ニヴォーズ⑤・公式発表
「やあジャンヌ、迎えに来たよ」
「あらシャルル、今日は一段と立派に見えるわよ」
ジャンヌを迎えに来たのはシャルルだった。彼はいつもの様な凛々しさと優しさをそのままに頼もしさと格好良さを兼ね備えていて、思わずわたしまで見惚れてしまった。するとジャンヌから釘を刺すように睨まれたのはご愛嬌ね。
ジャンヌが姿を現した途端シャルルは朗らかな微笑みを崩して心の底から湧く笑顔を見せた。彼は思わず両手を挙げてシャルルへと歩み寄る。ジャンヌもまた笑顔で彼に近づいていき、互いに優しく抱き合った。愛し合う者の抱擁を交わす姿のなんと美しき事かな。
「それじゃあカトリーヌ、また後でね」
「うん、また後で」
ジャンヌは手を蝶のように羽ばたかせてシャルルに連れられていく。婚約者をエスコートする王太子様の構図は当たり前のようで本来ありえない光景。私の悲願が今現実のものになりつつある。感動してそちらの方ばかり見つめていたら、傍に控えていたお母様に肘で小突かれてしまった。
「カトリーヌの王子様がいらっしゃったわよ」
「えっ?」
我に返ったわたしが思わず玄関の方へと振り向くと丁度アランソン家の馬車が到着する。降り立ったアルテュールは私の構想からデザインされた『双子座』の攻略対象者だった彼よりはるかに貴公子然としていた。ただ公爵令嬢と偽った際の黄金色の髪を後ろで団子状にまとめ上げた髪型は変えておらず、男装の麗人にも見える絶妙な仕上がり具合だった。
シャルルが理想の王子様だとしたらアルテュールは慈しむ女を守る騎士、と言った所か。
「お待たせしましたカトリーヌ」
「いえ。ごめんなさいアルテュール。わたしの我儘で連れ回す事になっちゃって」
「問題ありません。むしろ私を選んでいただけて光栄です」
アルテュールが慇懃に会釈をしたのでわたしもドレスの裾を摘まみ上げてカーテシーをさせる。来てくれるとは信じていたけれど実際にわたしを迎えに来てくれるのだからとても嬉しいものだ。開催はオルレアン邸なのに迎えって言い方も変だけれどね。
アルテュールがこちらへと手を差し伸べた。わたしも手を伸ばして二人の手が結ばれる。
「では参りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「丁寧な口調に切り替えなくても……いえ、公の場ではそうすべきなんでしょうかね?」
「その方がいいかと具申しますよ」
さあ、行こうか。どのような誕生会になるかは当たって砕けろだ。
■■■
いよいよ誕生祝賀会が開かれた。
さすがに国中の貴族が集う宮廷舞踏会よりは規模が小さいものの、相変わらず庶民でしかないわたしの想像を絶する程豪華絢爛さ。どこに目を移しても眩いばかりで場違い感を覚えてしまう。少し気が引けてきたわたしの肩をアルテュールがそっと支えてくれた。
「改めましてお誕生日おめでとうございますわ、カトリーヌさん」
「ありがとうございます、クレマンティーヌ様」
わたしを真っ先に祝福して下さったのはクレマンティーヌ様だった。学園でも祝いの言葉を送ってくださったし贈り物も頂いてしまったので、ここでは言葉を交わすのみだ。自分に絶対の自信と誇りを持つ侯爵令嬢はここでもそうした魅力を全く失っていなかった。
「ところでクレマンティーヌ様。同じ容姿、同じ格好をしていましたのによくジャンヌと見分けが付きましたね」
「わたくしからすれば佇まいや仕草で一目瞭然ですわ。他のご令嬢方はお二方に連れ添っている殿方で判断しているようです」
「嗚呼、成程」
視線を移すとジャンヌの周りには人だかりが出来ている。ジャンヌと同年代の貴族令嬢を始めとして殿方も初老の紳士も分け隔てなく。そんなジャンヌの傍らにはシャルルが付き添っている。二人して祝いの言葉に微笑を浮かべて答えているようだ。
「ところでアルテュール。シャルル殿下すらジャンヌとわたしの見分けは付かなかったのですが、貴方様はどうなのですか?」
「いえ、ご心配なく。むしろ私からすれば見間違う方が不思議でなりません」
「……参考までに、どのように見分けていらっしゃるんです?」
「挙げればきりがありませんが、ご所望でしたら披露しますよ」
で、アルテュールからわたしとジャンヌの見分け方を真顔で幾つも並べてくれた。笑顔から始まってわたしのふとした癖、言葉づかい、視線の送り方、雰囲気、以下略。初めは嬉しい方が先行していたのに止め処なく溢れてくるので段々と恥ずかしくなってきた。わたしが慌てて止めた頃にはアルテュールの方も乗ってきたらしくとても自慢げになっていた。
ある程度談笑が弾んだ所でお父様が会場の中央に立ってジャンヌの祝いへ集まってくれた皆様に感謝を述べた。そしてこれからもジャンヌをよろしく願うと締め括った。紳士熟女からの万雷の喝采に包まれる。
「それから、今日この場を借りて皆に報告すべき事がある」
報告……。いよいよジャンヌのご懐妊の発表かぁ、なんて会場の隅で見つめていたら不意にお母様とクロードさんに両腕を掴まれた。驚きの声を挙げる暇も無くわたしは二人に会場中央へと連れられていく。皆の視線がわたしに集中する中、お父様が大きい手がわたしの肩に触れる。
「彼女は私とエルマントルドの娘、オルレアン家の次女、カトリーヌだ」
会場騒然。しかし半分ほどの方が妙に納得されたように頷いている。そりゃあここ半年以上ずっとジャンヌと一緒にいたし外見も互いに歩み寄ったりオルレアン家の方々からも愛されていたし。否定する材料がこれっぽっちも無いのだからしょうがない。
でも今日この場で明かすなんてお父様は一言も仰っていませんでしたよね? せめて覚悟を決める時間は貰いたかったなぁ。どんな顔をしていいか戸惑っているとお母様が少し悪戯っぽく微笑みかけた。は、はめられたぁ……!?
「カトリーヌは訳があって我が家とは別の環境で育てられた。我が愛娘ジャンヌの双子の妹になる。本人の希望もあって再びオルレアン家に迎え入れるかは先送りとするが、私はオルレアン家当主の名においてカトリーヌを我が娘であると認める」
それは『双子座』王太子様ルートでもエンディングでしか起こらないメインヒロインへの迎え入れ。しかしここではジャンヌやお母様、お父様を始めとするオルレアン家の方々との日々の積み重ねの賜物だ。脚本に愛されたメインヒロインではなく、わたし自身が勝ち取った光景なんだ。
「そして双子であるから今日はカトリーヌの誕生日でもある。どうかもう一人の愛娘の誕生日も祝っていただきたい」
お父様が一礼して会場は再び拍手に包まれた。わたしはどうしていいか分からずただ深く頭を下げる他無かった。そんなわたしにお母様が近寄られて耳元で囁く。あまりに甘ったるい声で妙にくすぐったく感じてしまった。
「カトリーヌ。アルテュール様との関係、公にしたいなら今この場が絶好の機会よ」
「ふぇっ!?」
言われてみれば確かに納得出来てしまう。お父様の一言で今日の主役にはわたしも加えられた。ならいっそこの場で打ち明ける手はかなり有効だ。何せ御三家同士の婚約なのだから王家の方との婚約程ではないにせよこの場での披露は政略的にも有益でしょうし。
ただしそれはあくまでわたしがオルレアン公爵令嬢だけだったらの話。今のわたしは同時に一般階級でしかないただのカトリーヌでもある。オルレアン家公爵令嬢としてアランソン家子息へ嫁ぐとだけ認識されたくはなかった。
「とても嬉しい提案ではありますがお断りしても問題ありませんか?」
「カトリーヌならそう言うと思ってあの人にもそう伝えておいたから」
「そう、でしたか……」
胸をなで下ろしたわたしはアルテュールに手を引かれて中央から外れていく。皆様現金なもので引き下がるわたしへと次々と祝いの言葉を述べてくる。わたしは顔に笑みを張りつかせて手を振りつつありがとうと礼を口にしていった。
「続いて、この場に集まっていただいた皆様に私より報告がある」
その間にお父様は一歩引いており会場中央にはシャルルが皆様に目を向けていた。いよいよか、とわたしは固唾を飲んでシャルルを見守る。緊張のあまりに身体を震わせているとアルテュールが優しく肩を抱きかかえてくれた。
逆にシャルルはこれから一大発表を迎えるにも拘らず堂々とした佇まいだった。あまりに頼もしく感じてしまい、傍に控えるジャンヌすら普段の貴族令嬢然した余裕と優雅さを失わせて見惚れていた。
「私の最愛の婚約者であるジャンヌ・ドルレアンはこの私、シャルル・ド・ヴァロワとの子宝を授かった」
その一言は会場全体を驚愕で包み込むには十分すぎた。
「本来なら婚姻を結ぶまでは関係を深める時期ではあるが、私の若気の至りによりこのようになってしまった事は念頭に置いてもらいたい」
シャルルはあくまで自分の欲情から夜の営みに及んだんだと強調する。ジャンヌが何か言いたそうに瞳を揺るがすけれど、口元をきゅっと引き締めて我慢しているようだ。シャルルの意を汲んで自分を押し殺しているのかしらね。
「予定通り私とジャンヌの祝宴は私が学園を卒業した後の春先に執り行う。環境が変わればジャンヌには心労が重なる事だろう。それでも私は最愛の女性を守り抜くと誓う。どうか皆にはジャンヌと私を見守っていただきたい!」
シャルルのお言葉が終わると同時に万雷の喝采に包まれた。お父様の祝辞やわたしの紹介よりもはるかに会場を揺るがす程に。何人かは王太子殿下万歳、未来の王妃様万歳と口にする。中には王国万歳と言う方もいらっしゃった。
そこでようやくわたしは思い当たった。そう言えばジャンヌとシャルルの子が男子だったら王家の後継ぎになるんだっけ。ジャンヌとシャルルの子かぁと呑気に考えていたわたしの頭を自分で叩きたい気持ちね。
それでもわたしが一番嬉しかったのはやはりジャンヌがこうして皆から祝われている事でしょう。ようやく辿り着いた理想郷、しかしまだ確定していない未来でもある。
守りたい、とわたしは決意を新たにさせて拳を握りしめた。
お読みくださりありがとうございました。




