7話 神谷家の御曹司
「神谷家の正当なる後継者だ。」叡智は言い放った。そのエメラルドのような目を葵に向けて、佇む彼はまさに賢者の風貌を漂わせていて、葵は唖然としていた。
そして葵が口を開く。「か…神谷家って…なに?」という葵が発した言葉に叡智は一瞬頭の理解が追いつかなかった。「神谷家を…知らない…?テレビでよく出てたりとか、新聞だったり…まさか…それすら見ない?」黙って葵はうなずくのを見て、肩を落とす。「完全に予想外だ。まさかとは思っていたが…」とため息をつく。「まぁ…仕方ないか、それなら…」と叡智が話しを進めようとしたとき、叡智のスマホから着信音が聞こえた。そして、叡智はスマホの画面を見て、嫌そうな顔でゲッと声を出し、葵に「すまん、少し電話してくる」と言って、リビングから出て行った。
「もしもし…」『もしもし叡智?』とスマホから発せられる陽気な声を聞き、叡智はますます顔をしかめた。「一体なんの用だ?」『いやーちゃんと出来たかなって確認したかったからさ』「舐めんな!ろくに仕事も出来ず、俺に経営全部任せてるあんたとは違うんだよ!」と大声でスマホに叫び、電話の相手は、『おー、こっわ』と声を漏らした。「んで、藤原 葵は一旦別邸まで連れて行っていいのか?」『あぁ、ひとまず帰ってきなよ。僕もうお腹減ってきたしさ』「いや我慢しろよ、子供か。」とつっこみを入れる。『じゃ!また後で』「おい!まだ話しは!」と言うところで通話が切れてしまった。叡智は先ほどまで通話を行っていたスマホを力いっぱい握りしめ、「あのやろう…帰ったら出会い頭に1発ぶん殴ってやる…」とスマホを床にたたきつける寸前で踏みとどまった。
そうして、リビングに戻ってきた叡智は開口一番に「早急にここを出る準備をしろ。最低限必要なものだけもってこい。」と葵にいった。「わ…私はどこに行くの?」と葵が叡智に尋ねると、「ひとまず、神谷別邸まで連れて行く。それ以降は知らん」と淡々と答えた。それからは少し…いや、そこそこの怒りが葵に伝わり、葵は「そ、それじゃあ準備するね」と棒読みでリビングから出て行った。
一通り準備し終わった葵は玄関に大きなカバンを二個とその他の荷物を運び出した。すると叡智がリビングから出てきた。
「準備は出来たか?」「えぇ、まぁ必要なものは一通り」「何か他に必要なものなんかがあるなら後で取りに来ればいい」と言って葵の横を通り、玄関から出ていった。すると、叡智は手を顔のあたりまで上げ、パチンと指をならした。「お呼びでしょうか、叡智様。」その瞬間、叡智の横に制服を着た少女が急に現れた。そのことに驚き、声も出なかった葵とは対象的に叡智はなんともなかったようにその少女に話す。「この藤原 葵を別邸まで連れて行く。すぐに送迎の車を手配、こいつの荷物の運搬に何人か人手を呼んでくれ。」「既に車は手配しています。おそらくあと五分もかからないかと。人手は館の執事2,3名を車とともに同行させるよう手配いたしました。」「流石だな」「お褒めにあずかり光栄です。」と淡々と話す2人の、主に少女の方の超人っぷりを聞いていて、葵はドン引きしていた。
叡智は葵の方を向き直り、「神谷家については別邸に着いてから教えてやる。その前に少し面倒ごともあるが…」と少し含みを持たせながらも葵に言う。「叡智様。送迎の車が到着いたしました。」と叡智に報告する少女の声に反応した叡智は「わかった。」とその少女にいい、葵に「さっさと行くぞ。“あいつら”に嗅ぎつけられると厄介だ。」といい、玄関の扉から手を放し、今し方来たばかりの送迎の車に乗り込んだ。「ちょっ、まって!」と急いで靴を履き、自分の荷物が積まれるトランクを脇目で見た葵はそそくさと車に乗り込んだ。