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ブリュメール③・デートイベント発生

 すっかり忘れていたんだけれど、本来メインヒロインの立場にいるわたしは今最もアルテュールのルートに近い立ち位置なんだった。

 シャルルについてはジャンヌにメインヒロインの座を明け渡した。他の攻略対象者はアルテミシアが上手く付き合っているようだし。だからってわたしがデートイベント発生を免除されるわけじゃないのは分かり切っていたんだ。


「ごめんなさい。その日はちょっと用事があって無理」

「その用事とはジャンヌ嬢に関わるのでは?」


 うっ、鋭い。ジャンヌがシャルルと上手く街中デートをこなせるか見守ろうと思いまして。なのでジャンヌそっちのけでアルテュールに時間を割くわけにはいかないんです。……なーんてさすがに答えられないので言い訳を考えていたらアルテュールにため息をつかれた。


「でしたら私もカトリーヌに付き合いますよ。それならいいですよね?」

「いいけれどつまらないよ? 劇場とか闘技場とか美術館には行かないだろうし」

「構いません。貴女と共にいられるなら」

「……っ。わ、分かりました」


 突然笑いかけられても困る。彼氏いない歴が年齢と等しいわたしはそう優しくされるのには不慣れなんだから。たじろごうにも通行の邪魔にならないよう廊下の端に寄っていて逃げ場がないし。恥ずかしいの焦っているのか自分でも分からないままアルテュールから思わず視線を逸らす。


「それでいつどこで待ち合わせします? 行き先はジャンヌ嬢次第でもそれだけは決めておかないと」

「わたしがアルテュールを迎えに行くのは駄目かな?」

「常識云々よりはるか以前に私が許せません。それなら私がカトリーヌの家に赴きます」


 いや起きる時間は絶対にわたしの方が早いし、って反論しそうになって止めた。女性から殿方の家に押しかけるなんて正気の沙汰じゃないわねさすがに。それにアルテュールの意志は頑なで論破出来そうな気配が全く無いし、大人しく諦めだ。

 だからってどうして逆になる? 普通に何処か王都で目立つ場所に集合とかは駄目なの? 確かに迎えられるお姫様待遇も悪い気はしないのだけれど、そこまで甘えたくはない。


「アルテュールはわたしの家の住所知らないよね。この辺りにある市街地近くの広場に集合はどうかな? 時刻は……三時半ぐらい?」

「問題ありません」


 わたしは傍の壁に指で地図を描いて目安になる学園と王宮の位置、それから目ぼしい待ち合わせ場所を示した。アルテュールも頷いてくれたのでこれにて約束が結ばれた。ちなみに三時半って十進化時間での話だから六十進法だと午前八時半ぐらいかな?

 当たり前だけれどまだ機械式時計は発明されていない。一般市民は基本的に教会の鐘の音で時刻を知る。その教会はコマ型日時計とか柱型日時計で計測するのよね。諸国を行き来する商人や船乗りは方位磁針付きの携帯日時計を使うんだとか。余談だけれどさ。


 丁度休み時間終了の鐘が鳴り響く。アルテュール様は「楽しみにしています」と言い残して自分の教室へと戻っていった。わたしも自分の席に戻っていったのだけれど、やっぱりと言うか貴族令嬢方からの視線は憤りが入り混じっていてあまり心地よくはなかった。

 特にアルテミシアなんかは憮然とした様子でわたしを見つめてきていた。


 ■■■


「カトリーヌさん、ちょっとお話いいですか?」

「? 構いません、何でしょうか?」

「ここでは話しづらいので場所を移したいんです」

「分かりました」


 放課後、わたしは珍しくアルテミシアに声をかけられた。わたしは徐々に広がってきているアルテミシア友好の輪から外れていたので彼女との会話は二学期開始以来になる。特にわたし自身はアルテミシアの『双子座』攻略を邪魔していないから目を付けられる覚えはないのだけれど。

 ジャンヌに視線を移すけれど彼女は教科書に視線を落としたまま特にこちらに何の反応も示してこない。ただし用事が出来たわたしを置き去りにして帰宅するつもりもないらしい。ジャンヌを待たせちゃ悪いから話は早々に切り上げるか。


「カトリーヌさん、貴女転生者ですよね?」


 で、廊下の端に移動して開口一番がこれである。清々しいまでの単刀直入っぷりに思わず驚いてしまった。まさかここで切り込んでくるとはなあ。まあシャルルとアルテュールに関してもはやフラグの立てようがない状況をどうにかしたいって気持ちもあるんでしょうけれど。


「ブルゴーニュ伯爵令嬢、転生は……」

「アルテミシア、で構いませんよ」

「ではアルテミシア様。転生は神の教えにはございません。異端の考えでは?」

「あーそう言うのはいいんです。現にわたしは前世の記憶を持っていますし」


 神様によって最終的に万物が救われるってされる終末論の考えからすれば転生は最悪口にするだけで異端審問の対象にされかねない。なのにそれを臆する事無く口にするんだから、やはり彼女はわたしと同じで私世界の記憶を持っているのか。

 けれどアルテミシアも浅はかだなぁ。自分が手の内を明かしたら相手も手札を見せてくれるとか思っているんだろうか? あいにくわたしが目指すのは脱『双子座』の脚本、私の知識はまだ隠し持っておくべき時期でしょう。


「左様ですか。それで何故わたしが転生者だと?」

「あら、しらを切るんですね。まあいいですけれど。だってカトリーヌさん、ご自分の役割を全然果たしていないじゃないですか」

「役割って……。、由緒正しい貴族の家柄ではありませんから義務はありませんし、神から天啓を授かったわけでもありませんし」

「だーかーらー、そう言うのはいいんですって分からない人ですね。ここがどんな世界だかはカトリーヌさんもご存じなんでしょう?」


 いや分かっていてすっとぼけているんですが? メインヒロイン役をこなしていないって言いたいのよね。アルテミシアが攻略中の攻略対象者とは積極的に距離を置こうとしているわたしは、見る人から見れば異常に映るでしょうし。

 アルテミシアはここが『双子座』と酷似した世界で、わたしはメインヒロイン役で、上手く立ち回ったら未来の王太子や宰相と愛し合う仲になれるんだ、みたいな事を少し興奮気味に喋ってくれた。そんな乙女ゲー展開が素敵だって所感も付け加えて。

 うん知ってる、と言いそうになったのだけれど、私はむしろ少し嬉しかったりする。だって自分が書いた作品への愛がこれでもかってぐらい伝わってくるもの。やっぱりファンにはありがとうって感謝したくなるものよね。


「前世の記憶がよみがえった時わたしは驚いちゃいましたね。だってわたし、『双子座2』のメインヒロインになっちゃっていたんですから」

「えっ?」

「えっ、って何ですか? 白々しい。『双子座』も『双子座2』も知っているくせに」

「いえ、全然分かりません。何ですかその『双子座2』って?」


 待て待て待て。どうしてアルテミシアは自分が『双子座2』のメインヒロインだって自覚しているんだ? アルテミシアってキャラクターはまだ誰にも披露していないわたしのノートの中だけの存在なのに。『双子座2』はいわば幻の作品でしょうよ。

 わたしが本気で困惑しているとアルテミシアは何言ってんだコイツとばかりに眉を吊り上げる。


「はあ? もしかして『双子座2』はキョーカ先生が書いてないから認めない派なんですかぁ? 駄目ですよ『双子座』ファンならちゃんときらら先生も認めなきゃ」


 キョーカ、それは私の名。きらら、それはサブシナリオライターの名。

 何かが決定的に食い違っていて混乱してしまう。

 いや、もしかして私の方が勘違いしていたのかもしれない。アルテミシアが私と同じ世界の知識と記憶を持っているんだって。けれど実際は私とアルテミシアすら別々の世界から転生してきたんだとしたら?

 そう、例えば私の代わりにきららが『双子座2』を書き切って世に披露した世界からやってきた、とか。


「ま、今はそんなのどうでもいいですけれどね。肝心なのは今は『双子座』の時代で本当なら貴女が主役って事です。やる気がないなら素直にわたしに明け渡してもらえませんか?」

「そのメインヒロインって言うのが主役の代名詞だったら、『双子座2』はどうするのです?」

「わたしはどちらかと言うと『双子座』、って言うかキョーカ先生のファンなんですー。体感するならそっちの方がいいに決まってるでしょう? 幸い貴女は全然やる気無いみたいですし?」


 それは光栄ね。とは言えきららだって私に劣るわけじゃあないんだけれどなぁ。作風が少し違うから好みが分かれるとは思うけれど。にしても大人しく『双子座2』を再現していれば約束された勝利の乙女ゲーを味わえたのに。よほど『双子座』に思い入れがあるのかしらね?


「明け渡すも何も、アルテミシア様にはもう素敵な男友達や先輩方がいらっしゃいますよね?」

「……っ。あの方々は保険です。適度に好感度を上げていないと悪役令嬢にしてやられちゃいますからね」


 む、そうなのか。てっきりわたしはアルテミシアはハーレムルートを狙っているかと思ったら、悪役令嬢の悪意から身を守るためと断罪イベントを円滑に突破するためだったか。わたしの指摘に気分を害したのか、アルテミシアは余裕を無くしたように険しい面持ちをしてくる。


「貴女がアルテュール様を攻略したのはまあいいです。裏キャラですからそこまで攻略フローには響きませんし」

「攻略って、そんな言い方はないんじゃないですか?」


 フラグと好感度ってパラメータで管理される乙女ゲー上のキャラとは違う。アルテュールは今を生きる人なんだ。まさかアルテミシアは『双子座』の世界を体感している感覚なのか? 本当はどうあれわたしはここを乙女ゲーに即した現実世界って捉えているから、そんな考えは出来ない。

 しかしアルテミシアはわたしの指摘を一方的に無視して、『双子座』とここで生じている決定的な乖離を指摘してくる。歯ぎしりさせて顔を歪め、わたしに壁ドンして迫る有様は、正にメインヒロインを追い詰める悪役令嬢そのものだった。


「どうしてどのルートでも必ずメインヒロインの傍にいてくれる王太子様が未だ悪役令嬢なんかと一緒にいるんですか?」

お読みくださりありがとうございました。

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