17話 契約(2)
「…は?」
まったく理解が追いついていない様子の日野を見て、叡智は(まぁ仕方がないか)と言わんばかりに少しため息をつき、テーブルにあったモンブランを日野の前に差し出した。
「とりあえず甘いもんでも食べなよ、頭回すには糖分が一番だからな」
そう言ってショートケーキをフォークで丁寧に切り、自分の口に運ぶ。
日野はゴクッ、と喉を鳴らし、おそるおそるモンブランの上の栗にフォークを突き刺して、それに付いていたクリームと一緒に食べたところ、「お、おいしい!」とかなりの好印象のようだ。
おそらくご令嬢である日野はモンブランを食べたことなどない、いや詳しくは平民が利用するようなスイーツ店のスイーツなど食べるはずがないだろうという予想が当たり、叡智の差し出したモンブランをすぐに食べ尽くしてしまった。
その様子を見て、叡智はクスクスと笑っているのを手を使って隠した。そしてまた再びケーキを食べる。
「流石にもう頭は回るかい?」
「えっ、えぇ」
(さっきまで俺のデザートをたらふく食べてたやつとは思えんな)
ついさっきまで大量にあったスイーツはすべて平らげられ、残ったのは積み上げけられた皿とドリンクのみであった。
「さて、気を取り直して、俺が神谷家の次期当主ってところまではなしたっけ?」
「え…えぇ。そうですね」
自分の口周りを拭き、何事もなかったように振る舞う。
「ですが、貴方がそう言っていますが、私はまだあなたが本当に神谷家の人間であるということを疑っている最中です。それにそれが本当であれ嘘であれ、大事になるのは、あなたも承知でしょう?」
その鋭い眼光で叡智を睨む。
叡智は自分の横にあるアイスコーヒーのストローを咥えて、コーヒーを飲むと話し始めた。
「一つ、お前は約束したことは必ず守る主義であり、その主義を放り投げてまで日野家に尽くすとは思えないから。
二つ、この場には我々の会話を盗み聞く貴族の人間はいないから。
三つ、もし聞かれても後からどうにでも出来るから。」
そう言われた日野は何か納得したようにソファに深く座り込んだ。
「なるほど…その異様な感じ、神谷家ですね。」
「褒められてる感じはしないがどうも」
「安心してください、褒めてないです」
日野は叡智とのやりとりに少しあきれ顔を浮かべる。
「ですが、その言い方だとまるで私との勝負に勝てると踏んでいたように聞こえますが…」
「その通りだからだ。俺はお前に負けるとはとても思えない。少なくとも現在はな」
日野が言い切る前に叡智が口を挟み、その内容に日野は少し額にしわを寄せた。
「…では、貴方は私が勝負を仕掛けてくると読んでいたと?」
「少し違うな。餌は実力テストの時点で撒いてたんだよ。お前よりも高い点数を取ればプライドの高いお前は必ず俺を調べて、餌に食いつくだろうと踏んだ俺は、わざとお前の策に乗ったというわけだ」
「…まさか、そこまで私の行動を読み、その行動を起こすために餌まで撒かれていたとは…いやはや私もまだまだですね」
そう言った日野はホットコーヒーにミルクを注いで飲んだ。
「最後に…貴方は私と接触してなにが目的なのですか?」
そう言って、コーヒーのカップを机に置くとじっと叡智の目を見た。その目は先程までの威圧感、警戒はなく、純粋な日野和泉の目であった。
「率直に聞くが、今の政治、経済の体制を見て、お前はどう思う?」
単刀直入に質問を投げかけてきた叡智に日野はこれも理由の一部なのだと悟り、少し考える。
「簡潔に言えば、貴族による影響が大きく、日本の基盤とも呼べるもの…でしょうか?」
「確かにそうだな。だが、その基盤は誰によって支えられているかをお前は考えたことはあるか?」
「…いえ、あまり深くは考えたことはありません。家が家ですので」
「そう、我々貴族は民衆のことを深く考えるようなことをしない」
叡智はまっすぐに日野の目を見る。このとき初めて2人の目線が合った。
「だからこそ我々は愚行を行ったのだ。その結果が怨霊による被害、摂関政治の終焉、そして、先の大戦における民衆の被害を生み出したのだ。」
まるで、二人以外の時が止まったようにあたりは静まっており、二人はただ目線を合わせ、話をしている。
「俺は…神谷家は、藤原家の犯した多大なる栄光の陰に隠れた悪行を、“貴族の解体”によって清算し、腐ったこの日本を民衆の手によってリセットする。それが我々の目的」
「…で、私と接触した目的は?」
再び質問を投げかける。このことから結論はだいたい分かった。
「俺と契約を結んで欲しい」
そう言った叡智の顔はいつになく真剣であった。
「契約内容は2年間、お前の身の安全を確保、そして学園での地位維持に協力をする代わりに、俺への干渉、及び詮索を行わないこと、でどうだ?」
少し日野は俯く。これを容認するということは日野家への進行を許すことになると分かっている。だが、彼女は不信感を抱いていた。
貴族であることにより周りから阻害されてきたことを。貴族であることにより、自分を自分と認めてもらえないことを。日野和泉であるがために、人からの愛を受けることが出来ないことを。
「…少し、考えさせてください」
「もちろんだ。安心しろ、お前に拒否権はある。だが、そうだな…」
そう言って叡智は指二本を立てて続けて言う。
「2週間、2週間の間に答えを教えてくれ。これ、連絡先」
叡智は小さなメモ書きを日野に渡して、席を立つ。
「あっお会計なら私が…」
「いいよ、今回は奢りにしといてやる。今度また奢ってくれ。じゃ、よい返事を待ってるよ」
そう言って叡智は日野に背を向けて、レジの方までいった。
これは余談であるが、今回のスイーツの会計で、叡智は諭吉を5,6人ほど溶かし、今月の予算の節約を決意した。
なんか…藤原葵って陰薄くね?と書いてて思う作者である




