第五話 聖騎士の格好ですみません
そろそろ無双開始です。
「君はいつかその道を選ぶことになると思っていたよ」
司祭長の質素な部屋で、俺はふたたび大きなテーブルをはさんで司祭長と向かい合って座っている。この前と違うのは、となりにヴォルトックが座っているのと、俺がフルプレートの鎧をまとっていることだ。
「わが聖王国ジークライトの国境は、豊穣の女神フィラスのご加護により結界で悪しき存在から守られている。魔族や悪魔はその結界をやすやすと越えて侵入することはできないから、君の力はこの国で存分に発揮することはできないだろう。同じような力を持った者たちがそうしたように、悪と対峙する隣国トライスラー王国へ活躍の場を求めて旅立つことになる。その鎧の元の持ち主のダックのようにな」
司祭長は聖騎士ダッカー・フレイトルを愛称で呼んだ。
「フレイトル卿とお知り合いだったのですか?」
俺の質問を、隣に座っているヴォルトックが慌てて遮ろうとしていたようだが、後の祭りだ。
「若いころ。まだ、彼がその煌びやかな聖騎士の鎧をまとう前に、いっしょのパーティであちこち行ったよ」
司祭長は、懐かしむように笑った。ヴォルトックは知っていたらしい。常識レベルの質問だったようだ。でも、俺はそういうことに疎いんだから、知ってるなら先に教えといてくれよな。
「その肩の腕章は外しておきなさい」司祭長は俺の鎧の左肩の金糸で飾られたワッペンのような装飾品を指さして言った。「それはトライスラー王国の臣下である証だ。君がつけていたら、身分を詐称していることになる」
俺はあわててそれを外した。
「いずれ、君も、自分自身の爵位とともに授かることになろう。活躍を祈っているよ」
旅支度はヴォルトックがすべてやってくれた。翌朝には街の門を出ることができた。食料やらなにやら、おまけにヴォルトック自身が乗る馬まで、金も渡してないのにヴォルトックが調達してくれた。いつか金が入ったら、ちゃんと報いねば、と心に刻む。街道沿いの馬の旅は順調で、見晴らしのいい丘を越えるときにヴォルトックが馬を止めた。
「この丘が国境の丘です。あの山脈が、」ヴォルトックは右手の遥か彼方に霞む雪を被った山脈を指した「バルルス山脈で、魔界と呼ばれる地域はあの向こう側。聖王国ジークライトとは山脈が隔てていますが、トライスラーとの間はフォトム荒地で接しています」
右手の山脈は、この丘から北へ向かったあたりで終わっていて、その左側、つまり西のトライスラー側はゴツゴツした岩がころがる荒地が広がっているようだった。
馬をゆっくり進めると、丘の頂上あたりで南北にオーロラのような黄色い光のカーテンが続いているのが見えた。北の山脈の端あたりにまっすぐ伸びている。これが結界か。見えちゃうんだ。
くぐっていくが、なにも感じたりはしない。ただの光のようだ。
越えたときに空気が変わったような感じはあったが、単なる思い込みだろう。とりあえず、トライスラーに入ったら、やってみようと思っていたことをやる。
「デテクトイビル」
男性アナウンサーの声とともに、金色の光の波紋が、俺が乗るひかり号を中心に丘を下って広がる。
スキャン範囲は半径2キロくらいだろうか。まだ国境を越えたばかりなので、東半分は聖王国の中なので見込みがないが、問題は西半分だ。イメージを思い浮かべやすいように目を閉じると、俯瞰でスキャンを感じることができた。
反応があった。北西1.5キロくらいのところに四つ足のイビル反応だ。イビル属性の魔獣がいるんだ。
「いかがでしたか?」
ヴォルトックの問いかけに、
「居る居る」
思わず笑みがこぼれた。べつに、今すぐそいつのところへ行って退治してやろう、とかは思わないが、はじめてのイビル反応に心が躍った。
そこからも、ちょっと進むたびにスキルを使った。デテクトイビルをいくらつかっても疲れたりしないし、回数制限もあるのかないのかわからないが、そろそろ二十回目になろうかというとき、それまでの散漫な反応とは異なる、まとまった反応が前方であった。ざっと百は下らない。
「ヴォルトック、前方にイビルが大勢居る。向かうぞ」
ゆるやかな丘陵地形で、まばらに林がある。前方の林に街道は続いていて、林の中で左に向かう分かれ道があった。そこで再びスキルを使う。
「デテクトイビル」
分かれ道の先だ。凸の形に並んでいるようだ。凸の突起がこちら向きだ。なにかの軍の隊形なんだろうか。
「この先はトライスラー王国の北東の守備の要となるアバルーン城です」
そうか、城が囲まれているんだ。ひかり号の手綱を左に向ける。坂をひとつ上ると、前方に兵士の一隊がいた。街道を進軍中だ。さっきの反応はこいつらじゃない。こいつらはイビルじゃない。長槍を担いだ隊と、長弓を肩にかけた隊が徒歩で進んでいる。百人ずつくらいだろうか。一番前には馬に乗って鎧を着た騎士が二騎並んでいる。
徒歩の兵士の脇を抜けて、前に出ると、二人の騎士が身構えた。白い揃いのフルプレートでハルバートを持っている。進軍中だったからか、兜は外していた。二十歳前後の美形の金髪男と、三十がらみの茶髪のおっさんだった。
「何者だ!」
金髪青年は敵意むき出しだった。
「わたしはトロンダプトからやってきたオリアルト・ハウアーと申す者。この先にイビルな存在を感知して向かっているところです。数は、」「デテクトイビル」イメージに集中して数を数える。反応の点がこれくらいで十。その十倍の塊で百だから全部で「五百あまり」
俺がデテクトイビルを使うときの、アナウンサーの声と手の甲の光、そしてスキャンの光の波紋も他人に見えるらしいので、俺がイビルと対峙する者だということは分かってもらえたはずだ。二人の騎士は、例の金糸の腕章を付けているからトライスラー王国の所属だろう。とりあえず俺に対する警戒は解いてくれたようだ。茶髪の騎士は丁寧な口調だった。
「わたくしは王国騎士団のホーリック。この者はシュターク。王命によりアバルーン城の援軍に向かうところです」
城を守るための弓兵と槍兵か。城壁の上から矢を射る弓兵と、城壁に登ってくる敵を突き落とす槍兵ということだ。だが、すでに城は囲まれている。俺はハルバートの先で地面に凸を書いた。
「やつらはこの形に集まっている」
「アバルーン城が囲まれてると?!」金髪のシュタークは、まだ疑いが混じった口調だ。だが、ホーリックは完全に信じていた。
「いかん! 間に合わなかったか! 急ぐぞ!」
彼は馬の腹を蹴った。シュタークと俺とヴォルトックが馬で続く。弓兵と槍兵は駆け足でついてくる。丘を登り切ると林が途切れていて、ずーっと続くなだらかな下り斜面の先に、城というには小ぶりな、砦のような建物があった。距離は五百メートルほど。凸型の城壁は高さ5メートルくらいだろうか。凸の突起のところが門になっていてこっちを向いている。
すでに攻城戦は始まっていた。
イビルな存在はほとんどが人間よりややサイズが小さいゴブリンと、大柄なオークの混成だった。中に、毛色の違う魔物が混じっている。城壁には梯子をかけて登ろうとしていて、門には丸太に担ぎ棒を付けたような攻城兵器で突進攻撃を繰り返している。城側は城壁や城門の上から、弓や石、槍で応戦していたが、あきらかに多勢に無勢だった。
こちらの援軍に魔物の指揮官が気が付いたらしい。予備の軍勢らしいのが百余り、左右に散開しながら斜面をこっちに駆け上がってくる。
「城兵を援護するには遠すぎる! 斜面の真ん中まで進まなければ!」
シュタークが言った。あの登ってくる連中を待ち構えて撃ってるようでは城の援護にならない。斜面の場所取りのために前進しなきゃってことか。でも、城はもう、そこに見えてるじゃないか。
「ここからじゃ届かないのか?!」
「曲射なら届くが狙いがつかんのだ! 味方にも被害が出る」
シュタークの答えは、どこかで聞いた場面だ。そうだ、おれのスキルが効力を発揮する場面。
「ここで曲射の準備を! 俺が城に近づいたら射掛けろ!」
「無茶を言うな! おまえも矢を浴びるぞ!」
シュタークの目からは、もう敵意は感じられない。
「あんたらとおれは味方同士! そうだろう?! それなら手がある! ヴォルトック、お二人に俺のスキルのことを!」手綱を引いてひかり号の頭を城に向け、腹を蹴る。「 や! 行け! ひかり号!」
ひかり号は、テンが言っていたとおり優秀な軍馬だ。軍馬とそれ以外の馬の違いは、その士気の差だ。軍馬はどんな敵と対峙しても、乗り手が望めばその敵に向かう。ひかり号は迫ってくる敵にかまわず迷わず城門へ向かって駆け出した。左手に手綱と盾を持ち、右手でハルバートの柄の先の丸い装飾ぎりぎりの端っこを掴む。試してみたいことがあった。
「フレンドリーファイアー・キャンセラー」
男性アナウンサーの声と同時に、俺は右腕を大きく回しはじめた。ハルバートは鎧同様に俺にとってはまったく重さを感じないほど馴染んでいて、まるで閉じた傘を振り回している感じだ。普通、馬上でこいつを振るうなら、馬の首が邪魔で前方にはせいぜい突く程度の攻撃しかできない。今の俺のようにヘリコプターの羽根のごとく振り回すなら、後方に傾けた回転しかできないだろう。だが、俺のスキルがあれば。予想どおりだ。ひかり号の首を回転するハルバートがすり抜ける。まるでひかり号が実体のない立体映像であるかのように。回転を前に傾け、前方から向かってくる敵を回転で薙ぎ払う。
さらに聞きなれない年配の男性アナウンサーのような声があたりに響く。
「ボーナスダメージバーサスイビル」
どうやら装備の効果発動はこの声の担当らしい。このハルバートには対イビル属性の追加ダメージがあるんだ。ハルバートに触れた敵は爆発ではじけるように、面白いくらい簡単に蹴散らせた。
背後で声がする。シュタークだ。
「弓兵、左右に展開! 曲射用意! 城門付近を狙え!」
さらにホーリックの声、
「槍兵は弓兵の前へ! 化け物どもを弓兵に近づけるな!」
俺のスキルを理解してくれたらしい。あの場で射撃をする体制を整える命令だ。門の前からは、さらに何十もの化け物が振り返って俺の方に向かってくる。だが、むなしくハルバートにはじかれるだけだ。ひかり号の走りは全く速度が落ちない。攻城兵器を持って門に突っ込もうとする一団を目指したが、もうすこしのところで、丸太の体当たりに間に合わなかった。バキバキッと音がして、観音開きの門が壊れ、丸太が突き破ったところに一メートルほどの隙間が空いた。ゴブリンが小さい身体を生かして、その隙間から場内になだれ込む。攻城兵器をもう一度使おうと引き抜いたところに俺がたどり着き、丸太の片側に並んでいた担ぎ手を一気に薙ぎ払った。
そのとき後方で無数の風切り音が鳴る。百人の弓兵が空に向けて一斉に矢を放った音だ。振り仰ぐと青い空に無数の矢の黒い影が浮かんでいて放物線を描いてこっちに向かってくる。スキルに自信がなければ、死を覚悟しそうな情景だ。矢が城門のあたり一帯に降り注ぐ。俺とひかり号に向かってきた矢はすり抜けて地面に突き刺さる。壁を登ろうとしたゴブリンは射落とされ、上から槍で突いていた城兵は矢が自分をすり抜けたことにおどろいてきょろきょろしてる。
あたりに二射目、三射目と、次々に矢が降り注ぐ。あ、しまった。門の隙間から入ったやつらには当たらない。
ひかり号を飛び降りてハルバートは地面に突き立て、盾を捨てて、剣を抜いて俺も隙間から飛び込む。
そこでは城兵十人ほどとゴブリン三十匹ほどとの戦闘が起こっていた。城兵が不利だ。門の外じゃ、矢の雨を避けようと、ゴブリンが我先に門に向かってくる。中にはひかり号に切りかかろうとするやつも見えた。
範囲攻撃魔法とかないのか! 雑魚をいっぺんに攻撃できるような! 味方には当たらないんだから、広範囲の雑魚をいっぺんに殺れるようなのがあれば。
左手の甲の星が、金色の光で応えた。
「ホーリーファイアーバースト」
ピアノの低音部の鍵盤を拳で叩いたような「ガン!」という音とともに、俺の足元を中心に緑がかった青白い光が、魔法陣のような模様を描いて広がった。半径30メートルほどの光の円。その円内にいたゴブリンたちの体が光の色と同じ炎で燃え上がった。ゆらゆらとした火ではない。ガスバーナーの炎のように勢いよく燃え上がり、たちまち黒焦げになって崩れ落ちた。
あるんじゃないか! 範囲攻撃スキル!
城兵やひかり号は燃え上がらない。城内に敵はいなくなった。窮地を救われた城兵たちが、俺に向かってお辞儀をしている。ちょっと気恥しくなって、門の隙間から外に出てみると、魔物たちが撤退していくところだった。
斜面を騎士たちが駆け下りてくる。シュタークとホーリックは馬が完全に止まる前に飛び降りるように馬から降りて、俺のところに駆け寄ってくると、並んで深々とお辞儀をした。
顔を上げたシュタークの目は、憧れのまなざしだった。
「お見事でした、ハウアーどの! 城をお救いくださり、感謝いたします!」
興奮が収まらない様子だ。ホーリックは落ち着いていた。
「それにしても、すごいお力。我々など居なくても、ハウアーどのおひとりで奴らを蹴散らしていたでしょうな」
「あ、いやあ」
謙遜しとくとこだよな、ここは。
城兵は閂が折れた城門を応急修理してなんとか全開にして、援軍を迎え入れられるようにした。
斜面を降りてきた槍兵と弓兵が整列し、シュタークたちの指揮で入城する。両側に負傷者も混じった城兵が並んで迎え入れる。正面に身なりのいい貴族っぽい髭のおっさんが両手を広げて待ち構えている。彼の後ろには細君らしいやたら色っぽいドレスの黒髪の女性と、文官らしい配下の男たち四人が並んでいた。
髭のおっさんが声を上げる。
「おお! 騎士団の方々、よくおいで下さった! しかも聖騎士どのまで来てくださるとは! これで城は安泰です」
いかん。誤解が生じているようだ。早めに解消すべきなんだろうな。
「いえ! すみません、こんな格好ですが、聖騎士ではありません。わたしは単なる通りがかりで」
「はあ?」
城主は不思議顔で、俺をつま先から頭まで見回した。追い払われるかと思ったが、
「とにかく、城を救っってくださった援軍には違いない。さあ、中へ。おもてなしの席を用意させますので」
いい人らしい。