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フリュクティドール⑩・南方の港湾都市

「それじゃあ行ってくるわね、カトリーヌ」

「ええ行ってらっしゃい、ジャンヌ」


 とジャンヌを見送ったのが二日前。そろそろジャンヌは王家の方々と一緒に目的地についている頃になる。目的地は王都から南東南の方角にある海に面する一大都市。その離宮で一週間ほど過ごす日程になる。無論王族の方々は静養の他に公務にも励まれるのだけれど。


 ……そう、二日。たった二日。王都とオルレアンを行き来するにも馬車で何日もかけなきゃあいけないのに、その数倍の距離をたった二日の旅程で済ませてしまっている。多分馬車で往復するだけでも夏季休暇の残りを潰す事態になるだろう距離を、だ。


「ジャンヌお姉ちゃん、アレに乗れたのかなぁ?」

「乗ったのでしょうね。後で感想を聞いてみましょうか」


 引き続き立法府で仕事に励むわたしとアントン様は互いにとある乗り物を思い浮かべていた。と言うか王族の方々が出発される際に大々的な催し物のように王都は大騒ぎになったし。わたしも立法府の建物の窓からソレが飛び立つ様子を目の当たりにした。


 なんと、この世界は既に飛行船が発明されている。

 繰り返す、飛行船が発明されているんです!


 飛行機、電車どころか蒸気機関すら発明されていない『双子座』の世界でどうしてそんな物が、と言う疑問を一発で片づける素敵な言葉がある。魔導技術のちょっとした応用、って。……勢いで設定を組み立てていく私にわたしは頭を抱えるしかない。


 水素やヘリウムが発見されるのは数世紀も後だから熱気球の改良版って言えばいいのかな? 私世界の中華圏に相当するはるか東の国では天灯が発明済みなので、そこから着想を得て紆余曲折を経て、ついに軟式飛行船までこぎつけたらしい。


 ……なお、浮遊に費やす空気を暖める熱源は魔導師が火属性魔法で。推進力はこれまた魔導師が行使する風属性魔法。今の文明の力では飛行船もどきの建造までが精一杯になる。それに魔導師を何名も酷使するせいで一度のフライトは数時間が限度らしい。よって旅程が二日なんだとか。


 そんな運用をしているせいで王国広しと言えども飛行船は二隻のみ存在するばかり。うち一つが王家の所有物、もう一つが王国そのものに属する。出番は戦争や大災害の緊急時を除けば年一回の南方への静養の際に倉庫から引っ張り出されるぐらいか。


「リーダーは莫迦なんですか?」


 そう言えばこの設定を披露した私にサブシナリオライターの彼女が辛辣な一言を浴びせてきたんだっけ。今となっては懐かしいとしみじみ思う私と、正にその人の言うとおりだと呆れるわたしの感想が鬩ぎ合って頭の中がこんがらがるな。


 まあいい。とにかくジャンヌがメインヒロインの代わりに王太子殿下とのイベントをこなすなら僥倖。けれどジャンヌが王太子殿下の必死のアプローチに塩対応を続ける可能性も無きにしも非ず。もしくは袖を振るだけ振っておいてここぞで冷たくあしらうとか。


「……一度様子を見に行ってみようかな?」


 そう思い至ったが吉日。わたしは日が沈んだ夜のうちにオルレアンまで行った時と同じ要領で魔法で転移を続けて目的地まで到着、その日はすぐに帰宅した。ちなみに移動回数は百から先は数えていない。途中で方角狂ったし、もう二度とやりたくない。


 そして夏期講習も立法府での執務も無い休日、わたしは日帰り旅行に踏み切った。


 ■■■


 南方都市マッシリア。

 王国が建国されるよりはるか前より栄えたこの都市は港湾として大いに栄えている。ここまで遠いと王家の威光が届きにくいのもあって静養の場所として選ばれているんだとか。人に紹介するなら他にも色々と説明するのだけれど、今日は一人旅なので以下略。


 『双子座』での夏季休暇中の攻略対象との旅行は午前、午後、夕方で日程を組んでいき、それを七日分繰り返す。組み合わせ次第で発生するイベントが異なったり好感度が上下したり、選択次第では他の攻略対象の好感度の操作も出来たりする。専用ルートに入る前の最終段階に当たる。


 王太子殿下に伝授したのは彼とメインヒロインとの仲を一気に進行させるよう最適化された選択の組み合わせ。さすがのジャンヌでもメインヒロインと攻略対象のバカンスは密偵越しの情報しか知り得ていない筈だから、対応しようにも後手に回ると考えている。


 あ、ちなみに一日中離宮に引きこもる事も出来ちゃう。当然そうなると確認には離宮に侵入する必要性が生じるから却下。ちゃあんと午前も午後も外出する日を選んでやって来た。


「さて、今日の午前中は確か美術館に足を運ぶはずだけれど……」


 私が教示した通りに王太子殿下は日程を組んでいるらしく、離宮から王家の馬車が出立していく。勿論厳重な警備体制が敷かれていて、重装備の騎兵が馬車を取り囲みながら随行している。進行方向も人波をかき分けるのではなく、先行した騎士が前もって市民を脇にそらしているようだ。


 美術館は貸切、ではなく王太子殿下とジャンヌから人が遠ざかるよう誘導されるだけで一般公開はされたままだった。これはよそ者の自分達で市民に迷惑がかかるわけにはいかないって王太子殿下の配慮になる。尤も、ここではわたしがそうしろって言ったのだけれど。


 美術館自体は少し裕福な市民なら一年に一回ぐらい来れるぐらいの入場料なのでそれなりに賑わいを見せていた。ちなみにわたしも高い入場料を払ったよ畜生。公爵家からの賃金が無かったら絶対に選択肢に入ってなかったわよね、ココ。


 ジャンヌは対外的には未来の王太子妃に相応しく振舞っているのか、王太子殿下の腕に寄り添いながら館内を見て回っている。作品を眺めては二人して感想を語り合っているようで、共に微笑む様子はとても仲が良さそうに見えた。


 ゆっくりと館内を見て回って美術館を後にした二人は昼食を取りにレストランへと足を運んでいた。王子様と王太子妃候補を見ようと多くの人だかりが出来る中、わたしは遠くから露店で買ったパンを口に運んでその様子を眺める。


「んー、分からないよぉ。二人とも楽しそうに語り合っているけれど……」


 ジャンヌが大衆にそう思えるよう完璧な演技を見せている可能性も否定出来ないし。でも学園での態度と違って公共の場で王太子殿下を適当にあしらう様子は無いから、少しはジャンヌ達の仲も改善されたのかな?


「――誰かと思えばカトリーヌさんでしたか」


 不意に、背後からそんな声がかけられた。慌てて振り返った先にはクロードさんがいて、彼女は呆れた様子で手にした二振りの剣を納めていた。それを目の当たりにしたわたしは途端に冷や汗が流れ出し、立ちすくんでしまう。

 恐怖をごまかすようにわたしは深くお辞儀をした。


「ジャンヌの護衛、お疲れ様です」

「お嬢様を尾行する輩への対処でこちらに来ましたが、まさか貴女だったとは」


 要するに、ジャンヌと王太子殿下を付け狙う賊を処理しに来たんですね分かります。そして彼女がわたしの軽い変装を見破っていなかったらそのまま尋問に入ったんだろう。まさかその二振りの剣は拷問すら通り越して初っ端から屠るつもりだった訳じゃあないよね?

 けれど命の危機に晒されたわたしは一切何も感じなかった。わたしが鈍感なんだって言えばそれまでだけど、事務業務同然に事を運ぶクロードさんの腕が優れているとも解釈出来る。


 ……最悪、彼女が最後までジャンヌ個人の味方なら救いがあるのだけれど。


「お嬢様の様子を確認しにはるばるここまで?」

「はい。それで、こちらでのジャンヌはどんな感じです?」

「対外的には常にあのように振舞われています。心を完全に偽って婚約者を演じている様子ではなさそうですね」

「そう、それは良かった」


 ひとまずは胸をなで下ろす。けれど肝心の問題は大衆の目に触れない時に尽きる。


「……それで、離宮の中では?」

「意外かもしれませんが普通にお話されていますよ。ただやはりどこか一線を引いているようでして、お嬢様は貴女様とご一緒される時ほど心は開いておりません」

「それでも無下にあしらっていないなら……」


 『双子座』の舞台になる期間は一年。と言うのも王太子殿下を始めとする攻略対象三名が今年度で学園を卒業されるからだ。その後各々はいよいよ家業を継ぐべく本格的に父親の補助に明け暮れるようになる。と同時に定められた婚約者との結婚もまた執り行われるんだ。


 つまり、婚約破棄さえされないままならジャンヌと王太子殿下は来年には挙式を挙げる訳だ。つまり王太子殿下がジャンヌを忌み嫌って断罪しなければそれでいい。今の調子なら恋愛とは少し離れているかもしれないけれど、無難に乗り切れる気がしなくもない。


「ではお嬢様の護衛に戻ります。他の護衛に見つからないようくれぐれもご注意を」

「はい、気を付けます」


 いや、まだ安心するのは早い。夕方以降の彼女を確認してからだ。

 クロードさんの背を見送ったわたしは昼食のパンを飲み物で一気に喉に流し込んだ。

お読みくださりありがとうございました。

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