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ブリュメール⑨・フライング告白イベント

 ジャンヌはこれまで自分が受けてきた七回の断罪と破滅の出来事を淡々と語った。王太子の婚約者と順風満帆だったジャンヌが歩む先に突如として暗雲が立ち込めた事。その暗雲は学園に入学してからメインヒロインによってもたらされた事を。


 シャルルは自分の心がメインヒロインに傾く事、それから嫉妬から悪意を振りまくジャンヌが婚約者である事実を恥に感じる事、更にはジャンヌを断罪して無残な破滅で終幕させた事。それら悪夢のような事実にただ衝撃を受けて言葉を失っていた。


「苦難は試練だ、と偉そうに語る聖職者もいらっしゃいましたね。ですが試練も過剰に重ねればただの苦行と化します。どうせ何をやったって貴方様は最後にはメインヒロインへと傾倒したんですもの。期待するだけ無駄でしょう」

「そんな事は……!」

「無い、とどの口で仰いますか? 散々あの女を選んで私を傷つけたシャルル王太子殿下がどのような弁明をしたって私の心には響きません」

「……っ」


 微笑を浮かべながらシャルルを責めるジャンヌの目は据わっていた。人差し指をシャルルの胸辺りに当てて軽く押し出す仕草をさせる。シャルルは耐えて踏ん張ろうとせずにそのままやや後方に下がった。


「だから私は貴方様とは縁が無かったものとして突き放したかったのですが……無理でした」

「無理……だった?」

「だってシャルル王太子殿下は必ず最後は私を突き放してメインヒロインの肩を抱きますが、貴方様と出会ってから学園入学まで一緒に過ごした時間の方が長いのですよ。だから結局は自分の下を去っていくと分かっていても、貴方様とつかの間の幸せを噛み締めたい思いが残ってしまったんです」


 そうジャンヌはどこか寂しそうに、そして自虐的に続ける。最初の方は余裕をもって語っていたジャンヌの声色には段々と不安と怯えがにじみ出てきた。


「確かに私を想ってくださるのはとても嬉しいです。しかし今こうして私に寄り添ってくださる貴方様がいつメインヒロインに心奪われないか気が気でないのですよ」

「ジャンヌは本気で私が心変わりするかもしれないと思っているんだね?」

「七回も同じ目に遭えば誰だってそう結論付けるでしょうよ。……そんな恐れからなんです、私が新たな罪を犯したのは」

「罪だって? 君が口にする悪役令嬢と違ってジャンヌは何も罪は――」


 ジャンヌは手を自分の下腹部へと持っていき、優しくさすった。その仕草はとても愛おしそうなのにその表情は口調と同じく不安と怯えに彩られていて、あべこべな印象を抱かせる。それがジャンヌの現在の心境の複雑さを十二分にこちらに伝えてくる。


「マッシリアでの夜、貴方様が私の部屋に訪ねてくださった際、私は考えてしまったんです。例え王太子殿下がメインヒロインに誘惑されても私を相手に選ばざるをえなくしてしまえばいいのでは、と……」

「あの夜……!? ま、まさか――!」

「ええ、そのまさかです。褥を共にして貴方様を、貴方様の抱いた幻想の私を辱めたかったんではなかったんです」


 それは一部始終を目撃していた、そしてシャルルから事情を伺っていたわたしにも容易に想像出来た筈だった。ただあまりにも私の知識や『双子座』の脚本に捉われていたわたしはそう連想出来なかった。

 ……いや、私が認めたくなかったんだろう。


「子を宿せばさすがの貴方様も私へと振り向いてくださる、そう私は信じてしまった――!」


 あまりにも私の創造した世界から離れすぎていて――!


 驚愕の声を挙げそうになったアルテュールの口を慌てて押さえた。わたしがアルテュールを睨みながら首を横に振ると彼も頷いてくれたので手を放す。ジャンヌの告白は勇気を振り絞ってのものだから、ここで横やりなんか絶対に入れたくはない。


 ジャンヌが最近もよおしていた吐き気はもしかしてつわりだったのか? 空腹とか味覚の変化も起こるらしいし。お母様に事情を説明したらすぐに察したのは経験談からなのかもしれない。道理でわたしには未知の領域なわけだ。


 シャルルの表情は何と表現したらいいやら。端正な顔立ちにあるまじき間の抜けた顔をさせてジャンヌの顔とお腹を交互に見つめる。やがて「本当?」と呆けたように仰る王太子殿下に対してジャンヌは口をきゅっと結んで頷いた。


「本来夜の営みは貴方様が卒業なさって正式に結婚した後にしなければならなかった。でも私はシャルルを繋ぎ止める道具として子を宿してしまったんです」

「……すまない。私が思い至らなかったばかりに軽率な真似を」

「私が誘惑したのですからシャルルには何も非はありませんよ。私の方こそ貴方様の名誉と誇りを醜い女心で汚してしまい、大変申し訳ございません」

「そんな事は無い! 夜の君は昼の君にも負けずに魅力的で……!」

「穢れた女でしかない私を此度の貴方様はとても優しくしてくださいました。そして愛しても下さいました。あんなにも大嫌いで憎かったのにこの上ない喜びと幸せを感じてしまうんです。自分勝手ですよね、私って」

「ジャンヌ? 一体何を……!」


 ジャンヌは一歩下がって自分の下腹部に手を触れた。真正面のシャルルを見つめる眼差しは未だ怯えと恐怖を宿していて、手と身体は震えてとても弱々しく感じてしまう。シャルルが手を伸ばして一歩近づこうとしたらジャンヌは「近寄らないで」と鋭く述べて手で制する。


「このままシャルルを脅す格好の材料にしてやろうと思っていましたが……今回の貴方様にそんな真似はしたくありません。そして私の悪意の末に生まれる不義の子などあってはいけません」

「何が不義なものか! 婚約を結んでいるのだからオルレアン公や国王陛下に事の次第を説明すれば……!」

「私が結婚前に貴方様を貪ったのだと説明するにしても貴方様の輝かしい経歴には傷が付きます。ですがもう一つあるでしょう?」

「……何だって?」

「無かった事にしてしまえばいいんです。そうすれば今まで通り私達は清く正しい関係でいられますし、貴方様も遠慮なく他のご令嬢と懇意な関係となれますもの」


 ――おろしてしまえばいい。

 そうジャンヌは語ったけれど、わたしには悲痛な叫びに聞こえた。


「……例え生まれていなくても子を殺すなんて罪深い行為だよ」

「罪など私は散々犯してきましたしそれ相応の報いも受けてまいりました。今更一つ罪が増えたところで心は揺るぎません」

「そんなのいくら国王陛下やオルレアン公が望んだって私が許しはしない! どうして君はそう自分で全てを背負おうとするんだよ……!」

「では貴方様には覚悟がおありなのですか? これから受ける誹謗中傷は貴方様の想像をはるか超えている筈です。そしてここで受け入れてしまってはもう引き返せやしない。どんなに離れたくなっても、どんなに他のご令嬢に惹かれても、貴方様は私の虜となるのです」


 それは正にジャンヌの一世一代の大博打だった。このまま順調に交際を重ねても結婚の前に断罪イベントが控えている。シャルル……いえ、王太子様は本来絶対にジャンヌを選ぶ事は無い。だからその前にその手を離さなくするには責任を楯にするしかないんだ。

 ここで恐れおののいて引き下がればこれ以上傷つきやしない。婚約も単に義務的な代物に成り下がってそこに愛は無くなる。想いが通わなければ断罪の場で婚約を破棄されたところで負う傷は軽減出来る。どうせ運命が確定するならそうしろ、と言わんばかりだ。


 けれど本音は違うんでしょう? シャルルに自分を選んでもらいたいんでしょう? だからそんなにも犯した罪で辛そうにして、縋るような眼差しを送って。助けてと、愛していると、あんなにも口にせずとも語っている……!


「どうか貴方様の望むがままに。私は貴方様の決断を受け入れますので」


 ジャンヌは優雅に……自分ではしたつもりなんだろうけれど、実際には震えた手でスカートを摘まみ上げて一礼した。それは告白相手の返事を待つ女性と言うより罪相応の判決が下されるのを待つ罪人のようだ、と表現すればいいだろうか?


 シャルルはそんなジャンヌへととても優しい視線を送り、微笑まれた。


「何だ、要は私の好きなようにしていいんだね?」

「……はい?」


 自分が耳にした言葉が何なのか理解できずに疑問を浮かべるジャンヌを余所にシャルルはジャンヌの前に跪いた。懐から取り出した小箱の中身を取り出すと、ジャンヌに何も言う暇も与えずに彼女の左手を優しく取り、その薬指にそれをはめた。

 宝飾されていないが細かな文字や紋様が刻まれた黄金の指輪がジャンヌの指で輝いていた。


「これ、は……?」

「今日別れ際にジャンヌに渡そうと思っていた婚約指輪だよ。今の君の指に合わせて作らせたんだ。どうか受け取って欲しい」

「ですが、私達は既に婚約を結んで……」

「それは王家と公爵家の間で交わされた政略的なものだよね。私は公爵令嬢ではなく、君の言う悪役令嬢でもない、ジャンヌって最愛の女性に対して婚約を申し入れたいんだ」


 ジャンヌ個人に婚約を!

 王太子殿下が、シャルルがジャンヌに告白した!

 これを嬉しいと言わずに何を喜べばいい!


「君が望むなら私は例え神にも剣を向けよう。王太子の座も喜んで捨てよう。どんな苦難が待ち受けていようとジャンヌさえ私の傍にいてくれればいいんだ」

「シャルル? 一体、何を言って……」

「君の全てが欲しい。珠のような肌も、大河のような髪も、潤う唇も、宝石より輝く瞳も愛おしい。その想いも苦しみも、罪や悪意だって私のモノにしたい。勿論君が宿している子宝もだ」

「シャル、ル……!」


 見開かれたジャンヌの目から大粒の涙が零れ落ちていく。右手でいくら拭っても止めどなく溢れていく。シャルルはゆっくりと立ち上がり、感極まったジャンヌを優しく抱きしめた。ジャンヌは震えた手を恐る恐るシャルルの背に回していく。


「愛しているジャンヌ。私には君が必要なんだ」

「私も、私も貴方様を愛しております……!」


 二人の愛の告白は今までわたしが見てきたどんな光景よりも美しかった。

 ただ眺めていたに過ぎないわたしが思わず感涙してしまう程に。

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