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29話 ひぐらし

体育祭がおわり、一週間が過ぎた。

あれからというもの、叡智はありとあらゆる部活から引っ張りだこになり、放課後や昼休み問わず、叡智に突撃する上級生の多さから逃げ惑っており、一週間経って上級生がやっと諦め始めたことで叡智は安泰を取り戻しつつあった。

そして、今日も今日とて学校が終わり、帰り道を歩いている。だが、家に帰るわけではない。

今日はしなければならない仕事があるからだ。


(よし…着替えは済んだし…いくか)

探偵事務所にて、学校の制服から白のワイシャツに黒のベスト、赤色のようなネクタイ、紺のズボンを着がえ、シャツの裾を少し折っていた。

叡智が探偵っぽい服装で変装にも使えるという理由で選んだ服装であり、これが探偵っぽいと言われればどちらとも言えないと思えるような服装であった。

デスクの上にある書類等をまとめ、探偵事務所から出る。

そして、そのまま探偵事務所の真横にある細い階段を降り、薄暗く光りが見えている真っ正面の扉を開け、中に入った。


「いらっしゃい」

中はちょっとしたバーのようになっており、カウンターの奥にバーテンダーと思われる男性が叡智の入店とともにそういった。

「もうバーやってんの?マスター」

そういいながら叡智はバーテンダーの前のカウンター席に座った。

「すいませんね、お客さん。今の時間帯は喫茶店になっていまして…私はバーの準備をしていますのでもしお待ちでしたら喫茶店のメニューであれば何か出しましょうか?」

「じゃあ…コーヒーとショコラケーキ」

「かしこまりました」

そういってマスターは奥の戸棚からコーヒーを取り出し、間もなくして挽き立てのコーヒーとショコラケーキが叡智の前に出された。

「どうぞ、ごゆっくり」

「どうも」

叡智はフォークでショコラケーキの端を少し切り、口の中に運び、口に甘さが広がりつつある内にコーヒーを口に流し込んだことで、ケーキの甘さとコーヒーの苦みが双方をより引き立てているように感じていた。


ショコラケーキを食べ終わり、残ったコーヒーを飲んでいると叡智の前にバーのマスターが現れた。

「バーの開店時間となりましたので、ご注文をお伺いします」

「いや…もうこれで充分だ。それより…マスター」

「はい」

マスターは叡智の手前にある皿を取り、シンクに入れながら叡智の声を聞いていた。

「…家賃」「すいません、もう少しだけ待って下さい」

「早いよ、しかもなんでカウンターに額擦りつけてんの…」

ここは探偵事務所の地下、『Bar ひぐらし』は現神谷家当主 神谷聡一の高校以来の旧友である上総かずさひびきがカフェ兼バーとして営んでいる。

当時聡一に頼み込み、神谷家が所有する土地、現在探偵事務所の地下に立てたが、あまりの客足の少なさから家賃の滞納が多く、叡智が引き継いだ後、どうにか現在の滞納額は100万まで減るが、未だ滞納額は減らずじまいになっている状態である。

そして、今日の仕事というのは…家賃の取り立てであった。

「叡智くん!ほんとに申し訳ないけど、もう一ヶ月、もう一ヶ月待ってくれないかな!?ちゃんと先月分もまとめて払うからさ!」

「それ先月も言ってましたよ、マスター。もう俺が立て替えるのにも限界がありますって。早いとこ決断した方がいいですよ。この前も親父に急かされてたんでしょう」

「いや…そうなんだけどさ…せっかく開店したのに客足悪いし!常連もほとんどいないし!もうどうすれば良いんだよ!」

マスターの言うことにも多少共感はできる。

だが、悲しいことではあるが、資本主義である以上、資本を貸しだしているため金銭の要求はある程度仕方が無いと叡智は考えている、が…

「まぁ…今回は取り立てませんよ。また、別の要件もありますし」

「まじか!ありがとう叡智くん!」

手を合わせて感情をあらわにするマスターに少し優しい表情を浮かべた。

「んで?別の要件ってなにさ」

「ああ…そうでしたね。実は─」

カランカラン

叡智が言いかけたとき、バーの扉がひらいたときになる鈴の鳴った。

叡智が後ろをチラリと確認し、それを見た途端ゲッと嫌な顔をしつつ、胸ポケットのサングラスをかけた。

「マスター、今日ってバーやってるよね?」

「ええ、開店しております。どうぞ」

そうマスターは叡智のカウンター席に手を指した。

その男性が横にいる叡智を見て、目を見開いた。

「神谷…お前、なんでこんなところにいるんだ?」

「…こんばんは。平井先生」

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