百鬼夜行
わたしはある夜に、とてもやり切れなくなり、二杯目の鬼殺しを呑んだ。すると、目の前にいつの間にか女が現れた。それは鬼であったのだろう。わたしに言ったからだ。
「その鬼殺しとかいう酒、われにもくれぬか。ほんとうに死ぬか、その真意を試したい」
女は盃を取り、わたしの前に高く捧げた。わたしは酔いもあり、見知らぬ女に注いでやった。すると女はあっという間に呑み干し、二杯目を催促した。わたしは黙って注いでやった。女はまた盃を空にした。そしてそれをテーブルの上に置いた。わたしと同じように酔ったのだろうか。わたしを見つめたまま、潤んだ瞳を逸らす気配がなかったから、わたしは試しにその女に訊ねてみた。
「魔物は死んだか?」
すると女はこたえた。
「死んでいない。身を潜めただけだ」
その後のことを話すのはとても辛い。棚の上に緑色の瓶が置かれている。
「わたしは彼女ではない。わたしはわたしだ」
誰かがわたしに囁いている。夢現のなかで、声は遠く霞んでいった。
ひとが行き場を失くす時、それは空間で起きた出来事ではなく、時間のなかで起こったことである方が多い。日は現れ、また退く。月は同じ変化を繰り返す。そこにははじめから答えなどない。
エスカレーターで地上に上っていく。途中で諦めてエレベーターを使うことにした。いくつかのフロアに止まった後に最上階に辿り着く。赤い恰好をした人々が行列をつくっていた。わたしもその中に加わろうとするが、何か目に見えないものの力によって弾き出されてしまうようだ。
ある夜、何かの気配を感じたわたしは、部屋の窓のカーテンの隙間から、そっと外を見た。夜も大分遅くなって、道も塀も柱もひっそりとし、建物も窓も沈黙を守っていたその時に、ある一行が行進していくのを確かめた。彼らは一列になって音を立てずに行進していた。わたしの家の前を通り越し、常夜灯の灯りを弾きながら闇のなかに消えていった。わたしたちはどこかで、誰かを殺しているかも知れない。或いはただのイメージということもある。わたしは何故か暫くの間、テーブルの上に置かれた盃と緑色の瓶に意識を集中していることに気付く。やがて疲れの波に押されて、眠りについた。
昔友人であったある男から聞いた話しである。確かそんなような話しであったような気がする。細かいところまでは憶えていない。僕の勝手な想像も入っていると言われても否定は出来ない。その後彼がどこで何をしているのかは知らない。その後突然僕の人生から姿を消したからだ。生きているのか死んでいるのかも定かでない。




