23話 コーラ
日野和泉との契約を結んだ日から一週間ほどが経ったある日の昼休み、叡智は自席で昼食を食べ、中大広間を上から眺めていた。
「ところでよ…」
叡智は窓とは反対方向に顔の向きを変え、睨み付けるように見る。
「なんでお前らと一緒に貴重な昼食時間を過ごさなきゃならないんだ!?」
そう言った相手は自分の昼食を置いている机に隣の机をくっつけ、その上に昼食を置く葵、和泉、燎であった。
「別にいいでしょう?友好関係を築いていくには食事が大事と存じていたのですが…、それに女の子に囲まれて食事をするのは男子からすれば至福でしょう?」
「勝手に決めつけんな日野、俺は他の下心しかないやつとは違う。それに、今更お前と友好関係を築くために一緒に食べる必要性が感じられん」
「そこまで言います?」
「うるせぇ、俺はお前らと過度に関わると色々面倒なんだ、察しろ」
周りからの視線をひしひしと感じている叡智は食べ終わった後のゴミを捨てるために立ち上がり、そのまま教室を出て行った。
叡智は一階にあった自販機のボタンを押し、落ちてきたコーラの缶を拾って、蓋を開ける。もう5月末であるので外は蒸し暑く、飲み口から流れ込むとても冷えたコーラが体を冷やしていくのを感じていた。
すると、背を向けていた自販機からガコンッという音が聞こえた。
咄嗟に振りかえると、そこにはコーラを取り出し、立ち上がろうとする男がいた。
(こいつ…俺の背後をまったく気配なく…いや、こいつは俺の意識が一瞬緩んだ隙に背後にきたのか…)
警戒しつつ、その男の仕草を観察していると、その男はこちらの方を見て、叡智はハッとしてより警戒を強めた。
その男の目はルビーのように赤く、その顔の特徴から誰なのか分かった。
「君…神谷叡智だね…」
叡智が口を開くより先にその男が話し始めた。
「えぇ、よく知ってますね。僕のこと…」
「妹の件で少し認知しているからね、“叡智の賢者”と呼ばれている天才、神谷叡智の噂は…」
「それは光栄ですね、あなたに知られているとは…生徒会長 日野大和さん」
日野大和の制服にこの学園の生徒会長を象徴する勲章をつけており、その面影はどこか和泉に似ている。
「僕に何かようですか?会長」
「あぁ、君には二つ程用があって声をかけさせて貰った」
「…して、要件は?」
その二人だけいるこの場所はまさに戦場となっていた。互いに刀を交え、双方今にも喉元に剣先を突き刺せるように、互いに視線を向ける。
「君、生徒会に興味はないかな?」
「生徒会…ですか?」
「あぁ、うちの生徒会は他の学校の生徒会とは異なり、学校に属さず、独自の機関として存在し、学園内で絶大な権力を有している。生徒会に所属することで得られるメリットも大きい。今回、妹を正面から打ち破った秀才である君を生徒会庶務としてスカウトしたい」
少し静寂に包まれ、叡智は自分の手を口のあたりに置き、思考をする。
「…後者は?」
「後者は、妹…日野和泉への今後の接触を控えて貰いたい」
「…何故です?」
少し額をピクッと一瞬しわ寄らせて、日野大和に質問した。
「確かに君は妹との勝負に勝った。それは認めよう。だが、妹が君のような平民にたぶらかされるのを黙ってみている気はないのでね、ましてや、君を彼女に釣り合うような人間だとは僕は思えない」
「たぶらかすなんて、人聞きの悪い。だいたい、今日だって、僕から近づいていった訳じゃないんですから」
「それは君の見解だろう。仮にそうだとしても、妹が君と関わっていることには変わりない」
叡智は自分の手に持つコーラの缶が、どんどんとぬるくなっていくのを肌で感じていた。だが、空気は裏腹にとても緊張感があり、一歩踏み入れば極寒というほどにプレッシャーが飛び交っていた。
「…前者に関しては、お断りさせていただきます」
その静寂を破り、叡智は返答する。
「僕は生徒会に特に魅力や興味もありませんし、第一、人から与えられた栄光にすがり、他者を見下すような人間になりたくはありませんし」
「ほう、生徒会に入ることで得られるメリットを得る絶好のチャンスを放り捨てるというのか…?」
「自分の価値は自分が証明します」
日野大和は少しハッとしたように目を一瞬見開くが、すぐに元の状態に戻した。
「そして、後者の方ですが…僕がその条件を飲むメリットがありませんし、もしメリットがあったとしても、天秤はこちらの方に傾きます。ですので、日野和泉への接触を控えるというのは飲み込めるものではないです」
そう言われた日野大和は少し考え込むようにして、口を開く。
「先程の話を聞いていると、どうやら君がまったく妹と関わる価値がない…ということはないようだ」
「なら…」
「だが、君が妹の横に立つに値する人間なのか、僕は未だ疑いがある」
叡智が刀を鞘に戻そうとするが、日野大和は一向に戻そうとしない。
「では…どうすれば認めてもらえるんでしょう?」
「簡単なことだ。結果を見せろ」
「結果を見せろ、とは具体的には?」
「6月始めにある体育祭にて、お前の真価を確かめる。お前が出る種目すべてで勝利を収めろ、これが条件だ」
そう言われた叡智は少し頭を傾げる。
「体育祭って…もう種目は決まっていますし、それにすべてって…」
「勿論、学年種目もその対象だ」
「学年種目って…騎馬戦をですか?」
本気で言っているのか?といわんばかりの顔で叡智は日野大和を睨む。
「チームを勝利に導くのも、日野家の人間と関わる上での資格の一つだ。うまく人を操る力、それがお前にないならばお前に妹と関わる資格はない」
そう言われた叡智は額にしわを寄せ、口角を上げる。
「あんたら…ほんとに兄妹だなぁ!いいぜ、その挑戦状受けてやるよ…」
「そうかい、君の信念がどれほどのものなのか、見させてもらうよ」
両者刀を納め、緊張が解けた。
「急に話しかけて済まなかったね。これは引き留めてしまった礼だ」
日野大和はそう言って、自分の手に持っていたコーラを叡智に投げ、叡智はそれを片手でキャッチする。
「では、次の授業に間に合うように、早く戻るんだよ」
そう言ってさっていく大和から目を離し、手元のコーラに視線を移す。
カシュッと音を立てて缶を開けるが、その瞬間中から泡が飛び出してきて、咄嗟に腕を伸ばすが、腕がコーラまみれになってしまった。
「はぁ…ぬる…」
残ったコーラを口に含み、叡智はそう言った。




