ブリュメール⑤・早朝の来襲
シャルルとジャンヌのデート当日。本当なら一日中オルレアン邸で奉公するつもりだったのにアルテュール様とのデートイベントのせいで予定は台無しになっている。そんなだから今日はいつもより遅く起きた。具体的にはもう日が昇り始めて空が半分明るいぐらいに。いやあ、惰眠を貪るって贅沢だわー。
「おはよー……」
「おはようございますカトリーヌ」
寝巻のまま寝室から居間に出たわたしは信じがたい光景を目にした。寝ぼけた頭に活を入れて目を擦ってもう一度じっくり眺めてみても変わらない。
どうしてテーブルの席にアルテュールが座ってお母さんと団欒しているんだ?
「……アルテュール? どうしてわたしの家に?」
「場所は分かっていたのでお邪魔しました」
「待ち合わせ場所も違うし時間も早すぎるのに?」
「市街地近くの広場で三時半に、ですよね。一緒に行きましょう」
何て事なの。言われてみたら確かに待ち合わせ前の行動は制限していなかった。アルテュールの愛が重いのは重々承知していたけれど、まさか家に押しかけてくるなんて予想の斜め上すぎる。しかも家に招き入れるお母さんもお母さんなんだけれど?
「あの、お母さん?」
「ああカトリーヌ、おはよう。今日はお友達と市街地に遊びに行くんだって?」
「え? え、あ、うん。まあ、そのつもりだけれど」
「カトリーヌったらずーっと公爵様のお屋敷で働くものだからジャンヌさん以外お友達がいないと思っていたけれど、ちゃんといるんじゃないの」
いやわたしだって友達作りに精を出したら大きな輪が作れるのは『双子座』が証明しているから。その労力を全部ジャンヌやオルレアン家の方々に注いでいるに過ぎないの。まさか労働と家族が一番の一人ぼっちって思われていたなんて心外なんだけれど。
アルテュールは身体の線が出ないような厚着をしていて、下はフレアスカート……と思いきや外套がそう見えるだけで股は分かれていた。正直申し上げると男性なのか女性なのか外見だけだと全く判別出来ません。
「アルテュールさんは何か食べていく? 朝早くに家を出たならそんなに多く食べてないでしょう」
「いえ、お構いなく。家で取ってきましたので。出していただけるなら飲み物をお願いできますか?」
「カトリーヌは顔を洗って着替えちゃいなさい。お友達の前でいつまでそんなだらしない格好をしているつもり?」
「あ」
お母さんは笑いながら台所へと向かっていった。わたしの寝巻は手首足首、それから首筋が隠れるような色気皆無な代物だけれど、だからって恥ずかしくないわけがない。わたしはアルテュール様に深く頭を下げてから大慌てで自室に戻って私服を引っ張り出す。
いつも櫛で整えるだけの長い髪は結わえて頭の後ろでまとめてしまう。顔を洗えば身支度完了。歯磨きは食事の後でいいし化粧はオルレアン邸に赴かない限りしていない。ジャンヌと同じ顔だけあって素材はいいから下手に小細工を弄する必要もなく可愛いものね。
「お待たせ」
わたしはアルテュールの真正面の席に腰を落ち着ける。普段休みの日はお母さんの家事一般を手伝うのもあって、こうのんびりした朝を過ごすなんて本当に久しぶりね。アルテュールは何をするわけでもなく席から見えるお母さんの背中を眺めていた。
「カトリーヌ、母君は私をどうも貴女の女友達だと誤解しているようです。訂正した方がいいと考えますがどう思います?」
「勘違いは正してくれると嬉しいかな。男友達、しかも公爵家の方なんて後で知ったら驚いちゃうだろうし」
「彼女と話していて意外だったのですが、カトリーヌはあまり自分の事を家族に話していないんですね」
「い、いや、それは誤解だよ。暇が出来た時にまとめて話すんだって」
確かに会話量が足りていないのは自覚している。平日は夜明け前に出勤して深夜に帰宅。週二回ある休日のうち一日はずっとオルレアン邸にいるし、もう一日は家事一般に追われて少ない自由時間は自分だけのために費やしているし。結果、日常の情景は掻い摘んで披露するしかない。
そう言えばお母様がしきりにオルレアン邸にわたしの部屋を設けて寝泊りしたらって誘ってくるのを固辞しているんだった。就寝まであっちにしたら最後、こっちに戻ってくる口実がなくなってしまうもの。最後の一線は超えないでおきたい。
「と言うかアルテュール。どんな自己紹介をしたの?」
「カトリーヌの友人のアルテュール、とだけ。生徒手帳を見せたら信じていただけました」
「お母さん絶対に名前の欄を読んでなかったでしょう……」
「カトリーヌに迷惑だからと伏せておいたのですが、初めから家名を明かした方がよかったでしょうか?」
「そうしたらわたしが大慌てしたお母さんに叩き起こされるから勘弁してください」
朝食では普段の学園の様子を語り合った。わたし以外の視点で披露される学園の情景はお母さんにとっても新鮮だったらしく熱心に聞いてくれた。その間お父さんや妹達は起きてきませんでした。そろって寝坊なんて休日なのを差し引いてもいい御身分ですねえ。
ちなみにアルテュールが自分が男性で公爵家の者だって名乗ったらお母さんは腰を抜かしそうになっていた。わたしは苦笑いを浮かべつつ帽子を被り、いざ出発。アルテュールと肩を並べて市街地まで徒歩で向かっていく。
晴天なのもあって外は気持ちが良い。風も涼しいしで散歩にはもってこいだ。まだ時間帯が早いからちらほら見えるお店はまだ開いていない。市街地の繁華街に到着する頃に丁度良く開店するぐらいかしらね。
「それで今日はジャンヌ嬢とシャルル殿下を追うと聞きましたけれど、まずお二人を探さなければいけないのでは?」
「そんな無暗に探し回る必要は無いって。ジャンヌ達の行動を読めばいいんだから」
シャルルなら絶対にジャンヌを迎えに行くでしょう。だとしたら二人はオルレアン邸から出発する形になる。あそこから繁華街は少し遠いから馬車で移動するでしょうね。馬車が通れるぐらいには広い道路、かつ繁華街に近い位置ってなったら場所は限られるわ。
「だからわたし達は近くのお店で二人を待っていればいいだけ」
「そこまで考えていたんですね……。感心しました」
裏道を抜けて繁華街まで出る頃には人通りも多くなってきた。わたし達は目的地としていた開店したばかりの飲食店の屋外席に腰を落ち着ける。わたしは水だけ、アルテュールは朝食を取ったばかりなのか飲み物を頼んで注文をお終いにした。
店員に運ばれてきたのは中ジョッキ程度の大きさのグラスに注がれたジュースっぽい飲み物で、麦わらストローが二本刺さっている。アルテュール様は何故ストローが二本も要るのか純粋に不思議なご様子。わたしが意味を察して店員を見上げると微笑ましく頷いてきた。
「これ、二本使って飲むものなんですか?」
いやアルテュール、そんな真顔で問われても困るんですが?
「ううん、多分違う。これ二人で飲むためだから」
「二人で? 一本ずつ使ってですか? それならもう一つ頼んだ方がいいのでは?」
「……どんな感じになるかは試してみれば分かるよ」
「成程、ではカトリーヌはこちらを使ってください。私はこちらを使いますから」
しまった墓穴掘った。適当に店員が数間違えたんでしょうって答えれば良かったんだ。邪まな考え一切抜きでわたしに促してくるアルテュール様が眩しすぎる。ええい、たかが飲み物を飲むだけだから大した事ない。よしっと軽く意気込んでテーブルの上でやや前のめりになった。
うわ、近い……!
麦わらストローはプラスチック製みたいに曲がらないから必然的により身を乗り出さないといけない。おかげで向かい側で同じように飲むアルテュールの顔が目の前にある。まつ毛長いし肌にシミもソバカスもおできも無い。男性なのに髭すらないし。心奪われる美貌ってこんな風な容姿を言うんだろうなあ。
飲み物の方、つまり下に視線を落としてたアルテュール様も彼をまじまじ見つめるわたしの視線に気づいたのか、わたしを見つめてきた。で、あまりにわたしが近づきすぎている現状に今更気づいたらしく、慌てた様子でストローから口を離して身を引いた。
「す、すみませんっ! その、不用意に近寄ってしまって……」
「謝る必要なんて無いから。だってコレはそんな状況を作るために考案されたんだもの」
「……あっ、そう言う事だったんですか」
そう言う意図です。男女とか親しい友達が顔を近づけながら飲み合う。そんな状況を楽しむものですから。店のメニューにそんな説明書きは無かったから店員が余計な気を利かせたんでしょう。これもデートイベント補正ですかねえ?
いやまあ確かに鼓動はうるさいぐらいに高鳴っているから効果は抜群ですね。覚悟を決めていてもアルテュール様の端正なお顔は破壊力があるし。しかしここで両者お見合いした所で全く建設的じゃあないでしょう。
「飲まないの?」
「えっ?」
「まだ半分近く残っているけれど? ジャンヌ達が来る前に早く飲もうよ」
「……そ、うですね」
努めて平常心を装ってわたしは再びストローに口を付ける。アルテュールはそんなわたしをただ見つめながら恥ずかしそうに口元に手をやっている。それでもようやく観念した彼は赤面のままでこちらに顔を近づけ、もう片方のストローで飲み始める。
短かったのか長かったのか全く分からない時間が終了して、わたし達二人の前には空になったグラスが一つ。ほら見ろ異性にちょっと接近する程度が何だって言うのよ楽勝じゃないの、と強がってはいたけれど内心では動揺しまくりだった。アルテュール様は狼狽えを隠しもしないけれど。
「アルテュール。そんなに恥ずかしがっているとわたしまで恥ずかしくなるんだけれど?」
「あの、カトリーヌ。その……」
「歯切れが悪いよ。どうしたの?」
「先程カトリーヌが口を付けていた麦わらですが、最初に私が使っていた方で……」
……。
人、それを間接キスと言う。
弁解させてもらうと二つのストローは色も同じだし長さも似ているから全然気づかなかったし? そもそも唇が触れ合ったわけでもないんだから大袈裟すぎる。うちの家だとスプーンによそった肉料理を隣から頂いたりとか頻繁だしそう大した事ないでしょうよ。
「そそ、その、アルテュール……あまり意識させないで……」
「す、すみません……っ」
っていくら自分に言い聞かせても大混乱してしまう自分を自覚してしまうのだった。
最初からこれだとこの後が思いやられる……。
お読みくださりありがとうございました。




