16話 契約(1)
テストが始まって早一週間が経過した。
中間試験が終わり、学園内全体のぴりついた空気が解けてきたところで、ある一部は全く緊張を解いてはいなかった。
この学園において、試験成績トップという肩書きはとても絶大なものであり、場合によれば海外の大学への橋渡しとなるほどのものである。それに加えて、この高偏差値の中のトップとなると卒業後の自分の地位までも確立出来るため、普段試験の成績がよいものほど、この地位に固執する傾向がある。それが学年1位となればなおさらである。
だが…神谷叡智はその限りではない…はずだった。
「おい、試験結果出てるぜ、ちょっと見に行かね?」
「え~、めんどくせーよ。だって俺たちが上位20位に入ってるわけなくね?」
「なに言ってんだよ、決闘の結果見るんだろ!」
朝、叡智が自教室に向かう際、すれ違った二人組の男子生徒の会話が耳に入ってきた。
(そうか、今日は試験結果の順位発表か)
そんなこともあったなと言うように廊下を歩いていく。
教室の扉を開けると、先に登校させた葵とともに喋る浪華を除いて生徒は全くいなかった。
「あ!神谷君おは~」
「おはよう、浪華さん」
「も~、浪華さんは止めてって言ってるじゃん!下の名前でいい加減呼んでよ~」
話しかけてきた浪華を横目に机に荷物を置き、椅子に座る。
ふと外を見ると、どうやら中央広場に張り出されたテスト結果を見るため、生徒が集まっているのが見えた。
「凄い人だよね~、そう言えば神谷君は見に行ったの?」
いつの間にか自分の机の前にきて、窓から外を眺める浪華に続いて、葵が自分の前の席へ自分の方を向いて座った。
「見に行ってない、結果なんて見なくても分かるし」
「まぁ相手は日野さんだしね~、仕方ないよ、次がんばろ~」
叡智の発言に慰めるように言い、浪華は肩を叩く。
その後ろ、葵は叡智に対してドン引き並みの表情で顔をしかめていた。
彼女は知っている。叡智は今回のテスト、すべてに自己採点を施していたことを。
彼女は知っている。その発言が負けを悟った行動ではないことを。
彼女は知っている。彼の自己採点の結果を。
「えっ…どういうこと…」「不正してたんじゃないの?」
「いやいや、私教室同じだけど全然不正してるようには見えなかったんだけど…」
日野和泉の耳にボソボソと話し声が聞こえる。
だが、その内容にまで頭が回らない。何より、目に映る情報に理解が追いつかないからだ。
日野は絶望に近いものを感じた。体から力が抜けていく感覚、いつの間にか自分の頬には水滴がつたっているのに気づく。
「な…なんで…」
まったく声に
日野の目の前にはテスト結果上位20人の名と点数が書かれた紙が大きく場所を取り、張り出されていた。
そこには、2位と書かれた下にある自分の名前の右隣、1位と書かれた下に自分が勝負を仕掛けた男の名が書かれていた。
目の前が真っ暗になっていく。
実力テストの結果で既に分かっていた。彼に実力で負けていると、それでも定期テストでは自分の方が勝っていることを証明したかった、自分の方が実力が上なんだと知らしめたかった。
その希望を無慈悲にも砕かれた、それによって今まで抑えられた絶望が押し寄せる。
(逃げたい…もう…こんなところにいたくない…)
だが、彼女のプライドがそれを許さない、負けを認めろとプライド自身が訴えかけてくる。
ふと我に返ると、周りの人が少なくなっており、時計を見ると、始業時間の3分前であった。
日野は唇を噛み、感情を出さないようにして、自教室に戻っていった。
「やぁ、日野さん」
放課後、叡智は再び中央広間に足を運び、日野和泉と対面した。
前回の宣戦布告の時とはことなり、ギャラリーは少なくなっている。
この勝負の行方はマスメディア部が号外として張り出すほどの衝撃であり、絶対女王が完全敗北したことに生徒だけでなく、教師陣までも釘付けになっていた。
「悪いが、僕は結果をまだ確認していなくてね。結果を教えてくれるかい?見たんだろう?」
叡智の目的は日野和泉に完全敗北を植え付けること、言い訳によって逃げられることのないよう、確実に締めにいく。
「結果は…私が二位で…あなたが一位でした…」
「そうか…僕の勝ちと言うことは、君になにか一つ、何でもお願いできるんだったね?」
叡智は日野に確認と牽制の意味を込めて言った。
「ここじゃなんだから、二人きりになれるところに行こう」
叡智は日野から背を向け、日野を連れ出そうとしていた。
(まぁ…約束ですし…仕方ないですかね…)
日野がミイラ取りがミイラになってしまったことを心の中で悔やみながら、叡智の後ろについて行く。
「ここのクレープの生地うまいな!中のフルーツもうまい!」
日野はジト目で机を挟んで向かい側にいる叡智を睨む。
まさか、二人きりになれる場所でスイーツ店に連れて行かれるとはまったく予測していなかったため、変なことをされるのではないかと警戒していたのが馬鹿馬鹿しく感じるとともに、机の上に大量のデザートを並べ、次々とそれらを平らげていく叡智に逆に不信感を覚える。
しかし、まだ叡智への警戒は解かない。
(油断をすればこの男に喰われる、日野家としてそれだけはあってはならない)
そう思い、10分弱の時間、叡智を観察している。
「いや~、スイーツ食べ放題が今日からあるって聞いたときから来ようと思ってたんだよね~」
こっちの気も知らず、呑気なことを言う叡智に少しいらだつ。
「まさか、その大量のデザートを全部おごってくれとは言わないですよね」
「あぁ、これは自分で払う。ここに来たのはほかでもない。君にある話がしたかったからだ。そのためにもお願いをしなきゃね」
日野はより警戒を強める。
(自分より賢いとはいえ、この男も所詮は男、自分が有利と分かれば、狼になるに違いない)
そう思っていたのもつかの間、叡智は口を開く。
「“ここでした話を一切誰にも教えてはならない”というお願いでどうかな?」
日野は目を見開く。予想とはまったく違うお願いであり、意表を突かれた。
咄嗟に持っているスマホで録音を試みるが、
「とりあえず、録音しようとしているスマホをだしてくれるかい」
日野の動きが固まる。完全に自分の動きが読まれていることに、警戒を超えて恐怖を感じるまでに至る。
(この気配は…まさかっ!?)
日野の脳内にフラッシュバックしたのはあの入学式のこと、この男が壇上に立つときに感じた氷のような気配。
「改めて言おうか。僕、いや…俺の名は神谷叡智。“叡智の賢者”の二つ名を持つ天才であり、君の血筋、日野家と同じく五摂家の一家、神谷家の次期当主だ」




