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フリュクティドール②・立法府に行こう

 あっという間にラウールさんと約束した日になった。


 王宮は一つの豪奢な宮殿だけじゃあなくて幾つもの建物で構成されている。王族が居住して執務に励むのは宮殿でその他の文官や武官達は別の建物で仕事を執り行う。王国ははるか昔の大帝国時代の名残で三権が分立していて、頂点に国王陛下が君臨する。


 文官って一口に言っても業種は様々で、地方公務員的なお役人もいれば国の中枢で内政や外交を司る議員もいる。わたしが目指すのは国の政治の中枢、立法府にあたる。国の秩序の根底を司る法律を定めたり修正したりするんだ。


「正式に国のおふれとして効力を発揮するには行政府の決定が不可欠だけどな。こっちから意見通したい時はやっこさんのご機嫌を取らないと駄目ってね」

「逆に向こう側が立案させたい時は立法府に依頼するんですよね。持ちつ持たれつでは?」

「ま、そう言う事。オレ等が対立しちまったら国の政治が滞るってわけ。ま、そうなる前に国王陛下が大掛かりに組み換えるんだろうけれど」


 こんな仕組みになったのは権力が皇帝に集まりすぎていた大帝国時代、名君と暗君で国の栄え具合が天と地ほどに差があった反省かららしい。名君には枷になっても暗君や暴君の暴走を立法府と行政府で止められるように。更には司法府が最高権力者でも法の下で罰せられるように、だ。

 ちなみに代々宰相を務めるナバラ公爵家は行政府を取り仕切る一族。立法府志望のわたしが将来ナバラ家を継ぐピエール様と遭遇する心配はまず無い。これで立法府側に攻略対象がいたらと思うとぞっとする。


「ところでオタク、どうして立法府に務めたいって思ったわけ?」

「狭き門ですけれど一般市民でも務められるので。行政府も確かに一般市民枠はありますが、地方に飛ばされる場合が多いって聞きますし」

「あー、まあ、そうだな。んじゃあ王都に留まりつつ国の政に携わりたいってわけね。目的は国のため? それとも自分のため?」

「一番は家族に楽させたいからでしょうか」


 いや、別にお父さんとお母さんだけなら今の家計事情でも問題は無いけれど、妹のジスレーヌ達と弟のフォビアンの将来の選択肢を増やしてあげたい。わたしは運良く特待生でいられているけれど、妹達までそうとは限らないから。

 ……経済的問題で働き口が無いままなんて、させたくはない。


「十分立派だと思うよ、オタクは」

「わっ、ラウールさん?」


 わたしが決意を思い返しているとラウールさんがわたしの頭を撫でてきた。折角気合入れてまとめ上げてきたのに崩れたらどうしてくれるのかしらね? とは言えラウールさんがこちらにニヒルに笑ってくるものだから、もういいかって気分にもなる。


 立法府の建物は宮殿に負けず劣らず立派な作りになっていた。馬車から降りたわたしはその佇まいにただ圧倒されて口を開けて見上げるばかり。ラウールさんはわたしの肩を叩いて中へと案内してくれた。

 何だか私世界の会社を彷彿とさせる具合に個人用仕事机が並んでいて書類に目を通していたり筆記具を紙に走らせたりしていた。さすがに私世界ほど紙が大量生産されていないせいか、書類の束は物足りなさは感じるけれど。


「一階は地方貴族やら司法府、行政府からの要望が届いてそれを検討する部署だな。法律っつっても幅広すぎるから担当の課を分けて取り組んでもらっているわけ」

「皆さん、忙しそうですね……」

「そりゃあ法律の抜け穴なんて盛り沢山だからねえ。穴が開きまくった桶みたいにね」


 または穴開きチーズみたいにねー、とラウールさんは軽快に笑い声を挙げる。粛々と仕事に取り組む中だったせいか、何人かの文官がうるさいとばかりにラウールさんを睨みつけてくる。ラウールさんは豪胆にも素知らぬ顔だけれど。

 ……あれ? その文官達が何故かわたしを見て一瞬我を忘れて、慌てて業務を再開していく?


「二階は一階の部署が練った草案を煮詰める部署だな。そこまで重大でもない法案はここでの決定で行政府に回されるってわけ。行政府側が否決した案を訂正するのもここだったかな?」

「じゃあ国の行く末を決めているって言っても過言ではないんですね」

「王国国民の生活を左右しているって点じゃあオタクの言うとおりかもね」


 二階に上がったわたしはラウールさんの案内で部署内を横切っていく。完全に業務の邪魔でしかない筈のわたしを横切る文官の方々は誰もが端に寄って会釈してくる。ラウールさんは部長職相当だそうだから恭しく接せられるのは不思議でもないんだけれど……どうも釈然としない。


「三階は国の方針を左右したり他国にまで影響を及ぼす重大法案を審議する部署だね。ここの連中は立法府の中でも選りすぐりばっかってわけ」

「下も凄かったですけれど、ここは雰囲気が張り詰めていますね……」

「行政府のお偉いさんや王族の方々まで来られる場合があるからね。そりゃあ気も引き締まるさ」


 三階に上がったわたしだけれど、正直居心地は最悪の一言に尽きる。あまりに仕事出来ますって雰囲気の人達がバリバリに業務を行っていたから。扉の向こうでは活発な議論が交わされているのが声で分かる。

 ……うん、絶対ここはわたしには関係無い世界だ。


「折角だし会議の一つにでも突撃してみちゃったりする?」

「全力でお断りさせていただきますっ」


 止めてください死んでしまいます。比喩抜きで、過労で。


 ただ、やっぱりおかしい。何がおかしいって、来客者でもないわたしを見る皆さんの目線がだ。何と言うか、学園で同級生がクレマンティーヌ様を見つめる眼差しに似ている。尊敬とか畏怖とかが入り混じった感じ。ここまで来るともうただの気のせいじゃあない。


 もしかしたら……と思った矢先、その答えを示す出来事が起きた。


 わたし達の進行方向すぐ先の会議室の扉が開いて中から多くの男性が退室してくる。歩きながらまだ活発な意見交換を交わす者、終わった終わったと伸びをする人。早足で別の会議室に入っていく方。その中に紛れ込んでいたのは……。


「アントン様……!?」


 ジャンヌの弟、オルレアン公爵家嫡男のアントン様ではないか!


 まだ幼い彼は疲れ果てた顔をさせて部屋から出てくる。僅かに身体もふらついているようだ。わたしは思わず足を動かして彼の傍に駆け寄っていた。そしてしゃがんで彼の目線に合わせると、アントン様を支えるように肩を抱いた。


「大丈夫ですか? ご気分が優れないのでしたら今すぐどこかに座って……」

「あ……上姉さん?」


 上姉さん? 違うわたしはジャンヌじゃあ……って、ぱっと見だと確かに見分けがつかないかな。けれど今までアントン様を始めオルレアン家の方々から間違えられた覚えは無いのに……。


 いや、待てよ。制服姿の時っていつもジャンヌと一緒だったっけ。オルレアン邸で別行動を取っている時はいつもメイド服だったし。ジャンヌがいない今、疲れに支配されたアントン様が間違えられても不思議でもないか。


「――ジャンヌ、そこで何をしているのだ?」


 背後から威圧的な、そして威厳ある声が轟いてきた。

 竦みあがりそうになったわたしはゆっくりと振り返り、その先でわたしとアントン様を見下ろす旦那様、オルレアン公が目に飛び込んできた。旦那様はアントン様の様子にも表情を一切変えていない、ただ見つめるばかりだ。


「二度は言わん。答えよジャンヌ」

「……どうしてここまで疲弊しているんですか?」

「会議が長引いたからだろう。だがそれはオルレアンの嫡男として生まれた者の当然の義務に過ぎんな。私とてアントンの年代から父上の仕事をこの目で見てきたのだから」


 後継者の教育ってわけか。だとしたらわたしが旦那様が勘違いするジャンヌだったとしても一切口出しは出来ない。例えジャンヌやお母様に告げ口した所で効果は見込めないだろう。

 心配だけれどわたしはアントン様の足がまだ確かなのを確認してゆっくりと離れた。


「出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」


 慇懃なまでにわたしは首を垂れる。制服のスカートを摘まみ上げてのカーテシー。オルレアン家に仕える従者としてなら手を前に持ってきて深々と頭を下げるべきなんだろうけれど、腹立たしさが勝ってしまいつい行動に出てしまった。


「本日は学園での夏期講習にて教示しているラウール様に立法府を案内していただいております」

「夏期講習だと? わざわざ学園に足を運ぶ手間をかけるなら教員となる者を屋敷に呼べば良いと以前言った筈だが?」

「ジャンヌお嬢様はそうでしょうが、わたしの方は許されぬ立場ですので」


 そこまで答えてようやく旦那様は己の勘違いに気付いたようだ。旦那様がここまで驚きを露わにするなんて初めて見た。うーむ、まさか実の親にもジャンヌとわたしの見分けがつかないなんて。コレは利用できる、と思う反面、どれだけ目が節穴なんだと情けなくもなってきた。


 て言うかアントン様や他の文官の方々まで驚愕に染まっている。文官の方々が知名度皆無なわたしをジャンヌと勘違いするのは分かるけれど、アントン様からも間違えられるのはちょっと悲しい。この調子だとジゼル奥様まで騙せそうだ。


「……カトリーヌか?」

「はい、わたしはカトリーヌでございます」


 はい、ここでネタ晴らし。三階にいらっしゃった方々が大きくどよめいた。もう仕事そっちのけで旦那様やわたしの方に注目してきている。単にジャンヌに酷似した女子が登場したからではなさそうだから、もしかしてわたしの噂を聞いていたんだろうか?


 そもそもどうして旦那様がいらっしゃっているんだろう? 先程のラウールさんの説明から考えるに、王族もいらっしゃるのだから公爵も会議に出席してもおかしくはないんだけれど……。にしてはわたしをジャンヌと勘違いしていた文官の方々の視線の理由が不明だな。


「学園を卒業した後は立法府を目指すつもりなのか?」

「はい。それが幼い頃からのわたしの夢でしたので」

「……そうか」


 旦那様がわたしを見つめる目が変わった。糾弾の構えだったのが威圧感が減って普段オルレアン邸にいる時ぐらいに穏やかになっている。それでも厳格さは失われていないんだけれどね。少なくとも咎められる線は回避できたわけだ。内心でほっと胸をなで下ろす。


「ラウール、そなたの目から見てカトリーヌはどうだ?」

「えっ? そこでオレに話振ります?」


 唐突に話を振られたラウールさんだけれど特に委縮する様子は無い。そう言えば宮廷舞踏会に参加なさっていた時も特に上の立場の者だからって礼儀正しく振舞ったり取り繕ったりはしていなかったっけ。敬ってはいるけれど大袈裟にはしない、って所かしら?


「少なくとも今学園に在籍している生徒の中じゃあ彼女が一番出来がいいと思いますけれどね」

「そうか、分かった」


 旦那様は付近にいた文官を指で呼び寄せると、彼が手にしていた書類を取ってわたしに渡してきた。筆でつらつらと記載された内容に思わず顔をしかめてしまった。

 だってこれ、ただの一般市民ごときが決して目にしてはいけない国家機密書類じゃん! しかも書類束が複数重ねられているし。題目を読むだけでも王国の明日にとって重要な法案についてだとわたしにも分かった。


「今から私に同行して全ての会議の内容をまとめよ。これは命令だ」

「えっ……!? 議事録の作成をわたしが!?」

「やる事が分かっているなら話は早い。疑問があればアントンに聞け」


 突然の無茶振りに異議を唱える暇もなく旦那様は踵を返し、次の会議室に入っていった。あまりの急展開に呆然とするわたしの手をアントン様が引っ張って旦那様に続くよう促す。嗚呼、お止め下さいアントン様、そんな救い主が現れたような輝いた目でわたしを見つめるのは。


「どうして旦那様が立法府の重大会議に参加を……?」

「あ? オタク知らないの? 立法府の長官は代々オルレアン公爵家の当主なんだが?」


 はいいっ!? そんなの初耳だし!

 いや待て、同じ御三家のナバラ公が行政府の長官、つまり宰相なんだから旦那様がそうであってもおかしくはないのか。って事は司法府の長官はアランソン公? 三権分立自体は私のせいだけれどそこまで細部は設定してないし!


 て言うかアントン様と一緒に旦那様に同行? ただのメイドごときに対する扱いじゃあない。ほぼ間違いなく旦那様はわたしの正体を察している。その上でこの扱いって、オルレアン家の一員として将来当主となるアントン様を支えさせるつもりなのかしら?


 こ、こんなつもりじゃあなかったのにぃ!

お読みくださりありがとうございました。

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