閑話②・武内支織
「おっはよーございまぁす」
出社したわたしは鞄を机の下に置いてからパソコンを立ち上げた。私の場合いつも事務所の席に座るのは定時ぎりぎりなのよね。一ヶ月に何回かは定時ちょっと過ぎになって遅刻扱いになったり、大寝坊して半日年休を取る破目になったりと勤務態度は決して良くなかったりする。
「おはようございます、リーダー」
私に真っ先に声をかけたのは『双子座』サブシナリオライターのきららだった。彼女は丸眼鏡を片手で持ち上げつつ私へ呆れ顔を向けてくる。どうせ遅刻ギリギリな私への批難なのは間違いないのであえて気付かないふりをしておく。
きららとの付き合いは大学時代からになる。同人時代にネット上で互いに作品を発表しながらやりとりをしていた。きらら側のサークルに自分の作品を乗せてもらった事もある。たまたま小ブレイクしたのでやれると判断したのかサークルの一人が有限会社を立ち上げたのよね。で、私も便乗させてもらった次第である。
きららとは共にシナリオライターとして幾つか作品を発表してきた。たまたま『双子座』がヒットして私がメインできららがサブ扱いされる事が多いけれど、本来は同格だ。互いに所属会社ブランド作品以外にもラノベを出したりもしている。客層は地味に違うのだけれど私達は切磋琢磨し合う作家なのよ。
「今日も会議会議で会議づくめなんだったっけ? シナリオライターとは何だったのかしらね」
「公式設定集は『双子座』の締めくくりですからね。入念に打ち合わせしないと」
「あーあー、とうとう終わっちゃうのね『双子座』も」
「だらだら続けるぐらいならすぱっと区切りよく終わらせた方がいいに決まっています」
朝礼を終えてメールチェックしている間に隣の席のきららに話しかける。彼女は決して私の世間話を蔑ろにしないで聞き入ってくれるから有難い。飲みに誘えば付き合ってくれるし休日も何回か一緒に遊んだ仲だ。
きららは少々きつめの、けれどわりと端正な横顔のままでこちらに視線だけを向けてきた。
「リーダーは『双子座』では全てをやりきったと思っていますか?」
「……正直打ち明けちゃうと、いいえね。きららはどうなの?」
「私もまだ不完全燃焼だと考えています。ですがプロデューサーから何度も却下を食らっていてもはやお蔵入り決定ですよ」
「何それ、私もなんだけれど」
「リーダーも? それは初耳ですね」
「あー、まずしおりと打ち合わせしてオッケー貰った内容しかみんなに伝えていないからね」
なんと、きららもチーフプロデューサーに没にされたシナリオを抱えていたなんて。てっきりファンディスクでやり尽くしたとばかり思っていた。やれなかった事はあえて『双子座』でやる必要無くて次回作に持ち越すとばかり。
メールへの返信をしまくっている間は互いにキーボードに文字を打ち込む作業を黙々と続けていく。この事務業務が鬱陶しくてたまらなくて時々ネットに繋げたくなっちゃうのよね。我慢我慢。いっそのこと在宅勤務にでもしてやろうかしら?
「悪役令嬢」
「えっ?」
「『双子座』の悪役令嬢ジャンヌ・ドルレアン。彼女は原作のどのルートでも、アペンド版でも、どのメディアでも、ファンディスクですら最後は必ず断罪で破滅しますよね」
「勧善懲悪。しおり曰く、悪役令嬢が破滅するのは時代劇で悪人が成敗されたり平伏するのと同じ感じの様式美なんですって」
「プロデューサーの……その事情を知っているという事は、リーダーのやり残した事も悪役令嬢に関するシナリオで?」
「ぶっちゃけちゃうと、そうね」
ようやく全部のメール見終わって返信も打ち終わるって頃、唐突にきららが口を開いた。つい気になって彼女の方へ視線を向けてみると、きららは真剣な眼差しをパソコンの画面の方へと向けていた。並々ならぬ雰囲気が私にも感じられた。
「悪役令嬢は処刑されたり盗賊にさらわれたり、メインヒロインにふりまいた悪意の報いを受けますよね」
「その破滅ってほとんど全部きららが書いたんじゃないの。よくもまあ悪役令嬢を散々に酷い目に遭わせてくれちゃってさ」
「それはさておき、悪役令嬢は最後の瞬間まで呪いを、怒りを、憎しみを、妬みを周囲にばらまきますよね。実は私、あの最後をあまり気に入っていないんですよ」
「嘘ぉ? またまたぁ」
処刑人、敵国の兵士、野盗、その他諸々。原作では数行で片づけられた悪役令嬢の末路はアペンド版できららが思いっきり追記している。その中で悪役令嬢は例外なく醜く終幕を迎えている。てっきりきららの趣味が暴走した結果とか思っていたけれど、違うの?
「私はですね、悪役令嬢は最後の責任を果たしていないと思うんです」
「責任って、罪に対する罰は作中で十分すぎるぐらい受けているじゃないの」
「それでは不十分です。いくら罰を受けたからとその罪を贖ったわけではありませんよね」
「そんな事言ってたら人が人を裁けなくなるでしょうよ」
言いたい事は分かる。目には目を歯には歯をって有名な言葉があるけれど、要するに罪に対する罰は何らかの形で計る必要があるってわけだ。じゃあ悪役令嬢が受けた罰でメインヒロインへの悪意が許されたかって問われたら、わたしは頷けてもきららにとっては違うみたい。
「ですから私は今日も最後のシナリオを追加してもいいかとプロデューサーに提案するつもりです」
「……言われてみたら最終版の公式設定集が出ちゃったらもうシナリオ追加出来ないのよね。私も今日ちょっと言ってみようかしら?」
じゃあ悪役令嬢をR-18G作品を髣髴とさせる凄惨な拷問にかければいいか?ってわけでもなさそうね。どうやらきららは悪役令嬢への締めくくりとして最終シナリオを考えているらしい。奇しくもそれは私のやり残しと酷似しているようね。
と、物思いにふけっていたらパソコンでプロデューサーから呼び出しを受けた。席まで来いとまでは言わないけれどせめて内線電話ぐらい使って欲しいのだけれど? 私は開きっぱなしの画面を閉じてからディスプレイだけ電源を落とした。
「ちょっと呼ばれてるから行ってくるね」
「? 会議はまだ先ですよね。どうして今から?」
「さあ? しおりのマイペースっぷりは今に始まった事じゃあないし?」
席を立った私は会議スペースに向かった。座っていたのはしおりって名のチーフプロデューサー兼キャラデザイン担当。彼女は私に気付くと傍に座りなさいと促したので言うとおりにした。ほぼ同世代の彼女はつまらなそうにタブレットを操作して何かを記入していた。
「『双子座』もこれでグランドフィナーレね」
「ええ、そうですね」
「で、やっぱりキョーカはシナリオ追加を諦めていないんでしょう?」
「勿論です。今日も言わせてもらいますよ。最終パッチでシナリオ追加させてくださいって」
単刀直入に切り出してきたな。確かに今後打ち合わせるとなると設定資料集と次回作に注力していくんでしょうから、今日を逃したら既存の『双子座』をいじる機会はもう無いでしょうね。しかししおりからその話題が飛び出たのは実に好都合だ。
「何でしたらもう一回プレゼンしましょうか? 二時間ぐらい」
「いいわよ」
「ん? プレゼンしてもいいんです? じゃあスケジューリングしておきますね」
「違うわよ。追加していいって言ってんのよ」
……はい?
自分の耳を疑う。思わず耳をほじろうとしたらしおりに手をはたかれてしまった。痛い。
「きららとキョーカが追加したかった二つのシナリオで『双子座』は閉幕よ。完結版は次回作と同時に発売を目指しましょう」
アレだけ様式美に拘っていたしおりが妥協した? 夢じゃないかしら? それともしおりが何か悪い物を食べたんだとか? それとも何か有頂天になる出来事が?
いや……そんなの何でもいい。とにかく言質は取った。これで私の悲願だったシナリオを作品として世に広められる!
本当なら歓喜の声を挙げて万歳したいのだけれど何とかその衝動を堪える。けれど「よっし!」とつぶやきながらガッツポーズするのは抑えられなかった。そんな私にしおりはニヤつきながら肩に触れて「頑張んなさいよ」と声をかけてきた。
「ジャンヌルート、か。この私のこだわりを折ったんだからそれなりの脚本にしなさいよ」
「勿論ですよプロデューサー。ファンをあっと驚かせるシナリオにしてみせますから」
「不安ねー。キョーカったらやりたい放題したらとんでもない問題作仕上げてくるしさ」
「心外な。脚本家の暴走を抑えるのもプロデューサーの仕事ですよね」
浮足立つ私はふと気になった事があった。それはきららが言っていた追加したいシナリオだ。
『双子座』は私ときららの合作と言っていい。きららはサブライターとして多くのシーンで私の脚本を上手い具合に描写してもらう仕事をしてもらった。アペンド版では彼女が執筆したシナリオもある。そんな彼女が並々ならぬ執念を燃やして追加したいシナリオ……?
「プロデューサー。きららはどんなシナリオを追加したいって?」
「キョーカはきららにジャンヌルートの片鱗も教えていないんでしょう? だからキョーカにもきらら草案のルートは教えるなって言われているんだけれど」
「そこを何とか。せめてコンセプトだけでもっ」
「コンセプトぉ? そうねぇ……」
しおりの口から飛び出したきららの悲願は私を驚愕、困惑の渦に誘うには十分だった。
けれど同時にどんな話になるのか非常に興味をそそるものだった。
「ソレーヌルートですって」
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結局その日も帰りは夜遅くになっていた。これで自炊風呂寝るのコンボをやっていたら日付は跨いじゃう。帰り道は駅前こそ人通りが多かったけれど駅から離れる度に人数が少なくなっていった。私は寂しい夜道を紛らわす為に音楽プレイヤーを再生させる。
ジャンヌルートの許可はもらえたんだしいよいよ細部を煮詰めていかないとね。もうこれまでにないぐらいやる気に満ちちゃっている。今日は興奮で眠れなくなっちゃうかもしれないわね。けれど今日はゆっくり休んで明日から書き上げていこう。
「よーっし、頑張るぞー!」
私は満天の星空の下で高らかに叫んだ。これからに想いを馳せながら。
■■■
――そこで私の記憶は途絶えている。
そしてここからわたしの記憶が刻まれ始める……。
お読みくださりありがとうございました。




