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19話 夜叉(2)

「日野和泉さん!ぼ…僕と付き合って下さい!」

「…申し訳ありませんが、私はあなたのことを詳しく知りませんし、まだ殿方とお付き合いしようと思えませんので、あなたの期待に応えることはできません」

放課後のある教室、ある男子生徒による告白で多くのギャラリーを集めていた。

その相手が日野和泉という少女であったため、より注目を集め、神谷叡智の宣戦布告とまではいかないが、多くの生徒が集っている。

振られた男子生徒とその友人と思われる他の生徒はその生徒を慰めるようにして去っていき、ギャラリーも散っていく。

日野和泉もまた、この場を去ろうとしていた。

「やぁ、久しぶりだね。日野」

日野が教室を出たとき、横から聞き覚えのある声が聞こえた。

そこには壁にもたれかかって、本を読む神谷叡智がいた。

「お久しぶりです、神谷さん。何か要件が?この後友人と約束があるのですが…」

「葵と浪華には話は通してある。ここじゃなんだ。場所を変えよう」

叡智は読んでいた本を閉じて、廊下を歩いていく。

その行き先は、屋上へ続く階段の踊り場であった。

「…要件は?」

「分かってんだろ、契約の話だ。俺が与えた猶予は残り一日、そろそろ答えが出たころだと思ったんだが、その感じを見るに、未だ結論は出ていないようだな。」

日野は眼鏡のレンズ越しに刺す視線から目をそらす。

その空間は静寂に包まれ、かすかに運動部員の声が聞こえた。

そして静寂を破るように叡智が口を開く。

「まぁ急かすもんでもないか…」

そう言って、叡智は階段を降りていく。

すると、少し降りたところで立ち止まり、後ろを振り返る。

彼の顔は日野の後ろにある扉のガラスから刺す夕日に照らされ、肌は赤く、眼鏡は白く光を反射していた。

「明日の今日と同じ時間、ここで答えを聞く。それまでに、精々頭を回して、思考するんだな。なんたってお前は…学年二位の天才なんだから」

その瞬間、日野には叡智の瞳から、彼がこれを本気で言っていると感じた。

「あぁ、あと…気ぃつけろよ」

そう言って、叡智はこの場を去った。

「ちょっと!気をつけるってどういう?!」

急いで叡智を追いかけるももうそこに叡智の姿はなかった。

呆れ混じりのため息をつき、約束していた二人の元に行った。


「じゃ!またね~!」

人目も気にせず、向かいの歩道から手を振っている浪華と別れ、日野と葵は帰路に着いていた。

「いや~急に誘ったのにごめんね~予定大丈夫だった?」

「いえ、今日は予定はないので大丈夫ですよ」

二人の会話が止まる。

「家の人とか心配しない?」

「いえ、家には使用人かお兄様しかいないので」

「へぇ~お兄さんがいるんだ~」

双方ニコニコと話すがそこで会話が止まる。

(き…気まずい…)

いつもは浪華が会話を回していたので、元々そこまでトーク力のない葵に口数が少ない日野和泉との会話は少し苦しい。

一方で日野和泉は現在の会話で結構満足している。

会話が苦しい葵と会話(返答を返すだけ)を楽しむ日野、双方の戦いは途中で止まる。

「(おい、日野和泉には友好関係をもつ人間はいないんじゃないのか?)」

「(まぁいい。どっちも連れてくぞ)」

ボソッとそういった会話が葵の耳に聞こえた。

日野の方を見ると、どうやら聞こえていないようだ。

(あぁ、私“だけ”が聞こえてるのか)

葵はよく耳を澄ます。

(この先の路地と…向かいのあの黒いバンか…)

歩きながら音の発信源を特定する。

だんだんと、その場所へ近づいていく。

「日野さん、気をつけてね」

そう葵が言ったとき、反射的に日野は葵を見る。その葵の姿が一瞬、あの時の叡智と…あの天才と重なった。

すると、葵の後ろの路地から、男が出てきたのと同時に、日野は自分の口元に布を押し当てられた。

(っ!?)

突然のことで反応できず、自分の口を覆う手を剥がそうとするが、まったく微動だにしない。

(うっ…藤原さん。あなた…だけでも…)

意識が遠のいていくなか、そう思っていた。

ドゴッっという鈍い音とともに日野は意識が戻る。

前を見ると、地面に押さえつけられているのは、先程路地から出てきた男であり、その男を拘束しているのは小柄な少女、藤原葵であった。

日野の口を押さえ、呆然としている男に日野は肘を引いて溝うちを殴った。

その男から離れ、葵のそばに寄った。

「あなた方、なんのつもりですか?」

そう言った葵の目はいつもの雰囲気とは打って変わり、冷徹な目を向ける。

「藤原さん、あなた…」

「日野さんは早く逃げて。こいつらの狙いは日野さんだから…」

バチッという音とともに葵はその場に倒れる。

「藤原さん!」

後ろを振り返るまもなくバチッという音で日野は意識を失った。

「おい、いつまでやってる。早く運べ」

スタンガンで2人を気絶させた男は残りの男に命令し、2人をバンに入れ、そのまま走り去っていった。

その場に残されたのは、藤原葵の“貴族手帳”のみであった。


夕方頃ぽつぽつと雨が降り、例年よりも早いゲリラ豪雨が東京に降り出し、とてつもない音を立て、水滴が地面とぶつかる。

藤原葵が落とした貴族手帳が水によって流されていくのを誰かが拾った。

その人は鬼の面をかぶり、全身が黒いコートで覆われ、雨を弾いていた。

「…チッ、面倒くさいことを」

手帳をポケットにしまい、黒い手袋をはめる。

そのとき、その人の感情を表すが如く、雷が後ろのビルの避雷針に落ちた。

「…行くか」


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