ヴァンデミエール⑤・昼食大作戦
「ごきげんようブルゴーニュ伯爵令嬢。奇遇ですね。貴女もどなたかをお誘いにこちらまで?」
「え? あ、は、はいっ」
アルテミシアが廊下の中央で固まるものだから進行の邪魔で仕方がない。おどきなさいって一喝するのは簡単だけれど、どうやら彼女もわたしをジャンヌと誤解している模様。そのままジャンヌに逆恨みされても困る。ここは礼儀正しい貴族令嬢の態度でアルテミシアと接してこの場を切り抜けるとしよう。
アルテミシアが手にしていたのはバスケット。中に何が入っているかは知ったこっちゃない。『双子座』の世界観で女子から男子を昼食と共にって誘うなんて随分と大胆だなあと感心してしまうわね。尤もわたしも人の事は言えないのだけれど。まあ、今のジャンヌは型破りだしいいか。
「そうでしたか。楽しい昼食を過ごせると良いですね」
「あ……ありがとう、ございます。あの、ジャンヌ様。つかぬ事をお聞きしても?」
「手短に。昼休みは長くありませんので」
「その手に持っていらっしゃるのは……昼食ですか?」
わたしが手にしているのもバスケット。中には二人分の水筒と昼食が入っている。たまには自分達で昼食を準備しようか、ってジャンヌを騙して今朝二人分こしらえた。サンドイッチだからパンと野菜と肉を切るだけの簡単な料理で済む。
ちなみに上流階級ではなじみの無い食べ方だしサンドイッチって単語自体まだ存在していない。けれどわたしが頻繁に自分の昼食として選ぶメニューだからかジャンヌは熟知している。おかげで準備中ジャンヌには一切疑われなかったわね。
「ええ、今日朝早起きして作りました。シャルル殿下にたまには変わった昼食時を過ごしていただこうと趣向を凝らしましたね」
「……っ。そう、でしたか」
嘘は言ってない。わたしとジャンヌの共同作業だもの。
わたしが微笑を湛えながら説明しているとアルテミシアは何故か悔しそうに俯き加減になった。あら、もしかして今日はシャルル狙いでこっちに足を運んできたのかしらね? それはご愁傷様で。奇遇って怖いわね。
「それでは失礼致します。貴女様の恋活が成就するようわたしも応援していますよ」
「――ッ!?」
わたしは慇懃な仕草で頭を垂れつつアルテミシアとすれ違う。アルテミシアからは穴が開くんじゃないかってぐらいの勢いで激しい憎悪と共に睨まれた。別に皮肉でも何でもないのに嫌味って受け取られたらしい。
――どの殿方と付き合おうが勝手だけれど人の婚約者に手を出そうだなんて何様だ、って。
「……カトリーヌ、わざとブルゴーニュ伯爵令嬢を煽ったよね?」
「さて、何の事やら」
校舎の階段を降りる最中でシャルルはわたしの隣に並んで声を落としてきた。すれ違う人には聞きづらく、けれどわたしにははっきりと聞こえる絶妙なさじ加減だった。
別に煽ったつもりはない。別にジャンヌらしく振る舞ったからでもなくわたしが自然に言葉に出したから。挑発に聞こえたならそれ相応の邪まな考えを抱いていたからでしょうね。ならわたしは何らやましくない。
とぼける、ようにシャルルには見えたんでしょう、わたしにシャルルは肩を竦めてみせた。
「カトリーヌは彼女をどう思っているんだい?」
「そう仰る殿下はどのように評価を?」
「彼女はあまりにも察しが良すぎる。この間もピエールやアンリの悩みを言い当てたりしてね」
「それはまた凄いですね」
いくら出だしが遅かったからって随分と攻略を急いでいるな。とは言えアルテュール様でしくじった反省からか少し慎重になったようだけれど。現に今のところ下手を打たずに学園内でのアルテミシアの評判は上々のままだもの。既に多くの方と良好な関係を築き上げているみたいだし。
「初めは密偵に調べさせているのかって疑ったんだけれどその形跡は無かった」
「ブルゴーニュ伯爵令嬢は勘と推察だけでアンリ様方の悩みを察したと?」
「しかも解決までの道筋まで立ててね。おかげでアンリ達はどうも最近ブルゴーニュ伯爵令嬢を推しているようなんだ」
「それは何と言いますか……。あの方が転入してこられてからまだ月日も経っていませんのに、信頼するのが早いですね」
と表向きは呑気に答えたのだけれど、予想より早い攻略具合に焦りが生じる。別にアンリ様だろうとヘンリー様だろうと好きな殿方とくっ付けばいい。問題はジャンヌに直接関わる王太子殿下がメインヒロインの毒牙の餌食にならないかって心配だ。
だってアルテミシアったら前世で『双子座』の全ルートと全設定を網羅していそうだもの。その前提が正しければ彼女にとって攻略対象者は手の平で躍らせるも同然。好みの傾向から秘密まで全てを暴かれている以上、アンリ様方はメインヒロインの魔手からは逃れられまい。
「アンリ達の推しは間違っていないし私も彼女の能力は素晴らしいと思う。けれど私は彼女をかえって不気味に感じているんだ」
「無理もありません。何の手がかりもなく他者の中身を解き明かすんですもの。ですが意外ですね」
「何がだい?」
「殿下があの方をそのように思っていらっしゃるのが、です」
校舎から出ると晴天が広がっていた。水色と白の色彩がとても映えている。眩しい太陽に光に思わずわたしは手を上に向けた。季節は秋で朝と夜は涼しくなったけれど、日中は未だに暑さが残っている。貞淑に肌を露出させない学園の制服は夏用の薄生地でも涼しくないわね。
「アレが彼女の素なら問題ない。私がアンリやヘンリー達と協力して彼女を導けばいいのだから」
それが本来のメインヒロインの在るべき姿。
「けれど彼女からはどうも打算めいた強かさを感じるんだよ。皆から人気を集めるあの姿が作られた虚像のように思えてしまうのさ」
そしてアルテミシアへの所感がコレだ。
「殿下は偶像はお嫌いですか?」
「……嫌いとは言わないね。義務が生まれたら愛でようと努めるさ。けれど幸いにも私にあてがわれた偶像とやら、つまり婚約者になったのはジャンヌだからね」
王者としての義務は公爵御三家のご令嬢を妃とすること。シャルル個人の願望は今のジャンヌと生涯を共にしたいこと。いくら他のヒロインが多くの人から愛されて輝いていようと、シャルルの瞳はジャンヌを見つめ続けるだろう。その責務と想いの両面から。
残念だったねアルテミシア。どんな困難が立ち塞がろうとシャルルの意志は動かないみたいだよ。貴女が再現しようとする『双子座』風に言えば、ジャンヌがメインヒロインとして王太子様ルートに突入してしまっているんだから。
「殿下。こちらには殿下とジャンヌの昼食が入っています。わたしやオルレアン邸の料理人も手伝いましたが、基本はジャンヌの手作りです」
「ジャンヌが?」
裏庭に差し掛かった辺りでわたしは手にしていたバスケットを殿下に押し付け……もとい、手渡した。程なくわたしとジャンヌがいつも一緒に食事をとる木陰が見えてくる。ジャンヌはわたしに気付いたようで顔を上げ、シャルルの姿を見て驚きの声をあげる。
「シャルル? どうしてこちらに?」
「カトリーヌに誘われたからだけれど、何か聞いていないかい?」
「いえ、私は何も……」
そこでようやくジャンヌも気づいたみたいだ。ジャンヌは顔を真っ赤にさせつつも怒り心頭でわたしを睨みつけてきた。早速二人の関係を取り持った立役者に対して酷い仕打ちだ、と内心でぼやいておく。彼女に無断で進めるどころか騙した件を棚上げしつつ。
「……っ! カトリーヌ、貴女私を欺いたの!?」
「人聞きが悪いよ。昼食を自分達で準備しようね二人分を、とは言ったけれどわたしとジャンヌの分とは言っていないもの」
「詭弁を……っ!」
「怒るのは後でにしてもらえる? 今は殿下とのひと時をどうぞごゆっくり」
わたしはなおも怒りが収まらないジャンヌに優雅に一礼し、一目散に逃げ出した。
「カトリーヌー! 後で覚えていなさいよー!」
「聞こえない聞こえなーい!」
二人とも学年が違うんだしジャンヌは生徒会入らなかったし授業の間の休み時間で会うのは非効率的なんだから、もっと昼休みを上手く使わないと。今までジャンヌは最初はメインヒロインの懐柔に費やして最近は純粋にわたしとのひと時を楽しみたいんでしょうけれど、そろそろ婚約者と一緒の方がいいでしょう。
裏庭を脱出した辺りで小休止する。軽く駆けたせいであがった息を整えているうちにお腹が鳴ってしまった。そう言えばジャンヌとシャルルの一緒の時間を作る事に躍起になっていて自分の昼食をどうするか全く考えていなかったし。
「うう、もうお腹ぺこぺこぉ」
「全くカトリーヌは。何をしているかと思ったら」
お腹を押さえながら食堂に向かおうとしたわたしの横から手が伸びてきた。紙袋を差し出してきたのはパンを頬張るアルテュール様だった。なのに私を按じて真剣な眼差しを送ってくれているのは差があって奇怪だった。
紙袋の中には食堂で売っているパンとスープ入れが入っている。
「あちらの中庭でいい場所を見つけました。一緒に食べましょう」
「あの、ありがとうございます。お代は……」
「あのですねカトリーヌ、私は公爵家の人間ですよ? 何も言わずに貰ってください」
「……分かりました。では頂きます」
わたしはアルテュール様の親切に甘えて一緒に昼食を取った。他愛ない話で弾んで中々楽しい時間を過ごせた。やり切った達成感もあったからか、アルテュール様がいつの間にわたしを敬称抜きで呼んでいたことに気付いたのは昼休み終了直前だった。
お読みいただきありがとうございました。




