ニヴォーズ⑥・誕生会を終えて
「まさか本人から一言言わなきゃいけないなんて聞いてなかったよ……」
「私もお父様とシャルルが全部語ってくれるとばかり思っていたわね」
祝賀会は無事終了してわたし達は自分達の部屋に戻ってきた。事前の宣言通りわたしは後片付けを他の使用人方に押し付けて大急ぎで着替える。尤も、使用人方はわたしが手伝わないって申し出る前に今日は手伝うなと口を揃えて言ってきたのだけれどね。
侍女とメイドが数人がかりでわたしとジャンヌを着替えさせていく。外した宝飾品は丁寧にしまい、脱いだドレス靴下着は畳んで、元あった収納場所には戻さずに持ち去っていった。聞いたら洗濯や手入れを施すらしい。
で、いかにも公爵令嬢ですって格好から帰宅用の町娘風に着替え終える。既に荷物はまとめ終わっているから後はお疲れさまでしたとオルレアン邸から出ればいい。けれど今日はいつもと違ってジャンヌも部屋着ではなくわたしと同じく町娘風の服装になっていた。
……勝ったな。予想よりはるかに様になっているけれどまだわたしの方が似合っている。
「それじゃあ行きましょうカトリーヌ」
「本当に来るの? 言っておくけれどさっきまでの祝賀会とは雲泥の差だよ?」
「あのね、さっきまでの私を見ていたでしょう? 皆から絶え間なくお祝いの言葉をかけられていたせいで何も口に出来なかったんだから」
「分かった。じゃあ行こうか」
あー、言われてみたら確かに落ち着く暇も無かったかもしれない。当事者って辛いね。かく言うわたしも声をかけられまくったけれど終盤ぐらいには落ち着いたのよね。ただ家で本格的に食べたかったら意図的に食は減らしておいたのだけれど。
ジャンヌが手を差し伸べてきたのでわたしはその手を取った。シャルルやアルテュールがさせたエスコートとは違って仲のいい女の子同士が繋ぐみたいな感じって言えばいいのかな。そのまま二人してジャンヌの部屋を出て……思わず声を挙げてしまった。
「「お母様っ!?」」
「さ、行きましょう」
だってお母様が花が咲いたような笑顔で廊下で待ち構えていたんですもの。
しかもお母様は先程まで誕生会で着こなしていたドレスから打って変わって質素ながら落ち着いて高貴さが現れる服装に着替えていた。街中でたまに見受けられる裕福な家の夫人とでも表現すればいいかしら?
いや、別に何も公爵夫人のお母様がこのような衣服に袖を通すのが珍しいとは言わない。お忍びで街中を散策する際はこんな感じになるでしょうし。見た目に驚かされたのもあるけれど、問題なのは時間の方でしょうよ。
「あの、お母様? 行きましょうって、どちらに?」
「え? 何を言っているのよ。カトリーヌの家で誕生日祝いをするのでしょう?」
「えっと……。まさかですが、お母様も参加を?」
「フレデリック様も誘ったのだけれどあの人は皆様の応対をなさるんですって」
いやいや、まさかですよ。しかしお母様は既に行く気満々でどう説得しても通用しそうにない。思わずジャンヌの方に視線を移したのだけれど彼女の瞳はわたしに語りかけている。もう諦めなさい、と。
三人で玄関に向かうとホールで待っていたのはアルテュールだった。彼はいつぞやでジャンヌとシャルルを尾行した時と違って街でよく見かける若者に見える服装に着替えていた。わたし達に気付くとアルテュールはこちらに向けて気さくに手を挙げてくる。
「……アルテュール、貴方もですか」
「はい。一言ご挨拶をと思いまして」
「いや……今更だけれど、もっと早くに行ってくれればそれなりのもてなしも検討したのに」
「それでしたら心配ありません。まずは向かいましょう」
疑問符を浮かべるわたしをアルテュールが馬車へと誘う。そう言えば日が沈んでからの移動は闇の魔法ばかり使っていたから馬車は初めてだな。わたしとアルテュールが二人乗った所で馬車が出発する。後ろを振り向くともう一台来ているみたい。……馬車の移動でジャンヌと一緒ではないのも珍しいかもしれない。
特に馬車の中ではお互い言葉を交わさずに家の前まで到着する。以前住んでいた貧民街の路地は狭いから馬車直付けなんて出来なかったものね。降り立つと夜風がわたしの肌を撫でる。もうすっかり冬になっているからとても肌寒い。
「ただい……」
「「「お誕生日おめでとう!」」」
玄関扉を開いた途端、みんなから声をかけられた。目を丸くするわたしにアルテュールが「中に入りましょう」と囁いて我に返った。見回すとわたしの家族は元よりもっと多くの人が集合しているんですがそれは。
クロードさんがオルレアン家のメイド服で食卓に食事を運んでいる。サビーネ様が「遅いわよ」と暗に批判する目線を送ってきて、マリリン様がロクサーヌと楽しくお喋りしている。で、挙句リュリュがこちらに歩み寄って手を差し伸べてきた。
「お嬢様、上着をお預かりします」
「えっと……リュリュ? どうしてここに?」
「ジャンヌお嬢様からのご提案によりこちらのお手伝いに参りました。ニコレットさんとティファニーさんもいらっしゃっていますよ」
「ジャンヌ……いつの間にか自分の家がオルレアン家に浸食されている件についてちょっと話し合いたいんだけれど?」
「いいじゃないの。固い事言わないの」
程なくジャンヌとお母様も到着する。あまりに大人数だから折角以前より広い間取りにされているのにとても狭く感じる。けれど正直この密集度は嫌いじゃない。改めて食卓に付いたわたしに妹達から誕生日を祝福された。
「姉さん誕生日おめでとう。今日は一段と綺麗なんじゃない?」
「ありがとうジスレーヌ。そう言ってくれると嬉しいよ」
「お姉ちゃんお誕生日おめでとう。贈り物は後で渡すから」
「ありがとうねロクサーヌ。次の誕生日は期待していてね」
「おめでとカトリーヌ。今日からは貴女の事もお姉様と呼ばなきゃいけないわね」
「今まで通りで問題ありませんサビーネ様。これからもよろしくお願いいたします」
「あの……おめでとうございます、中姉様。その……お姉ちゃんになってくれて嬉しいです」
「ありがとうございますマリリン様。わたしも妹増えて嬉しい限りです」
そうか、オルレアン家の娘として認知されたんだからマリリン様方はわたしの妹になるのか。まあ身分差なんて関係無く妹達と打ち解けているようだし。わたしとしては今日から妹ですと言われたからって態度を改めるつもりはない。
とは言え、それはあくまで子供の認識。大人達にとって平民と公爵家では山よりも高く谷底よりも深い隔たりがある。お母さんが青ざめた顔をさせてお母様に平謝りしようとするのをお母様が両肩を掴んで止めていた。
「も、申し訳ありませんっ。娘達には後できつく言っておきますので……!」
「あら、別に構わないわ。カトリーヌの妹なのだから私の娘も同然。それにマダム・クロードから伝えられているでしょう。今日は無礼講だ、って」
「奥様……」
「ルイーズと友達だったのでしょう? 色々と聞かせてもらえる?」
「……はい」
母親同士で何やら語り合っているようだ。残念ながら賑わっている席から聞き取る事は難しい。ジャンヌも放っておけばいいわと口にして遠慮なく席に座り、わたしの妹達と談笑を弾ませる。アルテュールは遠慮がちに端の席に座る。奇しくもお父さんの目の前なんですがそれは。
「では、改めて。姉さん、ジャンヌ様。お誕生日おめでとうございます!」
ジスレーヌが音頭を取って我が家の誕生日会が開かれた。
オルレアン家程煌びやかではないし食事も豪華ではない。けれどここには家族の団欒がある。堅苦しい社交辞令も必要ないし建前も投げ捨てていい。皆心から打ち解けあった。公爵夫人や令嬢からメイドや一般市民まで生まれも身分も関係無く。
やっぱりこうして過ごしているとわたしが帰るべき家はここなんだなぁって実感する。けれど女性として生まれたからには期限付きだ。いつかは巣立って嫁がないといけない。修道院行きは勘弁してほしいし独身で過ごせるほど女性が自立出来る社会じゃないもの。
「ねえカトリーヌ」
「ん? どうしたのジャンヌ?」
料理の皿が半分ほど空いた頃、隣に座るジャンヌがこちらに席を近づけてきた。お酒を口にしているのかやや目元がとろけていて頬が紅色に染まってきている。かく言うわたしも少々お酒を口にしている。私の時と違って普段飲まないだけに酔いが早い。
「お父様はああ言ってくださったけれど、オルレアン家には戻らないつもりなんでしょう?」
「……自分でもよく分からない。けれどこのままだと先送りにしたっきりになる可能性が高いかな」
「有耶無耶にねえ。今更公爵令嬢としての教養と礼儀作法を叩き込まれるよりはその方がいいでしょうね」
都合が良すぎるのは分かっている。お母様やお父様には申し訳ないけれど、やはり今更オルレアン家に舞い戻る気はあまり起こらない。この家をぎりぎりまで離れたくないって想いもある。けれど一番の理由は今の日常を壊したくないって願望があるからだと思っている。
……いや、変わるのが怖いんだ。今だって十分に幸せだ。それがこのまま続けばいいのにって現状に満足してしまっているから。もし思いっきり踏み切る決断を迫られたら……その時のわたしはどちらを選ぶんだろう?
「そもそもカトリーヌ意中のアルテュール様も別に気にしていないようだし」
「まだアルテュールと結ばれるって決まったわけじゃあないし……」
「あら、そんな悠長な事を言っているうちに堀は埋まってきているみたいね」
「えっ?」
ジャンヌが笑みをこぼしながら指差す先ではお父さんとアルテュールが真剣な面持ちで向かい合って言葉を交わしている。アルテュールが深々と頭を下げて、お父さんが腕を組みながらうなって。でやがて重い口を開いてお父さんがアルテュールより深く頭を垂れて。アルテュールは込み上げる嬉しさをどうにか抑えつつ一礼する。
……あれ? コレ、もしかして「娘さんを自分に下さい」、「不束者ですが娘をよろしくお願いします」的な挨拶な感じのヤツ? もう外堀内堀を埋めるどころか本丸が落城済みで、今は天守閣から城下町を一望している所じゃあないかな?
「いや……挨拶は挨拶だけれどさ。いくらなんでも迅速すぎない?」
「あら、自分を想ってそれだけ尽くしてくれるなんて悪い気分はしないでしょう?」
「……違いないけれど嬉しいやら恥ずかしいやら」
「ああ、そうそう。挨拶で思い出した。まだ肝心な挨拶を交わしていなかったわね」
「えっ?」
ジャンヌはこちらにグラスを向けてきた。脇からクロードさんが透き通った赤紫色のワインを注いでいく。明らかに市場では売ってなさそうな高級品なのは気付かなかった事にしておく。わたしも促されるままグラスに残ったワインを飲み干してから追加で注いでもらった。
「お誕生日おめでとう、カトリーヌ」
「お誕生日おめでとう、ジャンヌ」
乾杯、とグラスの硝子の心地よい音色が奏でられる。
生誕の祝いはまだまだ続いていきそうだ。
これで第三章は終わりです。
次回からは最終章になります。




