22話 協力者
「…まさか、お前がここに行きたいと言うとは…流石に思わなかったんだが」
事件の翌日の放課後、叡智、葵は和泉に連れられ、二週間前、叡智に連れられたスイーツ店に連れて行かれた。
「まぁ…前来たとき、とても印象に残りましたから…」
少し照れたように言うが、それを無視して頼んだアイスコーヒーを飲み、葵は本当に申し訳なさそうに叡智の隣の席でしぼんでいた。
「で?まさかここに来ることが脅しの目的な訳じゃないでしょ?な?あお…」
叡智が横を見ると限りなく原子レベルの大きさにしぼんでいた。
「おーい、葵ー?大丈夫か?」
「ふ…藤原さん!?」
葵の顔の前で手を振る叡智と、その前に座る和泉が心配のあまりその場から立ち上がり、彼女の名前を呼ぶ。
隣にいる叡智だけが聞こえていたが密かに「ごめんなさい…、黙っててごめんなさい…」とずっと言っており、昨日もよく眠れていなかったことから、何度も隣の浪華に起こされていた。
「ごめん…なさい…」
「分かった!分かった!もう別に藤原さんに怒ってないから!」
「おい、それだと俺にだけ怒っているように聞こえるんだが?」
「そりゃそうでしょ。私が話を聞きたいのは藤原さんではなくあなたなんですから」
少し不機嫌そうに再びストローを加え、コーヒーを飲んだ。
「も…もう…大丈夫…うぷっ」
いつもの元気はどこにいったとつっこみたくなるようにげっそりした顔をしていた。
「もうだめだな葵」
叡智は葵の頭をポコポコと叩き、正気に戻そうとしているが、未だ怒られることを恐れているようだ。
「もうほっといてあげてください…」
和泉は流石に可哀想に思ったのか、放心させておくように言った。
「で?結局のところ要求はなに?」
「…私が日野家のご令嬢という立場であることにコンプレックスを持っていることにいつ気づいたんですか?」
「…と言うと?」
「あなたは私が勝負に乗ってくるという確証があったと言いました。それは私が順位に固執していると分かって出来ることです。順位に固執する理由なんて、ごく限られている。あなたなら、それを特定可能であるのかと思いつきまして」
「具体的には言えないが、実力テスト前に既に君のことをある程度知っていた。その情報を元にすると、君は日野家のご令嬢としてではなく、日野和泉として人に認めて欲しいのではないかという仮説を立て、餌をまいたら、食いついてきたから確信に変わった。勝負を仕掛けてくるかは賭けだったよ。でも…一番可能性のあった賭けだ」
「…そうですか」
「だが、君のあの作戦はとても素晴らしかった。俺でなければだいぶんとはまったね。勿論、君が負ける可能性を考慮していなかったのは悪手だが、自らの名誉は保たれる。流石天才といった発想だった」
叡智の言う言葉に嘘偽りがない素直な顔であったため、少し照れてしまった。
「…それが要望ってことでいいのかな?」
「まだ前振りですよ。ここからが本題です」
以前の二人とは異なり、少し余裕を持ち話している。
最早微笑んで会話しているほどであった。
「…昨日、藤原さんが私に言ってくれたんです。日野家としての日野和泉も日野和泉の一つだと、そう言ってくれたんです」
そう言う和泉の視線は少し潤いを取り戻しつつあるが、叡智にもたれかかる形で放心している葵であった。
「今まで日野家としての自分を嫌っていたのは背後にいる日野家としての価値しか見いだされていなかったから。でも、そう認識しない人もいると知ることが出来ました。なので、日野家としての自分を認めると同時に、日野家に頼り切りの自分にならないようにしていきたいんです」
「…そう思っている原動力は…いったいなんなのかな?」
「…私を育ててくれたのは、実質兄なんです。父は仕事柄別で家を持っており、そこから出勤しています。父の顔を見るのは一年に一回程度。なので、今までの恩返しとして、兄の期待に応えるようにしていました。」
「お前の兄と言えば…生徒会長か?」
叡智が思い浮かべたのは始業式のとき、壇上に立ち、カリスマ性を放っていた男、日茜学園高等部生徒会長 日野大和であった。
「あの人か…」
「えぇ、それで私は多くの努力をしました。ですが、お兄様は私のことをあるときから敬遠するようになりました。私は…お兄様に認めて貰いたい一心で努力していました。ですが、ある日から天才と言われ、私は私自身の価値を必要以上に重要視するようになりました。おそらくそれが理由だと思います」
「はぁ…」
(めんどうくさ…)と叡智はつい思ってしまった。
勿論、彼女の努力の方向性について面倒くさいと思ったわけではない、このエピソードから分かったこと、すなわち…
「お前って…もしかしてブラコン?」
「んな!?」
叡智の口から出たまさかの言葉に度肝を抜かれ、顔を引きつらせる。
こういった判断を下したのは極度の兄への執着である。
先程の話の中でも、兄への執着がきっかけで天才、日野和泉が生まれたと言っていた。そのことから、兄への強い憧れ、認めて欲しいという執念が暴走した結果、この『ブラコン証人欲求オバケ』という化け物が生まれたんだと自己完結した。
「そ…そんなわけ…ない…」
「そこは言い切れよ」
(なんでこうも天才は証人欲求が強いやつが大きいやつが多いんだ?)
そう思った叡智は目の前の和泉と自分の腕にもたれ掛かり、気力を失っている葵を見た。
はぁ…とため息をつくことに少し不機嫌さを滲ませる和泉だったが単に呆れている訳ではない。
和泉がこうなったのはおそらくブラコンだけではないはずである、という仮説を叡智は新たに立てた。
彼女が本当に見て欲しい相手は彼女の父親、現日野家当主だろう、と先程の会話内容から推察する。
彼女自信おそらく無意識だろうが、その可能性が大きいと感じている。
が…それをわざわざ彼女に言う必要もないだろうと心の中にしまった。
「…そろそろ、この対面の本題に入ろうか…」
そういう叡智は自分の眼鏡を取り、胸ポケットに入れ、隣の葵を叩き起こした。
「前回俺が提示した契約内容とほとんど同じ。お前の身の安全の保障と学園内での地位の維持への協力、それに対して俺が出すのは、神谷叡智の行動に対しての干渉や詮索を行わないこと、に加えて藤原葵へ危害を加えないことを追加する、これに何か足したいならば遠慮なくいってくれ」
叡智がカバンから出したタブレットに乗っていたのは、今説明した契約内容が書かれていた。
「…先程まで話していた内容に繋がるんですが…私は…」
「ちょっと待て!話が分からないんだけど!」
そう言って叡智と和泉の間に入ったのは先程まで死んでいた葵であった。
「うるせぇな…今契約の途中なんだけど」
「それは分かってる、でもさ…なんで契約?」
「俺たちのことを日野家に探られないようにするための契約だよ!お前までバレたからこの契約にお前のことまで入れてんの!」
「それは叡智の不注意のせいでしょ!」
「静かにして!」
二人の言い合いに和泉が割り込み、二人は同時に口を閉じた。
「はぁ…私にバレたのも、それが原因でしょう。少しは自重してください」
「はいはい分かったよ」
お前に言われなくても分かってるという風に叡智が言う。
「そういえば聞いてませんでしたね、どうしてあなたが藤原さんと一緒にいたんですか?」
「言ってなかったな…藤原葵は俺の義理の妹だ」
叡智がそう言ったとき、和泉の頭は処理が追いついていなかった。
呆けたように口を開け、目を丸くしている姿はさながら先程の葵と重なるところがあり、叡智は少し吹き出した。
「うう゛ん、失礼。それで?お前の要件は?」
「いやいや!それよりも!義妹!?」
「声がでかいぞ、少し音量を抑えろ」
「うん、君だけは言われたくないかな!」
再び叡智と和泉の間でコントが繰り広げられ、そのことに気づいて、三人とも冷静さを取り戻すため、ドリンクを飲む。
「いきさつは今度こいつから聞いてくれ、時間がもうないからな」
「…分かりました」
不満げながらも了承する和泉とは対象的に横の葵はとても面倒くさそうな顔をしていた。
「で?付け足したいこと、あるんだろ?」
「付け足したいことというか…お願いというか…」
叡智は話の流れからだいたいの予想は出来ていたが、本人の口から言質を取っておきたかったため、あえて分からない振りをしていた。
「2学期の生徒会長選挙、私の応援弁士をしてもらえないでしょうか?」
「わかった、良いぞ」
「えぇ、急にこんなこと頼まれて了承出来るはずもないので、少し時間をおいて貰っても、ってえぇぇぇ!?」
叡智が即答したことに理解が追いつかず、そのことに気づいた和泉は驚きのあまり、普段出さないような声量で声を出した。
「ほ…本当ですか?」
「だから…契約にも書いてあるだろ、『学園内での地位の維持への協力』って、それぐらいなら協力する」
そう叡智が言った後の和泉は天真爛漫に喜ぶ一人の少女であるように少し笑みをこぼし、握り拳を作っていた。
「それでは、契約に異論は?」
「ありません、それでお願いします」
「葵も良いな?」
「なにがなんだか分からないけど、叡智が良いって言うならもう私は何でも良いよ」
まったく話に入れず、不貞腐れている葵を無視して叡智は話を進める。
「では…神谷叡智、日野和泉の名の下にこの契約を締結する、効果期間は2年間、これ以降はこの契約にのっとるものとする、じゃあ、ここにサインして」
叡智はタブレットに指をさし、その部分に和泉は自分の名前を記入した。
「これで、契約は成立、これ破ったらそれなりのペナルティ喰らうと思っといてね」
「めちゃ怖っ、てかそういうのって契約前じゃない?」
「契約の主導権は俺だからな、それにもうどうしようもないぞ」
そう言って、叡智はタブレットをしまい、アイスコーヒーを飲んだ。
「これからよろしく、協力者」
そう言われた和泉は半ば驚きつつも、叡智に向かって微笑む。
「ええ、よろしくお願いいます、協力者」
その様子は平和で、それでいてこれからなにかよからぬことを行おうとしているようにも見える不思議な様相であった。
(えっ…私…今回は空気って…まじ?)
その脇では、徐々に影が薄れていく葵がオレンジジュースをすすっていた。
「大和様、ご依頼されていました和泉様の近辺調査が完了いたしました。こちらが結果となります」
「あぁ、そこに置いておいてくれ。常磐」
「畏まりました」
今日の出来事を手帳に記入している男、日野大和は使用人にそう言って、使用人が去ったあと、手帳を書き終えたのかその手帳を棚にしまった。
そして、手元に先程置いたファイルを開き、内容を確認する。そして、あるところでページをめくる手が止まった。
(神谷叡智…和泉を中間テストで破った男…)
「貴様には…妹に指一本たりとも触れさせやしない」
ここにまた一人、神谷叡智との因縁が生まれた




