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無題  作者: みゅんた
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宣教師

※フィクションです。

 有限会社 ポピュラーブレイン。

80年代初頭の家庭用ゲーム機『コンピュートファミリー』ブームの波に乗り、

数々のヒットを創出した会社。

代表作は『スーパージャパニーズ』シリーズ。

侍の男の子が日本風の妖怪を相手に戦うアクションゲームだ。

同時期に日本中で話題を席巻した『ドラゴンファンタジー』や

『マリナシスターズ』ほどではないがこの年代のゲーム好きなら

誰もが認識していたタイトルだったと記憶している。

斬新なゲーム内容や流れるようなグラフィック、琴線に触れる音楽。

どれをとっても大会社が作るゲームに引けを取るものではなかった。


 日本が今よりおおらかだった時代、街には1つ2つのゲームを専門に取り扱う店

いわゆるゲームショップがあり、老若男女を問わず(多くは若い男であったが)

ゲームを愛する人間が入り浸っていた。

ゲームの上手な大人は将棋の世界のごとく「名人」と呼ばれ、子供たちから尊敬の眼差しで「いつかなりたいもの」として憧れられていた時代だった。

 インターネットのなかった時代、ゲームショップは一種のコミュニケーションスペースとして機能しており、大人や子供たちが共通の趣味を通じて奇妙な連帯感を感じることができる不思議な場所であったと言えるのではないだろうか。


 さて、前置きが長くなってしまったが

この話は、そのポピュラーブレインに勤務する営業部長の 近藤一雄 が都内某所にあるゲームショップ『ブルドッグ』へ商品の仕入れ交渉を行うところから始まる。



 1987年

3月の初頭とはいえ、もはや冬とは思えない小春日和のある日

ゲームショップ『ブルドッグ』の店頭でダンボールを潰しているエプロン姿の男、おそらく店長だろうか。

近藤はハンカチで汗を拭いながら、この店長らしき男へ熱心に頼み込んでいた。


「そこをなんとかお願いできませんか。何かとお金のかかる時期だとは思いますが。」


「近藤さん、うちだって慈善事業じゃないんだから困りますよ。だいたいあなたの会社はスーパージャパニーズシリーズばかり作っているでしょう。最近は女の子もゲームをする時代なんですよ。もうちょっとかわいいゲームは作れませんか。リサちゃん人形やシルベリアンファミリーが出るような。」


「版権の問題もありますので、すぐにと言うわけにはいきませんが持ち帰って考えてみます。しかし、今作のスージャパはプレイアブルキャラクターの中に女の子もいまして、その…」


「ダメですダメです近藤さん。ちょっと考えてもみてくださいよ。例えば鳥のからあげを食べたくなったとしても、最初に回転寿司屋は思い浮かばないでしょう?

似たようなものですよ。ゲームを遊びたい女の子は最初にスージャパを思い浮かべません。」


「おっしゃるとおりですね…。勉強になります。せめて手にとって遊んでもらえれば印象も変わるのでしょうけれども。」


「うちの試遊台で前作のスージャパを常設していますが、あまり遊ばれているゲームではないですね。お宅の新作を仕入れるのはそういう点からも少し勇気がいるんですよ。こればかりは申し訳ない。私個人としてはスージャパ好きなんですけどね。」


「ありがとうございます。やはり難しいですか…すみません、ではまた連絡をさせてください。」


「ええ。女の子向けのソフトの開発をお願いしますよ。うちのニーズとがっちり合うならいくらでも仕入れさせていただきますから。」



 近藤は会社方面へ向かう駅のホームで、大きくため息をついた。

決して面白くないゲームではないが売れない。

今回の新作は、多くの人に楽しんでもらうために開発部が様々な試行錯誤を重ねて作り上げた珠玉の逸品だ。自分が頑張って売らなければ、彼らの努力を無駄にしてしまう。

会社にしたって存続が危うい。新社屋に引っ越してからというもの、業務効率はよくなったが何かと資金繰りに苦労しているのだ。

 そもそもこの方向性でよかったのだろうか。

いくら売れたからといって同じシリーズを量産するのは経営方針としてどうなのだろうか。いろいろ手広く裾野を広げたほうがいいのではないだろうか。


 考えがまとまらないまま2~3駅電車を乗り継ぐと、言い訳も思い浮かばないまま会社についてしまった。

大理石の7階建て。ゲームを作っている会社としてはそこそこ大きな自社ビルだ。

空の青さをその身に帯びて、堂々とそびえ立っていた。



「おかえり。近藤ちゃんその表情からすると、ダメだったか。」


野太い声が近藤を迎えた。社長の中田だ。


「ああ、うん。申し訳ないね。こんなにいいゲームなのに。俺がもう少し口達者ならなぁ。」


 近藤は鞄から荷解きをしつつ、苦笑いをこぼしながら社長の中田のほうを見た。

中田は笑いもせず、怒りもせず、こちらに何も関心がない様子で黙々と帳簿に目をやっている。


「いや、近藤ちゃんがというよりは、時期が悪かったのかもしれない。

まさかドラゴンファンタジーが発売を前倒しするとはな。」


「その事なんだけどさ、今日営業した先の店長が女の子向けのゲームを作ってくれって。リサちゃん人形とかシル…シルなんだっけ、あの動物の出てくる。」


「女の子?ゲームを遊ぶ大部分は男だ。僕たちは男向けのゲームを作ればいい。」


「まあそうなんだけどさ……。」


こうなると何を言っても聞き入れない。

近藤は中田の説得を諦めてしまった。


 中田はポピュラーブレインを立ち上げた時期からの盟友だ。

社長と営業部長といえど、後々肩書がついただけの話であって

小さな有限会社としてスタートした初期はなんの隔たりもなかった。

中田が企画をして別の社員がゲームを作り、近藤が売る。ずっとこうして会社を回してきた。

いつだって二人で夢を語りあっていた。もっと面白いゲームを作ろう。もっと大きな会社にしよう。

あまり待遇には満足していなかったが、確かに会社は大きくなったし、面白いゲームにも携われた。


 スージャパがそこそこ売れるタイトルになってきてから、中田は柔軟性を欠いてきたように思う。

自分のやり方が正しい。自分が一代でこの会社をここまで大きくしたのだ。

冴えないアパートの2階の一室にあった会社を、大理石7階建てのビルにまで育て上げたのだ。

そういう慢心とも言えようか、スッと腑に落ちない態度がいつしか目立ち始めていた。

けれど少し楽観的かもしれないが、新社屋へ引っ越した慌ただしさや資金繰りの難しさで今までになかったストレスが彼をそうさせているのだろうと近藤は考えていた。いつかこの難局を乗り越えさえすれば、昔の中田に戻るだろうと。


大理石の新社屋は3月の夕陽を受けてきらきらと冷たく輝いていた。

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