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32話 天使の翼は自由を求める(3)

『絶対女王 叡智の賢者から王座奪還なるか?!』

マスメディア部から号外として、校内新聞が配られ始めたのは、日野和泉の宣戦布告からそう時間はかからなかった。

新聞の正面にはでかでかと文字が書かれており、どこから取ったのか知らないが叡智と和泉の写真が添えられていた。

天才と天才の戦い、そういった普段ならば味わうことのない出来事に好奇心をそそられる者も多く、それが王座奪還ともなれば多いに盛り上がることも予想ができていた。


「と、いうことだから、防衛戦のためにガチガチに対策するから、邪魔するなよ」

「いわれなくてもしないよ!」

神谷邸に帰ってきた叡智はイスに座る葵に「んなの当たり前でしょーが!」といわんばかりにジト目で睨み付けられて言われた。

「まぁ一応な」と付け加えて、叡智は着ていた黒の防弾コートを脱ぐ。

現在、6月も終わりを迎え、7月に入ってなお、叡智は長袖のコートを毎日のように着ており、それでも着続けるのは叡智曰く、「万が一のことがあったときにこのコートは役に立つから暑くても持っていった方がいい」と言っているが…近年の気温上昇もあり、今年からいよいよ半袖にはするらしい。

(それで変わるの?!着ていかないって選択肢は?!)と葵は純粋に疑問を持ったが、それを口に出すことはなかった。

「ところで…お前はいつまでも同じ教科書のページ開いて、何やってんの?」

「見て分からない?勉強してるの」

「いやだから…同じページだけずっと開いて、先に進んでないのがなんでだ、っていってんだけど」

「フン、分からないからに決まってんでしょ」

「なんでキメ顔なんだよ。それでウインク下手くそすぎるだろ」

そうジト目でツッコミをいれ、ため息を吐きつつも、だてメガネをかけて、葵の横に立つ。

体を前傾姿勢にしているため、叡智の顔が葵の顔のすぐ横にあり、「ふぇ!?」と葵は声を上げそうになった。

「で?どこが分かんないの?」

「あ、え?あ、あぁ!ここ!」

急に叡智の顔が自分のすぐ隣に来たため、動揺して顔を少し赤面させつつも、分からないところを指差す。

「二次関数の値域の問題か…確かにレベル自体は高いが、コツさえ掴めばそこまで難しくない。この参考書にわかりやすく載っているが、まぁ口頭で解説していった方が良さそうだな」

そういって叡智は解説を始め、その他様々な部分の解説を行い、気付けば時刻は22時を回っていた。

「しかし…最近よく勉強頑張ってるな。今日も図書室で勉強してたんだろ?」

「ま、まぁね」

「どういう心変わりかは聞かないが、実に良いことだ。そのまま続ければ学年トップも狙えるんじゃないか?」

「いやー私は勉強に関してはダメダメだからさ?日茜学園入れたのもほとんどスポーツ推薦だったし、それに、前叡智にボコボコに言われたから…頑張らないととは思うんだけど…やっぱりずっとサボってたツケっていうのかな?まったく分かんなくてさ…」

葵は苦笑しながらそう言った。

だが、叡智は彼女の本心をなんとなく理解した。

葵は本心をさらけ出そうとしない。

未だに…彼女を縛る鎖が外れきっていない。

(そりゃ…今の今まで誰かのためにやってきたんだもんな。その誰かの対象がなくなった。それこそが…こいつの抱える悲壮感、不信感の正体)

叡智はいつになく本気の姿を一瞬見せるが、それに葵は気づくことはなかった。

「私…実は将来学校の先生やりたかったんだよね」

「!?…そうだったのか」

あまりにも意外で目を見開く、だが…それ以上に叡智に引っかかったのは、過去形であったことだ。

「私の親が亡くなった後、当時の先生がめっちゃ親切で、私の悩んでること全部吐き出して…勉強なんかも教えてくれたんだけど…なんか、急に学校辞めちゃって」

そう話す姿はまったく変わらない、あっけらかんとした態度、だが、その心がどんどんと黒くよどんでいくように叡智は感じた。

「それで!私は学校の先生になって、私みたいに悩んでる人を導いてあげたい。って思ってたんだけどさ…今じゃこのざまって訳!笑えるでしょ!」

(ほんとにこいつは…)

「藤原葵、こっちを見ろ」

そう命令口調でいい、眼鏡を外す。

「なにさ…もうお説教は懲り懲りなんだけど…」

「違ぇよ。そういう大事なことは三ヶ月前に言って欲しかったって話」

そういって、叡智は机におかれている参考書を拾い上げ、いつにもなくとてつもない威圧感を放っていた。

「契約だ。俺はお前のその夢を叶えるために俺の持つすべてをお前に教える。お前は神谷家の養子となること、この条件でこの契約を締結したい」

「ちょっとまて!?」

葵はとても焦りながら叡智を制止し、目尻を親指と人差し指で挟むようにして考え込む。

「急すぎて分からないんだけど…契約?なんで?」

「いってるだろ、お前が神谷家の養子となることの対価だ。だから、俺はお前がその将来の夢を果たせるように俺が持つすべてを使ってサポートする、それだけだ」

「だからそれがなんで!?私は…別にそれは小学校のころの夢だし…これからまだまだ考える時間はある─」「だから…誤魔化すなって言ってんだろうが」

叡智の言葉から感じるかすかな怒りの感情を感じ、葵はその先の言葉を出すことができなかった。

─・─・─・─・─

「わた…私は…」

彼には…自分のすべてが見透かされている、そのような感覚に葵は陥る。

学校の先生になる、それは確かに過去に捨て去った夢であった。正しくは、捨て去らざるを得なかった夢と行った方が良いだろうか…。

葵は現在、三ヶ月前とは比べものにならないほど、裕福である。それは、単に環境だけの問題ではない、精神的な余裕、それができるようになり、大事な友人の影響もあってか、以前より明らかに明るい性格になった。

だが…それでも、過去の鎖は未だ絡みついたままだった。

そして今…目の前の男は自分のこの鎖を切るかどうかの選択権を私に提示している…。

もうすでに神谷家の養子となった私に今一度、そのことを提示する意味…『神谷家(新しい自分)として生きるか、平民(以前の自分)として生きるか…今はっきりさせろ』と言っているのが伝わる。

ならば…私の本心の…才能の気の向くままに…

「…契約する。私が神谷家の養子となることと引き換えに、私の将来を全部あなたに預ける」

「あぁ、ん?全部?」

「だから…私を最高の天才に育ててよ。お兄ちゃん」

葵は人生で一番の笑顔を叡智に向ける。それはまさしく天使のようで、彼女の足に着いていた鎖が断ち切られた瞬間であった。


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