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前編


 何故だろう、とさりあは考える。彼女はかのすの細い背中を見ながら考える。どうしてこの人は、わたしと一緒にいてくれるのか。


 さりあは足を早めて、かのすの横へ出る。彼は彼女の視線を感じて微笑みかける。その顔は貴族的かつ美しい。徒歩による長旅で日に焼けた肌も、砂埃と擦り傷にまみれた地味な皮鎧も、彼が持つ品格を損なう役には立たない。細身の体に細剣を吊るし、僅かな日用品をきゃしゃな肩にかけて運んでいる。その品格を汚す唯一のものは、わたしの存在だ、とさりあは思う。


 さりあは娼婦であった。無論、好んで勤めていたのではない。今は、彼女をそうした境遇に叩き込んだ者達を探して旅をしている。長旅に疲れて肌も髪もぼろぼろである。かつての職業を匂わせる痕跡もなく、異性を惹きつける状態でもない。尤もそれは、さりあが意識的に作り上げた状態でもあった。


 それなのに今、わたしはこの男性と一緒に歩いている。


 「少し休もうか。疲れた顔をしている」


 かのすが言う。その声は深く張りがあり、こんな田舎道よりは大聖堂で聴くにふさわしかった。さりあは彼を見上げて、彼の方にこそ休息が必要であることを知る。


 「そうね。休みましょう。急ぐ旅でもなし」


 2人は街道を外れて、木陰に腰を下ろした。さりあは背負い袋から乾パンとチーズをひと塊ずつ取り出し、2つに割って片方をかのすに差し出す。


 「ありがとう」


 微かに笑うかのす。その美しい顔に見惚れながら、さりあもパンを噛む。もう、食料は僅かしか残っていない。次の町までどの位で着くことが出来るのだろうか。


 「この分なら、日没までには町に着くな。そこで食料を補充できる」


 さりあの思いを見透かしたように、かのすが呟く。


 パキッ。


 さりあは、振り向きざまに繁みから飛びのき、剣を抜き払った。かのすも、立ち上がって細身の剣を抜いている。2人で先刻まで談笑していた木陰は、不気味な沈黙を抱えて地面に黒々と手足を伸ばしていた。人間と木々の間に一瞬不穏な空気が流れ、やがてすぐに騒々しさが現れた。


 「女か。高く売れるな。武器を捨てろ」


 美しいかのすは殆ど常に女性と間違われる。山賊たちは数と力の優勢を確信していた。4対2である。さりあはかのすを後ろにかばうように前へ出た。山賊たちが一斉に2人を取り囲み、同時に攻撃を仕掛けてきた。かのすがさりあに背を向けて動く。


 「ぐわあっ!」


 野太い悲鳴に山賊たちがひるむ。仲間の一人が胸を押さえて仰向けになっている。その手の間から、血が噴き出していた。男達の眼が充血の度合いを増した。赤い眼球が6つ、さりあ達に飛びかかる。


 「この尼っ!」


 さりあは山賊の剣を払いながら、かのすの動きに注意している。襲いかかる熊のような山賊の体をひらりとかわし、流れるように急所を突くかのすの動きは、舞踊のような美しさである。見惚れながら、さりあは知らずのうちに山賊を倒していた。2人の周りにむさ苦しい死体が4つ転がっている。かのすは軽く剣を拭い、鞘に収めていた。死体にかがみ込み、懐を探る。さりあも倣った。


 大した物は出てこなかった。小銭が数枚。手が汚れただけ無駄な試みであった。かのすが言う。


 「近くに隠れ家がある筈だが、どうする?」

 「お金なら、あるわ。町に行く方が先よ」


 2人は死体を繁みに投げ込み、街道を急いで先に進んだ。




 「お部屋はシングル1つでよろしいですか」


 宿屋の若い娘は、さりあ達を見るなり断言口調でそう言った。否定の口を開こうとするさりあを制してかのすが、


 「節約できる時には節約しよう。心配することは、ない」


 肩に手を置く。さりあは宿の娘に頷きかけ、承諾の意を表す。


 案内された部屋は予想通り、幅の狭い堅木の寝台1つの簡素な空間であった。踏み台ともとれる椅子に腰掛けて、かのすはさりあを見上げる。その瞳は深い感情をたたえ、優しさを表している。その優しさに気圧されて、さりあはかのすの前に頭を垂れる。


 「座りなさい」


 深く張りのある声が、さりあの身体の中に反響する。さりあはその声に逆らうことはできない。声の命じるまま、寝台へ腰を下ろす。窓の外は既に暗く、星の輝きもまばらである。僅かな星光を背にして黒い人影が部屋の隅に座っている。かのすの存在感で、部屋はいっぱいである。


 「今日は疲れたろう。ゆっくりお休み」


 深く、優しい声が染み透る。さりあの身体に、心に。さりあはその声に従う。目を閉じ、深い深い意識の底まで降りていく。そこでじっと動かずに、かのすの呼び声を待つのである。


「朝だ、目覚めなさい」と。

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