4話 天使の翼は自由を求める(1)
「よし、それじゃあとりあえず自己紹介から始めようか。先生は平井 貴文だ。これから1年よろしく。じゃあ、1番から自己紹介していってくれ」と平井先生は気だるげに言う。
あの後、体育館に行き、入学式を行った。
(わたしは後半ほぼ意識がないけど確か…)
「それでは入学式を行います。全員起立!」と教頭が言い、それと同時に全員が立つ。
入学式、それは葵にとって最も嫌いなことの1つだ。葵にとって、とにかくじっと他人の話を聞くことは地獄以外の何物でもない。
(まぁ、適当にしとけばいっか!。それにしても…)
自分の座っている椅子の1席前に座っている白髪の少年、神谷 叡智をみていると、やはり彼の格好は周りの男子とは違うことが分かる。
そう思っていると、
「新入生挨拶、日茜学園中等部進学生代表 日野 和泉」という教頭の声が聞こえ、名前を呼ばれたと思われる少女が椅子から立ち上がり、舞台上に上がった。
それによってさっきまで静かだった自分の席の周りがガヤガヤとしだす。
「見て、日野さんよ!」
「流石和泉様!これだけの人を前に毅然としているなんて、私たちにはとても無理だわ」
コソコソと話す他の生徒の会話に意識を割いていると、その間に和泉と呼ばれる少女の挨拶は終わり、丁度自分の席に座ろうとしていたところだった。
「外部進学生代表 神谷叡智」と再び教頭の声が体育館に響く。
それに応じるようにして叡智は少し気だるげに立ち上がる。
そのとき、葵の周りからは再びコソコソと話し声が聞こえる。
「なに?あの格好、制服って知ってるのかしら?」「これだから平民は…」とクスクスと笑い声や軽蔑を感じさせる言動が飛び交う。
そして、叡智が舞台上に上がろうと階段に足をかけた時、カツンという音がこの場の全員の耳に入ってくる。
その瞬間、とてつもないプレッシャーにより、周りの空気は凍り付くように静まりかえった。
叡智は舞台上に上がり、マイクの前に立つ。
「今回、新入生挨拶をさせていただく神谷叡智です。」
こう淡々と話す叡智に誰もが注目する、何故なのかは分からないが注目せざるを得ない。
それとは対照的に彼は葵と話していたときとは異なり、非常に落ち着いた様子で話す。
叡智が挨拶を終えると同時に威圧感はなくなり、叡智が自席に戻るとすぐに校長の話しが始まった。
校長の話を聞いていると意識が遠のいていった葵はそのまま意識を失い、式が終わるまで起きることはなかった…。
「…ぇ」葵の耳に何か聞こえる。
何かと耳を澄ますと、「ねぇ、大丈夫?」と左隣の席の少女が声をかけてきて、その子のほうを見る。
どうやら寝てしまっていたようだ。
「起きたか藤原…。」と後ろから聞こえて、恐る恐る後ろを見ると、先生が立っていた。
「夜寝れなかったのかなんだか知らんが、とりあえず自己紹介してくれ…」と言われ、素早く立ち上がる。「ふ…藤原 葵です!特技は運動全般!よろしくお願いします。」と焦り気味に言う。
拍手と同時にクスクスと笑い声も聞こえ、葵は顔が熱くなるのを感じた。
席に座り、後ろの男子生徒が自己紹介を始める。
すると、左隣から肩を叩かれ、そっちを見ると、さっき起こしてくれた少女が体を葵に向けていた。
「ねぇ!藤原 葵ってあの藤原 葵?」と小声ながらもグイグイ聞いてくる彼女に葵は少し驚き、体を後ろに引く。
それに気づいた彼女は「あぁごめんごめん。私、浪華燎、よろしくね。」と言った。「う…うん、よろしく。」とぎこちなく彼女に返す。元々そこまで他人と話すのが得意ではなかった葵に追い打ちをかけるように燎は話す。
「運動得意って言ってたけど、あの“天使”であってるよね?私中学のとき陸上やっててさー、そのときにめっちゃ早い選手がいて、話聞いたらあの天使様って言われてる人って聞いて~、まさか会えると思わなかったよ~。あっ、あなたのことなんて呼んだら良い?」
彼女のマシンガントークに押されて、なにもしゃべれなくなり、オドオドしつつも返事をしようとする。「べ、別になんとでも呼んでもらったら…」と最後の質問に辛うじて答える。
「じゃあ、葵だから…‘アオ’ね!」(いきなりニックネーム!?)と葵は思いつつ、そんなことを言えるはずもなかった。
「あ、はい…それで大丈夫です。後、“天使”って呼ぶのは控えてもらって…」
「え~可愛いのに~、でも、オッケー!これからはアオって呼ぶね!」と言われ、会話を辞めた。
ちょうど自己紹介も終わり、「じゃあ、とりあえず…」(や、やったー!高校での初友達!こんなに早く~)と心の中で嬉し泣きをしていると、「じゃあ準備しとけよ」と平井先生は教室を出て行った。
「じゃあね!アオ~!」
燎やクラスのみんなも教室を出て行き、葵も帰る準備をしていると、「お前知ってるか?」「いきなりなんだよ」と他の生徒同士の会話が聞こえてきた。
「なんでも、あの外部進学で挨拶してたやつ、“叡智の賢者”って巷では言われてるらしいぜ。」
「“賢者”~?なんで賢者なんだよ、別にそんな見た目以外目立つとこないぜ、あいつ」
「噂によると、中学の全国統一模試で一位、しかも全教科満点らしいぞ」
「化け物じゃん!?」
「でも、噂の域を出ないから信憑性は薄いと思うけどね。」という会話を聞き、葵は丁度教室を出て行った叡智を追いかける。
「やぁ、今朝はありがとう、神谷君。」
「どういたしまして。別にたいしたことじゃないけどな」
話しかけた葵に叡智は顔も向けず、廊下を歩き続ける。
「ところで、さっきの話しって本当なの?」そう聞いたとき、一瞬叡智の動きが固まり、歩くのをやめる。「そうだ」と返す叡智に葵は驚いた顔を見せ、そのときに初めて葵の顔を見た叡智はニヤッとして、「…と言ったらどうする?」
と煽るような顔で言った。そうしてまた歩き始める。「まぁ、聞かれても濁すと思ってたよ。あなたは」「出会って1日も経ってないのに随分人のことを分かったように言うんだな。」
葵の言葉に対して、叡智は鼻で笑った。
「確かに。なんでだろうね?」
自分の言ったことがおかしくてつい笑ってしまった。
すると、叡智は少し真顔になって葵を見る。
「君はまず、自分のしなければならないことを理解しなきゃいけないんじゃないかい?」と突然聞かれる。その言葉を放つ叡智の目は日光に照らされて反射している眼鏡により見えないが、とても真剣な顔つきをしている。
「あなたも私のことを分かったように言うじゃない」「多少なりとも分かってるから言ってんの」と叡智は即答する。
「君は他人を頼らなさすぎた。その結果、今、君は悩んでるんじゃないかい?」
その瞬間、葵は叔母や従姉妹を思い浮かべ、黙って俯いた。
(頼らなさすぎたんじゃない、頼る人がいなかったんだよ…)
葵は唇を噛み、押し寄せる悲しみに耐える。
「じゃあね、藤原さん。また…」と叡智は歩いて行く。
そのときの葵の姿は、窓から差し込む光により背に天使の翼のようなものが片翼のみあった。