フリメール③・次回作ヒロインの本音
「さすがはメインヒロインになっただけはありますね。その通りです。わたしはね、『双子座』そのままにメインヒロインが大勝利して悪役令嬢が破滅するようにしたいんですよ」
アルテミシアの笑みは決して相手の気を惹く愛想笑いでも社交界で印象を良くする作り笑いでもない。心の底から生じた歓喜からのようだった。面会室の端に見張りの守衛や兵士が立っていなければ声を挙げて万歳したかもしれない。
「何故、何の為に……」
「何故かですって? 決まっているじゃありませんか。それが『双子座』だからです!」
彼女はアルテミシアになる前にも大勢に同じように語っていたのか、いかに『双子座』が素晴らしいかを熱く丁寧に、しかし簡潔に披露してきた。メインシナリオライターの私にすらその作品愛が伝わってくるぐらい巧みな話術で心動かす演説と評して良かった。
つまり、王太子殿下を狙うのも悪役令嬢の断罪に欠かせないから。そして小説版アニメ版共にメインヒロインが攻略する相手だから。今まで通りわたしがメインヒロインの役割をこなせば彼女はただの観劇者に留まっていただろう。
「幸いあの超難関だったアルテュール様は攻略なさったみたいですし、後は悪役令嬢を断罪に追い込むだけですね」
「どう説得してこようとわたしはジャンヌを幸福にしてみせます。邪魔するなら貴女は敵です」
この間と同じ主張を繰り返したらアルテミシアが目の前にあった机を思いっきり叩いて前のめりになってきた。
「だからそれが『双子座』への冒涜だって前も言ったでしょう! どんな攻略対象者と一緒になっても全員と仲良くなっても最後には悪役令嬢は破滅する! それが無数に存在する『双子座』の中でも不変な運命なんですから!」
「知りません。糞喰らえですね」
ああ何度だって言ってやる。そんなもの知るかと。確かにプロデューサーのせいで私世界では悪役令嬢の救済はお流れになってしまったけれど、だからこそ救いたいんだって願って何が悪いの? ましてやジャンヌは幾度とないやり直しを経て既に悪役令嬢から逸脱しているんだから。
それが認められないアルテミシアは顔を歪めて拳を握りしめ腕を振るわせる。わたし達の間が硝子で遮られていなかったらわたしの首めがけて手を伸ばしてきたかもしれないわね。それぐらいわたしに対して憎しみを抱いていそうだった。
「どのシナリオにも無いからこそ……」
「はあ? 聞こえません何か言いましたか?」
作品を尊重してくれるのは嬉しい。
作者の言いたい事は全部作品に込めるべき。だからどのメディアでも結局最後に破滅するジャンヌの姿が正しいとも理解出来る。メインヒロインに散々悪意を振り撒いた悪役令嬢の救いなんて『双子座』には蛇足でしかない、って気持ちも分かる。
「どのシナリオにも無いからこそここではジャンヌ・ドルレアンに幸せになって欲しい。そう思って何が悪いの?」
「……っ!」
だから私が最後までやれなかった大団円を目指そうとして何が悪いの? 私から言わせれば『双子座』は不完全。悪役令嬢ルートを搭載してようやく締め括れるんだ。
発表済みの『双子座』を神格化したから何? その程度で私の悲願は揺るがない!
「メインヒロイン役に抜擢されたからっていい気にならないでください。カトリーヌさんにそんな資格があるとでも?」
「『双子座』世界に勝手に新たな一頁を綴るならまだしも、ここはあくまで類似した世界に過ぎない。資格も何も関係無いわね」
「間違っています……っ。貴女に『双子座』愛は無いんですか!?」
「あるわよ。けれど完全無欠とも思ってないし。私は好きなようにやらせてもらうわ」
アルテミシアが冷めた。擬音を付けるならすうって感じで。目が据わった彼女が瞳の奥に宿らせるのは激しい憎悪に他ならない。単に役目を放棄して好き勝手やる小娘への嘲りから明確な敵意を帯びてこちらと向き合ってくる。
「成程、確かに敵ですね。わたし達は相容れそうにありません」
「だから初めからそう言っているでしょうよ」
アルテミシアは勢いよく立ち上がった。床との摩擦で引っかかった椅子が仰向けの形で後ろに倒れて大きな音を立てた。アルテミシアは直そうともせずにただわたしを見下ろしてくる。
「王太子様もアルテュール様もこんなに早々と攻略しちゃったカトリーヌさんの事ですから、どうせこの闇属性発覚イベントも『双子座』には無い抜け道を準備しているんでしょう?」
「さあ? わたしには分かりかねます」
「あいにくこのイベントでわたしがやれる事はやり尽くしちゃいました。後は結果を見守るだけですけれど、今の様子を窺う限りだと失敗しちゃいそうですね」
「常識を覆してくださるのは有難い事です」
ほう、随分とあっさり敗北を認めたものね。けれどここで諦めたらアルテミシアが繰り出せる弾はもう無い筈なんだけれどね。
アルテュール様ルートの場合は彼の狂気に晒されるんだけれど、イングリド様が亡くならずに浄化されたアルテュールはそんな事してこない。王太子様ルートだと本気を出したジャンヌの悪意で何度も危機的状況に陥るけれど、シャルルといい関係になったジャンヌとはもう無関係ね。
ただの伯爵令嬢に過ぎないアルテミシアが王太子殿下の婚約者たる公爵令嬢に出し抜くには『双子座』に沿うしか道が無い。万策尽きたメインヒロインもどきの末路はバッドエンドかビターエンド。それはアルテミシアが一番よく分かっている筈でしょうよ。
と内心呆れ果てるわたしを見透かしたのか、アルテミシアは嘲笑を浮かべてきた。
「あら、カトリーヌさんは本当に知らないかもしれませんけれど、『双子座』には無い一発逆転の手が『双子座2』にあるんですよ」
「えっ!?」
「これだけは使いたくありませんでしたけれど、現状だと確かにわたしってかなり不利になっちゃってますからね。もう手段は選びません」
『双子座2』にある一発逆転の秘策ですって? そんなの思い当たる節が全く無い。としたら本当に私がいない状況できららが何らかのメインヒロイン救済措置を設けて、それをアルテミシアが『双子座』で悪用するつもりなの?
……まずい、実にまずい。イベントを発生させたらもう後戻り不可なほど強烈な挽回策なの? 正体が全く分からないから対抗手段が全く打てない。そんな感じに余裕な態度が目に見えて崩れていたのか、アルテミシアは満足そうに微笑を湛えてくる。
「……アルテミシア様。幾つかお伺いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「はい、何ですか? 腹が決まって気分いいですし答えてあげちゃいますよ」
宣戦布告は以上、後は敵同士としてぶつかり合うのみ。だからここからはメインヒロインとか次回作ヒロインとか関係無しに、わたしがふと疑問に思った事柄をぶつけてみる事にした。彼女も腹を割ってって言っていたし別に構わないでしょう。
「今わたし達が生きているこの世界が本当に『双子座』を再現した世界とお考えで?」
「少なくても『双子座』が根底になっている世界とは思っていますね」
「ご自分がブルゴーニュ伯爵令嬢であるとの自覚は?」
「……っ。ありますよ当然。わたしが前世を思い出したからって今まで貴族令嬢として育てられた自分は消せません。そもそも思い出せたのもこの夏辺りですし」
「ではこの世界の常識も承知している筈ですよね。ここは人権が尊重されて自由な社会と違います。ご自分がどれだけ危険な橋を渡っているかも自覚されているんでしょう?」
「……うるさいですね。そんなの言われなくたって分かっていますよ」
何せアルテミシアが色目を使う相手は辺境伯嫡男や公爵嫡男を始めとする王国有数の力を持つ方々ばかり。勝利が約束された脚本を渡されたメインヒロインと違って乱入者の彼女は一歩間違えれば自分が断罪される破目になるのに。
そもそも彼女は『双子座2』って乙女ゲーのメインヒロイン。あと一年待てばそれこそお相手なんてより取り見取り。なのにどうして危険を冒してまで『双子座』に介入する? 私から見れば無謀に暴走しているようにしか見えないのだけれど。
「常識をかなぐり捨ててまで守ろうとする『双子座』って、アルテミシア様にとっては何なんです?」
平手を打とうとしたのか、アルテミシアは手を振り上げてからこちらに勢いよく振ってきたものの、硝子に阻まれてぶつかってしまう。彼女の方が逆にうめき声を挙げて赤く腫れた手を押さえる。涙が滲んだ瞳は殺意すら宿る程迫力があった。
「先輩の愛した『双子座』は、必ずこのわたしが守ります……!」
アルテミシアは踵を返して面会室を後にした。その背中越しにも彼女の並々ならぬ意志が伝わってきた。残されたわたしも監守に促されて自分の牢へと戻っていく。その間わたしの頭の中ではアルテミシアの決意が何度も再生されていた。
大切な人の為だとしたらアルテミシアは絶対に曲がらないでしょうね。だから彼女とは全面的に衝突するしかない。
にしても先輩、かぁ。妙に懐かしい響きだ。目を瞑って思い出せる笑顔は――。
お読みくださりありがとうございました。




