ブリュメール⑪・続フライング告白イベント
「カトリーヌ、私の妻となってください。必ず貴女をあらゆる面で幸福にします」
鉄……銀? まさかのまさかで白金だったりしないよね?
いやいやいや、そんなの大した問題じゃない。
これは一体何だ……ってこれだけ前振りされたんだから婚約指輪以外在り得ない。どうしてわたしに……ってこれも夏に告白されたんだから彼の想いは分かっている筈。彼の人柄から考えて心惹かれた女性を自分のものにしたいって気持ちは先ほどのシャルルよりも強い筈ね。でもまさかこの時期に……って『双子座』アルテュールルートで満たすべき条件が全部達成済みなんだから時期が早まったって何ら不思議でもない。
つまり、改まった告白イベントっぽいのは起こるべくして起こったって事か。
いやいや待て待て。どうしてこうなった! わたしは別に物語で出てくるようなメインヒロインだなんて自分を思っていないし、生まれはさておき単なる一般庶民でしかないわたしが公爵家のご子息と婚姻を結ぶ? いやそりゃ嬉しいけれど何と言うか……混乱するから困る。
「……来年度まで返事は待ってって夏に言ったよね?」
「オルレアン公爵令嬢が気がかりだったのでしょう? ではその懸念は先程解決したのでは?」
うぐっ。仰る通りです。
あの状況から覆って予定調和になるかもって説明出来ない以上は否定材料が乏しい。むしろ裏ルート三つにおいて悪役令嬢の断罪に貢献するアルテュールをわたしに繋ぎ止めておけばジャンヌの心強い味方になるかも、と打算めいた考えさえ浮かんでくる。
「アルテュールはやんごとなきアランソン家の方、一方でわたしは……」
「オルレアン家のご令嬢でしょう。私は元より父上や母上にもその言い訳は通用しないと思いますが」
うぐっ。それも仰る通りです。
貴族の政略結婚は家と家との結びつきを強めたり更なる家の繁栄を目的とする。次男のアルテュールは夏の惨劇が起こっていない以上公爵家は継げない。次男以降の男子は大抵子宝に恵まれない家に養子に出たり女の子しかいない家に婿養子に出たりする。
普通ならアルテュールも例に漏れないんだけれど相手が同格なら話は別だ。幸か不幸かお母様は完全にわたしを娘として可愛がってくれるし、旦那様も何だかんだでわたしをオルレアン家の娘として扱っているような気がしてたまらない。
もはやわたしが公爵令嬢だとは公然の秘密になってしまっている。
『双子座』でも壁として立ちはだかった身分差はその役目を果たせないわけか。
「一応念の為言っておくけれど、わたしは闇属性持ちだよ?」
「問題にもなりません。それを言ってしまえば私だってそうですから」
ですよねー。言ってみただけです。
わたしが公爵家を追放されてアルテュールが監禁された元凶である闇属性。神様に祝福されていないとして忌み子と扱われた要因も、オルレアン家側は既に理解を示しているみたいだし、アランソン家側はアルテュールが牢獄脱出時に魔法で認識を書き換えてしまっている。
互いに闇の申し子に理解がある以上はその問題も解決済みになる。
「アルテュールは本当にわたしなんかでいいの?」
「くどいですね。私はカトリーヌが良いんです。他の女性はもう考えられない」
断る理由が無い。と言うか断る必要性さえ無い。
むしろ悪くないかもと感じる自分さえいる。
「あいにくわたしはアルテュールを愛しているとは返事出来ない」
「構いません。最後に私の傍にいてくれれば。私は不快ですか?」
「ううん全然。むしろ楽しい……いや、温かいかな」
「温かい、ですか……。そうですね、確かにカトリーヌといると心が温かい」
この先については色々と公爵家間で調整が必要でしょう。わたし達二人にもこれから大きな試練が待ち構えているかもしれない。けれどそれを恐れていたら恋愛なんてやってられない。ここまで熱烈な好意を抱いてくれて、やっぱり嬉しいんだ。
わたしは左手の甲を、正確には身に付けた指輪をアルテュールに見せつける。単に指輪を贈られたなら自分でその指にはめて「これが答えです」ってロマンチックな返答が出来たんだけれどね。やっぱり銀細工とも輝きが違うから白金か。わたしのお給料何か月分だコレ。
「ずっとわたしの傍にいてくれる?」
「はい、私はカトリーヌの傍にいます」
「我儘を聞いて欲しいしやりすぎたら叱って欲しいかな」
「はい、苦楽を共にして歩んでいきましょう」
「わたしはアルテュールを失いたくないからわたしより長生きしてくれる?」
「それは……要相談で。私はカトリーヌに看取ってもらえればと考えていますから」
何よこれ。さっきジャンヌとシャルルのやりとりと似たような感じなのにいざ自分が当事者になると心境が全然違うじゃないの。全然落ち着かないし心臓の鼓動が太鼓みたいだし顔は熱いしああもうっ。それでも懸命に冷静になろうと努めてアルテュールを見据えて……直視出来ないし。
「では、不束者ですがこれからもよろしくお願いいたします」
なので気が付けば暴走する心境を押さえ付けつつわたしはカーテシーをさせていた。全面降伏と捉えるか攻略成功と捉えるかは未来のわたしに委ねるとしましょう。今はただこの初めての気持ちを堪能するばかりだ。
「ありがとう、カトリーヌ」
カーテシーから直ったわたしはえいやでアルテュールの顔を見上げ、幸せそうに微笑む彼を目の当たりにした。いつの間にかアルテュールとの距離が近くなっている。アルテュールに触れ合うどころか少し身を乗り出せばその首に腕を回せそうなぐらいに。
そうなれば気分が最高潮に達した二人の男女がどうなる? 理性なんかホームランされてはるか彼方だ。アルテュールがわたしの肩を静かに、けれどやや強張りながら掴んだ。わたしも指輪のはまった左手でアルテュールの顔に触れる。
「愛していますカトリーヌ」
「嬉しいよアルテュール」
そうしてわたし達は口づけを交わした。
頭の中は教会の大鐘が祝福するかのように鳴りまくってうるさかった。
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玄関前で告白を受けたせいで妹達から冷やかされたり喜ばれたりで大変な思いをした。お母さんはいつの間にかここまで仲が深まっていたのかって驚きつつ祝福してくれて、お父さんは公爵家の方とかと現実的な悩みを抱きつつもおめでとうと言ってくれた。
翌日、オルレアン邸に出勤したら大騒ぎになっていた。
どうもシャルルはあの後すぐに王宮に戻って国王王妃両陛下に素直に報告したらしい。ただ王妃様にはお母様から事前に根回しがあったらしく、ジャンヌの懐妊を好意的に捉えていた。無論シャルルへの説教はこんこんと行われて深夜に及んだらしいけれど。
旦那様にはジャンヌから説明したそうだ。その際お母様が同席したのでジャンヌ一人が咎められる事態にはならなかった。今日は早朝から王宮に出立して国王陛下と今後の方針について協議する予定。なるべくジャンヌに責が及ばないようにしたい意向だとお母様は語ってくださった。
今日は午後に国王王妃両陛下とオルレアン公夫妻を前に正式にシャルルが報告、その意思を伝えるとか何とか。ジャンヌも同席するらしく、朝からジャンヌは落ち着こうと努めてはいるものの緊張しているのが見え見えだった。
「おめでとうジャンヌ」
「やってしまったわ……。実際に結果として跳ね返ってくると罪悪感で押し潰されそうよ」
「けれどシャルル殿下はもうジャンヌから逃れられない。断罪の心配をする必要は無くなったでしょう」
「それはその時が来るまで分からないでしょう。持ち上げられるだけ持ち上げられて奈落の底まで突き落とされたら……きっと耐えられないわ」
そんな日程なので普段休日に入れている習い事一式は取りやめ。今は自室でくつろいでいる……とは言えないか。本を読んでも集中出来ないそうなのでわたしが弦楽器で落ち着いた曲を弾いている。クロードさんがベッドメイキングだけを済ませる光景を眺めつつ。
……八回目の断罪はありえない話ではない。神様すら私に救いを求める現状、運命だとか予定調和って言葉は使いたくないけれど、ジャンヌが正しく悪役令嬢として大逆転敗北してしまう最悪の結末は捨てきれていないんだ。あまりに残酷すぎて想像するだけで憤ってしまう。
「今のシャルル殿下がわたしに心傾くと思う?」
「むしろ今のカトリーヌがそんな大胆に気を惹こうとすると思えない」
「じゃあシャルル殿下がブルゴーニュ伯爵令嬢に惑わされる可能性は?」
「あの調子だと望み薄ではないかしらね。警戒は引き続きするけれど」
「なら油断せずに行けば問題ないと思うけれど?」
「……引き続き堅実に破滅への道標を打ち壊していく他無い、か」
ジャンヌは目元に手を当てて天井を仰いだ。丁度わたしも一曲弾き終ったので次の曲は何にしようかと色々と頭の中で奏でてみる。
「で、カトリーヌはメインヒロインらしくアルテュール様を攻略して私を断罪するつもり?」
「そんなつもりは無いって。大体アルテュールは悪役令嬢がメインヒロインに向ける悪意を疎ましく思って悪役令嬢の排除にかかるんだから」
「どうだか……。わたしがカトリーヌとあまりに仲良くしすぎるせいで私を破滅させようと企てないかしらね?」
「その言葉そっくり飾りを付けてお返しするよ。シャルル殿下を敵に回したくないし」
最悪なのは嫉妬に駆られた二人が結託してジャンヌとわたしをまとめてあらぬ嫌疑で断罪してくる場合ね。とは言えもうジャンヌと距離を置くなんて考えられないし、そこは二人に理解してもらう他無い。
そんな感じに軽口をたたき合うわたし達だけれど、ジャンヌが手にしたカップは中に入れられた紅茶が零れ落ちそうなぐらい震え、わたしの演奏する音は曲にならずに不協和音を発している。嫌な考えを振り払うようにジャンヌは乱暴にカップを置き、わたしも演奏を中断する。
「おめでとうカトリーヌ。今の貴女の幸せは私の幸せよ」
「それもわたしの台詞ー。ジャンヌの幸せがわたしの幸せなんだから」
ジャンヌが微笑む。わたしも笑顔になる。
それは心から来る喜び、幸せからもたらされる自然なものだった。
お読みくださりありがとうございました。




