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フリュクティドール⑨・夜はこう過ごす

「お昼頃、王妃様方と昼食を取っていたらシャルル様がいらっしゃったの」


 夜、夕食を終えた時刻のジャンヌの部屋にて。彼女、クロードさん、そしてわたしの三人は各々の時間を過ごしていた。彼女がそんな言葉を呟いたのは彼女が晩餐から戻って来て大分経ってからだった。


 ラフな部屋着を身に纏ったジャンヌは、それまでソファーにもたれかかりながら太ももに乗せた本のページをその透き通るような白い指で捲っていた。文字の中に広がる世界に没頭しているのか、指を桜色に潤う唇で啄む仕草をたまにさせながら。

 時にはサイドテーブルに置かれた紅茶やお菓子を口にする。なお紅茶もコーヒーも『双子座』の時代設定だと流行するのははるか未来の話。東方諸国から輸入するしかない超高級品だから庶民とは無縁。ティータイムは大商人や財力を持った貴族にしか広まっていないささやかな文化なのだ。


「ジャンヌ、何を読んでいるの?」

「恋愛小説」

「悪役令嬢なのに?」

「叩くわよ」


 一度そんな会話を交わしたっけ。ただジャンヌは特に読書を趣味としているわけではなく、暇つぶしの一環として嗜むだけ。日記を綴ったり手紙を書いたり星空を観測したりで、彼女の夜の過ごし方は多種多様と言って良かった。


 一方のわたしはレベックって名称の弦楽器を弾いていたりする。最近は私が嗜んだゲーム音楽とかポップソングとかを好んで弾くようにしている。さすがに読書の邪魔にならないようなるべく静かな曲を選んでいるのだけれど。

 メインヒロインがレベックを奏でられる、これは『双子座』の公式設定。ただし音楽家を目指せる優れた才能とかじゃあなくて、単純に趣味や特技の域を出ない。あまり良い音色は出せないし、自分さえ満足すればいいので下手の横好きだ。


「そう言えばカトリーヌってレベックを弾けたのよね?」

「えっ? どうしてそれを知って……って、もしかしてメインヒロインが演奏を?」

「ええ。メインヒロインは王太子殿下方に披露していたっけ」


 つい先日、静かに控えていたわたしに向けてジャンヌがそう問いかけてきたんだ。確かにメインヒロインは王太子殿下や攻略対象者に口を滑らせて演奏会を開く破目になる。宮廷音楽家に指導を受けたメインヒロインはそれなりに聞ける演奏を披露して称賛されるんだ。


「勿論カトリーヌは私の為に演奏してくれるのよね?」


 わたしは二学期に発生する予定の演奏会は単に潰す気でいるだけだった。けれどジャンヌはそれだけでは満足しなかった。本来攻略対象方に披露される筈だったわたしの意外な一面をいち早く独占しようとしているんだ。


「楽器なんて嗜好品は持ってないよ。わたしが弾いていたのは学園に来る前に働いていた酒場の所持品だったし……」

「ここをどこだと思っているの? 王国屈指の財力と権力を誇るオルレアン公爵家の屋敷よ。楽器の一つや二つぐらい無い訳が無いでしょう」


 ジャンヌが背後から差しだしてきたのはなめした皮が貼られた入れ物で、開けてみたら職人が丹精込めて作ったと思われるレベックが大切に入れられていた。素人のわたしが一目見て分かるぐらい酒場にあった庶民でもかろうじて手が届くお手頃品とはかけ離れた逸品だった。


「ねえ、弾いてよ。私だけの為に」


 そう言われて悪い気がしなかったわたしは今もこうして好き勝手に曲を鳴らす。ジャンヌも別に見事な腕前を堪能したいわけじゃなくて、攻略対象の心を惹く要素が自分に向けられる充実感に浸りたいのかな? 純粋に楽しんでもらえると嬉しいのだけれど。


 で、クロードさんはテーブルの上に積木の塔を建造していたりする。これは彼女がジャンヌから部屋で待機している間はある程度自由に振舞えと命令を受けたせい。手ごろに一人で時間を潰せる趣味を模索したら積木細工に行きついたらしい。


「積木はあらゆる形を創造出来、無限の可能性を秘めています。私が子供の頃は余った木材を大工さんから分けてもらい、適当に切った積木で良く遊んだものです」

「でもいつかは必ず飽きてしまうんじゃあ?」

「そうなったら別の積木に手を出すだけです」


 と以前豪語していたクロードさんは時に複雑な形をした幾重もの積木を組み合わせて立方体にするパズルっぽい遊び方をしたり、幾何学模様に積木を並べた後に一個だけ指で倒し、後は連鎖的に倒れていくドミノ倒しっぽい遊び方もしていた。

 そう言えばいつぞやは木板を持ってきて日曜大工で積木を造っていたっけ。「遠慮するなと仰ったのはお嬢様の方ですから」って表情を変えずに語ったクロードさんにジャンヌは大満足な微笑を湛えていた。


 クロードさんはとっくに『双子座』の線路上にいる悪役令嬢の侍女ではなくなっていたんだ。


「王宮に赴いているのですから鉢合わせは十分にあり得る話では?」

「そうでもないのよ。陛下や殿下方が執務を執り行う部屋は王妃様が普段過ごされる場所から大分離れているもの。偶然の遭遇は無いって言っていい」


 閑話休題。ジャンヌの呟きを受けてわたしは演奏を止めて、クロードさんも手にしていた積木をテーブルの上に静かに置いた。静寂が室内を包み込み、庭から虫の音が聞こえてくるほどだ。虫よけの網戸があれば夜の間も窓を開いていられるのだけれど。


「それで、殿下はどのような用件で足を運ばれたんです?」

「私に王家の方々と一緒に静養に行かないかって誘ってきたわ」


 どうやら王太子殿下への教示が早速効果を発揮したようだ。殿下にはこれから王太子ルートでメインヒロインを誘う展開をジャンヌを対象としてやっていただく。殿下は散々ジャンヌがそのお心を弄んだおかげで彼女への好感度が高い、と言うか拗らせているし、イベント発生には十分だ。


 けれど当の誘われたご本人はあまり嬉しくないようだった。どういう訳かジャンヌは本に落としていた視線をわたしに向けてくる。少し不満げに、そして睨み気味で。

 いやちょっと待ってほしい。先日メインヒロインの軌跡をなぞってもらうってちゃあんと言ったよね? 王太子殿下にその気にさせてみせるともさ。お互いの想定通りになったのにどうして不満を向けてくるのよ?


「カトリーヌが唆したのでしょう? 王太子殿下に色々と吹き込んで」

「静養は地方への訪問も兼ねる。未来の国王陛下に寄り添うご令嬢はジャンヌ、そうみんなに知らしめるにはいい機会だと思うけれど?」

「……正直、今後の為とはいえ何度も裏切ってきた殿下の相手なんてしたくないのだけれど?」

「そう言っている割には付かず離れずの絶妙な距離感を保っているけれど、どうして?」


 ジャンヌは無言を返答にしてきた。彼女の視線がわずかに動き、まぶたが揺れ動いた。


 そう、あくまでわたしの想像だけれど、ジャンヌはまだ心のどこかで未練を抱いている。


 何せやり直す度に彼女と王太子殿下の関係は初期化される。最終的にメインヒロインに心が傾く彼だけれど、幼い頃結んだ婚約からメインヒロイン登場までの十年近くジャンヌを大切に扱う。時間軸だけで見たら今回を含めて実に七、八十年ほど。人の生涯と同等の長さだ。

 メインヒロインを選ぶ攻略対象は否定しようがない。けれどそれまで婚約関係を結んでいた相手である王太子殿下も否定出来ない。だから冷たく扱い心が離れるならその程度、それでも彼が自分を見つめ続けてくれるならまだ希望があるかもしれない、辺りかしら?


「今回は王太子殿下の目を曇らせるメインヒロインはいないんだから、いいきっかけだと思って楽しんでくればいいと思うよ」

「……。まあ、いいわ。王家の方から誘いを受けた以上私には行く義務が発生しているのだし。せいぜい慰安旅行だと思って楽しんでこようかしらね」

「それぐらいの考えでいいんじゃあないかな? 変に気構えずにジャンヌらしくいたままの方が王太子殿下も喜ばれるだろうし」


 とにかく義務だろうと本意だろうと王太子殿下と一緒の時間を設ける事自体に意味があるんだ。断罪、破滅の回避に向けての大きな一歩と考えてもらいたい。今年さえ乗り切れば『双子座』の既定路線から完全に抜けられるのだから。


 それにしても、とジャンヌは読んでいた本にしおりを挟んでテーブルの上に放り投げる。その拍子に積み上がられていた木造ブロックの塔が揺れ動き、最後は音を立てて崩れていく。積木を手にしたまま固まったクロードさんはやがて肩を落としながら木箱に積木をしまいだした。


「どうして王太子殿下ってまだ私に優しくするのかしら?」

「えっ?」

「アレだけ散々振り回しておいたら愛想が尽きるでしょうに。そんなにメインヒロイン以外の理由で婚約者との破局に至りたくないのかしら?」

「えっと、その……」


 えっと、つまりジャンヌは意図して王太子殿下の御心を弄んでいたのだけれど、それが逆効果になっているとは思っていないらしい。ましてや四六時中ジャンヌを振り向かせるにはどうしたらいいかで悩んでいるとは露知らずに。


 まあ、何だ?

 さすがに悪役令嬢は格が違った?

そう言えば前々回で総文字数20万字超えたようです。

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