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道化

 そしてその日はやってきた。朝食を取るためにと下に降りてきたところで、パスカルが小さく「あっ」と声を上げる。

 パスカルの予想通り、彼女たちの元に現れたのはダニエル・エルヴァーだった。


 早朝着いたのか前日着いていたのかは分からないが、朝早いにも関わらず彼の着こなしと姿は丁寧に整えられている。彼はマリーたちに視線を向けると、満面の笑みでこちらに向かってきて……


「聖女様、この領地を浄化して頂き感謝いたします」


 とローザの前に跪いたのだ。


 先頭にいたローザの姿は後ろから見ることが出来ないが、彼女の心境が予想できているヴィンスとテレンスは頭を抱えそうになり、唯一ローザの顔を見ることができたマリーは、彼女が何の感情も宿していない表情を見て、少し慌てている。

 ちなみに彼の顔を知っているトマとパスカルはため息を吐き、セルジュは無表情だった。


 朝早い時間帯とはいえ、既に宿の食堂の席は埋まっている。聖女たち(宿の人間は冒険者が多く、勿論この国の聖女がマリーである事を知っている)が、男爵家の息子ボンクラに絡まれている事を知り、眉間に皺を寄せている。


「申し訳ございませんが、貴方はどちら様でしょうか?それに私、聖女ではありませんが」


 聖女の部分に含みがある事に、顔を真っ赤にしているダニエルは気づかない。ダニエルからしたら類稀なる美貌を持った女性が、侍女と共に降りてきた(様に見えた)ので、てっきり聖女かと思って話しかけたのだが、それは勘違いだったのだ。


「はっはっは、坊ちゃん。情報収集が足りないな!また出直してきたらどうだ?」


 ローザの冷徹な笑みに気を取られていたダニエルだが、周りの野次馬(冒険者)たちからの揶揄いの声で此処がどこだかを思い出す。そして周囲をチラリと見回すと、全員が呆れた目線を彼に送っている。


 その目線に耐えきれなくなったダニエルは、引き攣った笑顔で逃げ帰る様に宿を出ていく。目の前の女性は確かに聖女ではないが、エスト公国の聖女であり、且つ聖王国の王太子の婚約者であるローザだ。それに爵位で言えば、トマもパスカルも彼より上位の貴族なのであるが……彼らのことが見えていなかったのか、それとも無知なだけなのか。

 ダニエルが去った食堂はダニエルを嘲笑する声で溢れていた。その声を聞きつつ彼の背を最後まで見送ったローザは、通常通りに騒いでいる野次馬たちの方へ体を向け、笑みを見せる。

 

「皆様、大変ご迷惑をお掛け致しました」


「ははは、良いってことよ!むしろこっちの令息ボンクラが迷惑をかけて済まなかったな」


 と冒険者たちは笑っていたが、彼女の笑みを見て(あれは怒らせない方が得策だ……)と冷や汗を書いていたのだった。





 一方その頃。

 ダニエルは自身の泊まっている宿に戻り、親指の爪を噛んでいた。彼が苛々する時の癖である。その癖のことを知っている使用人は、彼が喋るまで動かない。それがこの場合得策だということが理解できているからだ。


 どれくらいの時間が経っただろうか、外の様子が騒々しくなった頃。やっと落ち着いたのだろうダニエルが、使用人に声をかけた。


「俺が大衆の前で恥をかいたのは、お前のせいだからな?」


 そう彼は使用人に言い放ち、冒険者に馬鹿にされた苛立ちをぶつける。

 

 実際は使用人である彼が説明する前に、先走ったダニエルの自業自得……なのだが、使用人は「申し訳ございません」と頭を下げる。此処で反発をするものなら、その三倍もの罵声が彼に返ってくるからだ。

 ダニエルは自分が正しいと疑わない。そしてそれを指摘する人間もいなかった。


 父である男爵の手腕は聖王国内でも評価されているのだが、彼はダニエルに対し父親として貴族としての教育が上手く進んでいない事に気づいていなかったのだ。


 謝罪された事に気を良くしたのか、ダニエルは鼻をふふんと鳴らし、手を組む。そしてまだ頭を下げている使用人にこう言い放った。


「で、先程の女性は聖女ではないのか?」


 彼の狙いは聖女であるメルリア・デュポンド公爵令嬢と繋がりを持つためであった。あわよくば……とも考えて、この街にやってきたのだ。


 しかし残念な事に彼の中にある聖女の情報は父親が王都に向かう前の情報である。まさか、父親の出立の理由が聖女交代の儀式のためだとは思いもしないだろう。

 今回、次男と長女は男爵と共に王都に向かったのだが、ダニエルは領地運営の名目で居残る事になった。今後の更なる領地発展のために、聖女に好かれよう……いや、絶対好かれるであろう、と自信を漲らせてこの街にたどり着いたのだ。


 情報さえ聞いていれば、何故聖女がこの街に留まっているのか、何故瘴気を浄化していないのか、など不可解な点がいくつもある事に気がつく筈なのだが……


「正確に言えば、この国の聖女ではありません。あのお方は、公国の聖女のローザ様です」


「公国の聖女様が何故此処に?」


「……新聖女様への指導を担当されているとのことです。ちなみに新聖女様はマリーという平民の女性が指名されたとのことです」


「なんだって!?お前、そんな大事な事、何故言わなかった!?」


 お前が最後まで話を聞かなかったからだろう、と叫びたい衝動にかられるも、グッと我慢する。使用人の彼にとって幸いだったのは、まだ頭を下げていた事だ。ダニエルが頭を上げることを許可しなかったために、この話も頭を下げて行っている状況だ。そのお陰もあって、悔しさに歪んだ顔を彼に見られることはない。


 その後も説教という名目の八つ当たりは続き、日が最も高く昇った頃やっとダニエルから解放される。八つ当たり中はずっと頭を下げていたため、腰が痛い。


「これ以上恥をかかなければ良いのですが……」


 ダニエルを止めることができない彼は一つため息をつくと、自身の部屋にある便箋で早く旦那様に届くようにと祈りながら手紙を認めたのだった。

 久しぶりの投稿になっていまいました……m(_ _)m

こちらはぼちぼち更新になりそうです。

完結はさせる予定なので、気長にお待ちいただけると幸いです。

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