20話 夜叉(3)
葵が意識を取り戻したころ、そこには真っ暗な景色が広がっていた。
(身動きがとれない…何かに固定される?)
あたりを見渡していると、あるところに白く光るところを見つけ、よく見ると床はコンクリートで鉄っぽい柱があった。
徐々に目が慣れてきて気づいた。
(ここは…)「倉…庫…?」
すると、横から物音が聞こえたので見ると、まだ気を失っている日野和泉がいた。
「日野さん!日野さん!」
葵が彼女の名前を呼ぶと、日野は目を覚ました。
「こ…ここは?」
「どこかの倉庫?みたいです。体はどうやらロープで固定されているみたいなのでどうにもここから抜け出すのは…」
すると、どこからか扉が開く音が聞こえ、それとともに男の話し声が聞こえた。
「おい、日野和泉を連れてこいと言ったが、平民のあいつまでなぜ連れてきた?それに平民に組み伏せられていたそうだな?貴様らを雇うのに何万かけたと思ってる?!」
男の大声が聞こえ、目の前には何人もの男がいた。
「な…なんで…あなたが…」
目を丸くして、日野は驚いた。
その視線の先には、先程大声を上げ、何人もの大柄な男に激怒していた男がいた。
それは、今日の放課後、自身に告白してきた男子生徒であった。
「ごめんね~、日野さん。こんなことして」
「…いったい、私をさらって何をしたいの?」
その男を鋭い目つきで威嚇するも、その男は依然としてヘラヘラとしている。
「別に~、君に振られたから無理矢理交際を迫るなんてことはしないよ。僕の狙いは日野家ご令嬢の日野和泉なんだから」
そう言われたとき、日野和泉はハッと何かに気づいたようにまぶたを見開き、顔をしかめた。
「日野和泉をさらったとなると、日野家はなんとしてでも君を取り返そうとする。ならば、先手を打つ。僕は今し方日野家に二つの条件のうち、一つを飲み込めば、君を返すと伝えた。その内容についてだが…」
「日野家の利権をすべて譲渡する、もしくは、日野和泉との婚約、でしょう?」
その男の言葉を遮り、発言した日野の言葉を聞き、男はより凶悪な笑みを浮かべた。
「流石天才と言われるだけはありますね。ですが…今回の定期テストであなたは敗北した、それも、あんな平民にね、もうわかるでしょう?あなたは既に絶対女王日野和泉ではなく、ただの日野家ご令嬢なんですよ」
そう日野に言い聞かせるようにいった。
それは日野和泉の信念を確実に折るには十分な言葉だった。
「あのさ…」
突然、この会話に割って入ったのは、“平民”藤原葵であった。
「あんたが言ってるのって当たり前のことでしょ」
何を当たり前のことを言っている?と言わんばかりに怒りの混じった言葉を吐く葵にその場は静まり返った。
「あ?」と男も苛立ちを隠そうともせず葵を睨む。
「確かに日野さんは神谷叡智に敗北した。そこまでは分かるけどさ、日野家のご令嬢って言うのがなんでそんな悪いのかが分からない」
「話の分からん平民だな!日野和泉は日野家のご令嬢としての価値と、個としての価値を見いだされていた。だが、あの平民に負けた日野和泉に日野和泉単体としての価値はない、あるのはその背後にある日野家としての価値のみだって言ってんだ」
「だから、それが分からないと言ってるの。だって、日野家としての日野和泉も彼女を構成することじゃない!それを何故日野家の価値として受け取れるの?!あんたは、私よりも馬鹿野郎だよ!」
そう言い終わった後、葵の座るパイプ椅子ごと、彼女を蹴り倒した。
「お前の言い分など聞きたくもない…このなんの利益も生みださない“平民”府税が」
「ただ努力もせず、のうのうと生きてるだけで蜜吸ってられる虫かごのカブトムシよりはましでしょ」
両者まったく引かず、互いに怒りをもった視線が交わっていた。
「ちっ、これだから平民は…自分の立場を分かっていないようだな。僕が君たちを本当に無事に返すと思っているのか?」
再び凶悪な笑みを浮かべ、2人を見下す。
なおも藤原葵は彼に殺意を向ける。
「おいお前たち、報酬の時間だ。好きにしろ」
「良いんですかい?」
「あぁ、その生意気な口を二度と開けなくしてやれ」
その男はそう言い、その後ろの大柄な男らが2人を囲む。
「嬢ちゃんたち、悪く思うなよ…」
そう大柄な男の一人が言ったとき、ドォン!という音が倉庫内に響いた。
続けて、同じ音が連続で四回響く。
バリィンという音の後、先程白く光るところの上、窓から何やら黒いものがガラスを割って入ってきた。
その物体が動くと同時にそれが人であることを理解した。
その人間の顔と思われる部分には“鬼の顔”が存在しており、鬼の顔の右半分が明かりに照らされていたため、それが仮面であることに気づいた。
「ふぅ~やっと見つけた。やぁ、誘拐犯さんと…どこかの組合の方」
その仮面をつけた人が話した声で葵は分かった。
(え…叡智…?)
「誰だ?そんな馬鹿げた仮面をつけるようなやつに構ってる暇はないんだが」
「君に素性がバレると…まぁバレてもどうにでもなるが、万が一の可能性も考慮したいからな、よって君に俺の正体を知られるわけにはいかない」
そう言った問答をしていると、大柄な男の一人が叡智に近づいていく。
「そう言ってんだ。まぁここを見られた以上お前にも無事に帰って貰うわけにはいかな…」
ドォン!と先程聞いたばかりの音とともにその男はその場に倒れた。
男の倒れた先に見える叡智の手には、拳銃が握られていた。
「安心しろ、非殺傷弾だ」
そう言って、倒れた男の横を通り、今度は叡智がこちらに近づいてくる。
「こんなことをして…我が国の司法が許すと思っているのか?」
と言う男はもう既に怒りで我を忘れそうなほど顔を真っ赤にして怒っている。
「お前が言うなよ犯罪者が。後15分で“特務機関”が来るんだ。まさか…このことをお前が想定していない訳がないだろう?なぁ…“山城 辰八”」
そう言われた山城と言う男は動揺を隠せていないようだ。
「現五摂家の家系、山城家の直系の親族。いや、元五摂家と言うべきか」
と彼を煽るように言う叡智の姿は、まさに魔王と言って差し支えないほどの邪悪さと威圧感を持っていた。
その威圧感は…((入学式で感じたあの…))
絶対零度の如くその場の空気を凍らし、大柄な男らも気圧されて動けないほどだ。
「どういうことだ…?」
「そのまんまの意味だよ。今し方、山城家の貴族階級からの追放が言い渡された。分かっていたことだろう?瀕死の病人と言われ、殆ど貴族としての威厳すら失い、五摂家追放もやむなしと言われていた手前、それに今回の件で完全に見放されたってことだ。日野家当主は各方面に圧力をかけて、山城家を貴族界から追放しようとしてる。そして、特務機関はここを特定し、今まさにここに来ようとしている。チェックメイトだよ、山城」
そう言われた山城を見た葵だったが、その姿は葵の予想と反していた。
なんと、笑っていたのだ。それもゲラゲラと声を上げて。
「特務機関がどうした。未だ山城家には国外に逃亡するくらいの財源は残っている。それに、ここから直接国外逃亡するルートも既に確保してある。貴様ら特務機関に今さら…」
「言っておくが、俺は特務機関の人間ではない」
そのとき、その場に衝撃が走った。
ただし、藤原葵はまったく状況が理解出来ていなかった。
「なら…何故ここが分かった?!何故日野家の動向を知っている?!」
「簡単な話だ。貴族の上層部に繋がっており、そもそも特務機関にこの場所をリークしたのは俺だからだ。もういいだろう?さっさと降伏しろ」
そう言って、再び葵の方へ歩こうとしたとき、山城が叫んだ。
「こうなれば道連れだ!そいつを殺せ!」
そう大柄な男らに命令した。
丁度男たちに近づいてくるところだった叡智に向けて、男らは襲い掛かる。
(数はおよそ10数人、まぁなんとかなるか)
そう考えていた叡智は現在、倉庫内を縦横無尽に走り続けていた。
勿論、逃げ続けていた訳ではない。
彼は手に持つ機械で発射されるワイヤーで次々と男らを拘束する。
(アメリカ警察御用達の捕縛具、初めて使ったがこれは使えるな)
そう思いながらも、戦況はしっかりと把握する。
遠くで銃を撃ってくる者には銃で応戦し、近づいてくる者にはワイヤーで拘束する。
そうやってる間にも刻一刻とタイムリミットが近づいてくる。
(後残り5分弱、不味いな)
正確な時刻を把握する暇などない叡智は体内時計をフル活用して、時間を計測している。
その間にも、銃で撃たれ、失神していた男らが次々と起き上がり拘束していた男らも拘束を外しての繰り返しで埒が明かない。
そうしていると、後ろから気配を感じる。
後ろを振りかえると、そこには鉄パイプをもった山城がいて、咄嗟に防御したが鉄パイプで殴られ、積みあがる段ボールにつっこんだ。
「さっきから君のこと観察してたけど、やっぱり君、近づかれないように立ち回ってるでしょ」
段ボールにつっこんだ叡智はその場から起き上がろうとするのを遠くから拳銃の発砲音がなり、彼の右胸に着弾する。
「よくやった。これで僕はもうこの国からおさらばだ。君のことは永遠に覚えているだろうね」
そう言って叡智に近づく。
「叡智!」
そう叫んだ葵の頭にも銃口が向けられる。
「安心しろ、こいつと同じところに君も送ってや…」
「やっと近づいたな?」
その瞬間、山城が後ろを振り向くよりも早く、何かが山城の胸ぐらを引っ張り、突如、腹に激痛が走り、床にうずくまろうとするが、胸ぐらを掴んで離さず、跪く形で腹を押さえていた。
「き…貴様…何故…撃たれたのに…」
それは拳銃で撃たれたはずの神谷叡智であった。
「このコート、防弾仕様なんだ。くっそ重たいけど、もう慣れた。お前を制裁するには良いハンデだろ?」
そう言った叡智は胸ぐらを掴みあげて、先程彼の腹に喰らわした拳を連続して繰りし、先程自分がつっこんだ段ボールの山に蹴り飛ばした。
そして、彼が起き上がろうとするのと同時に彼の眉間に非殺傷弾なるものを発砲した。
「これでしばらくは起きないだろ」
そう言って、未だ拘束された2人のところへ進撃し、先ほどの状況が嘘かのように歯向かう男らを力尽くで一掃していった。
「和泉様、ご無事ですか?!」
「えぇ、幸いにも特に怪我はないわ」
あれから数分後、黒いスーツを着た人らがぞろぞろと入ってきて、山城 辰八とその他の男を連行していく。
その場には藤原葵と神谷叡智の姿はなかった。
「ったく、危なくなったら逃げろよ、なんで応戦してんだよこの運動馬鹿が!」
「襲ってきたし、なんなら私ごと攫おうとしてたから応戦しただけで逃げても関係ない!」
「じゃああいつとなんであんな言い合いしてんだよ!」
「聞いてたんなら助けてくれれば良かったじゃない」
「あの場にいたらあいつに逃げられるだろうが!そのためにわざわざ手間取る振りまでしたんだ!」
「そもそもここってどこ?!」
「そうだよ!わざわざ東京湾向かいの千葉までなんでいかないといけないんだよ!ふざけんな!」
「私に怒らないでよ。怒るならあの山城とか言うやつに怒って!」
仮面を外した叡智は拘束されていた湾岸の倉庫から離れたところに止めてあるバイクに乗って、言い争いをしていた。
「で?なんでそんな物騒な物持ってるの?」
「なんの話だ?」
「とぼけないで、その銃で銃撃戦してたのこの目で見てたんだから」
「その話は帰ってからでいいか?諸々のことも話さないといけないし、そのついでに話す」
そう言った叡智に少し不満そうな顔をした。
「…なら、どうしてここまで助けに来たの?」
「あ?どういうこと?」
「だって、一歩間違えば一大事だったんでしょ?ならわざわざなんで…」
「んなもん考えれば分かるだろ馬鹿、妹を見捨てる兄がどこにいると思ってる。お前のことは馬鹿だとは思っているが、もう他人だとは思ってねーよ」
そう言われた葵は叡智の背中に額を当て、彼の腰に回している腕の締め付けを少し強めた。
(なんだ…私、なんで…こんなに涙がこぼれそうなんだろう)
それは、本当の家族を失って以来、久しぶりに受けた愛情だった。言葉にはしていないが、まさしく愛情であると、葵は感じていた。
「ま、お前がいなくても今回の件に俺は首をつっこんでたがな」
「私の感動を返せ」
「勝手にお前が感動して泣きそうになってただけ…おい止めろ。それ以上締め付けるとバイク横転するぞ」
「大丈夫、君が我慢できるギリギリのラインで抑えてあげるから」
「わかった、謝るから止めろ」
そう言い合いをしている間に叡智のスマホからは東京に入ったという音声が流れた。
「今度からはお兄ちゃんって呼ぶね」
「止めとけ気持ち悪い」
「また身を危険にさらしたいの?」
「もう良いよ!さっさと帰るぞ」
それは今までにはなかった何気ない会話、義理の兄妹としての2人の会話。
そして、その間に藤原葵の心の底には小さな炎を宿した。
過去作品を見返していると、誤字脱字が多いので改訂版をまた出していこうかなと思います。
あと、番外編として、キャラクター紹介をちょこちょこ挟んでいこうと思います。




