フリュクティドール①・夏期講習
アランソンへの小旅行を終えたわたし達は王都に戻ってきた。とは言えまだまだ夏季休暇中で学園への登校は当分先の話。しばらくは日中は学園で勉強、早朝と夕方からはオルレアン邸での奉公って日常が繰り返されるばかりになった。
「……で、カトリーヌは彼の告白にどう答えたのかしら?」
「来年度まで待ってくださいって素直に言いました」
結局アルテュール様からの告白は先延ばしにした。何か問い質してくるジャンヌは口元こそ笑っていたけれど目はこちらを射抜かんとばかりで内心恐怖を覚えたのは内緒だ。決してアルテュール様が気に入らないなんて事は無いけれど、恋愛にかまけている暇はわたしには無い。
夏季休暇を迎えて少し経つと学園では夏期講習が行われる。普段の授業では経験できない職場体験だとか、文官や役人になる為の試験対策だったりと、豊富と言っていい。ただしその分学費からは賄われずに追加費用が発生するので、市民階級の生徒はほぼ姿を見せない。
まあ、わたしの場合は特待生って名札をちらつかせてお終いなんだけれどね。
そんなわけでいい加減自主勉強にも飽きたわたしは日中の何時間かに夏期講習を当てるようにした。せっかくただで高等教育を受けられるのにスルーするなんて勿体ない。考古学、経済学、言語学、様々な知識が広がる様子はわたしを虜にした。
「……わたしってこんなに勤勉だったかな?」
少なくとも『双子座』でのメインヒロインはそんなに夏期講習で勉強詰めになっていなかった。わたしだって今後の人生で役に立たなそうな無駄知識を覚える暇があったら家の手伝わないと。何より私は大学卒業する頃なんて勉強はもううんざりって気分だったし。
けれどね、自分の知識が広がっていくのって楽しいんだよね。仕事ばかりに従事していると無性に勉強したくなるものなのよ。その認識はわたしと私の双方で共通している。何より夏期講習は選択式だから自分の嫌な、苦手な科目を選ぶ必要性が皆無なのが嬉しい。
問題なのはこの夏期講習も選択次第で『双子座』の攻略対象達と鉢合わせしちゃうって所なんだよね。いくらアルテュール様が積極的だったって言っても他の攻略対象が悪役令嬢の断罪に関わるのは変わらない。であれば極力関わらないでいたいし。
そこでわたしは真っ先に夏期講習の時間割にどの攻略対象が出席されるかを細かく記載、チャートを作った。おかげで攻略対象がいるからって泣く泣く断念した講座もあったよ畜生。折角の長期休暇何だから家業手伝って親から色々と学んでいてよね。
「へえ、オタク王宮勤めの文官になりたいわけ。試験厳しいけど覚悟はあるかい?」
「大丈夫です。頑張ります」
「言っちゃ悪いんだけど女の採用率悪いよ?」
「覚悟の上です」
例外があるとすれば夏期講習の教員として招かれたラウールさんぐらいか。会うのは宮廷舞踏会以来だけれど言葉を交わすのは初めてになる。彼は生徒がどんな身分だろうと接する態度を変えずに純粋に授業態度や成績の良し悪しで評価しているみたいで、わたしには優しかった。
ジャンヌの破滅を防ぐなら彼との接触も避けなきゃいけなかったんだけれど、文官になって安定した高給を得て家族を支えるのがわたしの夢。さすがにわたしの意志、決意までジャンヌや私には邪魔させない。わたしにだって幸せを掴む権利があるもの。
「じゃあ今の成績を維持し続けるしかないね。それと面接対策もやっとくか。印象良く覚えてもらうコツがあるんだよ」
「よろしくお願いします、先生」
ラウールさんが暴露する所によると、筆記試験の結果が良くても面接でふるい落とされる場合が多々あるらしい。出来レース、とまでは言い過ぎだけれど、上と癒着がある者が採用されやすいのは否定できない。が、純粋に能力のある者を雇いたいのも事実。
コネを覆すなら根回しをするか強力な後ろ盾を得るか、有象無象を黙らせるぐらい強烈な印象を抱かせるか、なんだそうだ。何か思った以上に私世界に近くて幻想が打ち砕かれそうだわー。勿論わたしは後者を選択するつもりだったけれど、そう豪語したら、
「はあ? オタク真面目だねえ。それとも馬鹿って言った方がいいかい?」
とかラウールさんに正気を疑われた。凄く心外なんですがそれは。
「あのな、何も面接官の連中に賄賂を渡せとか色仕掛けしろとか言ってないの。職場見学を利用して顔を覚えてもらうのも手だし、顔が利く貴族方に推薦状をしたためてもらうなりすればいいじゃないの」
「そうやって仕事に就いた人が国を支えて行けるんですか?」
「うち等は頭でっかちは要らないの。時には強かに立ち回れないとやっていけないよ」
権力と汚職と堕落は切っても切り離せないのは汚い現実を見せつけられているようで嫌だな。とは言えラウールは生徒達にそんな事情も正直に明かした上でじゃあどんな風にしていけば、の助言も授業に含めていた。それだけでも生徒に誠実だと思う。
「て言うかオタクは別にそんな小賢しい手使わなくても問題ないんじゃない?」
「へ?」
「だって公爵御三家のオルレアンと親密な関係を築いているじゃないの」
「別に権力を笠に着る為にジャンヌ達と親しくしているんじゃあありませんっ」
「オタクにその気が無くても周りはそう思っちゃうわけ。オレ個人は実に有効な手だって思っちゃったりするけれど」
実に複雑な気分だけれど「自分の実力だけで採用試験に受かってやるわよ!」とか意固地になるのは間抜けよね。相手が勝手に勘違いしているのだからあえてそれを正す義理も無い。後で公爵家とのつながりなんてありませんって知ったって「馬鹿め騙される方が悪いんだ」で押し通す。
あ、勿論夏期講習は私世界で言う予備校みたいな試験対策ばかりじゃあなくてきちんと専門技術も授業に含まれている。わたしはむしろそっち目当てで受講しているから、採用試験対策はおまけでしかない。高価な図書の教材は貸出なので、白紙のノートにびっしりと書き込んでいくんだ。
「いいね、オタクみたいな生徒は教えがいがあるよ」
「はい?」
「どう王宮で雇われるか、どれだけ人脈を築くか。そんな考えの連中が多くてね。他の授業はどうだか知らないんだが、オタクみたいに知識欲がある生徒は珍しい」
「家庭の事情が全然違いますから真面目じゃあないとやっていけません」
そんな感じだったからか、ラウールさんからは好印象を抱かれてしまった。危ない、彼のルートまで混じってしまったらまたジャンヌが地獄に突き落とされる。けれど夢は叶えたいし、距離をどれだけ離すかが難しいな。
「オタクさ、そろそろ王宮行ってみない? オレの職場案内するよ」
ラウールがそう提案してきたのは夏季休暇も折り返しを迎えたある日だった。
その頃になるとラウールの授業に参加する人数は少し減っていた。採用試験対策を聞けばもう十分って生徒がもう用は無いとばかりに抜け出たわけだ。残った生徒の中でもわたしが一番真面目に授業に取り組み、かつ小試験の結果も優秀だったから、が提案の理由らしい。
確かラウール専用ルートでそんなイベントがあったな。その先の騒動で一悶着があるわけだから極力避けたいのだけれど、個人的には一度は見学してみたい。矛盾する二つの願望を両立させる手段は、『双子座』から時期をずらせばいい。
「えっと、ラウールさんの考えている日時っていつですか?」
「この日の午前中からとかどうよって思っているんだけれど?」
「その日は都合が悪いので少し後ろに持って行けませんか?」
「んじゃあこの日とかは?」
「あ、それなら問題ありません」
そんな感じで本来の日時から二日ほどずらして約束する。他の攻略対象達と遭遇しないようにも検討済み。後は当のラウールさんの好感度を上げ過ぎないように意識していればいい。自分がずっと将来の夢にしてきた職種をその目で見られる日がこんな早くに来るなんて、楽しみだ。
「――ふぅん、カトリーヌったら私を破滅させたアイツと日中仲良くするばかりか将来を共にする下準備もするんだぁ」
なお、ジャンヌに説明したら皮肉たっぷりにそう仰ってきた。将来を共にって同じ職場になるかもしれないってだけだからね? ラウールさん専用ルートと違って夫婦になる気は無いからね? 何だかジャンヌがヤンデレっぽく感じるのは気のせいだよね?
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