリアの提案もおかしいものではない、しかし予想してなかったのか、アネッタは口を閉ざしてしまう。
「……」
「……」
……
「……………………………少し、考えさせて……」
アネッタはヒヨッた。