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テルミドール⑬・正体を現す攻略対象

 既にわたし達は夕食を食べ終えてワインを開けていた。私は別にワインなんて安っぽいか飲みやすいか重いかとかの漠然とした違いは分かっても美味とかはさっぱりだし、わたしはエールは飲んだ事があってもワインなんて貴族の嗜好品とは無縁だった。グラスに注がれても正直困る。


 口を付けるだけのわたしと違ってドロテーさんはまるで水を飲むようにグラスを開けていく。まるで酒、飲まずにはいられないとばかりに。飲食で落ちた口紅に代わってワインの赤紫色がドロテーさんの唇を彩っていた。


「ルイーズは刃物で喉元を引き裂かれていました。抱いていた赤子も刃物を突き立てられていて、共に亡くなってしまったんです」

「そんな……」

「……今でも彼女の無残な有様は鮮明に思い出せますね」


 ドロテーさんは悲痛さと悔しさを露わにして俯いた。


 ルイーズさんは身ぐるみを剥がされて金銭を奪われ、挙句その身を穢されていたらしい。そして事が終わったら用済みとばかりに命を奪う。治安が良くない真夜中に女が一人で出歩けば火遊びよりも結果は明らか……と、単純には片付けられなかった。


「カトリーヌさんがこうして生きているのですから、その赤子はおそらく身代わりだったかと」

「それを証拠として死を偽装するつもりだった、と」

「野盗か暴漢の仕業だとして事件は片付けられましたが、事実は違うのでしょう」

「まさか、旦那様が侍女に始末するよう命じたとするエルマントルド奥方様の主張を信じずに、人を雇って始末させたと?」


 暴漢の仕業に見せかけるためにルイーズさんは襲われて命を落とした。結果の報告を受けた旦那様がそれ以上の詮索をしなかったんだから、ルイーズさんは最後まで身代わりの赤子を仕える主の子だと演じきったんだろう。


「私がルイーズに任せたばかりに……私より若かった子が命を散らすだなんて!」

「それは、我らを見守る主も重い試練を課すものですね……」

「私だったらその程度の輩など一蹴出来たでしょうに、私は……!」


 普段凛とした佇まいでお母様に仕えていたドロテーさんが感情を露わにする姿も珍しい。ワインのせいもあるんだろうけれど、それ以上にルイーズを偲んで、その早すぎる死を悼んで、そして選択が異なっていたら生まれなかったかもしれない悲劇を後悔しているのか。


 私が大雑把にしか考えていなかった事象の背景に潜んでいた真実。作品としての完成度を高める為に盛っていった設定の結果を見せつけられているようで、胸が張り裂けそうだ。

 ドロテーさん、ごめんなさい。主はそんな試練だなんて仰々しい考えは微塵も無かったんです。


「……カトリーヌさん、貴女様がそのような悲痛な顔をされる必要は無いんです」

「でも、わたしのせいでそのルイーズって方は……!」

「確かに悲惨な事件でしたが、ルイーズにとっても貴女様がこうして健やかに育った事こそが何よりの救いなんですよ」


 ドロテーさんはわたしを安心させるように笑顔を作った。気遣われる程わたしは打ちのめされていたのか。それとドロテーさんはわたしのせいでルイーズが命を落としたんだって感じ取ったと勘違いしているみたいだ。


 実際はもっと罪深いのに、それを臆病にも明かせない私はなんて卑怯なんだろう!


 それでも……わたしを守り切ったルイーズに報いるとしたら、わたしが彼女に恥じないよう生きていくしかない。元気な姿を見せ続ける事こそが救いになると信じて。


「今度彼女の墓参りでもしてやってください。彼女もきっと喜ぶでしょう」

「そう、でしょうか? わたしのせいでって恨まれたりは?」

「奥方様に忠誠を誓う侍女にそのような恥知らずはおりません。ルイーズも例外ではありませんよ。逆にそのように嘆いていらっしゃるお姿を見たら叱咤するかもしれませんね」

「……分かりました。今度案内してください」


 私の書き綴った『双子座』の世界はメインヒロインの送る人生のほんの一部分を切り取っただけ。それが分かっていても、私の全く知らない出来事がこの世界では送られている。この談話もそうだし、ルイーズの忠義もそう。

 この独り歩きする世界からすれば私もまた住人の一人。ならわたしは定められたメインヒロインの役に捉われずに精一杯生きてみせる。自分で考えて自分で見定めて、道を選択していく。そう決意を新たにした。


 見ていてください、ルイーズ。わたしはこの世界で歩き続けます。


 ■■■


 ワイン一瓶が空になって残すはグラスに注がれた深紅の液体のみになった。さすがにここまで飲むと気分が高揚するので酔いが回ってきているんだなぁって自覚する。クロードさんは淡々と飲むけれどわずかに顔が紅色に染まり、ドロテーさんは椅子の背もたれに身体を預けていた。


「本格的に酔い潰れたいならもっと多く飲まないといけませんね。ただ飲み過ぎると明日に支障が出ますから、程々にしています」


 とはクロードさん談だ。尤も普段はこんな晩餐の時間帯に飲んだりはしない。仕える主人が就寝するまでが業務時間なのだから、酒に口を付けるなんて言語道断だろう。今日はあくまでジャンヌやお母様がワインを差し出してきたからほろ酔い程度に飲んでいるだけだ。


「にしても、カトリーヌは随分と酒に強いですね。飲み慣れているんですか?」

「酒場で働いていたら羽振りの良い方に奢られる事もあるので」


 勿論初めは舐める程度でもう駄目だった。グラス一杯でぐでんぐでん、ジョッキをあおった日にはリバース必至だ。ただ下戸でもない限りお酒はそのうち慣れて飲める量も増える。苦かったり重かったりするだけの飲み物を味わえる余裕も出てくるのよね。

 なので今ではそれなりに飲めるようになっている。私の記憶を思い出した今振り返ると完全に大学生の飲み会に近いノリだったわね。何か一気飲みすると盛り上がる。まだ学生の身分なのにいいのかと思わなくもない。


「普段は?」

「水で十分です。そもそもわたしはあまり飲食が進まない方ですし」


 ただ飲みの場は普段とは違う雰囲気になるから好きでもある。人の違った一面も見られるし。酒は付き合い方次第で天使にも悪魔にもなるものよ。堪能すれば有頂天行きに、見誤れば地獄に真っ逆さまで両極端よね。


 そんな感じで三人で和気藹々と食後のお酒を堪能していたら、入口の戸を叩いた後に誰かが入室してきた。お嬢様、にしては時間が早い。晩餐のお開きが昨日と同じならもっと遅い筈。でなかったらこうのんびりなんてしてはいないし。


 姿を見せたのは思わず声が出そうになるぐらいの金髪碧眼の美青年だった。すらっと長い手足、華奢な女の子のような身体、甘くも凛々しい面持ち。黄金に輝く髪はうなじよりした辺りでひとくくりにまとめられている。装飾の類は指輪と腕輪のみで、宝石は使っていない銀細工品だった。


「お楽しみの所お邪魔して申し訳ありません。こちらで食事を取っていると聞いたものですから、つい足が向きました」

「えっ……!?」


 わたしは彼が入室した瞬間に度肝抜かれた。ドロテーさんもクロードさんも彼の声を聴いてようやく気付いたみたいだ。無駄にも何度も目を擦って彼を見つめ直してその度に驚愕に染まった。酔いが一発で覚めるぐらいに衝撃を受けた。


「改めて自己紹介を。私はアルテュール・ダランソン。昨日カトリーヌさんが救ってくださった母上、イングリドの息子になります」


 そんなわたし達に対して彼、アルテュール様は朗らかな笑みをこぼした。


 今朝まで公爵令嬢として振舞っていた彼が今袖を通しているのは細身が際立つドレスではなかった。胸の詰め物もどこぞへ置いて来たらしい。貧弱にすら見えるのは彼の過去のせいだから仕方がないとして……ってそんなのはどうでもいい。


「止めたのですね、公爵令嬢として過ごす事を」

「ええ。先程も言いましたが、令嬢では果たせない願いが出来ましたので」


 悲報、アルテュール様ルート突入! って顔が引きつるのはどうしようもない。それにしたって早すぎる。『双子座』でも彼の正体発覚は夏季休暇明けなのに。イングリド様が助かって気兼ねが無くなったせいかしら?

 と考えを巡らせていると、アルテュール様が不思議そうな顔をさせてこちらの顔を覗き込んでいた。いや別に彼に注目されるような不手際は一切犯していなかった筈よ。焦る必要は無い、冷静になれわたし、落ち着いていればいい。


「何でしょうか、アルテュール様?」

「カトリーヌさんは私が男だと知っても驚かなかったようですけれど、変装にはそれなりの自信がありました。いつ気付いたんでしょうか?」


 し、しまったぁぁっ!


 そう言えば『双子座』でもアルテュール様ルート以外は公爵令嬢なんだって疑われなかった。現にジャンヌも前回は騙されていたぐらいだし。つまりちょっとお会いしただけのわたしにはアルテュール様が殿方だって知る由もないし、女装を見抜く選りすぐれた観察力も無い。

 後で口裏合わせるとしてジャンヌが看破した事にする? それとも表に出てないだけでちゃあんと驚いているって主張する? いや、いくらなんでも嘘を付いたりしらを切りとおすなんて不誠実すぎる。ただでさえイングリド様以外に疑心暗鬼になっていた彼を突き放すのは躊躇いがある。


「秘密です。そのうち教えて差し上げますよ」


 だから意味深に言っておいてごまかす。いや別に彼にだったらきちんと説明してもいいとまでは思っている。ただし全部終わった頃だけれどね! 『双子座』の本編期間が進行中の現段階で不要な危険性は生むべきじゃあない。

 わたしは軽く微笑んだつもりだったけれど、クロードさんが脇から「カトリーヌさん、最近お嬢様のように笑うようになりましたね」なんて言ってきた。え、何? つまりわたしとジャンヌ、メインヒロインと悪役令嬢が混ざり合っているって言いたいの?


「分かりました。私は貴女が全てを明かしてくれるよう尽くすだけですので」

「尽くすって、高貴なるアランソン公爵家のご子息が単なる使用人風情にですか?」

「はい。身分は関係ありません。同じ宿命を背負って生まれたのもきっかけに過ぎません」


 それは一瞬だった。わたしがテーブルの上に置いていた手を彼が掴んだのは。けれど決して乱暴ではなくて私の手を摘まむ程度に軽く握り、そしてもう一方の手で優しく包み込む。酒が入ったわたしの頭では一体何が起こっているのか理解するのに時間を要した。


「私はカトリーヌさんとずっと共にいたい、って願ってしまっている。……いけませんか?」


 拒絶されるかもしれない、そんな憂いと不安が入り混じったアルテュール様の御顔は何とも言えなかった。そしてわたしは今何を言われている? ずっと共に? 単にお友達になりましょうって提案でも、何かしらの仲間としての勧誘ってわけでもない。


「あの、つまり、それは……」

「私はカトリーヌさんを伴侶として迎えたいと思っています」


 告白イベント来たぁぁ!

 やった、『双子座』完! 残るは断罪イベントとエンディングのみ! やだー!


 私はまだ半年も経っていないこの時期に最速攻略出来るようなガバガバなフラグ設定にした覚えは無いわよ! しかも一番フラグ管理が面倒で攻略しにくいしバッドエンド盛り沢山なアルテュール様が相手? じゃあここから先は消化試合?


 ど、どうしてこうなった……。

お読みくださりありがとうございました。

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