~Knight is faithful dog 1~
リザリオが傘をさしながら夜道を歩いていると、荒廃した国が見えてきた。
「あの国は...」
リザリオは草原に腰を下ろすと、足元にある影の中に手を入れた。少しの間探していると、何かを掴み影の中から紙を取り出して広げた。その紙は地図だった。
「この前のキュロスタがここだから...太陽があそこ...西に歩いてきてたのね。なら、この国しかないわね。エルドーナ、海に面してるけど...船がある訳じゃないし、大分廃れているわ。でも、宿もないから行ってみようかしら。」
リザリオは立ち上がると、エルドーナへ向かった。国には簡単に入れる様な造りになっており、堀も壁も無かった。
「外敵を受け入れ過ぎたのかしら?ビースト対策もして無いのね。こじゃあ中は...」
リザリオの予想は的中していた。ビーストが国中を歩き回っていた。だが、ビスティアを敵視しない、何の害もない種類のビーストしか居なかった。
「...変ね。無害なビーストばかりなんて...土地の影響かしら?」
建物の中を、一軒一軒覗きながら探索していると、道の先から血の臭いが漂い始めた。リザリオが気にせず歩いていると、一匹の大きなビーストが血を流して事切れていた。
「剣で斬られた傷のようだけど...傷口が大きいわね。」
リザリオはビーストに近付いて、観察をしていた。すると、リザリオは血が固まっておらず、まだ体温が温かいことに気が付く。
「まだ近くに...」
「そこの者。動くな。」
リザリオの背後から男の声が聞こえた。命令通り動かずに立っていると、1歩、1歩と鎧の鉄がなる音が聞こえる。しかし、突然足音が聞こえなくなった。
「...その傘...まさか...リーファなのか?」
リーファ、その名をリザリオはよく知っていた。
「リーファはお祖母様の名前よ。知ってるの?」
リザリオが振り向くと、大きな剣を持った騎士は兜の下で驚いた表情をしていた。見えてはいないが、リザリオはすぐに察して笑顔を見せた。
「お祖母様...?お前は本当に孫か?」
「当たり前じゃない。普通に考えたらそうでしょう?」
「あ、あぁ...そうだな。」
「でも、どうして私のお祖母様の名前を知っているの?今でも旅をしているけれど、ここに来たことがあるの?」
じりじりと詰め寄りながら問い詰めるリザリオに、男は戸惑っていた。
「ま、待て、それよりもお前は誰だ。」
「そうね。名乗るのか遅れたわ。私はリザリオ・ラル・スィルカ。リーファ・ラル・スィルカの孫娘よ。」
「私はヴェルハ・ドルトムータ。リーファの孫ならお前も魔女なのか...」
「あら、魔女ってことも知ってるのね。詳しく教えて貰ってもいいかしら?」
「いいだろう。私が拠点にしている建物がある。そこなら魔獣...ビーストの目も届かない筈だ。着いてきてくれ。」
ヴェルハはリザリオに背を向けて歩き出した。歩く男の背を見ていると、その鎧は傷だらけで、所々破損していた。
「へぇ...仕える人も居ないのに守り続けているようね。」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ。何も言っていないわ。」
リザリオは笑顔のまま答えた。だが、普段とは違い、早足でヴェルハの後を追いかけていた。ヴェルハが案内したのは壊れた建物の中でも、屋根と壁が付いているまともな建物だった。
「少し汚れているが座れる場所と寝れる場所はある。自由に使ってくれ。」
ランタンをつけながら言われたものの、建物の中は埃だらけのベッド、血を掃除していないのか赤く染まった椅子、ビーストを調理した後を片付けていない台所、かなり汚れていた。
「汚いわね。まずは掃除からかしら。」
「そうか?生活できればそれでいいが。」
「普通に生活できればいいわ。でも、汚いと気分も心も汚れてしまうわよ?」
「そうなのか。ならば掃除しよう。」
「貴方はしなくていいわ。貴方にはやる事がある。」
「何だ?言ってくれればやろう。」
「お風呂に入ってきて。水浴びでもいいわ。その体臭...かなり臭いのよ。」
「なっ...そ、そうか...そうだったのか。」
ヴェルハは少しショックを受け、溜め息をつきながら建物を出ていった。ヴェルハを横目にリザリオは影の中に手を入れると、白い三角巾とエプロンを取り出した。頭に三角巾を巻き、ドレスの上にエプロンを着ると、箒やはたきを取り出した。
「さてと...たまには自分で掃除もやっておかないとお姉様に馬鹿にされてしまうわね。」
先ずはベッドからと意気込んでマットを叩いてみると、埃が一気に立ち込めた。リザリオはため息をつくと、指を鳴らして影の中から人狼を呼んだ。
「あれ、外ではたいてきてくれるかしら?」
リザリオがマットを指差しながら笑顔でお願いすると、人狼は渋々マットを持って外に出ていった。
「マットはいいとして埃ね。風の魔法で集められそうね。風の基礎魔法を使うには魔法陣が必要だけれど...」
リザリオはしゃがみ込むと、床を指でなぞった。なぞった場所に影が集まり、ゆっくりと魔法陣になっていく。
「魔法陣はこれでいいとして...あとは詠唱ね。すぅ...風よ声を聞け。風よ舞え。我が求めるのは其方の力なり。いざ踊れ。ガルフ!」
詠唱を終えると、魔法陣に向かって風が吹いた。風の力によって魔法陣の中心に埃が溜まっていく。その間にもリザリオは部屋中をはたきでぱたぱたと埃を落として掃除し続けた。部屋の埃が集まり、かなりの量になった所で風がやんだ。
「埃はこれくらいでいいわね。あとは台所と椅子...椅子は拭けばいいわね。」
埃を箒と塵取りで集め、部屋の端に置いた。次に雑巾を取り出してささっと椅子を拭き終えると、台所に向かった。
「汚いわね。骨だけならまだしも肉片も残ってるじゃない。」
影の中から箱を取り出すと、中に集めた骨や肉片を入れていった。
「あとは汚れだけね。これも雑巾で拭けば大丈夫そうね。」
小さな体で高い所まで飛び散った血を一生懸命拭いていると、マットをはたき終えた人狼が戻ってきた。
「あら、いい所に戻ってきたわね。次はその箱の中身を砕いて捨てておいてくれる?」
人狼は箱を荒々しく持ち上げると、外に出て行った。外からどこかの建物が破壊されている音が聞こえるが、リザリオは気にもせず掃除を続けた。掃除が終わる頃になると、鎧を脱いで質素な布の服を着たヴェルハが戻ってきた。
「やっと戻ってきたわね。ほとんど掃除は終わったわ。」
「すまない。客人に掃除を任せてしまったか。それと...あれは大丈夫なのか?」
ヴェルハが外を指さしていた。リザリオが玄関から外を覗きこむと、人狼が骨を建物に投げつけたり、踏みつけていたりと、暴れていた。
「魔法の一部だろう?大丈夫なら放っておくが...」
「えぇ、大丈夫よ。気にしないでいいわ。あの子にも気晴らししたい時期はあるのよ。」
ヴェルハを家の中に入れて扉を閉めると、リザリオはヴェルハの体の匂いを嗅ぎ始めた。
「...まぁまぁね。石鹸を渡せばよかったけれど、過ぎたことは仕方ないわ。椅子、綺麗にしたから座っていてちょうだい。」
「あ、あぁ...」
ヴェルハは戸惑いながらも鎧を端に置いてから椅子に座った。三角巾とエプロンを外したリザリオは、ベッドに座った。
「さてと、ヴェルハ。貴方はお祖母様をどこで知ったの?」
「このエルドーナだ。私が10の時だった。」
「でも長くは居なかったのでしょう?」
「いや、それから15年間ここに居た。この近くの海に用があったと言っていたが...」
「海?遺跡かしら...まぁいいわ。15年は流石に長いわね。貴方が10の時と言うと何年前の事かしら?」
「80年ほど前だ。」
「...確認をとるけど、貴方は犬族よね?犬族の寿命は長くて60だと思っていたけれど。」
「合っている。だが、私は魔女の呪いを受けた。リーファからだ。長命となった私はリーファを待ち続けることが出来ている。」
リザリオはヴェルハが嘘を言っているようにも思えなかった。ヴェルハの言っている魔女の呪いは魔力を持つ者にしか見えない物であり、その呪いはリザリオの目に写っていた。だが、その魔女の呪いは影の魔女を示すものではなく、狼族の王族に伝わる紋章が刻まれていた。
「確かに...私が20歳になる頃にお祖母様が旅に出たから...そうね、貴方の言うことに間違いは無さそうね。」
「信じてくれてありがとう。リザリオは何故この国に来たんだ?」
「そうね...歩いていたら、たまたまこの国があったのよ。」
「...ハッハッハ!」
ヴェルハはリザリオの言葉を聞いて目を丸くして驚くと、突然笑い始めた。
「面白い事を言ったつもりは無いのだけれど?」
「ハハ...いや、すまない...リーファも同じような事を言っていたから、少し思い出してしまってな...」
「そう...お祖母様はどんな事をしていったの?」
「いや...分からないな。薬師の様な真似事もしていた様な...だが、魔法も使っていたからな...」
「薬師?それなら魔法使いになっているのね。知っているでしょ?」
「いや...私はそこまで知識がある方では無いからな。」
「はぁ...この際に覚えておきなさい。魔法使いは初歩的な魔法を使って、薬師がやる様な面倒臭い手順を飛ばして薬を作ったり出来るのよ。私達魔女は受け継ぐ物。使えるのは世界で1人しかいないものなのよ。だから、お祖母様は影の魔法は使えなかったんじゃないかしら?」
「確かに...あの人狼みたいな魔法は使っていなかったな...毎回傘でビーストを撃退していたのには驚いたが...」
「あとはお祖母様がここで何をしていたか知りたいわね。海に案内してもらってもいいかしら?」
「まだ夜だ。1度眠ってから海に行くとしよう。」
「...そうね。私はここで寝させてもらうわ。」
リザリオは今すぐにお祖母様の痕跡が追えないことに拗ねたのか、ブーツを脱ぐと、ベッドに寝転んだ。
「全く...いつも通り椅子でいいか。」
ヴェルハはランタンの火を吹き消すと、椅子に座り直して腕を組み、瞼を閉じて浅い眠りについた。
朝になると、ヴェルハは目を覚ました。ベッドに目を向けるとリザリオが寝息を立てて眠っていたが、起こさずに剣と荷物入れだけを持って家を出た。
「孫娘か...話には聞いていたが...」
ヴェルハは朝日を浴びながら体を伸ばした。
「さて、少し見回りにでも行くとするか。」
ヴェルハが凶暴なビーストが居ないか探していると、城の方で奇妙な物を見つけた。それは、城の一番上に立ち、風を浴びていた。
「まさか...そんな...」
リザリオはまだ家に居たはずだった。だが、その者は傘をさしていた。リザリオと良く似た傘をさしていた。
「リーファ!」
大声で叫ぶが、リーファらしき者は動きさえしなかった。
「リーファ!俺だ!ヴェルハだ!」
それでもリーファは動かない。いてもたっても居られなくなったヴェルハは、城に向かって走り出した。城にたどり着くも、リーファはどこにもいなかった。
「どこに...約束の場所か...?」
ヴェルハは再び走り出した。城の中に入っていくと、中庭に着いた。中庭には未だ水が溢れる噴水が、時が進むのを忘れたように佇んでいた。
「...これだ。」
ヴェルハは水の中に手を入れると、取っ手を見つけて一気に引いた。すると、中庭の一角にある地面が隠し扉になっていて、地下に行く階段が現れた。
「リーファが国王に無理を言って作らせた地下室...この国が崩壊してから初めて入るな...」
ゆっくりと階段を降りていく。この空間だけ時間が進まない。時の止まった部屋。永遠に続く約束の部屋。
「綺麗だな...」
そこは花畑の中に椅子が1つ、その上には一冊の本。ただそれだけだった。
「居ない...か...それもそうだ...」
ヴェルハは本を手に取ると、そっとページを捲った。
「ははっ...何が書いてるか分からないな...」
パラパラと捲っていると、最後のページに紙が挟まっていた。
「前に読んだ時はこんな紙なかった筈だが...」
紙を取ると、そこにはヴェルハでも読めるものが書いてあった。
「リザリオが来たらよろしくだと?いつ書かれたものだ...」
紙を読むと、突然背後に何かが落ちた音がした。
「ふわぁぁ...」
リザリオは誰もいない部屋で目を覚ました。
「ん...」
立ち上がったリザリオはまだ寝ぼけ眼でいた。ふらふらと歩くリザリオは、自らの影から伸びる腕に支えられて歩いていた。
「ロン...ロン〜...?」
リザリオが名を呼ぶと影の中から腕をかき分けて人狼が現れた。
「リザ...寝起きは弱いだろ?大人しくしていろ。」
人狼はリザリオを優しく抱き上げると、椅子に座らせた。
「うん...」
「これを食え。」
人狼が影の中に手を入れると、果物を取り出した。
「固い...」
「食え。お前の牙なら容易に砕けるだろ?」
リザリオは少しむっとした表情をしながらも、果物を食べた。
「ご馳走様...」
「もう大丈夫なようだな。」
人狼が頭を撫でていると、扉がゆっくりと開かれた。ロンはすぐにリザリオの影の中へと戻った。
「今なにか...いや、気のせいか。」
「...どこに行っていたのかしら?」
リザリオは普段の様子に戻り、ヴェルハを迎えた。
「日課の見回りだ。」
「ご苦労様...ふぁ...」
「眠いならまだ寝ているといい。海はどこにも逃げないからな。」
「大丈夫よ...さて、用意して行きましょう。」
「あぁ、待ってくれ...これを見回りの途中で拾ったんだ。何か知らないか?」
ヴェルハは背負っていた荷物入れから、古めかしい回転式拳銃を取り出して見せた。リザリオがじっと銃を見つめてから、ヴェルハに問いかけた。
「...ヴェルハはこれが何かわかる?」
「いや、私には何なのか分からない。どうやって使うのかも想像がつかないな...」
「銃を見たこと事がないの?」
ヴェルハの返答にリザリオは驚いていた。この時代に銃を見たことが者がいるとは思っていなかったからだ。
「銃...あぁ、話には聞いたことがある。ヒューマノイドが使う兵器とな。」
「私達魔女の魔具にも、魔銃に分類されるものがあるのよ。それが貴方が手に持っている銃。魔銃ガルムよ。そして、私の持つこの2丁の拳銃もガルム。」
リザリオは影の名から2丁の銃を取り出して、ヴェルハに見せた。リザリオの持つ銃と、ヴェルハの持つ銃の見た目は似ても似つかない物だが、銃身に掘られた彫刻はどこか似ていてる雰囲気を醸し出していた。
「4つも使うのか?変な戦い方だな。どうやって持つんだ?」
「それは機会があれば見せてあげるわ。その2丁は私が預かっておくけど、いいかしら?」
「あぁ、お前のだろう?ならお前が持つべきだ。」
2丁の銃をリザリオに渡すと、ヴェルハは部屋の隅にあった鎧を着始めた。リザリオは受け取った銃を、椅子の上で分解し始めていた。シリンダーを取り外し中を覗くと、魔術式が隙間なく刻まれていた。
「この魔術式は...少し扱いにくそうね。」
「おい、何を遊んでいる?」
「遊んでないわよ!魔術式を確認してるから邪魔しないで!」
リザリオが珍しく感情的に怒鳴ると、ヴェルハは物怖じして、リザリオをそっとしておくことにした。
昼頃になると、やっと魔術式を解析し終わったリザリオが、一息ついた。
「終わったか?」
「ええ、大体だけど理解出来たわ。それぞれ6つの穴に別の種類の魔術式が彫ってあって、それが...」
「待て!その話は後で聞く!先に海に行くという目的を果たそう。」
「それもそうね。行きましょう。待たせたことは謝るわ。」
「いや、大丈夫だ。真剣な表情はどこかリーファに似ていたから見ていて懐かしく感じたよ。」
「お祖母様に?そう...うれしいわね、ふふ。」
リザリオはヴェルハの言葉に笑みを浮かべていた。リザリオは、すぐにガルムを組み立てると影の中にしまい、代わりに傘を出して外に出た。陽射しから逃れるように傘をさすと、後から家を出てきたヴェルハと共に、リーファが良く行っていたという海に向かった。