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第四話 タダでもらってすみません。

今度は装備のお話しです。

 水が収まって、片付けを手伝おうとしていたのだが、尼さんたちに厄介払いされるように作業を奪われて、慈善施設に居られなくなってしまった。外に出ると、教会前の広場の石畳は、まだ水たまりだらけで、水、いや聖水がはけていなかった。小さい子供ははしゃいでパシャパシャと水たまりで遊んでいたが、聖水に遊び場所を取られて、広場を離れる子供たちもいるようだった。広場で水に濡れてしまった大人たちの視線が痛い。

 そのままそこに居ることもできず、ヴォルトックといっしょに、何の目的もないのに街中に出ることになってしまった。ヴォルトックは、慈善施設での失敗の後の片付けとか、俺がやろうとしていたことは黙って手伝ってくれていた。今も文句も言わず、黙って隣をやや下がった位置でついてくる。生前のオリアルトをよほど慕っていたんだろうか。体を乗っ取った別人なのに、なんだか悪いなあ。

 行く当てもなく歩いていると市が出ている賑やかなあたりに出た。

 通行人も多く、店には食べ物があふれていた。

 ホロが付いた出店のほかに、ちゃんとした建物に看板を出している各種のお店も軒を連ねていた。

 剣、盾、鎧を図案化した看板の、武器防具屋と思われる店の前を通ったときだった。

 武器防具屋の扉がいきなり開いて、中から店のオヤジと思しきエプロンをした四十くらいの男が飛び出した。まっすぐこちらに走ってきて、俺たちの前に立ちふさがった。

「オリアルト・ハウアー様とお見受けいたします。どうか、わたしの店にお立ち寄りください」

 どういうことかわからない。ヴォルトックの顔を見たら、彼も分かったふうではないようで、首を傾げたままではあるものの、小さく頷いて立ち寄るべきだと言っているようだった。

 オヤジに続いて入った店内は、八畳間ほどの広さで、壁に所せましと武器防具が飾られていて、値札が付いていた。カウンターがあって、オヤジはカウンターの中に入った。

 店の中でとりわけ目につくのが、カウンターの左端の前にある白銀のフルプレートと武具一式だった。

 いわゆる西洋の甲冑で、頭の部分も含め、全身を隙なく覆うタイプの鎧だ。同じく白銀の長剣の柄を両手のガントレットで押さえた直立のポーズで、長剣の鞘の先と両足の三点で全身を支えて、しっかりと自立していた。特に飾るための支えなども見当たらないのに、鎧自体が、中に人かマネキンが入っているかのように立っていたのだ。胸の高さまである大きな盾が立てかけられており、背後には長さ三メートルはある両手用の武器ハルバートと、馬に乗るための鞍がある。そこまでが装備一式らしく、素材やデザインに統一性があった。さらに、一式であることを主張するかのように、それらは全てやわらかな光を放っていた。反射しているのではない。自分で光っていたのだ。

「オリアルト様が店の前に来られたとき、光り始めたのです」

店のオヤジが言った。

 まさか、そんな、と思いながら、オヤジから視線を鎧の方に戻して、触ってみようかと一歩踏み出したとき、装備の輝きが、はっきりと増し、カタカタと音を立てて震え始めた。

 たしかに俺に反応しているようだ。

「その装備はこの街の出身の聖騎士ダッカー・フレイトル様の物だったのです」

「聖騎士?」

俺がオヤジの方を向いて訊くとき、輝きと振動が収まるようだ。

「隣国、トライスラー王国の一代限りの爵位です。魔物討伐で功があった外国籍の戦士に与えられるものです。我が国聖王国ジークライト出身の戦士には抗魔のスキルを持つ者が稀に現れ、北の魔界と領土を接するトライスラーにおいて、そのスキルを活かして華々しい武勲を立てる者が過去に何人も現れているので、そういう人物に報いるための爵位が設けられているのです。ダッカー・フレイトル様、フレイトル卿もそのおひとりです。年老いてから、故郷であるこの街で余生を送るために帰国され、不要になった装備をお売りになったのです」

 魔物に北の魔界。隣国には、いるんだ、イビルなやつらが。俺は再び鎧に視線を戻した。自己主張するようにさっきよりも明るく輝き、大きく震える鎧や盾。

「武具たちが、あなたに惹かれているのです。こんなことは初めてです。いかがでしょう。お買い上げいただくわけにはいかないでしょうか」

 え? これってキャッチセールスだったのか?

「い、いや、俺は無一文だから、買えないって」

 金など持っていない。そもそも、店に客として入店する資格などないのだ。それなのにのこのことオヤジについてきてしまった。

「いえいえ、お金でなくとも。慈善施設の聖水の件、存じ上げています。いかがでしょう、そこの樽にいっぱいの聖水をいただければ、その装備一式を差し上げる、というのは」

 オヤジが言った樽というのは、剣を十本ほど傘立てのように置いて売っている入れ物の樽のことらしい。ワイン樽くらいの大きさだ。でも、いまさっき起こったばかりの慈善施設での事件を、なんでこの店に居たオヤジが知っているんだろう。いや、それよりもまず知りたいのは、

「聖水って金になるのか?」

なるのだとすれば生計が立てられるかもしれないじゃないか。

「おそらく、教会で同じ質問をなさったら、ならない、というのがお答えでしょうね」

オヤジは意味ありげに笑って続けた。

「教会では無料で信者に提供するものだと答えるでしょう。授けるのに対価などもらっていないと。しかし、作る過程で、儀式にしろ魔法にしろ、費用はかかる。あなたのケースは異常なのです。費用が掛かることは貰っている者たちも知っています。だから、別の機会にご寄付を捧げる。結局は有料と同じことです。その証拠に、うちのような店で商品として売れば、それなりの値段で買っていく旅人や冒険者がいます。そんなに頻繁にではありませんがね。でも、商う者にとってのこの商品の最大の利点は、くさったり汚れたりしないということです。小汚い樽に入れて、陽にあたるところに野ざらしで置きっぱなしにしておいても、できたときと同じきれいなまんまで、何年でも何十年でも売り続けられる。今回、仕入れられれば、保管費用不要ですから、何年も掛けて売り切れば、それで利益になるということになります」

 そういうものなのか。どうやら、製造者が生計を立てられるわけではなさそうだな。今回一回の仕入れで何年もかけて売りさばくということらしいから。一つ疑問が消えたので、もうひとつについて訊いてみた。

「どうしてさっき起きたばかりの慈善施設での事件をあんたが知ってたんだ?」

オヤジは右手の人差し指を立ててウインクしながら答えた。

「新鮮な情報ってやつは、価値がある。だから、普段から出資して、独自の情報網を抱えているんです。情報源は自分が持ってくる情報の価値を知らないので、宝石のような情報にも、石ころみたいな情報にも、常にちょっとした対価を払うことでこの情報網を維持できます。ほら、情報源が新しい情報を持ってきたようだ」

 店の扉を開けて、七歳くらいの男の子が入ってきた。さっき教会前の広場で水たまりで遊んでいた子だ。俺の顔とうっすら光る鎧を見比べながら、カウンターの下まで来て、もみじのようなちっちゃな手をカウンターの上に手のひらを上向きに差し出して言った。

「慈善施設で聖水に浸かったペッデル爺さんは長年患ってた咳が止まった。息子で馬屋のテンが、オリアルト様にお礼がしたいって、探してる」

 武器防具屋のオヤジは、カウンターの後ろのツボから、紙で包まれた飴玉らしいのをひとつ取り出して、もみじのような手に置いた。

「これが、その情報の分だ、そして、」

 さらにもうひとつ飴玉を置く。

「テンに教えてやりな。オリアルト様がここに居たって」

「うん!」

ふたつの飴玉を握りしめて、男の子は駆け出して、扉の向こうに出て行った。扉の外には彼の友人たちが待っていたようで、自慢する声が漏れ聞こえる。

「飴ふたつになったぞ。テンに知らせにいくんだ。テンも飴玉くれるはずだ」

走っていく足音が聞こえた。

「子供のころ、ああして街じゅう駆け回って飴玉集めましたよ。どういう情報がどこで飴玉に変わるか覚えていくんです」

「なるほどね。聖水はオッケーだ。溢れないように気を付けて出すよ」

俺にとってはタダみたいな聖水だ。あんな立派な装備に交換できるなら願ったり、だ。

「では、カラ樽用意しますんで、待ってる間に装備をお試しください。合わなければサイズ直しも致します」

オヤジは店の奥に入っていった。

 フルプレートはひとりで装着するのは難しそうだったが、ヴォルトックが手伝ってくれたので思いのほか早く装備できた。剣を腰にさし、盾を左手で持って、右手でハルバートを持った。鞍はヴォルトックが持った。かなりの重装備だ。戦場で動けるんだろうか。とりあえず装備が完了したころに、店のオヤジがカラ樽を持ってきた。樽の蓋を外して俺の前に置く、

 盾をヴォルトックに渡して、空いた左手のガントレットで樽の縁を触れる。

 聖水、出てこい。樽いっぱいになったら、ちゃんと止まれ。

「クリエイト・ホーリーウォーター」

 男性アナウンサーの声がする。ガントレット越しに手の甲の星が輝き、樽の底に水面が現れた。ゆっくり、ゆっくり、十秒ほどかけて、樽の上まで水面が昇ってきて、ちゃんと止まった。左手の甲の星が消える、と、それと同時に鎧に異変があった。

 鎧には左の鎖骨のあたりに横に並んだ三つの星のデザインがあったのだが、それが輝き始めたのだ。

「うわわ」

 その星が、鎧の上で動き始めた。と同時に大小4つの星が新たに現れ、七つが動いて、左手の甲の星と同じ形の位置で落ち着き、光が収まった。ななつ星の模様が、最初からそこにあったように刻まれていた。

「フレイトル卿は三ツ星だったとか。オリアルト様はななつ星だから、鎧が合わせて変化したのでしょう」

 オヤジの言葉で納得するとともに、気が付いたことがあった。

「鎧が軽くなったぞ。まるで着ていないみたいに動ける」

 対価にあたる聖水を払ったので、名実ともに俺のものになったということか。

 店のオヤジは樽の蓋を閉めて斜めにして転がして、剣の樽の横に並べた。

「お買い上げありがとうございました。どうぞそのまま着て帰ってください。鞍もすぐ役に立ちそうですし」

 えっ?! この格好で街中を歩くのは恥ずかしくないか? 騎士の格好なのに徒歩だなんて。

 俺に盾を返して、鞍を抱えたヴォルトックが先に立って店の扉を開けた。いっしょに店の外に出てみると、白馬が待っていた。太った商人っぽい男が、馬の手綱を持ち、帽子を脱いで手に握りしめて待っていた。俺におじぎをする。

「オリアルト様とお見受けいたしやす。馬屋を営んでおりますテンと申します。親父が、オリアルト様のお力のおかげで、長年患っていた咳が止まりまして、家じゅう大喜びです。馬屋ですのでこんなお礼しかできやせんが、うちで一番の軍馬です。『ひかり』号と申します。どうぞ、お受け取りください」

 白馬には蹄の上の足首に青っぽい毛があった。まるで新幹線の0系か百系のデザイン思わせる。名前もひかり号だし。まあ、俺は百系なんて乗ったことはないが。

「ありがたくいただくよ」

 騎士の格好だから、馬が居ればおかしくないだろうっていう気持ちが一番強かった。だが、テンは喜んでいるようだった。ヴォルトックとテンがひかり号に鞍をつける。俺は乗馬などしたことはないが、元のオリアルトは乗馬ができたようだ。身体が乗り方を覚えていた。街中だが、馬に乗り、ヴォルトックに手綱を持たせた。テンと別れ、馬に乗ったまま街中を歩くことにした。騎士の格好なので、歩くよりはおかしくないだろう。

 別に功績を立てたわけじゃないが、手綱を引くヴォルトックはなんだか誇らしげだった。歩きながら、彼が言った。

「オリアルト様、武器防具屋の亭主が申したフレイトル卿と聖騎士爵位のこと、どう思われましたか?」

「どう、って?」

「・・・・・・河岸を変えてみるのはいかがでしょう。オリアルト様は間違いなく聖騎士の素質をお持ちです。隣国トライスラーでなら、あなた様は英雄になられるでしょう」

 魔界と国境を接する国か。たしかにスキルはイビル属性対策のものに特化しているみたいだ。まだわかっていないスキルもおそらくそうだろう。

「そうだな。司祭長にお話ししてみよう」

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