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28話 腐敗

「とにかく…お疲れ様でした。良い勝負でしたよ、会長」

決闘の約束をした場所にて、二人は向き合っていた。

「お世辞はいい、結局のところ俺はお前に負けた。これが結論だ」

「まぁ…そう言うことにはなりますね」

叡智はすこし申し訳なさそうにしながらも会長に同調する。

「…神谷君」

「なんです?」

「いや…これは彼女の兄としてなんだがな…、和泉を守ってやってくれ」

「言われなくとも」

「おそらくあいつはわがままだろうが我慢してくれ」

「それは分かりませんね」

「そして…彼女を大切にして…愛してやってくれ」

「はい。…え?」

はい、と反射的に答えたが最後に言ったことに耳を疑った。

「君がどんな手で彼女を落として、手に入れていたとしても、俺は彼女が幸せならそれでいい」

「ちょっとまってください!?」

咄嗟に叡智は右手をパーの形で前に出し、左手で目尻あたりをつまみ、思考を加速させた。

「…もう一回言ってもらえますか?」

「え…、俺は彼女が幸せならそれでいい」

「その前です」

「あいつはわがままだろうが我慢してくれ」

「戻りすぎです。わざとやってます?いや…それより!俺が…日野和泉を愛する?なんで?」

叡智は久々に困惑した顔を隠そうともせず、目の前の日野大和に尋ねる。

「だって…お前はうちの妹の彼氏なんだろう」

「違いますよ!?なんでそうなってるんですか?!」

「先日の和泉との勝負で、二人で出掛けるところを見てな。しかも、二人が付き合い始めたとか専らの噂でな…。それに、君に話しかけたときもそれっぽい反応してたからさ」

「あ…」

叡智は顔を天に向け、手のひらで顔を覆った。

(そういうことか…、てっきり俺は和泉が俺と契約を結ぶと感づいて決闘を申し込んできたと思ったんだが、読み過ぎだったか…)

叡智の中で今までの不自然が繋がる。

(今回の決闘にて日野家の妨害が入らなかったのは妹の彼氏が彼氏足る器なのかを試すためのもの、そこに妨害を入れると自分としても後々妹から詰められる可能性や、自分のポリシーに反するからこの作戦ね…)

「はぁ…」

叡智はため息をついて、再び彼と向き合い、視線を会わせる。

「で?本当は君は妹の彼氏ではないと?」

「…そうですね」

とても低く、重圧のかかった声で問う日野大和にすこし溜めた後真実を伝えた。

すると、今まで険しかった顔から威圧的なオーラが消え、途端に笑顔になる。

「なーんだ、それなら早く言ってくれればよかったのにな。いや、これはこちらの過失だな。いやー!早とちりしてしまってすまない。噂に流されるようでは生徒会長としてまだまだだね」

ハッハッハと笑いながら、叡智に近づき、背中をバンバンと叩く。

「いや痛いです、会長」

「そうか?すまないすまない」

叡智は苦笑いしながら、日野大和の顔を見て、乾いた笑いをこぼした後、大きなため息をついて、自分の肩に手をつく会長の手を退かす。

「ところで…神谷君」

「…なんですか?」

まだ何か?という顔で日野大和を見て、眉間にしわを寄せる。

「今回の決闘を経て、君にさらに興味が湧いたよ。どうだい?改めて聞くが…生徒会に入ってみる気はないかい?」

「…それは再び俺の実力を加味して…ということですか?」

「そう!君のような頭が切れて、行動力のある人材は探してもそういない。それに、次の選挙に出るなら、生徒会役員であることは立派なアドバンテージだ。応援弁士として出るとしてもね」

叡智は眉をひそめ、日野大和を睨み付ける。

「何が言いたいんですか?」

「妹と出馬するんだろう?恐らく」

そう言った大和の発言に反射的に叡智は一歩後ずさりして、少し警戒する姿勢を見せた。

「警戒しなくてもいい。所詮これは俺の仮説、真実でも虚実でもどちらでも良いし、別に答えは求めない。だが、一つ言えるとすれば…実力や才能だけでなれるとは到底思わないことだよ。この学園には将来この国の中枢を担うであろう人間が多数いる、大企業の社長のご子息、財閥総帥のご令嬢、そして…我々貴族。それらを束ねる生徒会長とは、既存の人望、権力、財力、人脈を駆使してやっとなれる地位だ。俺は人を惹きつけるカリスマを持っているらしいが、そういった突出した才能をフルに使用して、やっと僅差での当選、そんな世界なんだ…神谷叡智。」

叡智は警戒する意識をなくし、徐々に威厳のある顔つきに戻りつつあった大和の目を真っ直ぐに見ていた。

「現生徒会長として言わせて貰うが、君には妹と似た何かがある…と俺は思っている。だが、それに慢心するな。何があっても、自分のポリシーを曲げるな。そして、信頼できる仲間を作れ。それが、この学園で…この箱庭で何者にも左右されず、人の上に立つべき人間だと俺は思う」

数秒間、この場に沈黙が走る。

ギリッ、と叡智は歯ぎしりをして俯いた。

明らかな怒りの感情をあらわにし、心なしか眉間には血管が浮き出ているようにも見える。

(ここでもか…こんな箱庭にも、“腐食”は進んでいるのか…)

握りこぶしに力を入れ、瞳孔を開く。

それは、かなり久しく感じられる神谷叡智の激怒した姿であった。

「…会長、俺は別に生徒会で将来の有望性を知らしめようとしてるわけじゃないんだ。だから、あなたに導かれるような形で生徒会に入るつもりはない。俺は、”実力”で日野和泉を生徒会長にしてみせる。たとえ、誰であろうと」

(そして…この腐敗の原因を根元から…絶つ)

その叡智の迫力に押され、大和は一瞬だけ背筋に冷たいものが走る。

それは、いつか…過去に感じたことのあるような、自分とは真反対のカリスマ性を彼に感じさせられた。

「まぁいい。それなら…君がそこまで考えているのなら、それで。頑張りたまえよ、神谷叡智」

大和は先日と同じく、叡智に背を向け、だが、その背中からはかすかに叡智への優しさ、そして信頼が感じられた。




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