第八話 メジャースキルをまだまだ侮っていたようで申し訳ない
とりあえず序章の終わりです。次から新展開へ。まだまだたっぷり続く予定です。
ゴーレムは、砦の城壁をまたいで踏み出した足のあたりで、ホーリーウォーターの水たまりを踏んだのか、シューシューと湯気が上がっている。
イビルなんだ、こいつ。
ゴーレムというと、石でできたロボットみたいなもので善悪がないのかと一瞬思ったんだが、杞憂だったようだ。と、額のところに文字ではなく、人の顔のようなものが埋まっているのに気が付いた。
ゴーガンの顔らしい。この距離でそうと判るのは、元の数倍のサイズだからだろう。
体は炭になって崩れたから、残っていないはずだ。怨念のようなものをゴーレムに組み込んだのだろうか。だとしたら、やつの狙いは俺だな。
飛んでる女魔族は、ゴーレムの左肩あたりで滞空している。
近寄って、また、小技のバーストファイアを連発しようか。炎が石に効くのか? 踏み潰されたらキュアシリアスでも治らないかもしれないし。遠隔攻撃のスキルはないし。弓兵の矢が刺さりそうな相手でもない。
ん? 無いか? 遠隔攻撃。ひょっとしてあるんじゃないか? ホーリーウォーターは離れた場所にも思い浮かべた形に湧いたぞ。細く絞れば、攻撃にならないか? 試してみよう。
左拳をゴーレムに向けて斜め上に差し出す。そしてイメージだ。細く、大量の水。
「クリエイトホーリーウォーター」
拳の先から、家庭のゴムホースから出るくらいの太さの水が噴き出す。かなりの勢いらしく、その放物線の頂点は百メートル以上先で、なだらかに落ちながら拡散して、ゴーレムの右足の甲あたりを洗ってるようだ。
だめだ、これじゃ、攻撃にならない。もっと細くだ。イメージとしては工業用のウォーターカッターなんだがな。研磨材を混ぜたら金属でもスパスパ切っちゃうやつだ。
イメージすると、だんだん細くなる。それだけじゃだめだ。ずっと真っ直ぐ飛ぶように。水が出る形はイメージ通りになるんだから、二百メートルくらい直進する様をイメージだ。
細く、大量に、遠くまで。
細く!
細く!
もっと先までだ!
ピー!!
甲高いふえのような音が出た。と、同時に、拳から吹き出る水は、白い線になり、真っ直ぐな光線のように、ゴーレムの左肩の下あたりへ伸びた。
貫通してる!
厚さがニ、三十メートルはありそうなゴーレムの岩の胸板を貫通して、さらに上空へ向かって真っ直ぐに伸びる水の線が肩の向こうに見えた。まるでレーザー光線だ。およそ視界が届く範囲、五百メートルほどは直進しているように見える。音速を超えているようだ。
ようし、これなら!
左拳をゆっくりと左下に払っていく。水の線がそれにつれて移動する。ゴーレムの胸板を斬りながら。
「グヲヲヲヲン!」
ゴーレムは言葉にならない叫びを上げ、水を防ごうと、両手を広げて前に差し出す。だが、水はその手の指を切り落としながら、さらに先の胸板を切っていく。5、6本の太い石の指が地響きを立てて地面に落下する。そしてゴーレムの右脇腹まで切れ目が抜ける。最初の貫通が左肩の下だったので、その左側が、まだ上下繋がっている。そのまま線を上に回して首の左から鎖骨あたりを上下に切る。切れ目が最初の切れ目と交差すると、ゴリゴリ、と音がして、両断された上部が斜めになった切れ目に沿って滑り落ちる。
よほど硬い岩の塊なのか、百メートル以上の高さから落ちたというのに首の部分は壊れない。だが、首を失った身体は、命を失ったように両膝をつき、そのまま前に突っ伏すように倒れた。
まだ聖水は光線のように出続けている。その左拳を右に振り上げて、魔物の女を狙うが、これは相手にしたら近づいてくるのが見えるのだから、ひらりとかわされてしまったのも仕方がない。
さらに水の線を砦に振るう。
俺の迷惑スキルであるフレンドリーファイアー・キャンセラーは効果範囲が俺から二百メートルほどだから、砦は範囲外だ。だから、このウォーターカッターは範囲外に効果を与えるはずで、イビルではない砦の石壁にも通じる筈だ。
砦の壁の上部を左から右へなぎ払う。石壁の上の兵士を砦外からの矢から守る凹凸ごと、壁の上のイビルな生物ごと、ウォーターカッターが横に切る。胴やら首やら頭やらを真横に切られたオークやゴブリン供が絶命する。こりゃあまた卑怯って言葉がぴったりな攻撃だ。
だが、これが出来るってことは俺は国へ戻っても、遠距離攻撃がイビル以外に対して可能だってことで、役立たずのお荷物からの脱却ができるかもしれない。まあ、今さら帰る気はないが。
さらにウォーターカッターで砦の石壁をX字に切る。それなりにゆっくりと動かすと石壁を貫通しているようだ。とどめに、大波を意識する。
「クリエイトホーリーウォーター」
大波が石壁を襲う。今度は切り目が入っているので波の勢いで壁が崩壊していく。
「す、すごい。ゴーレムも堅固な砦も、一撫でだ」
シュタークの評価には例によってかなりバイアスがかかっているようだ。
「こ、こんなの、でたらめよ」
妹のレイナの逆バイアスとでバランスがちょうどいいらしい。
もう、ひと波。
「クリエイトホーリーウォーター」
大波が、倒れたゴーレムや崩れた城壁を越えて砦の中に押し寄せ、洗濯機のようにすべてをかき混ぜる。偵察がてら、思い付きを試すだけのつもりだったのだが、敵の拠点を潰しちゃったようだ。
魔物の女が上空で毒づいて叫んでいる。
「七つ星のオリアルト! あんた、まためちゃくちゃだよ! 許さない! 絶対に許さなからね!」
また逃げるつもりなら、今度は名乗っていけ、と言おうかと思ったが、ここで決着をつけるほうが手っ取り早い。俺は左拳を上空に差し出した。さっきのように、出ている水を振ると見えていて避けられるかもしれないが、最初の飛び出す線ならば光線銃みたいなもんだ、避けられないはずだ。
「クリエイトホーリーウォーター」
ピー!
笛音はセットらしい。目にもとまらぬ速さで飛び出した水は線となり、魔物の女の左の乳房の横をかすめて、彼女のコウモリのような翼を貫いた。
「ぎひーっ! ちくしょう! ちくしょう!」
あの羽で羽ばたいて空気をどうこうして飛んでるわけではないらしい。あの羽は飛べることを示すシンボルのようなものなのか、たいして羽ばたきもしないのに、彼女は北へ向かって高速で飛び去っていった。
偵察ならここでUターンして帰るんだろうが、もう、偵察とか言ってる戦果ではない。シュタークの先導で、兵たちは砦に残敵掃討に向かった。手勢は少ないが、俺がいるから大丈夫ってことになってるらしいな。
砦の中は水がまだ引いてなくて、魔物の死体がプカプカ浮いている。兵が牢を見つけた。アバルーン城周辺の農家からさらわれた農民たちが囚われていたのを開放し、食料を兵たちが与えた。五十人くらい捕まっていたようだ。皆びしょぬれになってるが、怪我はないようだ。安全なところまで護衛して帰ることになったが、兵士たちに礼を言う農民たちに向かって、兵たちも隊長のシュターク同様に俺のことを持ち上げて話して聞かせるもんだから、親子連れや夫婦連れが何組も、俺のところまで頭を下げにやってきた。手を合わせて拝んでいるのまで出てくる始末だ。
農民たちは、俺に向かって「七つ星のオリアルト様」とか「聖騎士ハウアー様」とか呼びかける。前者はあの魔物の女の影響で、後者はシュタークのだな。
スキルの実験が目的で、救出するつもりはまったくなかった、というか囚われていることも知らなかったので、こそばゆい。まあ、メジャースキルが、当初の期待程度の大技に化けたのは大きな成果だったな。だから、結果オーライってことでいいや。