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ブリュメール②・母は察した

「おはようございます、お母様」

「おはようカトリーヌ。いつも早くから偉いわねえ」


 ここ最近のジャンヌの様子が気になりだしたある日、わたしはいつものように早朝からオルレアン邸に出勤したら廊下でお母様と出くわした。わたしは進行方向の妨げにならないよう端に寄ってから頭を垂れた。マダム・ドロテーを従えたお母様はわたしに朗らかに笑いかける。

 お母様は朝早くからお屋敷や庭を散策するのを日課にしている。こうして遭遇した際は多少雑談を交える。わたしはジャンヌを起こしに行かなきゃいけないから長話は出来ない。大抵は学園で何があったとか昨日の夕べにジャンヌと何を話したかとか、最近面白い話はあったかとかか。


「……お母様。最近ジャンヌの体調が思わしくないみたいなんです」

「それ、もう少し詳しく説明して」


 けれど今日は悩み事を打ち明ける事にした。ひた隠しにしたいっぽかったジャンヌには悪いけれどわたし一人では抱えられない。お母様だったらジャンヌを傷つけたりしないし、むしろ大きな力になってくれる筈だから。

 微笑んでいたお母様の顔が真剣な面持ちになった。マダム・ドロテーに目配せをするとわたしと同じように廊下の脇に寄る。そして手を伸ばせば振られれる距離まで詰めてきた。そして軽く頷いてわたしに続けるよう促す。


「一日に何回か自分に癒しの魔法をかけているみたいで」

「どの辺り? 頭? 喉? 胸?」

「みぞおち辺りだったと思います。お腹よりはやや上ぐらいを押さえていました」

「心臓、胃の近くね……」


 あ、一応内臓の名称は避けて説明したけれど心臓と胃ぐらいはお母様も知っていたか。医学は私世界の中世欧州相当の進み具合って勝手に思っていたけれど、もしかしたらそれよりは少し発展しているのかもしれないわね。今度調べてみよう。


「手がかりが足りないわ。自分を回復させる前のジャンヌはどんな様子だったの?」

「回復させる前?」


 ここ最近のジャンヌの様子をくまなく思い返してみる。起床、身支度、登校、授業、昼食、下校、団欒、風呂、就寝。言われてみたらこれまでわたしが気が付かなかっただけでジャンヌは日に何回か自分に魔法を行使しているな。その際彼女は気分が悪そうに顔色を青くして……、


「吐き気があるのか口元を押さえていましたね」

「吐き気……頭痛は? 時間帯に法則性はありそう?」

「いえ、頭を押さえる仕草はしていません。法則性……そう言えば起きた時は頻繁にそんな様子だったような」

「……マダム・ドロテー」

「はい、奥様」


 お母様は後方に控えていたマダム・ドロテーを呼びつけると小声で何かを囁いた。マダム・ドロテーは恭しく一礼をするとスカートを両手で摘まんで足早に立ち去っていった。お母様は深刻な表情をさせて前髪をかき上げる。深いため息と共に。


「カトリーヌ、その話他の誰かには?」

「いえ、していません。お母様に相談しようかも悩んだぐらいでしたから」

「ジャンヌの件は私の方で何とかするから安心して。けれど他言無用にしてもらえる?」

「え? あ、はい。分かりました」


 もしかしてお母様には見当がついたんだろうか? わたしにはサッパリだから教えてもらいたいのだけれど、聞ける雰囲気じゃあない。とは言え少なくとも改善の見込みはありそうなのでその点は安堵出来た。


 しばらくするとマダム・ドロテーが片手にお盆を持って戻ってくる。乗せられているのは皿に盛られた手でも摘まめるお菓子かな? 彼女は一礼させてからお盆から皿を取ってお母様に献上する。お母様は受け取った皿を右から左へ、わたしに差し出した。


「朝気分が優れないのはお腹が空きすぎているからね。これをジャンヌに食べさせなさい」

「分かりました。では明日からはあらかじめ用意した上で起床に窺うようにします」

「ジャンヌには朝食後に私から話しておくから。一人で悩む必要なんて無いんだ、ってね」

「お母様……」


 皿を受け取ったわたしの肩に触れたお母様はわたしに微笑んでくれた。お母様はじゃあねと手を振ってからマダム・ドロテーを伴ってその場を後にする。わたしもお母様が去っていく姿を見届けつつジャンヌの寝室へと足を急がせた。


 いつものようにジャンヌを起こしたわたしは部屋を暗くしていたカーテンを開いていく。今日も天気は良いみたいで眩いほどの日光が部屋へと降り注いでくる。そんな天気と裏腹にジャンヌはあまり気持ちよくなさそうな様子のまま中々寝具から起きようとしなかった。


「ジャンヌ。枕元の袖机にお菓子置いておいたから。お母様がそれを食べなさいって」

「お母様が……」


 ジャンヌは掛け布団に包まったまま手を伸ばし、寝たままお菓子をもそもそと食べだした。寝具のシーツや毛布は天気が良ければ変えているそうだから、枕元に菓子の欠片が落ちても問題無いかな。半分を食べ終えた所でジャンヌは両脚をベッドから出してから上半身も起こした。


「気分はどう?」

「ここ最近では一番快調な感じかしらね」


 ジャンヌは残ったお菓子を摘まんだまま視線を落とした。お母様の気遣いに感謝しているのかと思ったら、悲しいのやら怯えているのやら、あえて例えるなら母親にしかられる子供みたいな顔をさせていた。それを口の中に運ぶとジャンヌは手で口元をぬぐう。


「さすがにお母様には隠せなかった、か」


 あいにくジャンヌの部屋着を準備していたわたしには彼女の呟きを聞き取れやしなかった。


 ■■■


「カトリーヌ。少しいいですか?」

「ふぇっ!?」


 その日、学園にて休み時間中わたしはアルテュール様に呼び出された。次の授業の準備も終わって窓から外を眺めつつ黄昏ていたのもあって酷く素っ頓狂な声をさせながら驚いてしまう。


 二学期から転入してきたアルテュール様は瞬く間に学園中の注目を集めた。何せ彼はアランソン公爵家の子息だし礼儀正しいし端正な顔立ちをしているもの。あえて欠点を挙げるとすれば外見が中性的でシャルルの王子としての威厳やアンリ様の騎士としての堂々とした風格は無い。

 そんな彼の評価が更に増したのは屋外授業で剣術の試合が行われた時だった。学年単位で合同で行われるのでわたし達もその場にいたのだけれど、彼は他のどの男子生徒も寄せ付けない強さで勝利を収めていったんだ。


「属性を伴わないで魔力を放出させる魔法で身体能力を増しました。剣術は夏の間に専属の先生から学びましたね」


 そうアルテュール様はさも何もなかったかのように語ってくれたっけ。

 家柄も人柄も格好良さも完璧。これでご令嬢方から人気を集めない訳がないよね。案の定アルテュール様はシャルルやアンリ様同様に多くの人の憧れの的になった。しかも彼には婚約者がいないのだから、いかに嫡男ではないといえども彼と生涯を共にしたいって人は多いでしょうね。

 ところがアルテュール様ったら、近寄る女子に対して友人にはなれるけれど婚姻を結ぶつもりはないって公言しているらしいのよね。しかも好きな人がいるのかって聞かれたらいるって暴露する有様。その誰かさんを愛していますって真顔で言うんですって。


 あのさ、いくらなんでもわたしの名を出す必要は無いんじゃないかしら?


 いや確かに『双子座』でもアルテュール様ルートではメインヒロインにしか目が行かなくなっちゃうけれどさ。アルテュール様ってキャラの根底にあった母親の死を未然に防いでも変わらなかったのは意外だったわね……。


「ほら、愛しい人が呼んでいるわよ」

「別にわたしはアルテュール様に恋心を抱いては……。アルテュール様、今参りますのでお待ちください」


 ジャンヌは相変わらずアルテュール様と親しくするわたしに冷ややかな視線を送ってくる。前回の印象が払拭出来ていないのだから仕方がないか。とは言え彼の場合悪役令嬢を破滅させる動機はメインヒロインを守るためだけ。わたし達が仲睦まじくする現状、彼が敵に回るとは思えないのだけれどね。

 わたしは席を立って教室の入口へと足を進める。途中ですれ違う貴族令嬢方の視線が痛い。貧弱一般人の分際で高貴なる血筋の方に取り入ろうだなんて、って敵意を肌で感じる。私著とはいえよくメインヒロインはこんな状況下でも逞しく恋路を遂げたものね。


「アルテュール様、何かわたしにご用でしょうか?」


 恭しく一礼したら顔をしかめられた。はて、気に障る態度はしていない筈なのだけれど。


「カトリーヌ、まずはその口調を崩してもらえませんか? それと敬称はいりません。ジャンヌ嬢と同じように私に語りかけて欲しい」

「それはなりません。身分は絶対であり覆す事まかり通り――」

「命令はしたくない。私の願いは聞いてもらえませんか?」

「……そこまで言うなら」


 最近何か不機嫌になる事があるなぁって思ったらわたしの接し方のせいか! 王国では市民階級は君臨する貴族に傅くべしって認識は根強い。わたしの場合事情が複雑でオルレアン家が例外になっているだけなんだけれどなぁ。

 とは言えそこで意地になっても何もいい事は無い。貴族は絶対って認識が薄れてしまったのは良くも悪くも私のせいね。当然周りは良い気分がしないでしょうけれど、当のアルテュール様……いえ、アルテュールがわたしが一歩近寄ってきて嬉しそうなので良しとしよう。


「それでアルテュール。何かわたしに用?」

「今度の休みですが、何か予定が無ければ私と一緒に過ごしませんか?」


 ……えっ?

 アルテュールと、休日を一緒に?

 それ何てデートイベント?

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