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ウィッチ・トラヴェル  作者: 大神 雨乃
1/5

~Witch of light~

「ん...」


薄暗く、湿気のこもる地下室で銀色の毛並みを持つ狼族の少女は目を覚ました。


「...ここは?それにこんなもの着ていたかしら?」


少女は冷たい床から体を起こし、自分の体を見下ろした。ぼろきれのような布を着て、首には鉄の首輪が付けられており、手足には鎖が付けられている。


「...また、寝ている間に捕まったのかしら?」


少女が首を傾げていると、地下室に向かって足音が近づいてきていた。少女は扉に近寄り、扉が開くのを待った。扉が開かれると、ヒューマノイドの貴族らしき小太りの男が現れた。


「やぁ、新しい我が妻よ。」


「ヒューマノイドは妻にこんな格好をさせるのかしら?」


「ははっ!この私、アールノート四世に口答えか。調子に乗るな。お前は妻であるが奴隷に変わりない。私の言うことに口答えはするなよ?」


少女は目の前にいるアールノートの話を聞き、自分の置かれている立場をすぐに理解した。


「私は奴隷商に売られたのね。」


「そうだ。お前は高かったんだぞ?銀色の毛並みのビスティアなんて、そうそう居ないからな。大事に...大事に扱ってやるからな?ハッハッハ!」


「大事に扱ってくれるなら嬉しいわ。」


少女はまるでアールノートに媚びるような笑顔を向けて、目の前に跪いた。アールノートは感心しているようで、少女の頭を撫でた。


「いい心がけだ。名前はあるのか?」


「リザリオ。リザリオ・ラル・スィルカ」


「リザリオか。いい名前だな。お前は前の馬鹿とは違うようだ。」


リザリオは立ち上がると、アールノートに身を寄せた。


「どうした?そんなに甘えて。」


「アールノート様。ここはどんな場所?」


「黒鉄の街から離れた場所に作った我が別荘の地下室だ。明日にはここを発って黒鉄の街に戻る予定だ」


「別荘...そんなにお金持ちなら、護衛も?」


「あぁ。我が隊の護衛は100を越える。しかも、ビスティアの傭兵50匹だ!魔獣などは敵でもない!」


自慢げに離すアールノートからリザリオはそっと離れた。


「もういいのか?では私は部屋に戻るからな。しっかり寝ておけよ。その美しい黄金に輝く瞳が汚れてしまうからな。」


アールノートが部屋を出て扉が閉まると、ガチャリと鍵の閉まる音が聞こえた。外から鍵が締められ、密室となった部屋で、リザリオは笑みを浮かべていた。


「ふぅ、奴隷を買うものも容易くなったものだな」


アールノートは自らの部屋に戻り、ふかふかのベッドの上に倒れ込んだ。長旅に慣れていなかったのか、馬車に座っていただけにも関わらず、疲労からか気絶するように眠ってしまった。だが、寝て少し時が経ってから、大きな悲鳴によって目を覚ました。


「何だ...魔獣でもでたのか?」


「アールノート様!大変です!」


鎧を着た兵士の1人がアールノートの部屋に、転がるようにして飛び込んできた。


「何だ...落ち着いて話せ」


「きょ、今日買ってきた奴隷が...」


「おぉ、リザリオか。あの犬がどうした?」


「ぎゃぁあ!」


アールノートと兵士が話していると、再び悲鳴が聞こえてきた。


「と、とにかくお逃げを!」


まだ自体を飲み込めていないアールノートを連れ、兵士は階段を駆け下りた。1階の階段に差し掛かると、玄関の扉を開けて、兵士達が待機していた。


「馬車は用意してある!早くアールノート様をお連れしろ!」


「分かっている!」


「早く!奴が...ぐがっ!?」


突然の事だった。兵士の体がくの字に折れ曲がり、長い廊下を転がっていった。その光景を見た誰もが息を呑んだ。


「な、何が起こったんだ!?あの兵士は何にやられたんだ!?」


「ご機嫌よう。元気にしていたかしら。アールノート様?」


声の主は枷から逃れたリザリオだった。だが、ぼろきれの布ではなく、真っ黒なドレスを纏っていた。それだけではなく、屋内に居るにも関わらず、傘をさしていた。


「お前...なぜここに...。」


「枷はもっといい物を使わないと、簡単に壊れてしまったわよ?」


くすりと笑ったリザリオは、兵士達からは悪魔のように見えていた。


「挨拶はこれ位にして、そろそろ出ていかせてもらうわ。」


リザリオが歩き始めると、たじろいでいた兵士達も正気を取り戻して武器を抜いた。だが、人間達の兵士は下がっていき、アールノートを連れて外に出た。代わりにビスティアの傭兵達がリザリオと対峙した。


「俺達が相手だ。仕事をしなければ金は貰えない。悪く思うなよ」


「奇遇ね。私も悪く思わないでって言おうと思ってたのよ。」


「この人数を相手に戦う気か?降参すれば逃がしてやるが...。」


「降参する気は無いわ。それよりも、足元に気をつけた方がいいわよ?」


「足元?」


足元を見下ろした傭兵達は、地面に蠢く恐ろしい影の化物を見た。化物は1人の傭兵に掴みかかった。すると、傭兵の体は影と同じように何かに掴まれたように拘束された。


「お腹、壊さないでね?」


影の化物が大きく口を開けると、傭兵の頭にかじり付き、首から上を飲み込んだ。傭兵の首が無くなると、真っ赤な鮮血が辺り一面に降り注いぎ、傭兵に恐怖を植え付けた。


「影が...食いやがった...。」


「なんだあの化物は!?」


傭兵達はパニックになり、逃げ出していく者もいたが、その場に留まる勇敢な傭兵もいた。


「なんだお前は...今の影は...魔法か?」


「味わって見れば分かるかもしれないわよ?」


影の化物が動き出し、傭兵達に襲いかかった。ある者は体を殴られ、ある者もは体を食われ、鋭い爪で切り裂かれた。


「あれは...子供?」


リザリオは剣を震える両手で握り、リザリオに向けたまま睨みつけている猫族の少年に気が付いた。影の化物に合図をすると、攻撃を止めてリザリオの足元の影に帰った。


「ねぇ、どうして逃げなかったの?」


リザリオは少年に語りかけた。少年はびくりと体を震わせると、口を開いた。


「ぼ、僕は立派なせ、戦士になるんだ!だから、に、逃げることなんて...ゆるされ、ない!」


「ふふ、勇敢な戦士ね。名前を聞いても良いかしら?」


「...僕はロイ・クロード!誉れ高きキュロスタの戦士!この剣に誓った誇りを胸に刻み、己の正義の為に戦う!」


名乗りを上げたロイは、今まで震えていたのが嘘のように真っ直ぐ立っていた。


「ロイ、名前は覚えたわ。」


「僕の正義のために」


「でも、もうお別れよ」


リザリオは傘を閉じると、傘を自分の足元の影に立てた。すると、傘はゆっくりと地面の中に吸い込まれていった。


「貴女のそれは...。」


「気になるのかしら?貴方にだけ特別に教えてあげるわ。その前に...。」


ロイの周りで腰を抜かしている傭兵に目を向けると、自分のドレスの袖の中にある影から、拳銃を2丁取り出した。


「貴方達はもう用済みよ。」


拳銃から撃ち出された魔力で精製された銃弾は、傭兵達の頭を正確に撃ち抜いた。ロイはその光景を見ても、動じずに構えていた。


「私はリザリオ・ラル・スィルカ。影の魔女よ。」


「魔女...僕の姉さんと一緒だ。」


「なら、私ともいい勝負が出来そうね。」


笑みを浮かべたリザリオは、ゆっくりとロイに近づいた。ロイは剣をしっかりと握ってリザリオと向き合った。剣の間合いまで近寄ったリザリオは、そこで立ち止まり、笑みを浮かべた。


「...くっ!」


ロイは堪らず剣を振り下ろした。しかし、リザリオは霧のようになって消えてしまった。


「ど、どこに!?」


辺りを見回したが、どこにも居なかった。すると、外から悲鳴が聞こえてきた。


「まさか...」


ロイは外に飛び出すと、馬車の匂いを追って走った。馬車は不自然に動きを止めており、周りには兵士の死体が転がっていた。


「何が...目的なんだ...。」


疑問に思いながらも、ロイは匂いと音を辿った。銃声が鳴り響き、悲鳴が交差する。段々と血の臭いが強くなると、半分に引きちぎられた兵士が血を撒き散らしながら足元に転がってきた。


「.....。」


言葉が出なかった。あまりにも理解し難い光景に、剣に誓った誇りを忘れて、笑顔で引き金を引く彼女に恐れを抱いてしまった。


「以外と早かったわね。残っているのはこの人だけよ。」


アールノートの足を持って引き摺り、ロイに近寄る。


「ひぃい!?助けてくれ!私の持っている財産をくれてやる!だから命だけは助けてくれ!」


「うるさい。少し黙っていてくれるかしら?」


リザリオが指示を出すと、影が地面から突き出して十字架を作り上げた。十字架に向けてアールノートを投げると、アールノートは十字架に捕えられて磔にされる。


「いい格好よ。騒いだら殺すから。」


リザリオの脅しにアールノートは何度も頷いた。ロイは剣を握り直すと、声を荒らげた。


「貴女は!何故そんなにも簡単に命を奪うことが出来る!僕には理解できない!」


「...なぜと聞かれても、私は答えないわ。いえ、答えられないわ」


「...分かった。この剣でその答えを引き出す!」


ロイは勢いよく地面を蹴り、走り出した。その剣は、見事にリザリオの首を断ち切った。


「...うわぁ!?」


地面に転がったリザリオの頭部は笑みを浮かべたまま、じっと見つめていた。


「...血が出てない...?」


立ったまま倒れる事のないリザリオの体からは、血が流れていなかった。暫く様子を見ているが、動く気配は無かった。


「はっ...アールノート様!」


ロイは磔にされているアールノートを思い出して、すぐに駆け寄った。


「今解きます!」


「早くしろ!このケモノめ!」


「っ...はい、申し訳ありません...」


ロイはアールノートに罵声を浴びせられながらも、拘束を解こうとした。だが、ロイはある違和感に気がついた。


「影が消えてない...姉さんの話だと術者が死ぬと魔法も消えるはず...」


「いいお姉さんね」


首を切られた筈のリザリオが、十字架の先に立っていた。ロイが見上げると、ドレスの裾から中が見えてしまいそうで顔を背けた。


「ぐげっ」


ロイの頬が血で染まる。ロイが目の前を見るとアールノートの胸を腕が貫いていて、その手の中にはまだ生きようと拍動している心臓が握られていた。


「ぁ...が...」


「騒いだら殺すって言ったのを忘れていたのかしら?さようなら、ヒューマノイドの貴族さん」


リザリオが心臓を握る手に力を入れると、簡単に潰れてしまった。


「リザリオ!」


ロイは怒りに身を任せて剣を振り下ろした。アールノートの体を切り裂き、背後にいたリザリオの体までも切ろうとしたが、その怒りはリザリオに届かなかった。


「さよなら。影に会ってしまったのが運の尽きね。」


リザリオは拳銃を影の中から取り出すと、ロイの足元に向けて引き金を引いた。


「エイン・ロジエナ」


月明かりによって映し出されていたロイの影は形を変え、地面から無数の槍となり、ロイの体を貫いた。


「...ねえ...さ...」


ロイは死の間際に涙を流した。空に浮かぶ月に手を伸ばすが、月は雲に隠れてしまった。


「...」


事切れたロイから影が引き抜かれ、ロイの体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「これで全員かしら?人間の兵士って言っていたから期待したのだけれど。」


リザリオは辺りを見回したが、息をしている生き物は居なかった。


「あっ。ここがどこか聞くのを忘れてしたわ。星読みが出来れば自分の位置が分かるのだけれど...」


困った様子のリザリオは、足元の影の中から地図を取り出した。地図には、それぞれ4つの方角に大きな大陸があり、その大陸を結ぶ中心に、もう1つの大陸が描かれていた。


「昨日までは中央のリバーチェに居たはず...1日で大陸を出れるような場所で寝てないから...まだリバーチェね。」


リザリオは自分の居る大陸を確認すると、地図を影の中にしまった。代わりに傘を取り出すと、目的もなく歩き始めた。


「歩けばどこかの街に辿り着く筈よ。」


リザリオは意気揚々と歩き出した。だが、歩いても歩いても街は見えてこなかった。


「中々見えてこないわ。やっぱりさっきの人間から聞いておくべきだったわね。」


歩いているうちに、夜が明けて日が昇り始めていた。


「はぁ...こんなんに歩くのは久し振りね。」


リザリオが溜め息をついていると、辺りに刺激臭が漂っていることに気が付いた。


「この臭い...なんだったかしら。前にも...。」


考えている内に、無数の足音がリザリオに向かってきていた。その足音の主は、8本の足を持つスパーダとよばれる昆虫系の魔獣だった。


「スパーダ...好きじゃないのよね。あの見た目どうにかならないかしら?」


「目を瞑れ!」


リザリオはすぐに応戦しようとしたが、どこからか聞こえてくる声に大人しく従った。すると、リザリオとスパーダの間で光の球体が弾け、眩い光を放った。


「こっちだ!着いてこい!」


鎧兜を纏った謎の女性騎士に手を引かれて、リザリオはスパーダから逃げる事になった。スパーダから離れて安全な場所まで来ると、女性騎士は兜を脱いだ。兜を脱いだ女性は金色の長い毛並みをした猫族だった。


「ふぅ。見たところ君は旅人の様には見えないな。誘拐か?街の名前が分かれば商隊に行って送ってやる事も出来る。」


「残念ね。ドレスを着ているけど、ちゃんとした旅人よ?」


「そうか。なら、何故スパーダの縄張りに入ったんだ?商隊や旅人の間では縄張りの印位は分かるだろう?」


「...忘れたのよ。」


リザリオは目を逸らしながら小さな声で答えた。


「はぁ...そんな知識で良く生きてこれたな。」


「スパーダ相手なら1分も要らないわ。」


「口だけでは生きていけないぞ?」


猫族の女性は呆れた様子でリザリオを見下ろしていた。リザリオは傘をくるくると回しながら、猫族の女性に詰め寄った。


「試してみる?猫の騎士さん。」


リザリオの不敵な笑みに猫族の女性は、圧されてしまった。


「...止めておこう。」


「あら、どうして?貴女にはさっきの光があるじゃない。」


「見ていたのか。」


「あんなに派手な魔法を使われたら、気付かない者はいないわよ。」


「そうか...なら、君は他の魔女を見た事があるのか?」


「見た事がある、ないじゃなくて、私が魔女なのよ?」


「君が!?...確かに、少女が一人旅をしていて、無事でいられるのも納得出来るな。」


猫族の女性はリザリオに納得したように何度も頷いていた。


「貴女の名を教えてくれないかしら?いちいち猫の騎士さんと呼ぶのは面倒なのよ。」


「あ、あぁ。名乗り遅れたな。私はキュロスタの騎士団副団長のアルナ・イル・クロード。先程見ただろう。私は光の魔女だ。」


「...覚えたわ。いい名前ね。私はリザリオ、よろしくね。」


リザリオはアルナから離れると、スカートの裾を持ち、挨拶をした。アルナも慌てて礼を返した。頭を上げた2人の間には、沈黙の間があったが、アルナの言葉で掻き消された。


「私以外の魔女と会うのは初めてだ。少し話がしたい。キュロスタに来てくれないか?歓迎する。」


「別に歓迎してもらわなくても、行くつもりだったわ。野宿だと魔獣や人攫いに捕まってしまうかもしれないし。」


「それもそうだな...ん?」


2人が街に向かおうとすると、背後から足音が聞こえた。スパーダの足音だった。


「まさか、ここまで追ってくるとはな。」


スパーダはすぐ近くまで来ていた。2人なら逃げられるが、街にスパーダを呼び込む事になってしまう。アルナはキュロスタの騎士として、スパーダに立ち向かった。


「光の魔女...見せてもらうわよ。」


「太陽が如く空高くに掲げよ!」


アルナは鞘から剣を引き抜いた。だが、その剣は柄しか無く、刃はどこにも見当たらなかった。


「...変な剣ね。」


「光輝は我が名において剣となりて、闇を切り裂き、魔を穿つ!」


アルナが詠唱を始めると、柄の先に光が集まり始めた。光はやがて刃となり、白く光り輝く美しい剣に姿を変えた。その間にスパーダは鋭い足を、振り下ろそうと狙いを定め終えていた。


「アルマ・カイン!」


振り下ろされた足先に光の剣が触れる。光は斬撃となり、足を切り裂くと、スパーダの体を斬撃が貫いた。


「終わりだ。」


苦しんでいる様子のスパーダに、再び剣を向ける。ゆっくりと振り上げられた剣は、まるで光の如く振り抜かれた。鎧がスパーダの血で汚れ、髪も赤く染まってしまった。


「コイツらも悪意があったわけじゃない。ただ、お前が縄張りに入ったせいでこうなったんだ。それだけは忘れないで欲しい。」


「分かった。次からは気をつけるわ。」


リザリオが笑みを向けると、アルナは呆れた様子でため息をついた。


「それよりも、貴女の魔具はその剣の柄かしら?」


「そんな魔具があったら見てみたいな。私の魔具はこの鎧だ。魔装アマツだ」


「そうなのね。案外普通だったわ。」


「そろそろ消すとするか。」


アルナが目を瞑ると同時に、白銀の鎧が光のようになって消えた。代わりに純白のドレスを纏い、体も綺麗になった。


「あら、ドレスなのね。」


「...一応、長の娘だからな。見た目だけでもってうるさいんだ。」


「あら、お姫様なのね。奇遇じゃない。私もよ?」


「そうなのか?ますます興味が湧いてきた。早く街に行こう。」


アルナに手を引かれて連れていかれると、大きな壁に囲われたキュロスタの街があった。中心には城のような建物も見える。


「街と言っていたから、そこまで大きくないと思っていたのだけれど...この大きさだと国と呼んでもおかしくないわね。」


「そうなのか?私は他の街を見た事が無いから分からないな」


「街に住む者達の人数は?」


「8千だ。その内2千人弱が、街を守る騎士団に所属している。だが、ランクに分けられているから、全てが兵士と言う訳では無い。」


「貴女の様な騎士もいれば、あんな風に見回りをする兵士も居るのね。」


リザリオの目線の先には、腰に差した剣を見ない限りは、一般市民となんら変わりのない兵士が複数人歩いていた。


「あぁ、あれは警備隊だ。街の秩序を護る者達だ。」


警備隊達はアルナを見ると、隊長らしき者が号令を掛けた。


「アルナ副騎士団長に敬礼!」


警備隊は見事な敬礼をアルナに見せると、アルナも即座に敬礼を返した。アルナが敬礼を解くと、警備隊はその場に跪いた。


「ご苦労。お前達のおかけで街の秩序が護られている。これからもお前達の働きに期待する。だが、休める時にはしっかりと休んでおけ。お前達も大事な私の部下だからな。」


アルナは労いの言葉をかけた。警備隊は嬉しそうにアルナの言葉一つ一つを聞いていた。暫く話していると、アルナは警備隊に別れを告げてリザリオの元に戻ってきた。


「すまない。待たせてしまったな。」


「随分と慕われているようね。もっと上下関係に壁があると思っていたけれど。」


「そんな事は無い。それよりも私の行きつけの店に行かないか?」


「いいわよ。そこはなんのお店?」


「行ってからのお楽しみだ。」


アルナは店に行くのが嬉しいのか、尻尾をピンと立てて歩いていた。


「分かり易いわね。」


「何か言ったか?」


「何でもないわ。早く行きましょう。」


リザリオは笑顔を向けて誤魔化すと、アルナに置いていかれないよう、早足で追いかけた。


「ここだ!」


店に着いたが、そこはリザリオの予想の範囲を超えていた。そこは甘いお菓子が売られている店だった。


「...意外、甘いものが好きなのね」


「あぁ!大好きだ!ここの店は...」


アルナが話していると、突然店の中から怒号が聞こえてきた。扉を開けて中を覗き込むと、3人の猫族の男が、女性の店員を怒鳴っている。


「ご、ごめんなさい」


「謝って済むと思ってるのか!?あぁ!?」


「うるさい奴らね。あっ、珈琲を貰えるかしら?」


リザリオが怯える店主に注文をしていると、アルナが男達に詰め寄った。


「貴様等...何をしている。」


「この女が俺の一張羅を汚しやがったんだよ!」


男の着ている白い服をよく見ると、少し濡れたような染みが出来ているだけで、乾けば消えるような物だった。


「言いがかりは見苦しいぞ。それに店に迷惑をかけるとは...」


「黙れ!殺され...あづっ!?」


男がポケットからナイフを取り出した瞬間、男の足に熱い液体がかけられた。男は足を見ようとしたが、真っ黒な傘が邪魔をして、足元がよく見えなかった。


「クソッ!どけ!」


傘を掴み、捨てるように傘を投げると、何も入っていないカップを持ったリザリオが、笑顔で男を見つめたままでいた。代わりにズボンは、こぼれた珈琲によって黒い染みが広がっていた。


「て、てめぇ!何しやがる!」


「何って...珈琲をズボンにかけただけよ?」


「俺の話を聞いてなかったのか!?この服は一張羅っつっただろ!?」


「貴方のような汚い野良猫には真っ白な服が似合うはずないわ。だから、私が色をつけてあげたのよ?それなのに、なぜ怒られなければいけないの?」


男達はリザリオの圧に押されていると、一番後ろに隠れていた男が飛び出してきた。その手には、銀色に輝くナイフが握られていた。


「あまり、調子に乗るなよ!ごろつき共!」


リザリオと男の前に立ちふさがったアルナは、ナイフを持つ腕を掴んだ。拳を握り、男の側頭部めがけて一気に振り下ろした。


「性根を叩き直してやる!」


殴られた男は目にも留まらぬ速さで床に叩きつけられた。1人の男が腰を抜かしてしまったが、もう1人はリザリオの背後から掴みかかった。


「へっへっへ...捕まえたぜ?お嬢ちゃん。」


男の手がリザリオの胸を掴み、首筋に舌を這わせた。


「リザリオ!」


「構わないわ。私がマナーを教えてあげるから。」


リザリオは男の足を踏みつけた。


「いでっ!?」


「大人なんだから、ちゃんとしなさい。」


拘束から逃れると、リザリオは投げ捨てられていた傘を拾った。


「ガキの癖に...生意気なんだよ!」


男が走ろうとした瞬間、リザリオは傘を足元の影に一気に突き刺した。傘は男の足元から刺した勢いで飛び出しす。傘の先端が突き刺さったのは、男の股間だった。


「はぅっ!?」


「ガキと言ったかしら?残念ね。こう見えて100年近く生きているのよ?もう聞こえていないかしら?」


男は泡を吹きながら股間を押さえたまま気絶していた。


「ひっ...ご、ごめんなさぁあい!」


腰を抜かしていた男が謝罪の言葉を残しながら、倒れた2人を引きずって逃げ出した。


「これからお店の中では静かにすることね。」


リザリオは逃げる男の前に突然現れると、その言葉だけを残して消えた。


「うわぁぁあ!」


逃げる男に恐怖を植え付けたリザリオは、満足そうな表情をして店に戻ってきた。


「逃げたか...まぁ、店が無事でよかったよ。ありがとう、リザリオ。」


「お気に入りの店なのでしょう?貴女のお気に入りの味が知りたかったから守っただけよ。」


「...そうか。なら早速頂くとしよう。代金は私に任せてくれ。」


「いいのかしら?騎士に二言は無いわよね?」


「あぁ、任せてくれ。マスター!デラックスストロベリーケーキを2つだ!」


店主は静かに頷くと、店の奥へ入っていった。


「聞きたいことが少しある。座ってゆっくりしよう。」


「ええ、いいわよ。」


リザリオは近くの椅子に座ると、テーブルを挟んでアルナが座った。


「さっき、100年近く生きていると言ったな。それは本当か?」


「ええ、魔女は長命だからね。貴女も周囲と比べて老いが遅いと感じた事は無いかしら?」


「薄々感じていた。私も30を越えるが、全く老いを感じない。」


「魔女になったからよ。これは逃れられない運命。いずれ哀しき業を背負った事を後悔する時が来るわ。」


「私は後悔はしない。それは我が弟と父上に誓った。だから絶対に後悔はしない。」


「他に誓った事はあるかしら?」


「...あまり、他言するものでは無い。次の質問をしよう。」


アルナが次の質問を使用とした時、店主が苺が沢山乗ったケーキを2つ持ってきた。アルナは態度や口調からは想像出来ない、少女の様な笑みを浮かべていた。


「し、質問は後だ!先に食べよう!」


「私は別にいいわよ。頂くわ。」


2人がケーキを食べようとフォークを持つと、店の中に騎士がアルナを訪ねてきた。


「やはりここでしたか。アルナ副団長、バイツ団長がお呼びです。至急城へ向かってください。」


「くっ...私はこれほどまでに騎士道に背きたいと思ったことは無い...リザリオ...私の分まで食べてくれ。食べ終わったら城に来てくれ...そこで話そう。」


アルナはとても悔しそうに歯を食いしばって、テーブルの上に硬貨を置いて出ていった。


「ふふ、じゃあありがたく頂いちゃおうかしら。」


ケーキを少しづつフォークで切り分けながら食べ進めていく。ぺろりとふた皿を平らげてしまい、リザリオは満足していた。


「さて...行こうかし...ら...?」


立ち上がろうとすると、突然リザリオの視界がぐにゃりと歪んだ。受け身もろくに取れずに倒れ込んだリザリオは、そのまま意識を失った。


「すまんな、お嬢さん」


倒れたリザリオを抱き上げるのは、ケーキを運んできた店主だった。店主はリザリオを店の奥へと運んでいった。


一方、城に招集されたアルナは、城の中の違和感を感じ取っていた。普段は和気あいあいとしているが、今日は異常なまでの緊張感に包まれている。


「なんだこの空気は...。」


城内で敬礼をする兵士の瞳の奥に、底知れぬ憎悪の炎が燃え上がっていた。


「何が起こっている。早くバイツ団長の元へ行かねば!」


アルナは城内の階段を駆け上がると、最上階の奥にある部屋に駆け込んだ。


「失礼!アルナ・イア・クロード副騎士団長ただいまここに!」


「ああ...よく来てくれた。」


偉そうに椅子に座っている白髪の猫族の男性は、バイツ・アルクローラ。全ての兵士を統べる猫族の騎士団長である。


「率直に言おう。私達の傭兵が殺された。例外なく君の弟もだ。」


「...」


アルナは言葉が出なかった。やっとでた言葉は、現実から逃れようとする言葉だった。


「ば、バイツ団長、冗談は止めてください。」


「...お前の気持ちは分かる。お前は弟を溺愛していた。お前の姉妹達も悔やんでいた。だが、悔やんでどうなる?お前の弟が、私達の同胞が報われるか?」


バイツは椅子から立ち上がり、アルナの肩に手を乗せた。


「報復だ。復讐だ。敵を憎め。」


「...復讐は...何も生まない...。」


アルナの答えにバイツは目を丸くして驚いていた。


「復讐したって!ロイは戻ってこない!」


「そうだ。戻ってくることは無い。だが、何もせずに指をくわえて待っているだけか?お前の魔法は何の為にある。お前のためだけでは無い。この街の為にあるのだ。」


「そう...ですが...」


「他の者は心を決めた。報復をするとな。後は副騎士団長のお前が決めるんだ。決して...騎士団を裏切る事が無いようにな。」


「...分かりました。この剣を、復讐の為に振ります。」


アルナは迷った挙句の果てに、復讐を誓った。その目には、憎悪の炎が燃え上がろうとしていた。


「バイツ団長...敵は...どこの街ですか?」


「敵は1人。たったの1人だけだ。名はリザリオ、魔女だ。」


「なっ...リザリオ...?嘘だ。私はさっきまで...。」


「お前は騙されていたんだ。あの魔女を倒せるのはお前しか居ない。頼んだぞ。」


「リザリオが...リザリオがロイを...。」


燃え始めていた憎悪の炎は、最早消せぬ物へと変わった。純白のドレスを捨てたアルナは白銀の魔装アマツを纏い、剣を抜いた。


「リザリオ!」


アルナは一瞬で姿を消した。光は止められぬ剣となり、影を探し求めて城出た。その影は城に捕えられているとも知らずに。

城に連れ込まれたリザリオは、牢獄へと投げ込まれた。


「おい、この雌狼を犯しておけ」


店主が周りの兵士に指示をすると、兵士達はリザリオに近付き、服を脱がそうとした。


「へっへっへ...ガキだがメスにはちげぇねぇ...。」


リザリオのドレスに触れた途端、触れた腕が何かに噛み潰された。それは地面で蠢く影ではない、実態持った影が兵士の腕に噛み付いていた。


「ぐが...ぎゃぁぁあ!!」


その影は人狼の姿をしており、自らの意思でリザリオを守っていた。明確な殺意を持って、リザリオに近付く者を排除しようとしていた。


「に、にげ...ぺぎゃ」


逃げようとする兵士達に飛びかかり、大きな手で兵士の頭を掴むと、そのまま力任せに壁に叩きつけた。人狼にとっては兵士など、ガラス玉を砕くのと変わらない。人形を壊すのと変わらなかった。


「あっ...あっ...」


兵士が倒れていく中、店主が1人だけ逃げようとしていた。だが、腰が抜けているのか、その場でジタバタと転げ回っているだけだった。


「逃げる気かしら?店主さん。」


「う、うわぁあ!?」


「ケーキに入れることで独特の甘い匂いを隠す。でも、少し甘過ぎたのよね。あのケーキ。甘いテシルの蜜を混ぜ過ぎたわね。しかも、あの花の蜜は眠くなってしまうけど、持続時間は短いのよ?知らなかった?」


「し、しらない!俺は指示されただけだ!アイツだ!ば」


誰かの名前を叫ぼうとしていたが、背後から歩み寄ってきた人狼が、店主の体を押さえ、口に手を入れた。そのままゆっくりと、頭を引き抜こうと腕に力を入れた。


「っ...はひゅ...っ!」


人狼が一気に力を入れると、首の肉が裂け、脊椎ごと頭を引き抜いた。


「食べちゃダメよ。そんな汚いもの。」


リザリオに釘を刺された人狼は、渋々店主の首と胴体を部屋の端に放り投げた。何か文句を言っているようだが、リザリオは無視して影に戻るように指示した。


「全く...守ってくれるのはありがたいけど...少し面倒ね。」


影に戻ったのを確認すると、リザリオは牢獄を後にした。長い廊下を歩いていると、扉の隙間から光が差し込んでいる場所を見つけた。


「出口かしら?」


リザリオが扉を開けると、そこは城の中層部分にある大広間だった。リザリオの姿を見た兵士達は、部外者は出ていけと言わんばかりの目をしていた。


「...アルナもいなそうね。一旦街に戻ろうかしら。」


「そこの狼、待て。」


声をかけたのは、階段を降りてきていたバイツだった。


「何かしら?」


「狼、貴様の名は?」


「さぁ?何だったかしら?」


「とぼけるな。皆の者!そこに居る狼が我等が同胞を殺した悪しき魔女だ!捕まえよ!」


「どうしてバレたのかしら?全員殺したはずだけれど。」


「貴様ァ!良くも俺の親友を!」


何人もの兵士や騎士が武器を構えてリザリオに飛びかかってくる。リザリオは兵士の頭上を飛び跳ねて、回避するが、次々と襲いかかってきた。


「全く...死にたがりなのかしら?」


リザリオはため息をついて、銃を取り出そうとした。だが、光がそれをさせなかった。


「よくも、よくもォ!」


「あら?アルナじゃない。また...っ!?」


アルナの一振りはリザリオの目でも捉える事は出来なかった。だが、剣が当たる寸前に、自らと影を入れ替える事で、体は真っ二つにはならなかった。


「よくもロイを...」


「あの勇敢な戦士の事ね。知り合いだったかしら?それなら謝るわ。」


「黙れェ!」


リザリオは影から銃を取り出すと、アルナに照準を合わせた。


「遅い!」


アルナはリザリオの視界から一瞬で消えると、背後に現れた。


「残念ね。そこは予想できていたわ。」


アルナの剣に合わせたリザリオの蹴りが、光の剣を受け止めた。


「くっ...負けられない!負けられるものか!」


アルナは左手をリザリオに向けた。左手から光のレーザーが放たれて、リザリオの頬を掠めた。


「...やるじゃない。」


「避けたか...」


リザリオはまるで踊りながら銃を撃ちながら距離を取りつつ、牽制をしていた。


「小癪な真似を!私の魔法で消し炭にしてやる...今、門は開かれた!光指す天門より現れるは正義の光!我が剣となりて、王国を導く道標となれ!『光射す(アルメール)王国の未来(・ケイド・フォーナー)』!」


アルナの持つ光の剣が纏っている光が強くなり、一気に剣を振り下ろすと、先程のレーザーの何倍も大きな光の柱がリザリオに向けて放たれた。


「魔法陣展開完了。」


リザリオが踊っていた足元には、複雑な魔法陣が描かれていた。踊っていたのはこの魔法陣を描くためだった。


「防御魔法展開。守りきれるかしら?」


魔法陣の中心を踏みつけると、真っ黒な影が魔法陣を覆った。影に光が当たると、壊れていってるものの、光の柱を防ぐ事には成功していた。


「うぁぁあ!」


更にアルナの魔力が高まると、光の出力が高くなり、リザリオの防御魔法を消し飛ばした。


「はぁ...はぁ...」


アルナの魔法がようやく止まると、リザリオはアルナの影から這い出てきた。


「随分魔力を消費するのね。もう少し範囲を狭めればいいのに。」


「うるさい!黙れ!お前のような悪しき魔女の言うことなど聞くものか!」


「それはいいのだけれど...そろそろ気が付かない?」


「その手に乗ると思うか!」


「なら、実際に撃たれてから考える事ね。」


リザリオが指を指した方向には、ずらりと弓矢を持った兵士が並んでいた。


「援軍か!なっ...」


兵士達は躊躇いなく矢を放った。その矢は、リザリオだけでなくアルナも標的の内だった。


「クソッ!」


アルナは剣で無数の矢を弾いた。リザリオはというと、傘をさして矢を受けていた。傘はまるで鉄のように矢を弾いた。


「仲間が居るのに弓を引くのね。中々粋なことをするじゃない。」


「黙れ!何かの間違いだ!」


矢が途切れると、アルナが一瞬でリザリオの目の前に移動した。


「これで終わりだ!」


振り下ろされた光の剣は、リザリオの頭部を捉えていた。だが、その魔法で出来た剣は、リザリオの畳まれた傘で防がれた。


「なんだその傘は...」


「お祖母様から頂いた大切な傘よ。それ以外は...秘密」


傘を持つ手に力を込めると、アルナの剣は押し返され、吹き飛ばされた。


「さてと...」


リザリオは周囲を取り囲む兵士に目を向けた。兵士達が獣に睨まれた様な悪寒を感じ取った直後、銃声が鳴り響いた。


「ふふ、私もまだ死にたくはないの。だから貴方達を殺して生きようと思っているわ。異論はあるかしら?」


リザリオの表情は終始笑顔だった。


「こ、殺されてたまるか!」


兵士達が叫ぶと、それを掻き消す様に獣の咆哮が城内に響いた。リザリオの影の中から這い出してきたのは人狼だった。人狼はリザリオの前で跪き、頭を下げた。


「よしよし...出てきたなら手伝ってくれるのよね?」


頭を撫でられた人狼は、ゆっくりと立ち上がると、突然兵士達に向かって走り始めた。


「うわぁぁ!?くるなぁ!」


兵士達がパニックになっている間に、辺りを見回した。アルナは兵士達を落ち着かせようと奮闘しており、バイツは満足したのか上の階へと登っていっていた。


「見つけたわ。」


リザリオはバイツを追っていった。リザリオが居なくなっても、人狼は兵士達を狩り続けていた。次々と爪で切り裂かれ、牙で噛み砕かれる兵士達を前にして、アルナの取った行動は1つだった。


「私が相手だ!」


アルナが人狼の前に立ち塞がると、人狼は足を止めた。


「人の形をした狼の相手は初めてだが、我が正義を貫くためにもお前を殺させてもらう!」


アルナが剣を掲げて魔法の詠唱をしようとした時、アルナの腹部に激痛が走った。


「...がっ...なに...なにが...」


恐る恐る腹部を見下ろすと、血で紅く染まった剣の刃が突き出していた。血が滴り床に零れる度に、痛みが激しくなる。


「リザリオめ...この卑怯者め!」


振り向きながら背後にいるリザリオの首を断ち切った。だが、それはリザリオでは無く、キュロスタの騎士の1人だった。


「...なぜ...」


アルナは理解が出来ていなかった。何故守るべき者達の手によって、自らが傷付いているのか。


「なぜなんだ...」


アルナが問いかけると、予想だにしない答えが返ってきた。


「裏切り者め!」


「汚らわしい魔女め...消えろ!」


「えっ...」


目の前が突然真っ白になった。今まで守ってきた者達に投げかけられた罵声は、アルナの精神を壊していく。


「わ、私はお前達を守ろうと...。」


「今更何を言う!俺達は全て聞いた!お前が仲間の魔女にロイ様と同胞たちを売ったとな!」


「...わ、訳が分からない。私は...そんな事...」


アルナが困惑してる間に、騎士達に取り囲まれてしまっていた。


「裏切り者には...制裁を!」


騎士達は構えた剣をアルナに突き刺した。剣は易々と鎧を貫き、アルナの美しい体をズタズタに貫いた。


「ぐっ...私は...まだ...。」


剣が引き抜かれると、大量の血が鎧の隙間から流れ出してきた。時間が経つ事に、意識は薄れ、立っているのもままならなくなっている。


「リザ...り...」


アルナは気を失うと、前のめりに倒れ込んだ。震える声で魔女の名を呼びながら。

城の最上階では、リザリオがバイツに追いつき、傘の先端を向けていた。


「追いついたわよ。少し話を聞かせてもらいましょうか。」


「話しなら私が聞こう。入ってるくるが良い。」


バイツの辿り着いた扉がゆっくりと開かれた。その先には、玉座のような豪華な椅子に座った老いた猫族がリザリオを一点に見つめていた。


「私は猫族の長、オデロ。そなたがこの国に来ることはバイツに聞いておった。我が息子と同胞を殺してから来るともな。」


「この眼は未来が視える。お前が銃を抜き、私達に向けようとしているだろう?」


図星だった。リザリオは傘を仕舞って銃を使おうとしていた。それを見抜かれたことで、バイツが千里眼という目を持っている事を確信した。


「よく分かったじゃない。それで?これからどうするつもりなの?」


リザリオの問いかけにオデロが答えた。


「そなたを人質にして、そなたの国を奪おうと考えておる。大人しく拘束されれば、犠牲は出さずにすむのだ。」


「頭の悪い考えね。それに私の国は小国よ?」


オデロとバイツは顔を見合わせて笑った。


「何を言うか...そなたの国は西の大陸の大半を占めているではないか。それのどこが小国と言うのだ?」


「それも知っているのね。どこまで知ってるか知らないけど、あまり私の事は詮索しない事ね。」


「話はそこまでだ。オデロ様、ここは私にお任せ下さい。」


バイツはオデロに頭を下げると、リザリオと向き合い剣を抜いた。


「銃を抜くか?それ位は待ってやろう。」


「...このままでいいわ。」


「そうか。なら...死ね!」


バイツは突然振り向くと、玉座に座っているオデロの胸に剣を突き刺した。オデロは何が起こったか分からず、胸に刺さった剣と、バイツの歪んだ笑みを浮かべる顔をその目に焼き付けた後、ゆっくりと目を閉じた。


「お前は長だが、その程度しかない。王の資格はお前には無い。そして、私の視た未来の玉座に座っていたのは、私だ。」


バイツは刺した剣を抜くと、目に見えないほど速い剣技でオデロの首を断ち切り、止めを刺した。バイツはゆっくりと振り向くと、目を見開いて驚いた。既にリザリオが傘をバイツの右目めがけて突き刺そうと、飛びかかってきた。


「ぬぐっ!?」


バイツが剣で傘を弾くと、リザリオはそのままバイツの腹部に膝蹴りを打ち込んだ。


「あら?動きが鈍いわよ?その眼、飾りかしら?」


「黙れェ!」


バイツが叫ぶと、突然下の階から無数の叫び声が聞こえた。


「な、何事だ!?私の眼には何も...」


「魔力...この感じは...」


リザリオとバイツはその強大な生命の魔力に動きを止めてしまった。


少し前、大広間にて


血の水溜りの上で倒れるアルナは、まだ少しだけ息をしていた。兵士達は魔女を打ち倒した喜びで気づいていなかったが、辛うじて動いた指先を使って、床に血で魔法陣を書き始めた。兵士の1人がそれに気づいた時には、時既に遅く、治癒魔法が展開された。


「...かはっ...」


アルナの傷が塞がっていき、息も整ってくると、アルナはすぐに立ち上がった。


「まだ...生きている...」


「ばけもの...」


騎士ですらアルナのその姿に怯え始めていた。


「もう...貴様らなど...知った事か...私は...許さない。」


その場に居合わせた全員が、この魔女を敵に回した事を後悔していた。光を敵に回したことに絶望していた。


「魔装アマツ...最後の戦いだ。」


ボロボロだった鎧は光を帯びると、再び美しい鎧へと戻った。そして、紅い紋章が鎧に刻まれた。アルナから放たれる光は暖かくも、全てを拒絶する様な異様な雰囲気を放っている。


「...天使だ...」


「天使じゃない。私は、私だ!」


アルナが叫ぶと、両手に光で精製された剣が現れた。そして、剣を元部下達へと向けた。その動きは荒々しくも、悲哀を感じさせ。その剣閃は美しくも、儚いものだった。


「なぜ...あの魔女は泣いてるんだ...」


「アルナ様...」


騎士達はアルナの涙を見て、もはや剣を握る気力も抵抗する気も起きなくなった。ただ、アルナによって切り裂かれていくだけだった。


「はぁ...はぁ...新たな天門が開かれた。我が身を照らす光はただひとつのみ。我が復讐を成す為の剣となれ!これこそが正義の剣!『光射すは(アルメール)我が復讐の剣(・レイヴァ・グルード)』」


苦しそうな表情を見せながら、手を上に掲げた。騎士たちが見上げると、天井付近に巨大な魔法陣が展開されており、その中心からそれは姿を現した。


「堕ちるがいい...どこまでも」


その言葉は騎士に向けた言葉か、自分に向けた言葉か定かではないが、魔法陣からは巨大な剣が騎士達へ向けて落ちてきた。剣は城の床を貫きながら、騎士達を巻き込んだ。もはや城は、建っているのも不思議な程、崩れ始めていた。


「...まだ終わらない...」


アルナが佇んでいると、新たな増援が現れた。それはバイツが率いていた精鋭部隊だった。


「アルナ、光の魔女よ。降参しろ。影の魔女はバイツ様が相手をしている。お前らに勝ち目はない。」


「そうか...」


アルナはゆらりと動き出すと、騎士達の横をすり抜けてバイツとリザリオが戦う最上階に向かった。


「何が起こっている...?」


アルナの魔法の影響は最上階にまで影響していた。


「くっ...」


「何を焦っているの?」


リザリオは焦りを見せ始めるバイツに向けて飛びかかった。傘を振り下ろすと、バイツは紙一重で躱してリザリオの首を掴み、そのまま床に叩きつけた。だが、リザリオはそのまま影の中に飲み込まれるように入り、バイツの足元から現れた。


「危ないじゃない。これでもか弱い女の子なのよ?」


「か弱い?どこがだ...この魔女め!」


「ここにいたのか...リザリオ...それにバイツ...」


声の主は部屋に入ってきたアルナだった。アルナは2本の光の剣を引きずりながら、1歩ずつ、ゆっくりと歩いていた。剣の先が床を切り裂きながら、輝かしい光を放ち、アルナの暗い表情とは真逆であった。


「あ、アルナか!生きていたか!手伝え!この狼を殺せ!」


「リザリオは...あとで殺す。その前に...私から全てを奪ったお前から殺す!」


「...知っていたか。なら話は早い。二人揃って地獄に落ちるがいい!」


バイツが指を鳴らすと、精鋭部隊がどこからとも無く現れた。その隙にバイツは姿を眩ませた。


「逃げたか...逃げ足が速い奴だな。」


「尻尾をまいて逃げるとはこの事ね。」


「リザリオ...貴様とは必ず決着をつける...追え。ここは私に任せてくれ。」


「仕方ないわね。任せたわよ。」


リザリオはバイツの匂いを追って、精鋭部隊を飛び越えて部屋を飛び出した。リザリオを追うために部隊を離れようとする者がいたが、突如部屋の扉の前に現れたアルナによって止められた。


「逃がすものか... お前達の相手は私だ。だが、時間は取らせない。一瞬で楽にしてやろう。」


アルナは光の剣を自らの胸に突き刺すと、そのまま体の中に光を取り込んだ。


「この短き命、燃やしてしまえ...禁術魔法解放。悠久の中に煌々と光を放つは、我が無垢なる心。知らず知らずの内に心は染まり、我が正義は変わらずも、最早光は陰り始めた。その心を浄化せよ。」


アルナは詠唱を終えると、天井に向かって真っ直ぐに手を伸ばすと、精鋭部隊の皆が天井を見あげた。


「もう...範囲内だ。」


精鋭部隊が気がついた時には遅かった。全員の足元が巨大な魔法陣が広がっていた。


「消えろ...お前らなんて消えてしまえ!『無垢なる光よ(シラト・ルガ)、命を焦がせ(・アルナ)』!」


開いていた手を握ると、魔法陣の中にいるアルナ以外の胸に光が集まった。慌てふためいている間に、胸に集まった光が蠢き始めた。


「な、なんだ...光が...」


やがて光におびき寄せられるように、魔法陣から無数の剣が、騎士達の胸に輝く光に向かって突き出した。


「ぐぁぁあ!!?」


「に、にげ...ぎゃっ!」


「くっ...」


アルナは騎士たちが何本もの剣に貫かれ、磔のようになっている姿を見て涙を流した。全ての騎士が光の剣によって貫かれると、魔法陣と剣は消え、騎士達の死体が糸の切れた人形のように床に倒れた。


「...私も...もう...」


アルナはその場に膝から崩れ落ちた。アルナの命は禁術魔法の影響により、風前の灯火となってしまっていた。


「なぜ私は命を全て...使えなかったんだ...あぁ、そうか...まだ...生きたかったのか...」


床に倒れ込むと、掠れる視界の中で予想外の物を見た。それはゆっくりとアルナに近づき、軽々と力の入らないアルナの体を持ち上げた。


「お前は...リザリオの...」


人狼は瀕死のアルナを抱えたまま、部屋にある窓を突き破って外に飛び出した。


「うっ...」


アルナは人狼にしがみついてる間に、地上へと辿り着いた。人狼はすぐに身を隠すようにして、建物の屋根に飛び移り、キュロスタの街にある広場が見える場所まで移動した。


「何を...私はもうダメだ...今更私に何をさせようとするんだ...」


人狼がその大きな手で広場を指差すと、広場には街中の住人が集まっており、その中心にはバイツと縛り上げられたリザリオが居た。


「我らキュロスタの戦士達よ!邪悪な魔女は私が捕らえた!今こそ復讐の旗を掲げよ!我ら同胞のために!」


バイツが住人に向けて演説しているようだった。バイツの言葉に煽られた住人達は奮起して、普段は武器を持たない住人すらも武器を取った。


「さぁ!まずは隣国を侵略せよ!そして、力を蓄えるのだ!」


キュロスタの戦士達の雄叫びが街中に響き渡る。そして、バイツが剣を向けた方角に、戦士達が走り出した。最後に残ったバイツは、磔にされたリザリオの首を剣で貫いた。


「なっ...リザリオ...私が殺すべき...魔女...」


リザリオの首から血が噴き出る。この距離を移動する事が出来ない。魔法も撃つ事が出来ない。それでも、アルナはリザリオに向けて届かない手を伸ばした。


「くそっ...」


アルナが悔しがっていると、体が透け始めている人狼がアルナを地面に下ろした。そして、戦士達の方を向いた。


「私に...止めろと?」


「...アァ...」


「は、話せるのか?」


人狼は屋根を伝ってリザリオの元に走った。取り残されたアルナは、残り少ない命の灯火を燃やして人狼に言われた通り、戦士達を追った。キュロスタの街を出た所で、戦士達が掛け声を上げながら走っている光景が見えた。


「...罪無き人々よ。己がしようとしている過ちは理解し難い物だ。止められるのは...私だけだ。」


アルナは両手に光の剣を持つと、戦士達の中に飛び込んだ。


「う、うわぁ!?あ、アルナ様!?」


「惑わされるな!そいつも邪悪な魔女の仲間だ!」


「...そうだ、私は悪しき魔女の1人だ。悪く思うなよ。」


アルナの剣は、罪の無い住人の体を斬り裂いた。


「に、逃げろ!」


戦士達は蜘蛛の子を散らしたように逃げていくが、光からは逃げられなかった。


「私は...もう私の心に嘘をつかない。もう、あと少しの命を私の為に使おう。」


斬り続けていると、とうとうその剣を止められてしまった。止めたのは、後から追いついてきたバイツだった。


「視えたが、追いつけなかったか。」


「バイツ...」


「何故殺す?お前が大好きだったはずの街の者達だぞ?以前のお前なら剣を向ける事さえしなかったはずだ。」


「私はあの街が好きだった。街の人達も、皆好きだった。だが、裏切られてわかった。好きだけどそれを守る事が私の正義じゃない。」


「ならお前の正義はなんだ?お前の正義はお前が愛した者達を殺す事か?」


「まだ...私のことが分かっていないな。私の...私の正義は...自分の気持ちに素直になることだ!」


アルナはバイツの剣を弾くと、2本の剣で首を断ち切ろうと剣を振った。


「その正義...甘いな。結果として死ぬ時期を早めただけだ。」


バイツは上着から小瓶を取り出すと、その中身の液体を剣を躱しながらアルナにかけた。


「がっ...うぁぁあ!」


液体がアルナの眼に入ると、焼けるような激痛に襲われた。幾ら目を擦っても目の前は暗闇に覆われていた。


「みえ...な...い...」


「お前の眼は光を失った。2度と見えないだろう。それがどういう意味か分かるか?」


バイツはゆっくりと近寄ると、アルナの顔を殴りつけた。暗闇からの突然の衝撃にアルナは驚いていた。


「無様だな。お前の正義は無様な物だ!」


バイツはアルナを殴り、蹴った。光を失ったアルナは立つこともままならなかった。


死ぬ...のか...?


まだ...約束も...守れていない...


約束?


あぁ...約束を違えては...いけない!


「っぁあ!!」


アルナが突如叫ぶと、光波が広がりバイツを吹き飛ばした。


「くっ...まだ魔力が残っていたか...」


「まだ!死ねない!」


アルナは震える足で立ち上がると、空に向けて手を突き上げた。


「悠久の中に煌々と光を放つは、我が無垢なる心!知らず知らずの内に心は染まり、我が正義は変わらずも、最早光は陰り始めた!その心を浄化せよ!『無垢なる光よ、命を焦がせ』」


それはアルナの最後の命を使った禁術魔法だった。最後の命の光は爛々と光り輝き、先程よりも強大な魔法となっていた。剣は戦士達を全て貫き、辺り一面を血で染めた。


「はぁはぁ...ゲホッ...」


禁術魔法が消えると同時に、アルナは血を吐いた。


「リザリオは...どこだ...まち...か。」


ふらふらと歩き出すが、すぐに足がもつれて転んでしまう。立ち上がろうとしても足に力が入らない。


「つかい...すぎ...たか...」


アルナがようやく立ち上がると、足に激痛が走った。


「ぐぅ!?」


「アルナァ!良くもこの俺の未来を邪魔しやがったな!」


バイツがアルナの足に剣を突き刺していた。


「やめ...ろ...わたしは...」


「死ね!」


殴り飛ばされたアルナは簡単に倒れてしまった。すかさずバイツがアルナの剣を引き抜き、心臓に向けて突き刺した。


「がっ...」


「死ね!死ね!死ね!死ね死ねしね!シネシネ!」


何度も何度も剣を突き刺した。アルナはリザリオとの約束を果たす前に、バイツの手によって殺されてしまった。


「俺の王になる未来を壊したからだ!死んでも足りない!お前は殺す!死んでも殺してやる!」


バイツは死体となったアルナの腕を切り落とした。もう片方の腕、両足を次々と切っていった。


「クソがァ!」


「もうそこでやめたら?」


バイツの背後から声が聞こえた。振り向くとそこにはリザリオが傘をさして立っていた。


「なっ!?」


「あら?何を驚いているの?」


「た、確かに俺はお前を殺した筈だ!」


「死んでないわよ?この子が助けてくれたから。」


リザリオの影から飛び出した人狼が、バイツを殴りつける。


「っ!?なぜだ!なぜ...」


「縄さえ解いてくれれば治療魔法くらい出来るわ。少し危なかったけれど。」


「ふ、ふざけるな!何が魔法だ!あんな傷がすぐに治るわけ...」


「そんなに知りたいの?」


リザリオの顔から笑顔が消えた。人狼もリザリオに怯えた様子で影の中に戻っていった。バイツはリザリオの黄金色の瞳で見つめられると、心を見透かされたような気分になっていた。


「くっ...」


「得意の千里眼を使ってみたらどうかしら?」


「黙れ!」


バイツは落ちている剣を拾うと、見えない剣技を用いてリザリオに襲いかかった。


(左か...)


バイツは千里眼でリザリオの避ける方向を視ると、リザリオの回避する方向に剣を振った。だが、そこにはリザリオはおらず、代わりに腹部にリザリオの蹴りが突き刺さっていた。


「ぬぐぁあ!?」


「男のくせに変な声出すのね。それとも、未来と違う動きをしたから驚いたのかしら?」


「...変な動きをするな!」


千里眼で未来を視ると、神速の剣技を躱せずに傷を負うリザリオの姿が見えた。


「...やはり本気を出さねばならないか...」


バイツは1度構え直すと、神速の剣技を放った。流石のリザリオも一瞬は驚いたものの、剣を躱し始めた。


(視えたとおりだ。このまま死ぬが良い)


「千里眼は、使用者の理解を超えた範囲は視えないのよ。」


リザリオが傘を前に出して盾のように構えた。


「ふん!そんな傘一瞬で...なにぃ!?」


剣が傘を斬ろうとすると、剣が弾かれてしまった。


「アルナには見せたわ。この傘は魔力を込めた糸で編まれた特殊な傘なのよ。」


「それを、教えたことを後悔するんだな!」


また千里眼を使うが、リザリオは別の動きをする。


「歴戦の戦士のように経験がある者にも千里眼は効かないわ」


「な、何故だ!?なぜ経験だけで未来を変えられる!」


「まだ分からないの?千里眼は一つの未来を見ることが出来る。でも、未来は絶対に一つでは無いのよ」


「だが今までは」


「今までは貴方の戦った相手が弱いか予測しやすい未来だっただけの事よ」


「...この眼が使えなくとも...俺には剣がある」


「まだ諦めないのね」


バイツは芸もなく距離を詰めて剣を振った。


「剣士としても失格ね」


リザリオは傘で剣を受け止めると、傘の影から抜いた銃で左肩を撃ち抜いた。


「ぬぁあ!?」


「貴方...相当弱いわよ?」


「黙れ!黙れ黙れ黙れ!」


バイツは懐に手を入れると、小瓶を取り出した。


「コイツは狂化薬だ...後悔しろ...ううぅ!?」


バイツは小瓶の中の薬を一気に飲み干すと、頭を抱えて苦しみだした。


「うぐ...ォォォオ!」


やがて体が変質していき、服を破るほど筋肉が膨張し、牙や爪は更に鋭くなった。


「覚悟シろ...」


「はいはい...かかって...っ!」


バイツの移動速度は前も速かったが、狂化してからの速度は倍以上になっていた。


「喰らエ!」


バイツが振り下ろした剣を防ごうとしたが、剣は途中で止まった。代わりに腹部に重い拳が突き刺さった。


「がっ...」


吹き飛ばされたリザリオは空中で体勢を立て直して着地しようとしたが、着地する前にバイツに追いつかれてしまった。


「どうシた?」


バイツはそのままリザリオの頭を掴み、地面に叩きつけた。


「トドメだ」


剣を振りかぶりリザリオの頭に突き立てた。だがそこにはリザリオの姿は無かった。


「どこダ!逃げルな!」


「エル・ミザリオ」


上空に飛び上がっていたリザリオの両腕に傘の中から伸びた影が纏わり付くと黒く染まった。その腕は大きく、爪は鋭い。


「お返しよ」


リザリオはバイツの頭部を爪で切り裂こうとした。だが、バイツは飛び上がり、リザリオの体を蹴った。


「っ...動きが全く違うわね...」


地面に着地したバイツはリザリオを見て吠えていた。


「はぁ...」


腕が元に戻ると、傘を袖の影にしまうと、2丁の銃を構えてバイツに向けて乱射した。


「小賢シい!」


バイツは腕で銃弾を防いだ。強靭な肌は銃弾さえも通さなかった。


「なら...ラグロ・テストル!」


リザリオは再び銃を乱射した。


「まタ同じ...グゥ!?」


バイツの腕に銃弾が突き刺さる。


「魔法を込めた銃弾の味はいかが?」


「魔女メ...」


「魔女の本分は魔法よ?」


「...魔法か...」


バイツは突然走り出した。バイツの先にはアルナのバラバラになった死体が横たわっていた。


「まさか...バイツ!それは駄目よ!」


「クハハッ!見てイロ!」


バイツは倒れていたアルナの死体を食い漁った。


「ゥブ!?」


「...はぁ...食えば魔女の力は手に入れることが出来るわ。どうしてそれを知ってるか知らないけれど...魔力の器がなければ、魔女の肉なんてただの毒よ?」


「ゥルァァア!」


バイツが再び吠えると、両手にはアルナの使用していた光の剣が現れた。


「多少はあったのね...でも、精神が魔力に侵されてもうまともな思考は出来ないようね」


「ガァァア!」


「魔力の暴走程怖い物は無いわね...」


リザリオは冷静にバイツの足を狙って銃弾を撃ったが、バイツの姿が消えた。


「なっ...」


光の速度で動けるようになったバイツは、リザリオの背後に現れて、リザリオの胴体を光の剣で貫いた。


「っ...ふふ、捉えたわよ」


リザリオは後ろに向けて銃弾を放ったが、バイツは既に消えていた。


「どこに...」


「ガゥァ!」


「っぁ!」


真上から剣を振り下ろしながら落ちてきたバイツの光の剣によって、リザリオは右腕を断たれてしまった。


「ふふ...ふふふ...」


リザリオは俯いたまま、笑っていた。


「まさかここで...こんな奴に私を見せなくてはいけなくなるとは思ってもいなかったわ」


リザリオの全身に一瞬だけ紅い模様の様な物が浮かび上がった。その直後にリザリオの体に巻き付くようにして、鎖が現れた。


「ガ?」


「私の事は覚えないで。何も覚えずに死んでいって...」


リザリオの体に巻きついた鎖にヒビが入る。


「私はリザリオ...でも、本当の名は違う」


「ルガァア!」


バイツが攻撃しようとリザリオの頭めがけて剣を振り下ろした。だが、リザリオに当たる寸前で、見えない壁のような物に当たり、剣が止まった。


「エルマ...アイルシア...コッセヌ...ディビタリア...4つの鎖はこの身を捕らえた。我が名はリザ・ラズ・フェリル。神と王を喰らう狼。貴方達は私を見れば恐怖する。私は...神にすら畏れられた神狼」


「ジン...ロウ...」


「そう。私は神狼。そう呼ばれるのは好きではないけれど、今だけは自分で名乗らせてもらうわ。」


右腕が修復され、白い髪は段々と黒く、黄金色の瞳は紅く染まり、遂にはリザリオの体に巻きついていた鎖が砕けた。そして、リザリオの雰囲気が一変した。


「ガァ...」


狂化したバイツでさえ、前に進めなかった。


「私は貴方が嫌いになった。だから、殺させて貰うわ。これは神様の気まぐれだから気にしないで。」


リザリオはゆっくりとバイツに近寄るが、バイツは一瞬にして距離を取った。


「...」


バイツは声もあげられなかった。生物としての本能がリザリオと戦ってはいけないとバイツに語りかける。


「こないの?面白くないわ...」


リザリオが呆れてどこかへ行こうとすると、バイツは今だと飛び出した。


「グルァァア!!」


バイツの剣は見事にリザリオの背中から突き刺さり心臓を貫いた。


「...その一撃の対価は大きいわよ?」


リザリオが霧のようになって消えると、バイツの背後に現れて肩を掴んだ。


「喰らえ...『王を喰らう(リーティル・キア)神狼(・ラエズ)』」


バイツの背中にリザリオの手が当てられた。リザリオは手を抜いたつもりであった。しかし、当てた手から放たれた衝撃はバイツを貫き大地を抉り、大気を揺るがした。


「...力加減に失敗したかしら?」


最早リザリオの一撃でバイツの生命維持に必要な臓器は破壊されていた。だが、バイツはまだ立とうとしていた。戦う為ではなく、逃げる為に。


「ッ!」


バイツは光弾を放ちリザリオの目を眩ませると、全力で走った。そして、当初の目的であった羊族の街まで辿り着いた。


戸惑う羊達



俺はそれを貪った



食えば食うほど体力は戻り傷が癒える



それどころか力も湧いてくる



これなら



アイツに



「私に勝てるって?」


バイツは足を踏み潰された痛みで一気に現実に引き戻された。千里眼で視えた未来でさえ引き裂かれてしまう。


「ガァッ!」


残った力で腕を振り回し、リザリオを殺そうとする。


「もう駄目ね」


リザリオはバイツの顔を掴んだ。


止めてくれ。


私はまだ死にたくない。


王になる運命なのだ。


バイツは心の中で叫んだが、リザリオには届かなかった。


「さよなら...」


リザリオの右腕が黒く染まる。真紅の瞳にバイツの怯えた表情が映った。


「...どうしてこんなにも世界は残酷なのかしら。今、解放してあげるわ...光の魔女、アルナ...『神狼よ、鎖を砕き(ラエズ・ヴォルガ)世界を喰らえ(・フェルターナ)』」


リザリオの一撃を放ったその瞬間、世界がざわめいた。


暫くしてからキュロスタがあった場所は、今は新たなスパーダの縄張りになり、ビスティアやヒューマノイドは近付くことはなくなった。


キュロスタから少し離れた平原には深い大きな穴があり、その最下部には小さな石の墓標が立っていた。墓標には誰にも読めない文字が掘られていた。そして、墓標の前には白い美しい花が供えられていた。


その花の名は『カタルテ』


その花が意味するのは「永遠の約束」


約束を残したまま、2人の魔女はこの地を離れた。


1人は永遠の眠りに


1人は終わりのない旅に


「はぁ、惜しい魔女を亡くしたわ。」


リザリオはまた目的もなく歩いていた。その先には何があるとも知らずに。


「何か面白い事でもないかしらね。」


リザリオはさんさんと輝く太陽の光を避けるように傘をさし、何も無くなった平原を歩いていった。

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