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第三話「それはもうファンタジーじゃないんです!」

 タチバナ・ユウキは学校の校舎裏で、何かを探すように辺りを見回した。

「うーん…」

 彼の両親は幼い頃から厳しかったが、お陰で勉強する事が苦ではなくなった事には感謝もしている。

 一方で、娯楽に関しては父がスポーツ好きで、スポーツ関連なら漫画やゲームも許したけれど、魔法なんかが出て来るような荒唐無稽なものは与えられなかった。しかし駄目と言われると、余計見たくなるのが人情というもの。そんな訳で彼は、隠れてファンタジー作品を楽しむ少年へと成長した。

「今日はもう現れない、かな?」

 さすがに高校生にもなった今、成績も上位だし今更趣味についてとやかく言われないとは思うが、それでも長年の癖は抜けないもので、やっぱりこそこそしてしまうのだった。

 そんな抑圧された欲求があったからかもしれない、助けを求める妖精たちの声を聞いたのは。

『う~ん、魔王と戦っている内に、いつの間にかいなくなっていたし、やっぱり魔王の手下だったのかも』

 カザミの言葉に、彼は首を振った。

「いや、それはないだろう。あの時、魔王は『宝珠をよこせ』と言っていたんだ。まだ宝珠がどこにあるか分かってないんだろう」

 しかしそう言いつつも、彼は困ったように首を傾げた。

「でもそうなると、目的が分からないんだよなぁ。僕らの事情は聞かせたのに、接触して来る様子もない。少なくとも善意の第三者じゃないらしい」

 彼らが今話しているのは、先日の覗き魔についてである。

『どうするの? ユウキ』

「仕方ない、やり方を変えようか」


   ──── ◆ ──── ◆ ──── ◆ ────


 あれから二日が経った。その間、校舎裏には近付いていない。

 ユウキ君は、命がけの戦いをしていた。

 腕だけであの大きさという事は、魔王とは四階建ての校舎に匹敵するくらいの存在であるはずだ。そりゃ魔法くらい使えなきゃ戦えないだろう。

 彼は別に、妖精たちと戯れている訳ではなかった。これはもう、私が面白半分で首を突っ込んでいい話じゃない。

 昨日一日考えてからその結論に至ると、この間までのファンタジーに対する焦りも消えていた。まるで憑き物が落ちたかのようだった。

「どしたの? 昨日から妙に大人しいじゃん」

 私の日常であるアサヒとのお弁当の時間。それが今はとても愛おしい。

「ううん、何でもないよ」

 私は穏やかに微笑んだ。

 現実となってしまったら、それはもうファンタジーじゃない。

 ファンタジーとは、即ちフィクションなのだ。だったら空想の中で楽しめばいい。

 私はようやくその境地へと辿り着いたのだ。

 思えばアサヒにも、嫌な態度をとってしまった。これからは彼女の事も大切にしよう。彼女は一緒にファンタジーを楽しむ、大事な仲間なのだから。

「アサヒ、今度また一緒に映画行こうね」

「何かあったっけ? ああ、魔法学校のヤツね」

 そうだった。シリーズ最新作がもうすぐ封切りなのだった。そんな事も忘れてしまうなんて、我ながらどうかしている。

 私たちはお昼休みの残りの時間、シリーズのおさらいをしつつ最新作の内容を予想して過ごした。


   ──── ◆ ──── ◆ ──── ◆ ────


 身分と言う概念のない妖精の世界にも、世界の均衡を保つ為の特別な存在がいるわ。それが対等対極の存在である、光の妖精と闇の妖精なの。

 世界の始まりから存在すると言われているこの二人も別に永遠不滅ではなくて、ついに闇の妖精が代替わりする時が来たのね。彼は世界の均衡を保つ為にと、自らの魂の一部を闇の宝珠として光の妖精へ託してこの世を去った。

 そして光の妖精が一人で世界を支える内に、やがて新しい闇の妖精が生まれたんだけど…。世界の始まりから生きる彼女からすれば、まだまだ若造だったのね。もうしばらくは自分一人で世界を支えようとしたの。

 けれど、これに若い闇の妖精は侮られたと激怒した。まあ実際、若造だったのね。

 彼は宝珠を奪おうとして、光の妖精へ襲い掛かった。光の妖精は奪われまいと宝珠を遠ざけたけれど、勢い余った闇の妖精は宝珠ではなく光の妖精を取り込んでしまった。


『そして対等にして対極の力を取り込んでしまった闇の妖精は、その力を扱い切れずに暴走させて…、ついには討つべき化け物へと成り果ててしまった、という訳なのよ』

「はぁ…」

 もう関わらないようにしようと決めた、その日の放課後。私はユウキ君たちに校舎裏へと連行されて、風の妖精カザミから詳細な説明を受けていた。

「それから妖精たちは外の世界へ助けを求め、それに答えたのが僕ってわけ」

 ユウキ君も、いい笑顔で補足をする。

 私は聞かない方がいいような話を、どんどんと詰め込まれてしまう。

 一体、何故こんな事に?

「僕らはまず行方知れずの宝珠を探す事にしたんだけど、夏休み一杯つぎ込んでも見つける事が出来なかった。そして失意のまま学校へ来ると、カザミが言ったんだ。『ここから妖精の気配がする』って」

 あ、本当に学校にあるんだ。前にちょっと考えた予想が当たっていた。

「そんな訳だからさ、宝珠を渡して欲しいんだ。ホシノ・ユメミさん?」

 ユウキ君は顔を近づけて、念を押すように言った。何だか圧が強い。

「私、持ってませんけど…」

 でも、なるほど。周りをウロチョロしていたから疑われたのか。

 私が何故この様な状況に置かれているのか、ようやく納得がいった。こういう時は誤解されないよう、ハッキリと言った方が良いだろう。

 けれど彼は驚く様子もなく、こちらもハッキリと言い切った。

「またまた、一昨日もその前も使ってたじゃないか、隠蔽の力を」

「はぁ…、え!?」

 逆に私が驚かされてしまった。

 確かに隠れようとはしていたけれど。そんな謎の力は使っていない。

「闇はその性質として隠蔽の力を持っている。だから僕らも魔王と戦うのに闇の宝珠が必要なんだけど…」

『あなたこの前、隠蔽の力を使ってたでしょ?』

 一番妖精らしい見た目をしたカザミがそう言った。風の噂という言葉もあるし、彼女は話好きなのかもしれない。

 こんな時に何だけど、妖精を見ているとやっぱり嬉しい気持ちになる。

 本当にそんな場合じゃないけれど。

『元々この世界には妖精がいないわ。そんな場所で妖精の力を使えば丸分かりよ。たとえそれが隠蔽の力であってもね』

 私の気が逸れている内に、何だか宜しくない方向へ話が進んでいた。妖精たちにとって、私は犯人に確定しているらしい。

「ちょ、ちょっと待って。宝珠って丸い玉でしょ? そんな物、私持ってない!」

 見た事はないけれど、そんなポケットに隠し持てるような物でもないはずだ。

 宝珠と言うからには、水晶玉くらいの大きさはあるものなんじゃないか。

『これだけ言っても渡さないなんて、やっぱり魔王の手下なんじゃない?』

 カザミがそう言うと、周囲の雑音が急に止んだ。これはあれだ。魔王と戦っていた時の、音が外へ漏れないようにするやつだ。

 そう言えば外国の妖精は、人を連れ去ったりとか案外ダークな話が多い事を、今この状況とは何の関係もなく思い出した。

「…いや、そうでもないかもしれない。見た感じ、彼女が嘘を言っているようには見えないし」

 そんなカザミを抑えてくれたのは、意外にもユウキ君だった。そもそも私をここへ連れて来た彼から、援護があるとは思わなかった。

「宝珠って元は魂の欠片なんだろう? じゃあ、知らない内に入っちゃったのかもしれないよ。中に」

「は?」

 しかし言っている事は意味不明だった。

『確かに私たちは宝珠へ触れた事がないから、もしかしたらそういう性質があるのかもしれないわ。でも、もしそうなら当然取り出し方も分からない。…切ったら出て来るかしら?』

 しかもそれを受けて、カザミが何か物騒な事を言っている。

 私の中に宝珠が入っているなんて、そんな馬鹿な…。

「いや、今の状態でも隠蔽の力が使えるなら、別に取り出す必要はないだろう?」

 ユウキ君は笑顔になって言った。何だかとても悪い予感がする。

「前々から思ってたんだよね。魔法を使いながら、宝珠も使うのは大変そうだなって。彼女に宝珠を担当して貰えば、僕は戦いに専念出来る」

 彼は案の定、ろくでもない事を言い出した。いや、あんな魔王と戦うなんてそんな怖い事、普通に無理なんですけど。

「そ、そんなの無理です!」

 必死に拒否するけれど、彼は笑みを深めるだけだった。

「でも教室で騒いでたじゃない。見たかったんでしょう? 妖精」

「うっ」

 以前の行動を改めて言われると恥ずかしい。確かに言ったけれど、その後の諸々で私も悔い改めた訳で。

「妖精が好きなら知ってるよね、結構悪いやつもいるって。見てしまったばっかりに不幸になるやつ。でもまあ…、しょうがないよね? 見ちゃったんだから」

 彼の笑顔がニヤリと歪んだ。彼は結構、性格が悪いのかもしれない。

「カザミ、ゲートを」

『はいはい』

 最早私の言い分など聞かずに何事か指示を出すと、次の瞬間には空中に丸い穴が開いた。形は違うけれど、魔王が出て来たヒビ割れに似ている。

「ツクシ」

『お任せですぞ!』

 突然、地面から兎巨人が現れると、私とユウキ君を抱え上げた。

「えぇっ!?」

 そして止める間もなく、私たちは空中の穴へ飛び込んだのだった。

「さあ行こうか、案外血生臭いファンタジーの世界へ!」


 私のファンタジーは、そんなのじゃないんです!

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