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『荒廃したこの世界で貴方と共に』

作者: 不知火氷雨


 荒廃した世界......命の鼓動が感じられない世界でただ一人、動きを止めることのなかった物がいた。

 メイドのような服装で、長い銀髪を後ろに流している切れ長の目をした美女。


「今日も代わり映えしませんね」


 原型すらとどめていない、カフェの椅子に座り、彼女はポツリと呟いた。

何も入っていないカップ片手に紅茶を飲む動作をするだけ。

 そこに意味は無い。強いて言うならこれが彼女の日課とでも言うべきか。

 瓦礫ばかり、殺風景な世界で佇む一人の美女。まるで絵画のように美しく、同時に恐ろしい。

 彼女はこうして何年、何十年とここに居続けている。"終わり"に出会えなかったから、終わるべき時に終われなかった。それはどんなに残酷なことだろうか。

 景色を見ているようで何も映してはいない瞳が心無しかひび割れているように見える。

 彼女は、今日も何も変わらない日々の一つでしかないと思っていた。

 だがそんな矢先、彼女はある反応を拾ってしまう。


「生体反応......?」


 それがなんなのか、錆び付いた彼女の演算機能が状況を計算、明白な結果を指し示した。

 唖然とした様子で呟く。


「まさか......そんな」


 冷静な彼女らしくもなく、狼狽えた様子を見せる。罠ではないか、何かしらの敵勢力がいるのではないか、そう思い、何度も何度も演算を繰り返す、自らのAIが旧文明でも最高レベルのものだと知っていながら彼女は"信じられなかった"。

 

「とにかく、確認しに向かわなくては......!」


 そう、思い立ったが否や、目視には厳しい速度で移動を開始する彼女。人外らしさを思う存分発揮している。

 自らの探知に引っかかった微弱な生体反応を元に瓦礫の中を飛び交い、走り抜ける。


「見つけた......」


 そうして走ること数分、彼女は瓦礫の中に蹲る一人の少女を見つける。

 どうやら、意識はないようだが......。


「どうしましょうか......」


 彼女自身ここに来るまでに必死でその後どうするか何も考えていなかった。

 ひとまず、寝かせられる場所まで移動しなければならないだろう。

 そう思って少女を抱き上げる。


「ん......」

「!」


 その瞬間、少女が身動ぎして吐息を漏らす。抱き上げていた為、どうしようもなく、メイド服の彼女はおろおろと慌てるだけ。

 そうこうしている間に、少女がうっすらと目を開ける。


「......目が覚めましたか」

「......んぅ、お姉さんだぁれ?」

「私ですか、私はアハト、アハト・アイベハルトプッヘ。ドイツ語で『8番目の無垢なる人形』という意味です」

「人形......なの?」

「ええ、私は機械人形(オートマタ)。造られた存在ですので」


 彼女は旧文明にて造られた高性能AIを搭載した戦闘用機械人形、コード《Walküre》と呼ばれる存在だった。

 兵器と恐れられ、人々からは遠ざけられていた。なまじ感情を持っていたから彼らがなぜ遠ざけるのかも理解してしまっていた。

 でも、そんななかでも......。

 記憶(データ)の中に存在する淡い思い出を思い出すが直ぐに首を振ってかき消す。


「......私のことは良いのです。存在理由(レゾンデートル)も持たない、必要ともされない存在ですから。貴方は何なのです?」


 存在理由(レゾンデートル)......フランス語の哲学用語でしたね、なんでここでその言葉が出てきたのでしょうか。


────ねぇ、この本の存在理由(レゾンデートル)って何かしら?


 ......あぁ、あの子のことを思い出したから、ですね。あの頃は本当によかった。


「私? 私は......何?」

「......分からないのですか?」

「うん、何も。思い出せないの」


 困った。

 これでは何も分からないではないか。とりあえず、寝床には連れていくべきだろうか?

 悶々と考え込むアハトを余所に少女はまた言葉を紡ぐ。


「でも、一つだけ分かることがある......」

「なんですか?」

「理由なんて求めちゃ......駄目。そこにあるだけでそれはもう価値があるの」

「!」


────理由なんていらないわ! 貴方が貴方であるだけで価値があるのよ!


 少女が発した言葉は、アハトを一気に過去へと押し戻すように、甘い罠のようにアハトのことを痺れさせた。


「な、なんで......」

「......?」

「なんで貴方があの子(・・・)と同じことを言うのですか!」


 コテリと首を傾げる少女と昔、ずっと接してきた大事だった女の子の姿が重なる。

 容姿も声も仕草も話し方も、何もかも違うのにアハトには重なって見える。


「ん......泣いてるの?」

「泣いていません! 私には泣く機能など備わって......」

「......でも、お姉さんの此処が泣いてるよ?」


 そう言って少女が指さしたのはアハトの胸だ。

 少女の疑問すら持たない様子に、思わず言葉に詰まってしまう。


「お姉さんのここが、『痛いよ、苦しいよ』って言ってるの。大丈夫?」

「な、何を言って......私は自動人形(オートマタ)で......え?」


 ぎゅっと。

 言い募るアハトの頭をを少女が抱きしめる。これには彼女も面食らったようだ。


「よしよし、泣いてもいいんだよ、思う存分泣くの」

「な、なんなのですか、貴方は!」

「わからない。でも、今は私の傍にいさせてあげる」


――――仕方ないわね。あ、あたしの傍に居させてあげる!


「っ! また......貴方なんて」


――――何よ、笑えるんじゃない! そうしてたほうがいいわよ!


「あ、貴方なんて......」


――――ねぇ、アハト、私どうしたらいいのかな?


「う......うわぁぁぁぁっ! なんで、なんでですか!」

「よしよし......」


 ダムが決壊したように叫び始めるアハト。

 少女はそんな彼女を優しく抱き留め、慰める。

 そんなアハトの脳裏には大事な大事な思い出がフラッシュバックし始めていた。


 ◇


 私はただの兵器。そう思って感情も何もかも捨て、姉妹たちと共に敵国の兵士を殺す日々を送っていた。

 そして、長い年月の末、私たちは戦争に勝利した。

 代償は姉妹たち全員の破壊と存在理由を失った人形と化すことだった。

 私ももう必要なくなり、壊され、廃棄だけだと思っていたし、それが当たり前だと思っていた。

 

「彼女は私が預かりましょう」

「博士、危険です!」

「大丈夫ですよ、彼女も意思持たぬ存在ではありません」

「いえ、しかし......」

「しつこいですよ。では、"アハト"行きましょうか」


 その予想がひっくり返されたのは、彼──博士と呼ばれる私たちの創造主が私を連れて帰ると宣言したからだった。

 もちろん周囲の人間は彼の安全を考え、反対したが彼はそんなことも気にしなかった。

 そうして連れられ、到着した屋敷には小さな娘が待っていた。彼女の名はメル。赤毛の活発な少女だった。


「お父様! お帰りなさいませ!」

「ああ、ただいま。今日はある"人"を連れてきたよ」

「人?」

「お初にお目にかかります、アハト・アイベハルトプッヘと申します。どうか、アハトとお呼びください」

「アハト? 変な名前ね! いいわ、仲良くしましょ!」


 こうして私は、思いつきで行動する彼女に連れまわされ、いろんなとこへと行った。

 最初は何だこの子はと思わなかったわけでもない、正直うんざりもしていた。

 でも、気が付けば彼女は私の大事な存在となっていた。彼女との日常に安らぎすら感じていた。

 そんなある日、それは起こった。


「きゃぁぁっ!」

「メルっ!?」

「お嬢様っ!」


 彼女が誘拐されたのだ。丁度、私が博士に調整を受けていた時のことだった。

 この事件自体は私がすぐに犯人を発見し、事なきを得たのだが問題はそこではない。

 その犯人は戦争の生き残り、つまり私の被害者だったのだ。

 許されていなかったのだとおもった、苦しくて息が出来なくなった。


「私は存在していてもいいのでしょうか......」


 思いつめ、どうしようもなくなってメルの、彼女のもとでポツリと呟いた。


 バチィッ!


「え......?」


 そして返って来たのは、頬への平手打ちだった。

 

「理由なんていらないわ! 貴方が貴方であるだけで価値があるのよ! だからそんなこと言わないで頂戴......」


 彼女は泣いていた。

 小さく可愛い顔を涙で濡らし、歪めていた。

 ああ、私はこんな子を悲しませたのか、何よりも大事な少女を悲しませてしまったのだ。

 顔を上げ、目元を赤く腫らした彼女を見上げる。


「お嬢様......私は居てもいいのですか?」

「......仕方ないわね。あ、あたしの傍に居させてあげる!」


 少しの沈黙の後、明後日の方向を向いて傍にいてもいいと言ってくれた。その耳は赤く染まっていた。

 やはり私は......幸せ者だ。


「......よろしくお願いいたします、メルお嬢様」


 ◇


 場面は変わり、アハトは少女の胸から離れ、立ち上がる。


「ん、落ち着いた?」

「ええ、はい。ありがとうございます」


 脳裏には先ほどの言葉が浮かび上がる。

 "今は私の傍にいさせてあげる"

 遠い昔の彼女とは全然違う彼女の発した同じ言葉。

 アハトはスカートの裾を持ち、深く礼をする。


「よろしくお願いします、"お嬢様"」


 この少女をあの時のように守っていこうと錆びた機械人形は誓うのだった。


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