~Knight is faithful dog 3~
「うぉおお!」
ヴェルハの戦いは長引いていた。蝙蝠族の戦士達の数が減らない。鎧を着ていても鉤爪は、装甲の薄い関節部分を貫きヴェルハを傷付ける。
「ぐっ...」
「今だ!たたみかけろぉ!」
「この...離れろ!」
ヴェルハを殺す為に集まってきた戦士達を、次々と斬り裂いてゆく。だが、ヴェルハも疲れが見えてきていた。
「はぁ...はぁ...」
「休ませるな!」
戦士達は波状攻撃を仕掛けた。必死に大剣を振り続けるが、剣の振りは遅くなり、回避できていた攻撃は少しずつ掠り始めていた。
「っ!?」
とうとうヴェルハの左腕の装甲を貫き、鉤爪が上腕を貫いた。
「ギャハ!捕まえたぞ!」
「捕まえた?捕まえられたの間違いだろう?」
戦士が鉤爪を抜こうとしたが、ビクともしなかった。
「先に地獄で待っていろ。」
ヴェルハの大剣の切っ先が、ゆっくりと額に沈みこんでいった。鉤爪を抜くと、鎧の隙間から血が滴るが、ヴェルハは痛みを気にすることなく、次から次へと襲い来る戦士達を相手にした。
「しぶとい犬め...」
「しぶとさが取り柄でな...」
「チッ...お前ら!この犬は無視して行け!」
1人の戦士の掛け声により、ヴェルハを無視して大陸へ向けて飛んでく。上空を飛ばれてしまっては、ヴェルハにはどうすることも出来なかった。
「待て!行かせるものか!」
「お前はここで死ぬ。それまでこの大陸に我ら蝙蝠族が侵攻していく様を眺めていろ。」
戦士達がヴェルハを止めようと、襲いかかったが、先程までの疲れなど無かったような動きで戦士達を斬った。
「退け!」
「させるかよ!」
戦士の1人がヴェルハを羽交い締めにすると、他の戦士達が一斉に鉤爪を構えた。
「残念だったな!お前は俺と死ぬんだ...ヒャハハ!」
「ふざけるな!」
戦士の首を掴むと、前方に転がりながら戦士を地面に投げつけた。
「ぎゃっ!?」
「苦しませるつもりはない。安らかに眠れ。」
剣で戦士の首を一振りで断ち切った。
「逃がしてしまった者達が気になるが...こちらも放ってはおけないな...」
「よそ見してんじゃねーぞ!」
城の方を見ていたヴェルハの背後から、戦士が襲いかかる。鉤爪を背中に突き立てようとしたが、振り返ったヴェルハの拳が鉤爪とぶつかり合った。
「余所見したことは謝ろう。だが、お前だけに構ってる暇はない!」
鉤爪にヒビが入る。音を立てて砕けると、ヴェルハの拳が蝙蝠族の顎を捉えた。
「私は...死ぬまで戦うつもりだ!貴様らも覚悟を持ってから私の前に立て!」
ヴェルハが吼えると、蝙蝠族達が怯んだ。その隙に距離を詰めて斬り倒していった。ヴェルハを無視して、上空を飛ぶ蝙蝠族の戦士達は、目の前を飛ぶ仲間が突然撃ち落とされる光景に、進む事が出来なくなっていた。
「ど、どこからだ!?」
「分からねぇ!早く逃げないと殺されるぞ!」
そんな事を言っている間にも周りの戦士達が殺されていく。そんな時、一人の戦士が気が付いた。
「向こうの砂浜に何かいやがる!」
戦士達の目線の先にはリザリオが椅子に座っていた。そして、リザリオの姿に気を取られていると、地面から来ている恐怖に気がつけなかった。
「ロン、暴れなさい。」
「グルァァア!」
地面からかなり離れた上空を飛んでいる蝙蝠族の戦士達に、突然現れた影の人狼が襲いかかる。
「なっ...ギャぁあ!?」
戦士達を足場に使い、次々と爪で切り裂いていく。その様子を見て、ロンに任せられると判断したリザリオは、沖に浮かぶ船に目を向けた。
「さて、偶には魔女らしく、皆の手助けをしないといけないわね。」
足元の影を踏みつけると、影の中から1本の影で造られた槍が現れた。
「此は影より造られし魔槍。影よ、絶望を纏え。槍よ、万物に死をもたらせ。名も無き魔槍よ、幾千の哀しみをその身に宿して放たれよ。我が手を離れる時、其方に真の名を与えよう。」
リザリオが詠唱をすると、船とリザリオの間に4つの魔法陣が展開された。そして、詠唱を終えたリザリオは、魔槍を手に取った。
「さぁ、行きなさい。『絶望纏う影の槍』」
リザリオによって投げられた槍は、魔法陣を突き破る事に速度が増していく。1つ、また1つと速度を上げていく。最後の魔法陣を突き破ると、魔槍は千の雨となり、船に向かった。
「何かを狙う時、自分も何かに狙われていると言う事を忘れてはいけないわ。」
千の魔槍は一斉に船を貫いた。一瞬のうちに船は蜂の巣となった。
「ふふ...これでもう援軍は来ない。そして、誰も逃げることは出来ない。後は狼に食われるか、犬に噛み殺されるか。どちらかしらね?」
リザリオは、船が沈む様子を眺めると、ロンの所へ向かった。
船が沈むと、蝙蝠族の戦士達がざわついていた。
「何が起こった!確認しろ!」
船の確認に行こうと翼を広げると、翼に激痛が走った。
「うぐぁ!?」
「どこへ行く気だ?」
ヴェルハの剣が戦士の翼を切り落としていた。戦士が呆気に取られていると、次は首を剣が断ち切った。
「天の助けか知らない。だが、貴様らはもう終わりだ。降伏しろ。」
「...分かった...降伏する。」
戦士の1人がヴェルハの前に跪いた。ヴェルハは剣を下げて、戦士に手を差し出した。
「頭を上げてくれ。降伏してくれた事に感謝...」
「する訳ねぇだろぉが!」
戦士の鉤爪がヴェルハの兜に突き刺さる。戦士が勝ち誇った顔をしていると、ヴェルハの腕が動いた。
「...もはや懺悔もさせる時間も要らないようだな。」
戦士の顔を掴んだヴェルハの手に力が込められる。
「がっ...やべっ...ぐげっ!」
戦士の顔が果物の様に握りつぶされた。ヴェルハの兜から鉤爪が抜けると、大きなヒビが入り、兜が砕けた。茶色の髪が血に汚れ、赤い瞳は怒りによって爛々と、赤く紅く輝いていた。
「この国に足を踏み入れたことを後悔するがいい!」
ヴェルハは戦い続けた。だが、突如として体に異変が起こった。
「なっ...」
体が震え、目から血が流れる。咳をすれば吐血して、優れた視力を持つ眼は、一切の美しい風景を写すことはなくなった。
「なんだ...私の体に...何が...?」
「...と、とにかく今だ!殺れ!」
蝙蝠族の戦士達は、ここぞとばかりにヴェルハを鉤爪で串刺しにした。
「ぐぁ!くそっ...!」
気が狂ったように、剣を振り回した。当たればいいと思っていたヴェルハも、誰1人として剣に当たらない事に驚きを隠せなかった。
「ギャハハ!残念だったな!天は俺ら蝙蝠族に味方をしたんだよ!」
ヴェルハは蹴り倒されると、鎧を引き剥がされた。布1枚となったヴェルハの体に、鉤爪が突き刺さる。
「ぐぁぁあ!」
ヴェルハの叫び声が響くが、蝙蝠族は笑いながらヴェルハを傷付け続けた。
「苦しみながら死ねやぁ!」
鉤爪でヴェルハの腹部を一文字に切り裂くと、ヴェルハの内臓が傷口から溢れ出した。
「無様だな!この糞犬が!」
ヴェルハの露となった内臓を踏みつける。ヴェルハは声にならない叫び声を上げ続けていた。
「はぁ...はぁ...トドメだ。」
戦士はヴェルハの剣を拾い上げると、ヴェルハの腹部に突き刺した。内臓を貫き、背骨を砕いて、ヴェルハを地面に縫い付けた。
「ギャハハハハ!早く死ねるといいな!」
戦士達は笑いながら先に行った者達と合流しようしたが、振り返った瞬間に大きな物にぶつかった。
「なんだ?こんな所に壁...な、んて...」
戦士が見上げると、真っ黒な人狼が大きな口を開けていた。気づいた時にはもう遅く、戦士は頭に噛み付かれた。
「食べるとお腹を壊すわよ?」
戦士達は背後から聞こえた声に、驚いていた。そこには死に損ないの犬しか残っていないと思ったからだ。
「ロン。貴方の剣は、貴方の手で回収しなさい。」
ロンは少し面倒くさがっている雰囲気を出しながらも、剣の刺さったヴェルハに近づいた。そして、腹部に刺さるその剣を引き抜いた。抜いた直後に影が剣を覆い、すぐに影は消え去った。影の消えた剣は、ロンの体に合った大きさになり、紅い紋章が刻まれていた。
「ーーーーーッ!」
ロンは、まるで地響きの様な咆哮をすると、その剣で戦士達に斬りかかった。その姿は騎士でも戦士でもなく、ただ本能のままに剣を振り回す獣だった。
「全く...もう少し美しく戦えないのかしら?」
「...ァ」
リザリオの足元で、ヴェルハが何かを言っている。ヴェルハに耳を向けると、その言葉が聞き取れた。
「リーファ...すまない...」
ヴェルハは側に立つリザリオの事を、死の淵でリーファと勘違いしていた。
「貴方は良く頑張ったわ。本来であれば、何年も前にこうなっていた筈よ。魔女の呪い。あれは魔女しか出来ないものなのよ。貴方の呪いには王族の印しかなかった。それだけで呪いの効果はほぼ無くなるはずだけど...これもお祖母様の持つ才能のおかげね。」
「リーファ...」
「もう...戦わなくていいわ。体の限界を超えてまで戦ったから、もうボロボロじゃない。体は治してあげるから、残りの時間をゆっくり休みなさい。」
リザリオは回復魔法をヴェルハにかけた。傷は治ったものの、視力や聴力は少ししか戻らなかった。うっすらと見える視界の中、ヴェルハはおぼつかない足で城へ向かった。
「私達も終わりにしましょう。走れ、狼。吼えろ、影に向けて。集え、我が同胞達よ。喰らい尽くせ、何もかも。『喰らえ、銀狼の群よ』」
リザリオの影から無数の狼達の影が、地面の中を走っていった。向かったのは、戦士達の体ではなく、影だった。狼が影の首に噛み付くと、戦士の首の骨が砕けた。肉を喰らえば、肉は虚空へと消える。
「足りないかしら?まだまだ出せるわよ?」
「やめでぐれぇ!」
四肢を食われ、腸を引きずり出され、体は徐々になくなっていく。だが、狼達はすぐに殺さなかった。じわじわと痛ぶる気だった。戦士達がヴェルハにしたように。
「慈悲を与えよう。」
戦士の目には一瞬天使が映った。だが、それは幻に過ぎなかった。それは、人狼の姿をした悪魔。禍々しい剣は、命を刈り取る鎌。そんな恐怖からか、戦士は大声で命乞いをし始めたが、悪魔はそれを許さなかった。
「黙れ」
悪魔の振り抜いた剣は、戦士をただの肉塊へと変えた。
「ロン、影を食べていいわよ。多くて悪い事は無いわ。」
リザリオがロンに指示をすると、死体から影を抜き取り、丸呑みにした。
「そう、それでいいわ。消費した分の影は私の狼達が回収したけど、余剰分を回収しておいて。私はヴェルハを追うわ。」
「...分かった。」
ロンはまだ生き残っている戦士達の方に向かった。リザリオはロンを見送ると、ヴェルハの後を追った。
「ヴェルハ〜?」
リザリオは城の方まで来たが、ヴェルハの姿は見えなかった。
「全く...この私に探させるなんて...」
ヴェルハを探しているが、何処にも居ない。城を歩き回ってもそれらしき人影も見えなかった。
「本当に何処にいるのかしら?」
中庭まで来ると、ようやくヴェルハとリーファの約束の場所へと繋がる階段を見つけた。
「...あそこかしら?」
リザリオは階段をゆっくりと降りていく。階段を降りると、そこには美しい花畑が広がっていた。
「綺麗ね。」
花畑を見ていると、ヴェルハが倒れていた。
「時間切れ...かしら。」
ヴェルハに近寄ると、どこか懐かしい匂いがリザリオの頬を撫でた。
「お、お祖母様?」
リザリオは辺りをキョロキョロと見渡したが、どこにも居なかった。
「お祖母様...」
肩を落として落ち込んでいると、ヴェルハが起き上がった。
「...リーファか?」
「リザリオよ。何度も間違えると、額に銃弾を撃ち込むわよ。」
謝りながら立ち上がったヴェルハは、先程までの様子が嘘のように、真っ直ぐに立っていた。
「...もしかして...」
リザリオはヴェルハの魔女の呪いを見ると、新しく書き換えられていた。
「ねぇ、もしかしてだけど、お祖母様がここに来たかしら?」
「いや、私も気が付いたらここにいて、リザリオがそこに居た、という訳だ。」
「どうして会いに来てくれないのかしら...」
ため息をついているリザリオを、ヴェルハは優しく慰めた。
「何か事情があるのだろう。我慢してれば会えるさ。」
「そうね...そうよね。」
リザリオは自分を納得させると、 いつもの様な笑顔を浮かべた。
「いい笑顔だ。私が保証しよう。」
「保証されなくても分かっているけれど?それとも普段の私の笑顔は良くないとでも?」
「いや、そういうわけじゃないが、笑顔を見せる割には笑っているように見えなくてな。」
「別にいいじゃない。」
リザリオは少し不機嫌になり、影の中から傘を取り出すと、顔を隠すように傘をさした。
「すまなかった。気分を害したなら謝る。」
「別にいいのよ。どうせお祖母様には会えないし、もう行くわ。」
「もう行くのか?」
「行くに決まっているわ。ロンも影の中に戻ったようだし...ここに長居する意味が無いもの。」
「そうか...」
「そう言えば、貴方の魔女の呪いは前よりも強いものになってるから、次に死ねるのは何年先になるか分からないわよ?」
「...そうか。私はここでリーファを待つ。何年経とうとも待ち続けよう。」
「分かったわ。なら、これは貴方に返すわ。」
リザリオが影の中から引きずり出したのは、ヴェルハの使っていた大剣だった。大剣は元の姿に戻っており、ヴェルハはそれを受け取った。
「私の剣か。リーファから預けられた物だ。失くしてなくて良かった。ありがとう。」
「礼は要らないわ。その代わり、お祖母様が来たら伝えてくれるからしら?私は元気よって。」
「分かった。必ず伝えよう。」
リザリオは傘の隙間から、無邪気な笑顔を見せると、影の中に消えていった。
「...まるで台風の様な子だったな。リーファに似たのかもしれないな。」
ヴェルハは部屋を出ようとすると、服の中に違和感を感じた。
「なんだ...紙?」
それはリーファからヴェルハに向けられた手紙だった。ヴェルハはすぐに目を通すと、呆れてため息をついていた。しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。
「...はぁ。掃除...しておくか。」
ヴェルハは静かになった家への帰路についた。
「はぁ...」
1人エルドーナを離れたリザリオは、ため息をついていた。
「お祖母様はヴェルハの相手しかしなかったのね...船にも何も無かったし...今回は戦い損ね。でもまぁ、ヴェルハを助けたことは、お祖母様の為にもなるし、良かったと思うとしましょう。ええ、思いましょう。」
リザリオはまだ気にしているのか、独り言を言いながら歩いていた。
「...まぁ、気にする程でもないわね。次はどこの国に行こうかしら?ヒューマノイドの所に行ってもいいわね。どんな出会いがあるのか楽しみね。」
リザリオはもう次の国のことを考えていた。あてのない旅に予定は意味の無いことを知りながら。