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第二話 狩りの邪魔してごめんなさい

さて第二話です。主人公のスキルが明らかになっていきます。

 この町はトロンダプト、聖王国ジークライトの北の端にある人口一万人ほどの町。城壁で囲われた市街があり、その周りに農村が点在し農場が広がっている。教会に属する兵士の一人になった俺は、働いて自分のくいぶちを得なければいけない、と考えた。

 教会に属する兵士は三種類いる。まずは金で雇われたプロの傭兵。金にもなるし、怪我の治療つきなので、良い雇い主ということになるらしい。次に、宗教上の寄付行為の一つとして、労働力を収めている奉仕兵。信仰心が高く、兵士として士気が高いのが特徴だ。最後のひとつが、教会付属の孤児院を出て、そのまま教会で働く道を選んだもの。教会への従属意識が高い。

 俺になる前のオリアルトは奉仕兵だった。治安維持の任務で夜盗と戦って凶刃に倒れたのだ。

 今の俺、オリアルト・ハウアーにとっての最初の任務は狩りだった。来週開催される教会の宗教行事で、神への捧げものとなり、丸焼けにされて、出席者に振舞われるイノシシを捕獲する狩りだ。できれば大きいものがいいのだそうだ。教会のお祭りに参加する信者は多い。たとえば千人の参加者に百グラムずつの肉を振舞おうとしたら百キロの肉が必要なわけだから。

 狩りに参加する兵士は十人。北の森へ行って弓を使ってイノシシを仕留める。

 装備は教会の武器庫があって、そこのものが借りられた。弓も剣も使ったことがない俺だが、ためしに小剣を鞘から抜いて振ってみるとしっくりくる。身体が覚えている、という状態のようだ。鎖帷子をTシャツのように被って着て、ベルトを締める。重い。小さな鎖の集まりで、身体の動きを邪魔することはないのだが、やはり金属の服だ。フードの部分を頭に被ると、これも重い。首に重みが掛かって筋を違えそうだった。教会の所属であることを示す布製の前掛けを付けて、矢筒を背負い、弓をくぐって肩に斜めに掛けると、ほかの兵士たちと同じ格好になった。

 隊のリーダーは傭兵で、昔冒険者をやっていて狩りに慣れているおっさん兵士のウェッケナーさんだ。彼は、イノシシをいぶりだして追い込む役の3人に槍を持たせた。俺は残りの矢を射かけるグループに入れられた。

 門を出て、徒歩で北へ向かう。詳細な作戦指示はないし、誰も訊こうとしないな。もう、決まりきったパターンがあるのだろう。

 歩いていると一人の痩せた兵士が話しかけてきた。三十代くらいの男だ。

「オリアルト・ハウアー様、はじめまして。わたくしはヴォルトック。オリアルト様の従者を務めておりました」

 知り合いがいるだろうとは思ったが、いきなり従者とは。つまり彼は芸人や歌手の付き人のようなもので、オリアルトの身の回りの世話や荷物持ちをやっていた弟子のような存在で、主従関係にあったのだ。

「わたしは、以前のオリアルトとは別人です。兵士としては今日が初任務の駆け出しです。ヴォルトックさん、よろしくお願いいたします」

 ヴォルトックはちょっと驚いたような反応を見せた。かつての主人の外見のままだが中身は別人だということを受け止めてくれたかもしれない。

「ハウアー司祭長様からは、引き続きオリアルト様のお世話をするよう言いつかっております」

おやおや。

「そういうことなら、よろしくお願いします。いろいろ教えてください」

 軽く頭を下げると、彼は恐縮するように深々とお辞儀をした。

 ううむ、お給料とかはどうするんだろう。などと考えていたら、目的の森についた。

 なるほど、森だ。木がたくさん生えている。だが、ジャングルのような感じではなく、背の高い針葉樹が林立している場所だ。日本の山林のように植樹した杉がぎっしり生えているわけでもない。適度にまばらで、下生えもあまりなくて、落ち葉もないので地面が見えている。馬に乗って走れそうだし、弓も有効そうなくらいにまばらな生え具合だ。

 一行は立ち止った。リーダーのウェッケナーさんの従者の女の子(ああ、こっちの従者も女の子だったらよかったのに)が両手を前に出してブツブツ言いだした。魔法の類らしい。やがて、その女の子の声ではない女性の声が、エコーつきであたりに響いた。

「デテクトアニマル」

 動物を探査する呪文らしい。発動するとき呪文名が女声で鳴り響くしくみなんだな。

 彼女が探査結果をウェッケナーさんに報告すると、ウェッケナーさんは追い込み役の三人にコースの指示を出した。残りの兵を引き連れて、森に入ってすぐの、ちょっと開けたあたりに来ると、左右の木陰に隠れるように手で指示を出した。

 別動隊の三人の槍兵の声が、森の奥の方でした。動物を追い立てる声だ。同時に槍で木をたたくような音もした。

 動物園で聞くゾウの雄たけびのような声が上がった。イノシシなんだろうか。それに続いて、地響きのような足音が、こちらに近づいてくるようだ。

 ウェッケナーさんが手信号で弓矢を構えろと指示を出した。

 最初の矢をつがえようとしたときにそれは起こった、

 俺の左手の甲の星のうち、小指に近い小さな星が金色に輝きだしたのだ。そして、さっきの女の子の呪文ときのように、今度は男性の声、良く響く明瞭なアナウンサーのような声で、スキルの名前らしいものが読み上げられたのだ。

「フレンドリーファイアー・キャンセラー」

 ん? つまり味方への攻撃が無効ってことか? 俺のスキルのひとつが発動したってことなんだろうか。小さい星が光ったってことは六つのマイナースキルのうちのひとつってことなのか。

 前方から、ふたたびゾウのような鳴き声がして、大きな地響きとともに、肩まで1メートル半近くあろうかという灰色のイノシシが飛び出してきた。

「撃て!」

 ウェッケナーさんの掛け声で、弓を構えていた七人がいっせいに矢を放った。的が大きいのと、俺じゃないころのオリアルトの修行のたまもので、俺の矢も命中コースだった。七本の矢が命中するはずの瞬間、矢はまるで、イノシシがまぼろしであるかのようにイノシシの身体をすり抜けた。

 一瞬、何が起こったのか、と思ったが、思い当たるふしがある! 俺のスキルのせいなのか?!

 イノシシはそのまま突進してくる。ウェッケナーさんを目指して。ウェッケナーさんは弓を放り投げて片手剣を抜いて身構えた。剣を前に差し出し、イノシシの突進を受け止める。右手に握られた刃渡り60センチほどの剣は、根元までイノシシに突き刺さっているように見えるが、血の一滴も出ていない。さっきの矢と同じだ。まるで幻のイノシシが相手であるかのようにすり抜けている。そのくせウェッケナーさんとイノシシはがっしりと組み合って押し合っていて、イノシシが幻なんかじゃないことは明らかだ。イノシシがその巨体でウェッケーナーさんを押し倒した。倒したウェッケナーさんの胸のあたりに顔を押し付けて左右に大きく振っている。牙がウェッケナーさんのチェーンメイルを裂いて、ウェッケーナーさんの血が飛び散った。

 理不尽だ! こっちの攻撃は効果ないのに、あっちの攻撃が当たってるなんて! これが俺のスキル?

 ウェッケナーさんの従者の女の子も、この理不尽さの原因に思い当たったらしい。俺のほうを睨み、叫んだ。

「オリアルトさん! あなた、ここを離れて、あっちへ行って! 早く!」

 そうか、スキル範囲ってやつがあるんだ、多分。どれくらいかわからないけれど。俺は森の外へ向かって、振り返らずに懸命に走った。森の中で立ち止まるつもりはなかった。外まで、森から出るんだ。

 森から出るあたりで、後ろから、例のイノシシの鳴き声がした。苦しんでいるような声だ。そうすると攻撃が当たるようになったんだろうか。森から出る。すぐには止まらず、五十メートルほど離れたところで止まって、森のほうを振り返った。

 しばらくすると、みんなが引き上げてきた。丸太のような木を二本、それぞれの端を男が持ち、反対の端は地面にひこずっていた。その斜めになった二本の木にイノシシの巨体がロープで括られている。即席の運搬具らしい。

 ウェッケナーさんは、応急手当の包帯を巻かれた姿で、従者の女の子の肩を借りて歩いていた。俺の横を通り過ぎるとき、皆の視線が痛かった。俺は一番最後をついて行った。


 教会に戻ると、俺はハウアー司祭長に相談に行った。

 司祭長の私室は質素で飾りっ気のない部屋だ。大きなテーブルをはさんで向かい合わせに座る司祭長は、おでこに手を当て、困った様子だった。

「フレンドリーファイアー・キャンセラーか。そいつはやっかいなスキルだな。しかもどうやら自動発動したようだ」

「自動発動?」

俺はオウム返しに訊いた。

「おまえとおまえの仲間たち、つまり味方が、武器を構えただけで発動した。お前の意思とは関係なくだ。スキルにはある条件で発動するものと、意思に呼応して発動するもの、そして発動しっぱなしのものがある。発動していれば左手の御印が輝く。常に輝いている星はないからお前のスキルはいずれも発動しっぱなしのものではないことになる。味方が攻撃をしようとしたら自動的に発動する。そういうことだろう」

なるほど。たしかに俺は矢が外れることを願ったりしていないから、俺の意思で発動したわけじゃないのだろうから。

「おまえの仲間とは、今回の同行者たちで、その攻撃が味方に当たるのを防ぐスキルということになるが、この味方というのが、おそらく範囲が広い。そこが問題だ。今回、狩りの対象であるイノシシも傷つけない対象だったってことだ。これはたとえば混戦に矢を打ち込んだり範囲魔法を打ち込んだときに、当たるべきでないものに当てないようにするスキルだからだろう。攻撃する側にお前の同行者は含まれているがイノシシは含まれなかった。つまり、攻撃するものがお前の仲間で、神が与えたもうたスキルであるから、その攻撃が命中すべき相手はおそらくイビル属性のモノに限るのだと思われる。イノシシは野生動物で、善でも悪でもない。自分の欲望に従って動く、ニュートラルな存在だ。ニュートラルはイビル属性ではないから、お前とお前の仲間の攻撃対象から外される。ところがイノシシはお前の味方ではないから、おまえのスキルに関係なく人間に攻撃が命中した」

それはつまり、

「つまり、おれが混じっていると、狩りはできないってことですか?」

「狩りだけではない」

司祭長は、そっちのほうが問題だとばかりに顔をしかめてつづけた。

「人もまた、ニュートラルな存在だ。たとえば盗賊でも、戦争相手の兵士でも、神が定めたイビルではない。イビルなのは悪魔か魔物。そして、それに操られるか契約で縛られているごく限られた人間や魔獣だけだ」

「つまり、俺が戦いに参加していたら、相手が野党や敵国の兵士でも、今日のイノシシみたいにこっちの攻撃が当たらず、向こうの攻撃だけ食らうってことなのか?」

 司祭長はおでこの手を下ろし、こっちの目を見て答えた。

「おそらく、そのとおりだ」

 兵士失格じゃないか。

まだまだスキルが続きます。

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