夏祭りの深夜放送
4人の少年が冒険って、スタンド・バイ・ミーみたいですね。
そんな大したものではないですが、よろしくお願いします。
夏祭りの深夜放送
1
僕の住む街、仮にA市と呼ぶ。
A市は歴史ある街だ。何といっても市名が難読で、一説にはアイヌ語由来の当て字らしい。(ちなみに北海道でない)
市名となった村落名は、江戸時代の以前から記録が確認され、江戸時代は幕領として重要な村だったそうだ。
さて、そうは言っても、現在は人口が6万に達せず、面積も10平方キロメートルもない小さな街だ。
中心の駅から北側はスーパーやマンションが並ぶ、どこにでもあるような住宅地。
南側は古くからの商店街や、市の境に川が流れているので、田畑はもちろん、江戸時代より続く、造り酒屋まであり、いくつかの神社、仏閣の中には、建立が平安時代というものもある。
当然北側は新しい(と言っても50年くらい前からだが)住民で形成され、南はほとんどが先祖代々は大げさだが、まぁ古い住民となる。
この商店街は60年以上も前に造られ、基本的な外観は変わっていないので、ごく一部だが、いわゆる「昭和レトロ」な風景として、ごくまれにテレビや雑誌で取り上げられることがある。
僕はこの街の南側の商店街の生まれだ。
と、いっても実家は何か商売をしている訳でも無く、惣菜屋と花屋の間に、普通にたたずむ小さな一軒家だ。
父親は電車で、この街の駅から10駅ほどの、人口30万人の市に通勤する会社員で、母親はこの街の北側のスーパーで週に3回、10時から16時までパートをしている。そんな一家の一人っ子が僕だ。
僕が小学校に入るくらいのころに、この商店街の一角に、地域ラジオ放送局が開設された。
いわゆる地域活性化というやつだ。
なぜなら当時、商店街の半分程はシャッターが閉まっていた。
スタジオは駅を降りて、南側の商店街前の5階建てのビルの一室。
放送は基本的に昼の12時から18時までで、内容は商店街の色々な紹介だが、音楽も流れ、商店街内は、12時から18時は、このラジオが各所に設置されたスピーカーでうるさくないほどに流れ、受信できるのもこのA市と周辺の市だけだが、YouTubeで翌日の午前中に、ダイジェストがアップされる。
時には、それなりの著名人がゲスト出演するので、ラジオ放送よりも、このYouTubeのほうが注目されている。
僕は中学二年生である。
昼からのラジオが商店街で流れるのが、もはや日常となり、夏休みとなった。
ラジオ局の開設が功を奏したのか、今では商店街の8割程は営業をしている。
2
この街は、もう50年ほど前から、恒例の夏祭りが催される。ちょうど市制になった祝い事が契機らしい。
先にあげたように、市制とほぼ同時に、北側がベッドタウンとして、新しい住民が住むようになった。
祭の期間は、8月の最初の木曜から日曜の4日間と結構長い。
祭りは南側の商店街の一帯で大規模に催される。
南側は先ず、駅の出口で、バスの停留所となっているので、大体学校の校庭の半分近くのスペースが広がっていて、祭りの期間はここにステージが設けられ、さまざまなイベントが催される。
数年に一度は、ちょっとは聞いたことがあるような芸人やタレントが、司会をするので、この街では一番の盛り上がりとなるイベントだ。
もちろんラジオ局が、その祭りの賑わいの放送をしない訳がない。
北の住民の地元民だけでなく、ここの酒蔵で造られた日本酒はそれなりに有名で、更にはこの酒蔵、何と地ビールも造っていて、近隣市民も結構押しかけてくる。
商店街外れのサッカーのハーフコートくらいの広場が、仮設店舗となり、名物の日本酒と地ビール、そして焼き鳥や枝豆などが出る。
僕の父は、木と金は会社帰りにここにより、土日は必ず昼間から、地元の有志でつくった草サッカーチームの仲間たちと飲んでいる。
僕にとってうれしいのは、父はこの期間は上機嫌なので、たっぷりとお小遣いをくれるのだ。
僕は学校のサッカー部の友人4人と、あちこちの出店で豪遊をする。
「おい、お前なら、この辺が家なんだから、今流れているラジオが深夜にも放送されてるって、聞いた事ないか?」
北側に住む友人が僕に尋ねる。
焼きそばの出店の前の、小さなテーブルと椅子は僕たち4人しかいない。
途上で買った、かき氷も置いてある。
「ラジオは18時で終わりだよ。基本的に正月の3が日以外は、12時から18時までしか流れない。ブースにもその時間帯以外は人はいないぞ」
5階建てのビルの1階に、ほとんど中が見えるようにできている、広い一室がブースだ。
ここでA市出身か、近辺出身のフリーアナウンサーが大体週替わりで司会を務め、ゲストが喋っているのが、外側から見ることができる。
ゲストがそれなりの著名人だと、人だかりができ、ゲストの退出後は当然サイン攻めに合う。
「でも去年、俺の兄貴が言ってたけど、深夜にこの辺りをぶらついてたら、スピーカーからぼそぼそと人の喋る声が聞こえたって」
そう言ったのは、別の友人で、彼の兄は大学生なのだが、コンビニのバイトを終えた後に、商店街を歩いていたそうだ。
彼の一家も北側である。
この商店街の飲食店は23時には終わるし、祭中の屋台にいたっては21時に店じまいだ。
4日間の祭り自体が、10時から21時と決まっている。初日は飾りつけなどの準備があるので、12時からだが。
今流れているのは、舞台上で演奏されている、僕たちの通う中学とは違う、A市の第二中学校の吹奏楽部の演奏だ。
僕たちの中学が市名+第一中学校で、第二、第三とある。
第一は南側だが、A市は人口が北側に集中しているので、市を二つに分ける、線路沿い近くの北側に住む彼らは、僕と同じ第一中学校だ。
今日は祭の三日目の土曜の午後。
「なぁ、今日21時が過ぎてから、またこの辺りで集まらないか?」
1人が好奇心から声を小さくして囁く。
そんなことをしなくても、通る人々の会話や、スピーカーのラジオの演奏の音で、周囲には聞こえないだろうが。
「いつまでだよ。夜遅くはヤバいぜ。警官が見回ってるだろうし」
屋台の売り上げは、当然管理しているだろうが、今いる焼きそば店は、店先で出店している居酒屋のカウンターに置かれるだろう。
何年か前に、それ狙いの深夜の強盗があったので、21時を過ぎると、警官が見回っているのだ。
3
結局、この冒険は決行となった。21時にこの場所に集合。親には4人で夏休みの宿題を終わらせるための勉強会、とすることにして、24時前後の帰宅で各自の親を説得した。
冒険内容は、ささいなもので、先ず、ラジオ局のブースを確認し、商店街中に設置してあるスピーカーを見て回る。
警官に見つかったら、「夏休みの宿題の自由研究で、商店街の歴史を調べている」だのと言って、言い訳も考えた。
21時。僕の家からはすぐなので、例の居酒屋の前の焼きそば店に着いた。
家を出る時、入れ替わりで、ほろ酔いの父が帰って来た。昼からずっとあの広場にいたのだ。
「自由研究だが、何だか知らないが、気をつけろよ」
ふらふらの父のほうが、よっぽど気をつけるべきだ。
当然、屋台は閉まっていて、中から本来の営業である、客の話し声や笑い声が聞こえる。
土曜なので、23時までいるだろう。
周囲はこのように屋台が閉まり、微かな祭り特有の出店の料理の臭いが立ち込めている。
明日で祭りは最後だ、と思うと、そろそろ本当に夏休みの宿題に取りかからないといけない。
月曜からは、部活のサッカー部の活動も再開される。
すでに夏の大会は敗退しているので、三年生は引退。僕は副キャプテンを顧問の先生から命じられた。
「24時までに帰らないと、何度でも電話するぞ、って母親がうるさくってね」
そう言ってスマホを持って現れたのは、僕らのキャプテンで、兄が去年スピーカーから人の声が聞こえたと、主張した人物だ。
肝心のお兄さんは、1カ月ほど前から、この長い大学の夏休みに、ニュージーランドへ語学の短期留学をしている。当時の状況をスマホで聞きたいが、お兄さんの勉強の邪魔になると思い、連絡は控えた。
言い出しっぺのゴールキーパーと、警官に見つかるのがヤバい、とあまり乗り気でないチーム一の俊足のストライカーが来て、全員がそろった。
まずは、駅前のビルのラジオ局のブースを見た。
カーテンが掛かっているが、明らかに中には人の気配はしない。
キーパーが入り口をガチャガチャと開けようとする。
「おいっ、やめろって!」
僕は彼を制止させた。
「とりあえず、中には誰もいないことは分かった。スピーカーが設置されているところを見に行こうぜ」
スピーカーは商店街内に25個。当のラジオ局のブースの上に1個。あとは、例の地元の日本酒とビールが飲める仮設店舗といくつものテーブルと椅子がある、本来は何もない広場に1個だ。
ルートとしては、この広場のスピーカーが最終目的地となる。
スピーカーは街灯につけられている。1つは僕の家から10メートルと離れていない街灯にもある。
どれを見上げても、そこから音が流れる気配は全く感じられない。
幸いにも、警官に見つかることなく、僕たち4人は最後の広場へ到着した。
テーブルの間をぬうように、僕たちは目的のスピーカーが設置されている箇所へ到着した。
ちょうどトイレの近くの街灯だ。商店街内は雨避けの天井がついているが、これは外にむきだしなので、何となく古くボロくさく見えた。
そもそも、スピーカーとして機能しているのかどうか不明だ。
5分ほど、このスピーカーを見つめた後、ストライカーが言った。
「もう帰ろうぜ。俺の家がここから一番遠いんだからな」
僕たちは帰ることにした。
4
『じっ!ジジジッ……、ザザーッ……、ぶぅ~ん……』
その音は僕たち4人ははっきり聞いた。音が出たのは明らかにあのスピーカーだ!
「今、音がしたよな?」
「絶対、あれから出てたよな」
僕たちはトイレ近くの街灯のスピーカーから、離れられずにいた。
『何故ダ。……ヤ、やメロ、濡レ…ぎヌ…ダ。お、ヲレゎ、ヤッテ…ゐナヰィい……。ウぅぁぁァァ……!』
僕たちは走り去った。
いくつもの机に体をうち、椅子を引っ繰り返しながら、商店街に戻り、僕の家の前までたどり着いた。
一番に辿り着いた俊足のストライカーが息を切らして言う。試合で彼がスプリントをして、こんなに息が荒くなることはない。
「あっ、あれはどう見ても何かの故障じゃないのか!」
キーパーが落ちつけるように言う。最終ラインに対しての指示としては、その声は鼓舞にならず、弱々しい。
「クソッ!スマホで動画を取っておくべきだった!」
とんでもないことを言って、悔しがっているのはキャプテンだ。
「じゃあ、お前は戻るっていうのかよ」
僕はキャプテンに言い返した。
「…もう帰ろう。そろそろ23時半だ」
キャプテンの一言で、3人は駅の方へ帰って行き、僕は家の中に入った。
翌朝の昼前。祭りの最終日で、今日も例の広場に行く父親に僕は質問をした。
「父さん、あの広場のスピーカーって、なんか変なの流れない?」
「何を言ってるんだ。あれはずいぶん前から壊れているんだぞ。予算の関係でずっと放置していたが、防水が施されたスピーカーが年末までに取り替えられるらしい」
「……」
「どうした?金が足りなくなったのか?少し出すぞ」
「…べ、別に!お金は大丈夫。明日から練習も再開だし、今日は宿題をずっとするよ」
「花火は見ないのか?」
「…う~ん、今日で宿題は8割がた終わらせたいんだ」
祭りの最終日は、街の一番の南の河原で、花火大会を19時から21時までやって終わりだ。
あの広場からなら、打ち上げられる花火がよく見える。
スマホで連絡を取り合ったが、他の3人ともこの日は家で大人しくして、宿題を進めるつもりらしい。
この街は北側から南へと、河原のほうへ下っている。3人とも各マンションの6階以上の住まいなので、ベランダから花火は見えるはずだ。
こうして今年の祭りは終わり、月曜から僕たちは練習や練習試合づけになり、僕も含め4人とも、あの夜の事は忘れていった。
5
夏休みの最終日。この日は部活もなく、宿題もすでに片づけていたので、僕は部屋でスマホをいじっていた。
外でかすかに流れるラジオ局の音楽を聴いて、僕は思い出した様に、商店街のラジオ局のYouTubeのチャンネルを見る。
夏祭りのころの、動画を見ていたが、もちろん「あのこと」は全く触れられていない。
見終わった後、トップ画面に戻ると、一覧動画の中に、あるお笑いコンビのチャンネルが出てきた。
彼らは去年の夏祭りで総合司会を務め、ラジオでも頻繁に喋っていた。
今年は予算の関係からか、そういった著名人は呼んでいない。
最新でアップされていたのは、「夏の営業」と題されたものだった。
「いや~、今年はあまり夏の営業はしなかったねぇ~」
「去年は珍しい市名の夏祭りの総合司会をしてたな」
「そうそう。漢字が当て字のような感じで、漢字だけに」
なんとなく、彼らが今一つブレイクしない理由がわかった。
彼らが去年、何回このような夏祭りの司会の営業をしたのかは知らないが、明らかに僕の街。A市でのことをしゃべっている。
「でも、あそこの日本酒とビールはうまかったなぁ」
「それさ、飲んだところなんだけど、商店街の奥のだだっ広い広場で」
「えっ、風情があってよかったけど」
「いやね。俺、あとで酒造所の近くにある、お寺の住職さんと話をしてな」
「何を?」
「何でもあの街って元々、江戸時代は幕府の直領地で、しかもあの広場って、刑場だったところなんだって」
「首討ちとかしてたの?」
「そうそう、結構冤罪っぽい人も、ふつーに打ち首にされてたらしい。そして野ざらし」
「マジか?こっわ~」
「だから、長らくずっと空き地だったんだけど、50年前の夏祭りから店舗を出すようになって」
「もう地元住民も、そこで昔無罪っぽい人が、打ち首にされてたことを知らなくなってたんだ」
「まぁでも、酒とビールはうまかったなぁ。あそこで飲むのは勘弁だけど」
「それでは、本日はここまで~」
動画を見終わった僕は、直ぐに外に出て自転車に乗り、市の図書館に行き、市の歴史に関する書物を確認しに行った。
結果、彼らの言ってたことは本当だった。
了
夏祭りって、ずっと中止だなあ。
みなさまのところはどうでしょうか?
早く、夏には祭りや花火大会を楽しみたい、との思いで書きました。
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