10話 ピンチ
「エビ天丼セット、あとソフトクリーム一つ下さい。」なんやかんやあった翌日、叡智はしばらく待って、エビ天丼セットとソフトクリームが乗ったお盆を渡され、ガラス張りになっている席にお盆を持って行き座った。
ここは日茜学園高等部と中等部をつなぐ道のちょうど真ん中にある食堂である。といっても、食堂なんて言葉ではもったいないレベルで広い、どっちかもいえば巨大ショッピングモールのフードコートといった方がいいかもしれない。
唐揚げ定食を始めとし、ハンバーガー、和食、麻婆豆腐、ピザ、挙げ句の果てにはウナギ、和牛肉などの高級食材まで幅広すぎる料理を食べることができる、なんならコンビニすらある。
この日茜食堂に来るためだけに遠方からはるばる入学するやつもいるらしい。
現在はちょうど昼食時、最も食堂が混む時間帯である。これだけ広い食堂でも中等部と高等部どちらからも来る大勢の人を捌ききることはできていないらしい。
当然これだけの人数がいると、ガヤガヤと騒がしいものである。そういった光景にまったく目を向けず、ガラス張りになっている窓の外を見ながらサクサクと音を立て、神谷叡智は一人、海老天を貪っていた。
(決してぼっちではない、これは栄光の孤立なんだ)と自分に言い聞かせる。
もちろん叡智が孤立しているのには理由がある、一つは日茜学園はエスカレーター式であるため、ある程度の人間関係は既に構築されているのだ。
そしてもう一つ、神谷叡智が友好関係を築こうとしないからである。それは叡智がコミュ症だからだとかそういう訳ではない、なんならコミュ強の部類である。ではなぜ一人なのか。それは叡智の正体が貴族、それもこの日茜学園を経営する“日野家”と同じく五摂家である家系、“神谷家”であることを悟られないようにするためである。バレればなかなか面倒くさいことになる、そう認識していた。
そのとき、「すいません、席がなくて…相席いいですか?」と叡智の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。振り向くと、笑顔を見せている、しかしその目はまったく笑っておらず、なんなら軽蔑を感じる目でこちらを見る藤原葵となんの曇りもない笑顔を見せる浪華燎がいた。
叡智は知っていた。先ほどまで何人もの男子に誘われていたのをすべて断ってこっちに来たことを。
「あっ、大丈夫ですよ。どうぞ座って下さい」と笑顔で返すが、眼鏡の下では(なんでこっちくんだよ、向こういけよ…)ととても迷惑そうな目で葵を見るがまったく気づかれなかった。
昨夜のことを考えるだけで深くため息をつきたくなるのを叡智はグッとこらえた。昨夜のこと…
「じゃあね、叡智。また来るね」「さっさと帰れ。あともう来んな」叡智の辛辣な言葉に、そこまで言わなくても…とボソッといい、聡一は神谷別邸を出て行った。心なしか足がふらふらである。
「てな訳で…今日からここがお前の家な」と叡智は顔をしかめて言った。(チッ、なんで俺がこいつのおもりをしなきゃなんねーんだよ!)と心の中で聡一に対してボロクソに暴言を吐いていた。
「あのさ…」と叡智に対して葵が話しかけた。
「私って神谷家の養子になったんでしょ?」「ああそうだな」「じゃあ私たちって義理の姉弟なんだよね?」叡智はハッと気づいた。
「そういえばそうだな。じゃあとりあえず…」と叡智が言うと「自己紹介から?!」と食い気味に葵が言った。
「違う、お前のことなんて知ってんだよ、藤原葵!誕生日は12/24、血液型はB型だろ?だからお前は義妹だ!」と葵の額を人差し指でつき、ぐりぐりと押した。
「なっ?!いも…うと…?!」「そうだよ、俺の誕生日は10/31。俺の方が年上なんだよ。」
そう言うと、膝を赤いカーペットにつき、ひどく落ち込んだ。(姉弟じゃなくて…兄妹だったのか…)と葵が思っていると、「叡智様、お部屋の整理が完了いたしました」とどこからともなく、メイド服をきた少女が現れた。葵がよく見ると、その少女は叡智が叔母宅を突撃したときに叡智の呼び出していた少女だった。
「あっ!あのときの!」と彼女に指を指して、思わず叫んでしまい、葵はひどく後悔した。そして、指を指された少女は葵の方を向いて少し会釈をし、口を開く。
「初めまして、私、神谷叡智様の身の回りのお世話をさせていただいております。メイドの白咲夕凪です。以後お見知りおきを。 」ととても丁寧に挨拶を交わしてくれた。
「こいつはとても優秀なメイドでな、なんなら優秀過ぎて困ってるぐらいなんだが」「お褒めにあずかり光栄です。叡智様」「うん…褒めてると思うんならいいんだけどさ」と聡一とはまた違う慣れ親しんだ会話を聞き、葵は少しうらやんだ。(私も…こんな関係の人がいたらな…)と思っていると、
「白咲。こいつに客間の広い所を一つ渡してやってくれ。あと、今週いっぱいは俺じゃなくこいつの身の回りの世話をしてやってくれ」と叡智が言うと、「客間の方は承知いたしましたが、叡智様の身の回りを整頓するのが側近である私の役目ですので…」とすこし…というかだいぶ不満そうな目で叡智を見る。
まるで構って欲しそうにする小型犬のような姿を見て、葵は可愛らしい白咲に無性に抱きつきたくなった。
「は~、まったく」と頭をポリポリと掻き、白咲をギロリと見て「これは命令だ」と気の迷いなんて一切ないように叡智は言った。
「承知しました…」と渋々言う白咲に対し、「こういうこと言うのはあまり好きじゃないんだよな」とつぶやく叡智はその横を通って、廊下の奥にある階段を上がっていっていた。
「あ、そうだ」と何かを思い出したように叡智が言う。「白咲、そいつには俺の部屋に入らせないよう、くれぐれも注意してくれ。俺はもう寝る」とだけ言い残し、二階に消えていった。
「承知しました。お休みなさいませ」と白咲は頭を下げ、去って行く叡智に言う。
「それでは葵様。お部屋に案内いたします。」と頭を上げた白咲は葵にいい、先導して廊下を歩いていく。
「こちらでございます」と扉をあけ、そこには高級ホテルの一室のように広く、綺麗な部屋が広がっていた。
(えっ…すご…)ともはや言葉にならないような様子で中に入ると、「では、なにかありましたらお申し付け下さい」といい、白咲は部屋から去って行った。
白咲が去って行くのを見た葵は、ボスッと音を立て、柔らかいベッドに飛び込んだ。
(こんなベッド…今まで…触った…こと…)と疲れからか寝てしまった。
そして現在、昼時の食堂、それも満席の中、女子2人とご飯を食べている自分を男子たちが嫉妬100%の目で睨んでくる。そんなことにまったく気がつかない振りをしていた。
そして、葵の方を睨み、(たく…風呂入ってなかったって言う理由で白咲に叩き起こされた俺の身になって欲しいよ)と昨日のことを振り返っていると、「ねぇ?それって染めてるの?髪」と燎から聞かれた。
「ああ、この髪の毛ね」と叡智は自分の髪の毛を触る。
「これは地毛だよ。親のどっちかが外国の血が混じってるから遺伝だと思う。」「へぇ~良いな~。その銀髪、綺麗だもんね」と遠慮気味に言う叡智にぐいぐいと話す燎を脇目に、横の葵は既に食べきっていた。
「早く食べないと冷めるよ」「はっ、そうじゃん食べなきゃ!」二人の会話を見ていた叡智は(こいつらってこんな仲良かったのか?いや…おそらく浪華の距離の詰め方のせいだな、これ)と先ほどまでの自分への距離の詰め方を思い出し、納得する。
「じゃあ、俺は先教室帰ってるよ」と言い、叡智が席を立つ。
(まったく…こんなつもりじゃなかったんだが、葵といるとこっちの調子が狂うな…)と少し思い、食堂を出た。
「はいこれ」
学校が終わり、別邸に帰ってきた葵は後に帰ってきた叡智にあるものを渡された。
ちなみに登下校の風景は葵が想像していた車での送迎ではなく、普通に歩きである。そのことに先程までため息をついていた。
「なにこれ…ていうか、貴族なんだからもっとこう…優遇されてても良いんじゃないの」「駄目だ。お前を伝って、神谷家の人間だとバレればそれこそお前はホームレスだぞ」
そう言われ、自分のホームレス姿を想像する葵は身震いをするが、叡智はそんなことは気にもせず、話を続ける。
「あとそれは、貴族手帳。」とパスケースのような形の物を指さして言った。
葵はそれを手に取り、横についてある金色に塗装された小さな金具を押すと、パカッと開き、そこには自分の顔写真とその他個人情報が載っていた。そして、もう片方には紋が刻まれていた。
「その中には、お前の個人情報、どこの家系に属しているのか、あとは藤原家の家紋である藤の家紋が載せてある」とそれぞれを指さして、丁寧に言った。
「へぇー、じゃあこれで私も正式に貴族ってことで、もし身分証ってなったらこれ見せれば良いの?」「話聞いてねーのか、さっきも言ったが、神谷家の人間だとバレれば俺もお前も最悪社会的に死ぬ。だから、むやみにこれを見せるのは駄目だ。使っていいのは俺が許可したときか、緊急時のみ」と念を押した。
気づけば夜も8時過ぎ、既に使用人の何人かは仕事から上がって、明日に備えるため、自室に戻っていった。
「じゃあ、私もそろそろ部屋に戻ろっかな。今朝ゆっくりシャワーも浴びれなかったし、今日こそ浴場へ行く」と言い葵は大広間を出て行こうとする。
「おい」と葵が扉に手をかけた所で叡智が呼ぶ。
「なに?まだなんかあんの?」と少し不機嫌に言う葵に少しムッとするような顔をする。
「明日、‘実力テスト’だが、勉強しなくて大丈夫なのか?」と煽るように言う。
だが、葵は煽りには乗らなかった、正しく言うなら、煽りに乗れなかったのだ。
葵は、まったくそんなことがあるなんて思いもよらなかったのである。
(だ…だから今日はみんな勉強してたのか…)と後悔するが既に遅い。
「え…叡智くん…べ…勉強…教えて貰っても…」とぎこちない笑顔を見せ頼むが、叡智はそれはもう満面に笑みで葵に言い放った。
「無理、自分でやれ」
それはまさに崖に掴まる葵を蹴り落とす悪魔のような笑みであった。




